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片腕の英雄  作者: ラニスタ
11/24

11 クラシデスの戦い

 結局、クーリフのサイコロ作戦は余計にスカーレットを沈ませただけだった。一度は感動したスカーレットもサイコロがイカサマだと気が付くと途端に沈んでしまったのだ。少年たちはクーリフを責めたてたがスカーレットはそんなことはお構いなしだった。

気が付いたならできるだけ早いうちに別れておくべきだ。そもそもよく考えてみたらアクイラは自分につきっきりだ。まるで本物の右腕のように。けれど彼の本来の目的はここまでスカーレットに張り付いていることではないだろうとスカーレットは思う。グラディアからの使命とはいえ、自分たちは必要以上にずっと一緒だった。

アクイラにとってもこれは面倒事に近いのではないだろうか。いや、きっと面倒に違いない。スカーレットは自分にそう言い聞かせて納得することにした。

自分は一緒にいたいけれど、このままでは気分は沈むしアクイラの迷惑だ。だからこの決断は正しい。スカーレットはもらったサイコロをポケットの中につっこんで、用事を思い出したといって戦友たちから離れていった。

アクイラはどこに行ったのだろうか。隊列があまりに長いのでスカーレットはどこに隊長たちがいるのかわからなかった。ただ進行方向に向かっていけばそのうち見つかるはずだ。

夕日が森の影を伸ばしていた。まばゆい光は闇と同じくらい危険なものに思われる。明るかろうが暗かろうが、その源が見えないのであればどちらも同じようなものだ。歩きはじめて何分かすると荷馬車に座るレインドと、その前に立って何かを話しているアクイラの姿が見えた。スカーレットはひどく苦しくなりながら話が終わるまで木陰でそっとアクイラを待った。やがて二人は話を終え、アクイラは踵を返した。


「ねぇ!」


声をかけると名前を呼ぶ前にアクイラは振り向いた。


「ああ、スカーレットか。どうしたんだわざわざ」

「ごめんなさい……ちょっと、話したいことが」


スカーレットは伏し目がちに言った。アクイラは何か重要なことだろう、と自分もその木陰に入ってスカーレットに向き合った。あまりにまっすぐ見つめてくるアクイラにスカーレットは一瞬くじけそうになった。彼はまるでクーリフの言う忠実な猟犬のようにスカーレットの言葉を待っている。彼女は目線を下して、大したことではないという顔を務めて作った。


「大したことじゃないわ。ただ、私たちって最近ずっと一緒よねって思って」

「そう……だな。隊も同じだし、お前に何かあった時にはすぐに役に立ちたいと思っているからな」

「でもほら、それってアクイラからすればちょっと――大変じゃない?」

「何を……」


わけのわからないスカーレットの発言に、アクイラは反論しかけた。だがアクイラはうつむくスカーレットに何か異変を感じた。そして何か良くないことが彼女の中で起こっていることをすぐに感じた。


「スカーレット……」

「だから、ちょっと距離を置こうって言いたかったの。それだけよ」

「――っだが」

「勝手なこと言ってごめんね! あの時もそうだわ、家に泊まってほしいっていったりして。あの時私の右腕でしょうって引き留めたのがいけなかったんだわ。でもあなたは戦場で右腕になってくれればいいはずだったのよ。だってそういう命令だから……」

「何も俺は命令だけでお前といたわけではない!」

「なら……!」


スカーレットは恐る恐る顔を上げた。アクイラはやはり傷ついていた。スカーレットにはもうわけがわからなくなっていた。言いだしっぺは自分だが、アクイラがきっと自分といることを迷惑がっていると決めつけて来ただけに、何を言えばよいのかわからない。


「もし、命令だけじゃないとしても……少し、距離を置いてほしい」


しばらく沈黙が続いた。兵士たちが夕食のパンと干し肉を配ろうとあれこれ指図している声や、賭けをして盛り上がる声、そして談笑する声が聞こえた。だがそのどれもが壁を一枚隔てた向こうの音のように聞こえてきた。


「お前は何かあれこれ考えているらしい。だから距離を置くというのは、考える時間がほしいという風に受け取っておく」

「……わかったわ。勝手でごめんね」

「いや、かまわない。たしかに一人になる時間も必要だ」


スカーレットは結局何がしたかったのかわからなくなってしまった。だがそれを考え始めるころにはもうアクイラの姿は消えていた。



***


翌々日、皆は日の上る前に起こされて静かに支度を始めた。スカーレットは少年たちに防具の付け方を指南してやる代わりに自分の防具をつけてもらうのを手伝ってもらった。昨日はほとんどアクイラの姿を見ていない。おそらく彼がそう務めたのだろう。スカーレットの中には罪悪感しか残っていなかった。だがそのように落ち込んでいる場合ではない。 一瞬の隙に命がかかっている日なのだ。スカーレットは自分の頬を自分でたたいた。

