13 クラシデス海戦
砂煙をもうもうとあげながら、壁沿いに細長い隊列を組んで進軍する。スカーレットたちのレディガ、プレハ連合軍は早朝から海岸方面の要塞に向かって馬を走らせていた。
予定通りであれば騎馬だけの軍ということもあり、四日で要塞に到着しそうだ。今頃レシウスも海岸の要塞へ一番近い砦から兵を出しているだろうが、その砦は小規模なもので、馬を使っても要塞まで五日はかかる。レシウスは南北に長い国であり、かつ資源は南に集中しているため、北は守りが薄いことが欠点だ。
そもそも200年前プレノス信者たちが現プレハの地に逃げ込んだのも当時からレシウスの南以外にはほとんど砦がないことが理由だった。200年たった今でも、レシウスは北を疎かにしているというわけである。
日中、スカーレットは隊列の中心あたりでアクイラと並んで馬を走らせ、その後ろに少年たち、一番後ろにクーリフがついていった。少年たちとクーリフの馬は、負傷兵から託された馬だ。それらの馬と比べ、ブラッドとフレンダーの走りにはまだまだ余裕が感じられる。一行は休憩を取りながら進んだ。長城の壁は壁とは呼べないほど低くなったり、しっかりした造りになったり場所によってさまざまだが、影を作り出し馬たちの負担を和らげた。おかげで予定より半日早く、海が見えてきた。
ぬるい風が運ぶ風からはわずかに潮の香りがする。このあたりは制圧した要塞に比べて木々や草花が多い。海岸に沿って木が生い茂り、海は見えない。
驚くことに要塞には兵士の一人もいなかった。あまりに静かな要塞はむしろ不気味で、異質感を放っていた。
「いくら少ないとはいえ、ただの一人も兵士がいないってのはおかしな話だ」
クーリフが馬の背から荷物をおろしながら言う。まわりの兵士たちも皆一様にそのことを話し合っていた。
「おそらくは」
アクイラが口を開く。
「数では到底かなわないとわかって、無駄死にして要塞を取られるくらいならばと、近くの砦に逃げ込んだのだろう」
「臆病者だな!」
小ばかにしたように笑いながら言うマークに、スカーレットが拳骨を落とした。
「いってぇ! なにすんだスカーレットさん!」
「あのね、臆病者で済んでればこんなに深刻にはならないわよ。当初の予定じゃ、ここにいる兵士をまずやっつけて、次に増援を倒すはず。つまり、敵を半分ずつやっつける予定だったのに、それがひとまとめにかかってくるかもって話なの」
「あー……それはまずいね」
ヴァズが落胆した顔で言った。もちろん、こういった可能性を考えていなかったわけではない。グラディアはこの状況に陥ったとしても勝てると見込んでわざわざ海岸にやってきたのだ。それでもやはり一度に多くの敵を倒さねばならないことはスカーレットからすれば面倒に思える。
「僕は、一度に全部済ませてしまいたいですからそれでもいいですけど」
「お! ウィル、お前言うようになったな!」
「ち、違いますよ! 出陣の回数が増えるとその分ドキドキする回数も増えるんですよ? そのうち僕の心臓が破裂してしまいます」
「まぁ、意見はそれぞれのようだが、とりあえず今日は休めそうだということを喜んでおくとしよう。明日か明後日には敵もここへ着くだろうからな。プレハから増軍が来るらしいから、あまり心配はするな」
その言葉にみんなは動きを止めた。
「ねぇ、プレハって増軍をだすほど余裕があるの? もしくは増軍が来たって村人を追加しただけじゃあんまり有利とはいえないわ」
少年たちはスカーレットに同意した。アクイラは首をすくめて「そのうち噂が回ってくるか、レインド隊長が伝えに来るさ。俺もよく知らんのだ」と言った。
兵士たちは壁に寄り掛かって各自休憩をとった。アクイラが言ったようにレインドの部下が援軍の話を伝えに来た。それはプレハからの援軍というより、プレハから要請を受けた外国の軍隊が来てくれるという内容だった。その増援の軍隊はもともと別の侵略行為のため船で出たものの、その場に着く前に侵略が完了したため帰還するところだったようだ。外国軍は通商相手のプレハに立ち寄り休憩をとってから国へ帰ろうとしていた。その時、プレハの危機を知り、通商相手――同盟国として力を貸してくれることになったらしい。
スカーレットたちからすれば、実にありがたい話である。はやければ今日中にも到着するらしい。
「もっとはやく教えてほしかったなぁ援軍がくるなんて」
レインドの部下が行ったあとで、マークがこそっと言った。
「そんな風にいっちまったら、みんなの意欲が落ちるだろうが。いつくる、いつくるって期待するくらいなら、直前で知らされたほうが士気はあがるってもんよ」
「うん、クーリフにしてはいいこと言うわ」
「おまえなぁ……」
その晩は、厚い雲が空を覆い、月光はすこしも地面を照らさなかった。見張りを立てて、軍全体は静かに眠っていた。暗闇の中にあるのは味方の軍の焚火だけだ。
遠くから見れば、要塞の四角い窓の内側で炎が赤く燃える様子は、四角い光が浮いているように見えるだろう。そうすれば、明かりを付けなくとも足音を消して歩けばそれで良い。鎧に反射する月光もなく、生い茂る木々に身を隠せ、一心に四角い光を目指せばかなり近くまで気づかれずによることができるだろう。
要塞を制圧したことを敵に示すための焚火が、あだとなった。
誰もがこんばんは安心して眠れると思っていたのだ。だが――レシウス軍は、予定よりずっと早く、ずっと多くをひきつれてそこまで迫っていた。
「起きろ! 起きるんだ!!」
見張りの叫び声と、それに驚いた馬のいななきでスカーレットは飛び起きた。まわりもほぼ同時に飛び起きて、要塞を見上げた。焦ったように見張り番の兵士たちが状況を伝えた。
「敵襲!前方から敵襲です!数は、わ、我らと同等と言っても過言ではございません!
