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片腕の英雄  作者: ラニスタ
15/24

14 失うこと

 グラディアの命令で死者たちは埋められた。数日間ここにとどまることを考えると、そのままにしておくこともできないし、またほかに野営を張るのに適した場所に移動するのも時間がかかりそうだったからだ。片づけに追われながら、スカーレットは無言でアクイラのそばを離れなかった。アクイラの方も、スカーレットから離れなかった。銀髪と赤髪は目立つので、昼過ぎにはクーリフが二人を見つけ、合流した。

スカーレットとアクイラは、二人の死体へクーリフを案内したが、死体はすでに埋められた後だった。


「……スカーレットよ、いったいどいつが亡くなったんだい」


クーリフは静かに問うた。


「マークと、ヴァズよ」

「そうかい。フェネックとマークは?」

「わからない。まだ見つけていないの。土の中かもしれないし、単に忙しくて見つけられないだけかも」


クーリフは喉の奥でうなった。なんだかんだと少年たちの面倒を一番近くで見てきたのはこの傭兵だ。クーリフは人との別れには慣れているだろうが、その慣れが無の感情につながるかといえば、それはわからない。少なくとも今、クーリフは辛そうだった。


「この辺りにいたってことは、そこの土盛りの奥でひとまとまりにほかの死体と埋められたんだろう。お前さんたち、二人から何か預かってないか。フェネックとマークが生き残ったのなら、あいつらには納得させてやらねぇといけない」


アクイラが腰に下げた三本の剣をクーリフに見せた。一本はアクイラの剣で、もう二本はマークとヴァズの剣だった。


「それは私がよく分かってるから、これしかなかったけど……」

「ものがあって助かった。本当は、死んでる姿を見せてやるのが一番納得させてやれるんだがな。せっかく弔った死者をひっぱりだしてくるわけにもいかん」


スカーレットも同感だった。薄情に思われるかもしれないが、できれば死体を直接見せてやりたい。もし二人が生き残っているのなら、二人はこの人生で永久に友人たちの幻影に悩まされるだろう。スカーレットは死の瞬間を目の当たりにしたせいで臆病になったが、親友フェネックの幻影を見たことはない。


「納得させてやるしかない。そうでなければ、ウィリアムもフェネックも苦しむことになる、この先永遠にな」


アクイラの言葉に頷きながら、クーリフは目を閉じて、二人の死んだ少年に祈りをささげた。

 日が暮れて、太陽がはるか南のネイティ山脈に隠れたころ、大体の死体は埋め終えた。援軍のおかげで死者が少なく済んだことが幸いしたのだ。また援軍が来るときに乗ってきた船にはこの戦いでの負傷兵たちが載せられ、帰国できることになった。プレハの負傷兵たちは、残していく仲間たちのため、彼らの勝利の神に祈りをささげた。

まだ戦える兵士たちは疲労しきった体で壁に集まり、野営を張った。この日は援軍のもたらした干し肉と葡萄酒が配布された。

 スカーレットとアクイラ、そしてクーリフも壁を陣取ってウィリアムとフェネックの分の干し肉と葡萄酒をもらっておいた。陣取った壁は昨晩休んだ場所と同じだから、二人が生きていればそろそろやってくるだろう。

はたして、二人はやってきた。スカーレットは歓喜したが、二人の少年の表情を見るとそんな気持ちも吹き飛んだ。ウィリアムはスカーレットたちと一緒にマークとヴァズがいないのを見てうつむき、フェネックはそんなウィリアムを叱咤した。そして半ば怒ったような様子で三人の前に来て、大声で尋ねた。


「なぁ! マークとヴァズをみてないか?」


三人は息を詰まらせた。それを見て、フェネックは顔をしかめる。ウィリアムはますます顔色を悪くした。


「おいおい、何もったいぶってんだよ。いるんだろ? 酒でも取りに行かせたのか?」


おもむろにアクイラが立ち上がり、腰に下げた三本の剣のうち二本を差し出した。その瞬間、ウィリアムはわっと泣き出した。誰もその剣を受け取らない。フェネックは、不規則で不気味な笑い声をあげて、あとずさった。


「なんだ……これ。やめてくれよアクイラさん、俺たちの武器はまだまだ使えるって」

「――よく見てみろ、お前ならわかるはずだ。これはお前の村で、お前たちがそれぞれのために選んだ剣のはずだ」

「はぁ? な、なに言って……」

「わかるでしょう? だってあなたたちは、いつも一緒だった。剣を磨きながら話したし、お互いを守れるようにそれを選んだ。……フェネック、剣を受け取りなさい」


ウィリアムは、泣きじゃくりながら片方の剣を受け取った。だがフェネックは、いつまでも受け取らなかった。褐色の手は空中をさまよい、こぶしを握りしめた。その剣を受け取ることは、友人の死を認めるということだ。フェネックはそれを拒否しているのだ。