並び始めた兵士たちの最後尾につくと、列は奇妙に曲がりくねっていた。この列には軍団の兵士は少ないようだ。軍団兵士の多い隣の列はきれいに一直線だった。

曲がった列を整えようと隊長たちが声を張り上げるのが前方から聞こえる。前から伝言ゲームの要領で出発が近いことが知らされた。いよいよかと兵士たちの緊張が一気に高まった。一方少し離れたところに整列するプレハ軍からは聞いたことのない神の名前が順に叫ばれている。

そんな中、スカーレットは自分の右隣に気配を感じた。どうやら彼は自分で言った通りに右腕の役割を果たすために来たようだ。


「スカーレット、調子はどうだ」

「アクイラ……」

「戦場で君の右にいることはかまわないだろう? そうでないなら俺が来た意味がなくなってしまうよ」

「……ええ、お願い」


心苦しく感じられたが、今はその気持ちは置いておこう。スカーレットは前を向いた

ここまでは聞こえないが将軍が指揮を上げるように何か言っているのがわかる。前の兵士たちがその呼びかけに雄たけびで答えた。後ろの兵士たちもそれに同調して叫び自らの気持ちを高ぶらせた。少年たちも怖がる気持ちを抑えようと躍起になって叫んだ。


「前進!」


将軍から司令官、司令官から隊長へその言葉が繰り返された。兵士たちは足並みをそろえて歩き出した。はじめは通常の速さで。しかし森を抜けると一気に駆け足に変わった。視界いっぱいに広がるクラシデスの長城では危険を知らせるのろしが上げられている。それは空に立ち上り雲の一部となって消えた。ただでさえ油断しているところ、早朝からの奇襲となればもちろん備えがあるはずもなく、向こうはしばらくまともな攻撃はできないだろう。

レディガ、プレハ軍は一気に詰めてかかった。大きな一行が長城の付近まで来ると、レシウスの兵士たちはようやく準備を整えたらしかった。矢が放たれ幾人かがその場に倒れた。だが大した数ではない。レディガ、プレハ軍はすでに矢の扱いにくい距離まで迫っていたからだ。ここ付近のクラシデスの長城は5キロごとに要塞をもつ。その一番正面にあたる要塞からレシウス軍が飛び出してきた。のろしをみた別の要塞からも援軍が来るだろうがその数もまた大したことはないだろう。

クラシデスの長城はそもそも遊牧民がよじ登れないような壁であることと国境をはっきりさせようというプレハの抵抗心から作られたものである。そのため要塞は小規模で、長城がこのように城らしくなっているのも海岸からおよそ50マイルまでの地点と、三国の国境が交わるこの地域の100マイルだけだ。勝機は大きい。だが油断はするなと隊長たちは何度も叫んだ。お最前列の兵士たちが交わった。そこからは乱戦だった。


「マーク離れないで! 私たちで固まっていくわよ!」

「よぅし、後ろはおじさんにまかしとけー! ヴァズ、お前さんはスカーレットの後ろだ。フェネックはアクイラの後ろ、ウィル! お前さんはマークが飛び出していかないように止めてやるんだぞ!

「クーリフ頼んだわよ」


後ろから声を飛ばすクーリフに安堵感すら抱きながら、スカーレットは剣を抜いた。太陽に反射して鋭い光が放たれた。ラッパ手が吹き鳴らす音を聞き、皆は第一軍団から順番に出撃を開始した。九回目のラッパの音でスカーレットたち第九軍団も歩を進めた。既に斬り込みの第一軍団は敵の軍隊と接触した。2つの軍団が入り混じる戦線は嵐のようだった。その嵐がスカーレットたちにも近づいてきた。

やがて斬り込み隊の者たちが戦線を抜けた。スカーレットたちは敵に猛突進した。最初の一人目を切った瞬間にスカーレットは前戦争の感覚をすでに取り戻していた。鎧に阻まれながらその隙間を狙い肉をそぐ感覚。敵から向けられる殺意と、その剣が狙う自分の急所をいかにして守るか。そして並んで戦う見方との息の合わせ方。スカーレット、アクイラ、クーリフと少年たちはだいたい2列に並びお互い背中を預けながら押し寄せてくる敵と戦った。一行は移動をせずその場にとどまり飛びかかってくる敵を倒した。何人か自信のなさそうな兵士がその列に加わった。マークが次から次へと襲い掛かる敵に思考を奪われ一歩ずつ列を離れていく。クーリフがその首根っこをつかんで自分の隣に引き戻すのをスカーレットは横目で確認した。

どのくらいたったのかわからない。おそらく体は疲労しているだろうが、いったい自分がどれだけ疲れているのかスカーレットにはわからなかった。どんなに疲れていようがこの剣を下した時が死ぬ時だと彼らは知っていた。誰も剣を下さなかった。


