表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
4.真夏の暁光
96/229

最後の敗北者(2)

「……あ」

 ボールを獲得した朝美の腕の間から(まみ)えた彼女の顔を見て、陽は凍り付かせた表情に察しと焦りの色を混ぜた。


(樫屋先輩との真っ向勝負に勝てる選手なんて、そう居るもんじゃない筈。あの薄石の選手達だって苦戦を強いられる樫屋先輩を相手に、ジャンプボールを奪えるなんて、並大抵の実力じゃあない。けど、事実それがこの選手に出来たのは、つまり……)

 世界が変わった様に疑問が氷解していく。

 朝美の中で何が起こっているのか、春大会を経た今の陽にならばはっきりと理解できた。


「行くよ」

 角川朝美は、目の色を変えてドラゴンに速攻を指示した。

 その表情は、かつて春大会で陽達が見せた、集中を極限まで高めた状態と同質のものであった。


「フラット!!」

 けやきの指示を兼ねた号令により、レインとショウは騎手からの指示を待たずコートの左右へと展開した。が、既に朝美のユニットは大虎高チームの誰よりも大虎高コートへと深く侵入していた。

 試合開始直後からの速攻。先程長谷部が懸念した通りの事態が発生している中、けやきはガイの手綱に力を籠める。油断していたわけではない。速攻も四肢に意識を行き渡らせて警戒していた。だが、それでも反応できなかった。


 朝美の手綱捌きと身のこなしはそれ程までに洗練されており、彼女が跨るドラゴンの加速は羽ばたきが加えらる事によりさらに継続していた。

「っくそ!」

「速すぎる!」

 陽と良明の両ユニットは全力で追いすがるが、朝美ユニットとの差は開く一方だ。もはや、けやきにディフェンスを期待するしかない状態である。


 けやきは、後輩達に振り返らずともその状況を正確に把握していた。それ程までに朝美の跨るドラゴンは速かった。

「エンペラー! ほかの二人をマークしろ!!」

 兄妹はけやきの背から聞こえてきた指示に従う他無かった。


『けやき!』

「く、駄目か」

 ガイの羽ばたきを持ってしても、朝美ユニットとの差を縮めることは出来なかった。なんとか差を維持し追いすがってはいるが、このままでは完全無防備なゴールリングに朝美が到達するのは目に見えている。


「ガイ、頼んだ」

「グァ」

 首筋をぽんと叩きながら、けやきはガイの背から跳び下りた。

 かなりの速度が出ている状態のガイから離脱したけやきは、ぐるりと地上で一回転、受け身を取って前方に先行した相棒へとすぐさま視線を向けた。


 身軽になったガイは徐々に徐々に朝美達への距離を詰めていく。

「ァアアアア!!」

 連山高チームの先陣はガイの咆哮に対して一切リアクションせず、そのままボールを振りかぶる。

 羽を大きく広げることで上昇の勢いを殺し、朝美のユニットへと突っ込んでいくガイ。

 ボールは、既に投げられていた。


 電子音の後に、審判のコールが聞こえてくる。

「連山高、一点。ゲームポイントゼロワン」

 連山の関係者だろう、観客席から大きな歓声が上がった。強豪校だけありそれなりの人数の声がコート上の良明達の耳にも届いてきた。連山高はベンチにも控えの選手がおり、立ち上がらずに手を叩いて労う姿がかなりの場慣れ感を醸している。


 観客席の坂は思わず手元の腕時計を確認した。

「開始、二十二秒……ッ」

 一点を取られるまでにかかったその時間は、不安への一要素に過ぎない。

(あの部長が、完全に競り負けた……! それも最も緊張が張り詰めた状態である、一番最初の攻防で。何の邪魔が入ることもなく、一対一で)


 寺川は、「ふうむ」と鼻を鳴らして言う。

「さすがに速いね、優勝校は」

 寺川の。顧問として毎年龍術部を見守ってきた、寺川の言葉である。坂の不安は確信となり、危機感へと変容していく。直家、英田夫妻、例の誰かの知り合いのドラゴン。彼等を見回すと、誰もが思いつめた顔をしている様に見えてくる。


 坂が気持ちを落ち着かせるべくすぅと息を吸い込んでBコートに視線を戻すと、選手達は既に次の一手について話し合っている様だった。

「すまない、次は必ず競り勝つ」

「ドンマイです」

「ドンマイです」

 客席の坂とは対照的に、兄妹の表情に焦りの色は無かった。

 だがけやきの声を聞くまでは、彼等もまた坂同様の不安を抱いていた。不安に至るまでの論理も坂と全く同様で、恐らくはそのけやきの声を聞かなければ今もそれは続いていた。


 けやきの謝罪と決意の言葉は冷静沈着な色をしていて、精神的な後退も、焦りの声音も、そして楽観による驕りも一切混ざってはいなかった。それだけで、けやきが発したその一言は兄妹にとっては精神に染みる特効薬だった。