「フェネック」


クーリフが声をあげた。フェネックはもう一歩下がって叫んだ。


「嘘だ! 全部嘘だ! お前たちなんて嫌いだ! 最低の嘘なんかつきやがって……」

「フェネック、受け取ってくださいっ……」

「黙れよウィル! お前は簡単に騙されやがって。お、俺は、俺は絶対に信じねぇぞ……」


スカーレットは、その恐怖の黒い瞳の中にかつての自分を見出した。このままフェネックが逃げてしまったら、彼は次の戦いで必ず命を落とすだろう。それを阻止するためならば、自分が嫌われようが何だろうが、友人の死を認めさせなければならない。スカーレットは立ち上がり、アクイラから剣を取り上げた。そして次の瞬間、フェネックの頬を殴りつけた。

一同に動揺が走った。


「甘ったれてんじゃないわよ!」


大声の叫びに、近くにいた兵士たちも口を閉ざした。シンと静まった中で、ウィリアムのすすり泣きだけが響くように聞こえる。殴られた衝撃でしりもちをついたフェネックは、信じられないと言いたげにスカーレットを見上げていた。


「いい? あなたは二人の死を受け入れて、次は自分の命を守るために戦わないといけない。悲しんでも良い、苦しんでも良い、でも現実逃避だけはしたらいけないのよ! 

苦しいのも悲しいのも嫌なら、さっさとこの事実を受け止めて、そして――忘れなさい」


フェネックの目に、今度は怒りの色が浮かび上がった。フェネックは立ち上がりスカーレットの胸倉につかみかかった。アクイラは止めようと手を挙げたが、スカーレットの視線を一瞬受け、手をおろす。クーリフは、無言で座っている。


「おい……なんなんだよあんた! 忘れろ!? 意味わかんねぇよ! 

なんでそんな薄情なこと言えるんだ……! 死んだから忘れろって? あんた本当……最低、だよ」


スカーレットはフェネックを突き飛ばし、彼は再び地面に座り込んだ。


「今のセリフは、死んだって認められたってとるわ」


スカーレットは無機質な声で言い、剣を押し付けると荒だたしい足音を立てて歩いて行った。彼女はアーチを抜け、壁の向こう側に姿を消した。


「スカーレット」


アーチを潜り抜けた数十秒後、アクイラはスカーレットを追いかけてアーチを抜けた。壁の内側ではウィリアムと、フェネックの押し殺した鳴き声が聞こえる。 アクイラが追いかけるまでもなく、スカーレットはアーチを出たすぐそこに立っていた。彼女の背中は自信なさげに丸められ、視線は足元を見つめている。こぶしは強く握りしめられていた。


「スカーレット……」

「わかってるわ、もっとましな言い方があったって。一緒に泣いて、悲しんであげたほうが良かったのかな。でも、それができずに、私は焦って――二人が私みたいにダメになってしまったらと思ったら、つい、きついことを……」

「ああ、分かっている」


アクイラは静かに言った。


「……私がヴァズを失った時、レインド隊長がカツを入れてくれたわ。いつまでもうじうじしてたらお前が死んじまうから、フェネックのことは忘れろって。ひどいと思った。隊長のことが嫌いになった。だけど隻腕になった時、あの人は本気で心配してくれた。兵士としてではなくて、一人の人として心配されているってやっと気が付いたわ」

「あの人は、お前が隻眼の俺と同じように、隻腕になってしまったからと、ずいぶん気にかけていた」


アクイラはそっとスカーレットに近づいて行って、肩を持った。誰も何も悪くない。スカーレットはレインドがそうしてくれたように、自分もそうしただけだ。ウィリアムとフェネックはこんばんは眠れないだろう、また、明日も、明後日も眠れないだろう。スカーレットは知っていた。だから先刻の言葉で二人が自分を嫌ったとしても、助けになるようできるだけのことをしてやろうと心に誓った。



