11.5 若き王
「国王陛下!」
重い扉の向こうから若者の声が聞こえる。テーブルから顔を上げ扉の前に待機する兵士に視線を送ると、彼は敬礼したのち扉を開けた。
「陛下、失礼いたします」
若者は青い目でレディガ国王を見つめた。金色の前髪の下では眉がぐっと吊り上り、その体格からも彼が勇ましい戦士であることが見て取れる。
「うむ、グラディアがやったか」
「はい、先ほど伝令が到着いたしました。守備隊長よりその旨を伝えるようにと仰せつかった次第でございます」
「そうか、お前の兄は優秀な男だ、私は勝利を確信していた」
国王は口の中で笑った。
「ありがとうございます、兄もさぞ喜ぶでしょう」
「対してお前は戦いたくて仕方のないという様子だな。グラディアの落ち着いた様子とはまるで違って」
国王は嘲笑したわけではなく、素直な感想としてそう述べた。若者はかっと赤面した。それからきまり悪そうに苦笑いを浮かべる。
「兄とは歳も離れておりますゆえ……」
「ははっ、元気が良いのが悪いとは言うておらん。お前には兄が帰った時王都が平和であるよう励んでもらわねばならんのだ、精進したまえ」
グラディアの弟は元気よく返事をし、続けて敬礼をしてから部屋を後にした。レディガ国王は再び机に視線を戻す。彼が机に置いた羊皮紙はプレハ国王あての手紙であった。隣の羊皮紙には守備隊をプレハ国に配置してくれたことへの礼と、軍資金を追加する内容が書かれている。国王は顔をしかめた。実のところ、彼は軍事に関してはまったくもってダメなのである。だが彼は税制度や政治制度を整えてきた。村から徴兵をするとき、村長の決定にほかの団体が口出しを出来ないようにしたのもこの国王である。スカーレットは迷惑したわけだが、実際この決まりができたことで徴兵はスムーズに進むようになった。そういうわけで、国王は戦争には口出しをせずとも民衆からの支持を得ているのである。
「分からんが……今回の伝令は軍事費のことやら足りない武器のことは伝えに来なかった。よって、追加はいらぬようだな」
グラディアは本当に必要なものを必要だと言える男であるから国王はそのように判断した。彼は一度白いひげをなでてから軍資金の追加はいらないと手紙に書きくわえた。
「彼のような優秀な軍人がおるだけで私はずいぶん楽ができる。戦争は好かないが、国民の平和を守るためには時に必要なことだからな。彼が帰還したのちには何か褒美をやらねば。もっとも奴が何かを望むとも思えぬがなぁ」
国王の独り言に、扉の前の兵士は反応すべきかすべきでないか判断しかねて、苦笑いを浮かべた。
***
時同じくしてレシウス国城では、一人の老人が寝台に伏していた。ただの老人ではない。彼はレシウス国王である。寝台もただの寝台ではなく天井の付いた豪華な寝台で、その天井から垂れる布の内側には何人かの重臣と息子が国王の顔を見下ろしている。彼は今ではすっかり白毛まみれになってしまった赤髪を白い枕の上に置き、悔しげにこぶしを握りしめていた。
「父上、まだ亡くなるのは早いのです。あなたが始めた戦争を私に引き継げとおっしゃるのですか」
「息子よ、情けない声でいうものではないぞ」
その言葉は息子を励ますというよりも苛立ちをあらわにしていた。レシウス国王は若くして即位してからというもの、野心を腹の奥に貯めてきた。そして時は満ちたと2年前プレハ攻略へ乗り出したのだがあえなく失敗、今戦争はレシウス国王にとっては最後の挑戦になるはずだった。ところが事を荒立てておきながら、レシウス国王は体調を崩した。前戦争の失敗から精力を失っていたところ、高齢が重なりついに倒れたのだ。
これにもっとも迷惑しているのは国王の前で情けなく眉を下げる第一王子エルファシウスである。彼は父がプレハ攻略に再挑戦することをずっと批判してきた。それなのにその忠告も聞かず無謀にもレディガに計画を話し、それを聞いたレディガはプレハとともに進軍してきている。これにはさすがに臣下たちもあきれ返った。レディガに話せばプレハに伝わることなど、いくら政治ごとの苦手なレシウス国王でもわかるはずだ。だがレシウス国王は残り少ない自分の命に焦っていたのだ。
自分一人の野望のため国を危険にさらすとは、なんという国王だろう、私ならそんな無謀なことはしないのに!
エルファシウスは叫びたいのを我慢して、父の寝台に手をついた。
「息子よ、エルファシウスよ、このように寝台に伏していることしかできぬ哀れな父の代わりに、プレハを手に入れるのだ」
国王はしばらくの間何かに取りつかれたように理想を話した。プレハを手に入れた後どのようにレシウスに恩恵がもたらされるはずなのか、国土がどの程度戻るのか。そして構成の歴史書に自分は何という風に書かれるのだろう。エルファシウスよ、お前が私の理想を完成させれば私は偉大なる国王として名を残すぞ。エルファシウスも臣下たちも黙ってそれを聞いていた。やがて国王は静かに息を引き取った。
控えていた女中が国王の顔に白い布をかけた。臣下たちは赤い絹のクッションの上に輝く王冠をのせ歩いてくる。エルファシウスは重たい王冠を自身の頭に頂いた。
「この重み、私は受け止めることができようか」
「王子、いいえ国王陛下。その重みを受けられるのは、もうあなただけなのです」
「つまりは、もう私がどうしようが誰も何も言わないのだな。そうだろう? 父上は亡くなったのだ。宗教のないわれらに死後の世界はない。父はこの世界から消えたのだ。プレハの人々とは違ってな。ならば、私は戦うことにしよう。古い家臣たちに納得させるのだ。慢心するな、わが祖国はそなたたちが思うほどの力をとうの昔にうしなったのだと。そしてあきらめるときは潔く、だ」
異論はないかと見回せば、皆は膝をついて忠誠を誓った。若き新国王は愚かな父の姿を最後に一度だけ目にとどめると、部屋を後にしたのだった。
なにも考えずに将軍が一番偉い!て書いてたらあとからすごく困ったっていうこと笑