「なぁ、いったいどれだけ経ったんだよ!」


フェネックがどなるように言った。


「それよりどれだけ倒したかってことのほうがよほど重要だ!」


アクイラがどなり返した。その隣でウィリアムが顔面蒼白でふらついた。スカーレットはあたりを見回してみた。これでもだいぶ敵の数は減ったように思う。しゃべる余裕があるくらいだから勝利の時は近いだろう。足元には死体が転がり、赤い血だまりが足を汚した。


「みんな、円状になって!ウィルが倒れそうよ」

「余裕だなぁスカーレット」


クーリフが笑いながら少しずつ立ち位置を変えた。スカーレットとアクイラが背中合わせになり、その隣にクーリフと別の誰かが入った。ヴァズがウィリアムを引っ張って背中合わせの四人の中に押し込んだ。


「こっちも頼む!弟がぶっ倒れそうなんだ!」


どこかで誰かが叫んだ。スカーレットはヴァズ、マーク、フェネックに目くばせした。三人は声の聞こえたほうへ走って行った。

――と、スカーレットの眼前に大男が現れた。スカーレットは振り下ろされた大剣を受け止めた。男の力は隻腕のスカーレットにはあまりに強く感じられた。脚をしっかり踏んばらなくてはいけないから蹴りをかますことは不可能だし、一度避ければ後ろのウィリアムが危ない。両隣もそれぞれの敵と交戦中だ。冷や汗が背中を伝っていったが次の瞬間大男は大きくうめいた。スカーレットの脇の下から鋭く剣が突きだされたのだ。それはウィリアムの突き出した剣だった。大男は死体の中に埋もれていった。

その時、敵の退却のラッパの音が鳴らされた。敵は押し寄せた後の波のように引いて行った。またスカーレットたちにも退却のラッパが吹かれた。だがスカーレットたちがわざわざ退却する必要はなかった。そのラッパはただ敵を深追いするなと言う合図のようなものだ。敵は怪我人を引きずって逃げるように去って行った。初めての戦いに勝利して、軍団出身でない者たちは安堵の声を漏らした。死んだ兵士の友人や顔見知りたちは嘆いた。スカーレットはすぐに振り向いてウィリアムの安全を確認した。彼は浅く切り傷を受け気分が悪くなっただけのようだ。顔面蒼白のウィリアムはわずかに震えていた。


「ウィル」

「あっ、ああ、スカーレットさん……すみません僕――足手まといに」

「いいのよ! 初めてなのによくやったわ」


スカーレットがぽんと肩をたたくとウィリアムは目に浮かべた涙をぬぐった。そして何事もなかったように駆けつけた友人たちに笑いかけた。


「大したガキどもだな」


クーリフが剣を地面に突き刺していった。本当にその通りだとスカーレットは思う。自分が初めて戦場に出た時の震えは尋常ではなかったことを思い出すと少年たちの戦いぶりは称賛に値するだろう。


「それにお前さんもよくやったよ」

「私なんて全然!」


スカーレットは謙遜でもなく心から言った。けれどクーリフが示す方向を見ると、幾人かの兵士がスカーレットを尊敬のまなざしで見ていた。スカーレットは半ば仰天した。


「な、なに? どうしたの?」

「いや、あんたのおかげで弟がすくわれたよ!」

「俺たちもちゃっかり便乗させてもらった」

「いえ、あなたの弟を救いに行ったのは少年たちよ」


スカーレットは手を顔の前でブンブン振りながら言ったが後ろでフェネックが「でも指示したのはスカーレットさんだ」と言うので兵士たちの視線はより一層強くなった。なんだかおかしなことになってきたとスカーレットは困り顔になった。けれど兵士たちが自分の周りにこうして集まってくる気持ちも少しだけ分かるような気がする。集まってきたのは軍団の兵士ではなさそうだ。

おそらくこれが初めての戦争である彼らは誰か頼れる人を求めているのかもしれない。そんなとき隊長たちは一般市民からすれば遠い存在で、スカーレットのほうがなじみやすいのだろう。村にいたとき、こんな風に頼られることはなかった。片腕だ、人殺しだ、と陰で言われてきた。だがこの戦場では、片腕でありながら生き残ったことがスカーレットに凄みを耐えたようだ。スカーレットはふっと息を吐いて腰に手を置いた。


「――みんな、お疲れ様。とりあえず、いろいろあると思うけれど生き残れたことに感謝しましょう。何かわからないことがあれば相談に乗るわ。直接聞きにくいことでも私を通して隊長に聞くこともできるから、みんなでなんとかこの戦争を乗り切りましょう」


集まった兵士たちは心強そうにスカーレットを見て頷いた。


「それとアクイラ――」


だがそこに銀色の男はいなかった。ついこの前も同じようなこともあったとスカーレットは苦虫をかみつぶしたような表情になる。アクイラなら撤収の時にもういなくなっていたとウィリアムが言った。スカーレットはそれに相槌を返しながら内心は文句を垂れていた。


せめてともに戦ってくれた礼くらい言わせてくれたって良いじゃない、と。


スカーレットのこの悲観症状は何度も出ます←

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