***


「おい、アクイラを知らねぇか」


翌朝、朝食のパンをもらいに荷馬車のもとを訪れたスカーレットにレインドが声をかけた。スカーレットは振り向いた。


「え? アクイラなら隊長のころに行くって……」

「っち。見事にすれ違ったというわけか。――お前さん、なんだか元気がないな」


怪訝そうな表情を浮かべるレインドにスカーレットは苦笑した。


「いえ、友達が死んでしまいまして」

「そうか。そいつは悪いことを聞いたよ」


レインドはそう言う反面、スカーレットの様子を注意深く探ろうとした。スカーレットはすぐにその意味が分かり、首を横に振った。


「私は大丈夫です。確かにそれもあるのですが……落ち込んだ友人に、こう、喝を入れまして……あれでよかったのかなぁと一晩考えておりました」


なるほどな、とレインドはうなずく。レインドは自然なしぐさでいたわるようにスカーレットの肩を抱いた。


「お前さんも成長したということだな。しかしまぁ、気持ちはわかるさ。俺もお前さんに甘ったれるなといった時には、さすがに女の子相手に言いすぎたかと将軍に相談したよ。懐かしい思い出だ」


まさかレインドがそんな風に気に病んでいたとは、スカーレットは初めて知った。そして自分も同じようなものなのだと思うとひどく安心した。


「隊長がグラディア将軍にそう相談なさったように、私も隊長に相談しているということですね」

「ま、早い話でそんなところだな。お前さんが俺と同じように言ったのならそいつは正解だ、安心しておくと良い」

「そんな無責任な」

「いやいや、ここに答えがあるじゃないか」


レインドは愉快な笑みを浮かべて、抱いたスカーレットの肩をばしばし叩いた。スカーレットが立ち直ったのだから、スカーレットがしかりつけた友達だって大丈夫だといいたいらしい。つくづく楽観的な男だ。だがスカーレットはこの愉快さが好きで、それを信じることにした。


「あなたが将軍にご相談なさったとき、将軍が大丈夫だといったのなら信じることにしましょう」


そうやってわざとらしく言い返すとレインドはますます肩をたたいた。いい加減肩が赤くなりそうだと思う。そこでちょうどレインドの腕が止まり、まだスカーレットの肩を抱いたまま回れ右をした。スカーレットも引きずられるように回れ右をする。


「どうだったかなぁ。将軍! 覚えてますかね」


そこにいたのはまさかの将軍本人だった。スカーレットはレインドの腕に阻害されながら背筋を伸ばす。グラディアが首をかしげた。


「急に覚えているかと聞かれると、主語がないので何とも言えぬな」


それからスカーレットに目線を下した。


「やぁ、久々だねスカーレット。もっと私を訪ねてくれてもよかったのに」

「あ、い、いえ! グラディア様はレインド隊長と比べてお忙しいでしょうから」

「俺がひましてるって言いたいのかいお前さんは」

「っはは、たしかに、私よりは暇だろう、レインド」

「ううん、将軍に言われちゃ否定ができねぇな」


レインドは唸りながらようやく腕をどけてくれた。


「そうだ、スカーレット。君からもみんなに伝えてほしいのだが、今日の午後から南下をする。おそらくこの前撤退した残党が襲ってくるだろうから、それを倒し、そのままレシウスの王都まで南下する。要塞においてきた半分の軍団も降りてくるから合流して、王都を包囲する」


話が戦争のこととなったので、レインドも背筋を伸ばして話を聞いた。


「包囲戦をするのですか」

「いいや、包囲したうえで話し合うよ。どうにも噂なんだが、レシウスの王が急病で倒れ、代わりに若い王子が王に就任したらしい。それならば、話を聞き直してくれるかもしれないと思ってな」


なるほど、そんなことがあったのかとスカーレットは思う。和平を蹴ったレシウス王は今や病に倒れ、代わりに若い王子がいるとなれば話は変わるかもしれない。もっとも王子が父親同様の性格であれば事態は変わらないが。


「実は良い戦法を外国軍より学んだのだ。なんでも数十年前、ある国に攻められた際、敵が使った戦法らしくてな。その書物をいただいたのだ。あとは包囲した後、皆が戦いをやめてくれると良いのだが……」


「興奮のあまり、包囲してもそれ以上に突っ込む輩がいると困るんでね。今回外国軍にはその鎮圧を手伝ってもらうことになった」

「味方を鎮圧というのも面白い話ですね」

「なぁに、血は流させんよ」


レインドはがっはっはと大声で笑い、グラディアはいつもの読めない微笑を浮かべた。それから二人は戦法についてスカーレットに話して聞かせた。スカーレットにはさっぱりだ。苦笑しながらとりあえず頷いて話を聞いていると、途中アクイラが合流した。彼は自分も戦法についての話に乗る代わりにさりげなくスカーレットにパンを持たせて少年たちのもとへ行くように言った。スカーレットはようやく解放されたのだった。