すぐに出撃準備を!」
兵士たちはまだしも、そうでない者たちは慌てふためき酒瓶をひっくり返し、武器を取り違え、大騒ぎした。あまりに急な敵襲に、レインド含め隊長たちの声は届かない。スカーレットは少年たちに指示を飛ばし、わめく男たちに大声で言った。
「みんな落ち着いて! 落ち着きなさい!」
スカーレットの声は男たちと比べると高く響いた。まわりの男たちは驚いたように足を止めた。スカーレットの周りだけが、沈黙していた。
「慌てていては負けてしまうわ! 焦る気持ちはわかるけれど、確実な準備をして!
大丈夫、まだ間に合う! 壁沿いに並べたならどれが自分の武器かわかるわよね?
そして、馬も。落ち着いた声で名前を呼べば必ず来てくれるわ、こんな風に――ブラッド!」
夜の闇にまぎれた一頭の雄馬が、姿を現した。彼はここに来た時簡単に作った馬用の垣根を越えてここまでやってきたのだ。皆はブラッドの利口でたくましい様子に感心することで気持ちが落ち着いたらしく、スカーレットの言ったように、まずは休む時に手放した武器を探し出した。そもそも眠るときには隣においているのだから、落ち着けば簡単な話である。皆の混乱が馬に伝わる前に収まったので、馬たちも自分の名前を呼ばれれば歩み出てきた。
「騎兵は迎え撃て! 先に出るんだ!」
レインドが叫んで回った。アクイラは誰よりも先に支度を終えるとフレンダーより大柄なブラッドにまたがり、スカーレットを引き上げた。
「スカーレットさん!ふたり乗りしてどうする気なの!?」
ウィリアムがあり得ないと言いたげに馬上のスカーレットを見上げた。スカーレットはアクイラと背中合わせにブラッドにまたがり、少年たちを見下ろした。
「ちゃんと考えがあるわ。アクイラと私をひもで縛ってしまえばいいの。……よいしょ……ほら、ね!これで左腕は自由よ」
「……これは驚いたよ」
スカーレットはひもの具合を確認しながら鞍に座りなおした。
「みんな、私がいなくてもやることは一つ! 生き残ることよ。あとで会いましょう!」
「っしゃあ! がんばれスカーレットさん、俺たちも後から加勢するぜ!」
走り出したブラッドから、スカーレットは手を振り、そして目つきを変えた。これから向かうのは戦場だ。そして、スカーレットはアクイラの背中を預けられたのだ。
「騎兵は壁の前に三列だ! 歩兵は準備ができたらその後ろに並べ!」
グラディアが壁沿いに端から端まで馬を走らせ、皆に伝えた。スカーレットとアクイラは中央の先頭に立つグラディアのすぐ後ろに並んだ。グラディアは振り向いて、笑った。
「いいじゃねぇかアクイラ!背中に女とは!」
「レインド隊長、それは私への侮辱とみなしても?」
「まさか! 二重の意味でうらやましいさ! 頼もしいことだ。アクイラを任せた」
「もちろん!」
「いや、ここは俺がスカーレットを任されているはずなのだが……」
レシウスの軍はもう平地から見ても見える場所に迫ってきている。馬たちが浮き足立って足踏みをした。ブラッドはそんな中ただ一頭、冷静に立っている。そして合図の音で、スカーレットはブラッドの尻をぽんとたたいた。次の瞬間ブラッドは疾走を始めた。二人乗せていながら前にいるレインドの馬すら抜かす勢いだ。スカーレットとアクイラは剣を抜き、砂埃の舞う戦場へ足を踏み入れた。
二つの軍が交わった瞬間、辺りは血しぶきと悲鳴の世界に変わった。スカーレットはブラッドが通り抜けた兵士たちの背中に切り込んだ。アクイラは左手で剣を持ち、右手で手綱を握った。二人の体は紐の間で左右に動く。お互いの動きはその背中からよく伝わってきた。
初めての試みだが、思っていたよりその体制は戦いやすく感じた。それは背中にいるのがほかでもないアクイラだからだろう。ブラッドはレインドの馬に続いた。そうして戦っていると、目の前が急にすっきりしてきた。レシウスの一団の最後尾まで切り抜けてきたらしかった。そのタイミングで、今度は歩兵たちが前方から剣をふるって走り出した。
戦いはさらに荒くなった。数は互角。戦いは長引きそうだ。レディガ・プレハ軍は少しずつ壁のほうへ押されていく。グラディアが声を張り上げた。いったん引こうか。だが互角の中で先に背を向ければそのまま押されて敗北してしまうかもしれない。判断は非常に難しかった。戦い続けていると、兵士たちにも疲れの色が見え始める。スカーレットもそろそろ体制が辛くなってきたところだ。
「こりゃいったん引くしかねぇ……」
レインドがぼやくように言い捨てた。その瞬間、撤退命令が出された。今まで渋っていたのがウソのように、グラディアは全員壁に戻れと指示を出したのだ。レシウス軍はこのうちに体制を立て直そうとあまり深追いはしてこない。スカーレットたちも指示通りに撤退した。
壁のすぐ近くまでほとんどの兵士が逃げ切った。一方でレシウスも体制を立て直して一列に並んでいる。このまま前進されればこちらは壁を背に戦うことになる。どうするのだ。スカーレットは心臓が嫌に早く音を立てている気がした。あまり良い状況とは言えないだろう。
その時、急に腹の奥がずしんと重くなった。だがそれは、精神面からくる錯覚ではなかった。本当に重いのだ。ほかの兵士たちも不思議そうにあたりを見回す。その重さは、やがて低い太鼓の音だと気が付いた。いくつもの太鼓が同時にならされ、地面を伝って腹に響いている。聞こえてくる先を目線でたどると、そこは海岸線上の森だった。
――次の瞬間、大量の矢が雨になってレシウス軍に襲い掛かった。レシウスの兵士たちバタバタ倒れ、馬は大暴れし陣形は一瞬のうちに崩れた。
「アクイラ、なんなの!?」
「あれは……」
「援軍だ。プレハの呼んだ援軍が船で海岸から入ってきたのさ!」
レインドの一言に、兵士たちは歓声を上げる。ひとしきり雨が降った後で、森の中から異国の兵士たちが姿を現した。レシウス軍はしばらく陣形を立て直そうとしていたが、異国の軍と、それに呼応して鼻息を荒くするレディガ・プレハ軍にひるみ、撤退していった。
レディガ・プレハ軍は異国の軍へ感謝の声援を送った。異国の兵士たちは綺麗に整列し、武器を下げてこちらと合流した。異国の将軍とプレハの将軍、そしてグラディアは軽く話し合いをし、そのあとで異国の兵士たちは暖かく迎え入れられた。
「ほんとに助かったわね」
「ああ。心強い味方ができたというわけだ。」
アクイラは気の抜けた声で言って、二人をつないでいたひもを解いた。それと同時に、緊張の糸も解かれたように感じた。
またがる向きを正面に変えて、スカーレットは改めて戦場を見回した。さっさと退散していったレシウス軍は、わずかに息がある兵士たちを置いて行ってしまった。それに原形をとどめない死体が重なり合い、地面が吸い込み切れない血がたまっている。スカーレットはアクイラの手を借りてブラッドを降りた。
「とどめを刺してあげようと思うの。きっともう助からないわ」
「……そうだな、では俺は、まだ助かりそうな負傷兵がいないか探すよ」
二人の目的は違ったが、並んで歩きだした。黒い雄馬はそのあとに続いたく。たすけてくれ、と声が聞こえ、死体の山からまだ助かる兵士を引っ張り出し、救護班に後を任せる。虫の息で視線をさまよわせる兵士たちには、一瞬の死を与えた。それ以上苦しむことも無く、ある者は安らかに、ある者は涙を流し、そしてある者は悲痛に顔をゆがめたまま息を引き取った。
二人に習い、ほかにも余裕の残っている兵士たちが負傷兵探しに励んだ。海外の兵士もいつの間に負傷兵たちに処置を施す手伝いをしてくれている。あたりは先刻までの歓声が止み、犠牲者のために静まっていた。
――ひゅっと、喉の奥で空気が走った。スカーレットは立ち止まり、深く深呼吸をした。アクイラもそれに気が付き、肩ごしに振り向く。
「スカーレット……?」
「……いってしまったのね。辛かったでしょう」
脈絡のない言葉にアクイラは眉を寄せた。だが何も言わずアクイラの腕に寄り添ったスカーレットを見て、彼もまた深呼吸をした。
スカーレットの横にあるいくつかの死体のうちニ体は、よく見知った顔だったのだ。
海戦というか海岸戦だったね…。まぁ、いっか!←