 少年たちのもとへ、ということはフェネックと顔を合わせなくてはならない。だがスカーレットはもうそれほどフェネックと会うことが怖くなかった。自分の行いは少なくとも間違いではないとレインドが言ってくれたので、たとえ気まずくとも自信を保っていられるような気がした。

昨晩休んだのと同じ場所に行くと、フェネックとウィリアムはぐったりしていた。昨晩は眠れなかったに違いない。二人に挟まれて座っているクーリフは二人の背中をさすり、なんとか寝かせようとしているようだ。


「まるで親子みたいだわ」


スカーレットが声をかけると、クーリフは助かったと言いたげに顔を上げた。スカーレットはフェネックの目に走った動揺に気が付かないふりをしてパンを渡した。


「ほら、これを飲んで寝なさい。アクイラがお酒を持たせてくれたから」

「ついでにお前さんの子守唄があると完璧だがな」

「クーリフにはお酒あげないわ。あなたはぐっすり寝たみたいだから」

「敵わんなぁお前さんは」


少年二人は無言だった。腕に亡き友人の剣を抱いて、じれったくなるほどゆっくりパンを食した。どんなにゆっくりでも食べられるならそれで良い。食べることは生きることだ。あとは食べた後でかつての自分のように嘔吐しなければ良いが。

食べ終えた後で、クーリフは「俺も年だからな」とだけ言ってもう一眠り始めた。スカーレットは酒瓶を返しにいくのと、アクイラがまだ戦術の話に付き合っているのではないかと少し心配になって荷馬車へ向かった。酒瓶を回収している木箱に瓶を収め、人の少なくなってきた荷馬車の周りを見回すと、思った通りレインドたちはまだ立ち話をしていた。どうやら話題は移ったようだが、グラディアが傍観する形でレインドとアクイラが何かを話している。レインドは相変わらず愉快そうだが、珍しいことにアクイラは赤面してうなだれていた。心配しいて様子を見には来たのだが、何かと面倒そうだ。スカーレットはそっと身をかがめてその場を去ろうとした。


「スカーレットさん」

「ふぁ!」


だから、そう声をかけられたときスカーレットはらしくない声をあげて飛び上がった。ゆっくり振り向くと、あきれ顔のフェネックが立っていた。


「なにコソコソしてんの」

「い、いえ! コソコソなんてしてないわよ!」


しかしそれっきり褐色の肌の少年は黙ってしまった。声をかけてきたのはフェネックの方だし、タイミングから考えておそらく彼はスカーレットを追ってきたのだろう。スカーレットがしびれを切らせて何か言おうと口を開いたとき、フェネックが口火を切った。


「俺、あんたに謝らなくちゃだ」

「……え?」

「昨日は気が動転してて、なんかひどいこと言っちまったけど、アクイラさんからちゃんと聞いたんだ、もう一人のフェネックのことを。あんたは、俺たちが生き残れるようにああ言ってくれたんだ。きっと言ったあんたも苦しかったんじゃないかって、そう思ったら申し訳なくて……!」


フェネックは滲んできた涙を乱暴にぬぐった。スカーレットは何度も首を横に振り、彼の手を取った。


「ごめん、ごめんねフェネック……! 私もきつく言いすぎたよね、あなたは強いわ。私だったらきっとまだヘソまげて、スカーレットは嫌な奴だと思ってるに違いないもの。どれだけ支えになれるかわからないけれど、辛いときには力になるわ。だから、もう少しだけ頑張って、そして故郷に帰りましょ?」


フェネックはぶわっと涙をあふれさせた。スカーレットの言葉で故郷のことを思い出したのかもしれない。スカーレットも孤児院や隻物亭のことを思い出して、帰りたいという衝動に駆られた。葡萄酒色のブローチが太陽に反射してフェネックの脱色した白い髪の一部を紫色に染めた。


「ほら、明日は進軍なのよ! 元気出さなくちゃ!」


そっと隣に並んで背中をさすると、フェネックはすがるようにスカーレットに抱き付いた。


「わぁっ、大きい弟ができたみたいだわ」

「ぅぅっ、おねえちゃぁあん……ぶふっ……」

「ちょっと! 泣きながらそういう冗談言わないでよ。泣くの? 笑うの?」

「……泣く」


仕方ないわねぇ、とスカーレットは言い、弟の背中をさすってやった。


その日の昼食時、アクイラが「スカーレット、泣くときには俺の胸を貸してやるぞ」と真面目な顔つきで言ってくるのでスカーレットは仰天することになるのだった。


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