「グゥ」

 レインが、『次の一手は?』とけやきに問う。けやきは頷いて、遠く相手チームを見た。



 連山高チームの背後。観客席の一角には、”目指せ連山! 返り咲きの花道へ!!”と書かれた横断幕が広げられていた。

「あーちゃんナイシュー!」

 朝美は裕子と手を打ち合わせると、江別にも同様に掌を掲げて求めた。

「お前等よくやった。その集中続けてこう」

 江別が朝美の手をがしりと掴んで軽くかき回すと、朝美のドラゴンも「グィ」と鳴いて呼応した。


 朝美は「ういっす」と返事し、そのまま江別とすれ違おうとした。

 何ら不自然は無い。

 いつも通りの流れ。

 朝美にとってはそのはずだった。


「…………角川、どうした?」

 まさか、呼び止められるとは思っていなかった。

 朝美はぎょっとした表情を取り繕えないまま、江別に振り返る。振り返ってから、いつもの笑顔に戻って明るい口調で言った。

「な、なにがですー? チョベリグだったですよね?」

 あからさまな空元気。キレの無い、木に竹を継いだようなスラング。明らかに、いつもの角川とは異なった雰囲気だった。

 何より、その表情。

 朝美は、今しがた一点を先制した者とは思えない、不安に満ちた笑顔をその顔にこれ見よがしに張り付けていた。


「隠すな。怪我でもしたか? 不安があるなら今ここで言え。時間がない。変な気遣いはするな」

 そう言葉にした江別の口調は、いつもの”おちゃらけた後輩を受け流す”風ではなく、これ以上無いくらいの真剣さでもって後輩を気遣う先輩のそれだった。

「……ごめんなさい、ちょっと怖くなって」

 少し離れたところで試合再開を待っていた裕子は、朝美の異変に一切気付いていなかった。「えっ」と声を出して朝美を見る。


「全身全霊、全力疾走、完全集中で臨んだ速攻に、いとも簡単に追いつかれた…………。私、至らない事も多くて、先輩にはいつもいつも叱られて、それでも速攻だけは絶対に完璧にこなして、この大会の誰一人として太刀打ちできない無敵の武器にしようと、今日までやってきた……でも」

「朝美!」

 江別は、朝美の両肩をつかんで振り向かせた。彼女の乗るドラゴンも江別に首を振り向かせた。


 朝美は反射的に表情を強張らせる。

 何を言われるんだろう?不安になっている事を咎められるんだろうか?ベンチに戻れと言われる?

 地平線の向こうから、様々な不安が群れを成して向かってくるのが彼女には解った。

 理性ではそんなリアクションしたくはないのに、掴まれた朝美の両肩は震えだしていた。


「お前は、見事に一点を取った。基礎能力も低くない。十分戦えてる」

 あえて言葉に力を籠めず、意図的に抑えた口調で江別はそう言った。

 その言葉が、いかに自分の内面を察し、言葉を選んだうえでの慰めだったのか。言う側の江別だって、自らの発言によって後輩を追い詰めてしまうのではないかという不安があったに違いない。朝美には解っていた。

 朝美が知る彼の性格からして、それらの想像は十中八九間違い無かった。


 ドラゴン達が自分を気遣う視線を向けてくれている。ベンチや観客席の皆も多分今の自分の姿を見て心配になっている。

 精神状態を何とか立て直さないといけない。

 朝美は自分に言い聞かせるが、身体はそれを拒絶するかの様に尚も震え続けた。


 その時、彼女の耳に聞きなれた声が届いた。

 おちゃらけた様な、小馬鹿にする様な、とても安心する聞きなれた声。


「もー先輩、なにしれっとあーちゃんの事下の名前で呼んでるんですかー? 妬きますよー? 先輩に」


 いつも通りの、裕子の声だった。

 朝美も、江別も、その野暮極まり無いツッコミが、安易な戯れ目的で発された物では無い事を瞬間的に悟った。

 真剣でありながらにして笑顔を浮かべる江別と朝美は、解れたその場の空気に感謝しながらベンチを見やった。

 連山高の控えの人間選手二人は頷いて試合の続きを促している。

 負けて尚、相手の心を折りにかかる存在。

 江別は、遠くで試合再開の準備をしているけやきとガイのユニットを見て思う。

(なんて恐ろしい奴等だ……)



 コート中央に到達し連山高選手の準備が整っているのを確認するなり、良明は早速レインに前進を指示した。その視界の左端には三年と思われる男子、右には先ほど点を奪った女子がユニットを組んだ状態で構えている。騎乗状態を解除しての試合再開はそうそう多い一手ではない。この点についてはなんら警戒すべき事は無かった。

(それぞれ、樫屋先輩と陽のユニットをマークするつもりだ)

 そして、良明の正面に立ち塞がるは残りの一人。首までのショートボブがやたらと印象に焼き付く女子だった。


「レイン、一気に――」

 言いかけて、良明はぞっとする。

 これから攻めようとしている良明に対して、裕子は既に距離を縮めつつあった。

(この人、いつの間にっ!?)

 実際の距離で言えばまだ十メートル以上はある。だが良明はその瞬間、彼女との距離がもっと近くの様に思われてなからなかった。

 その錯覚の原因は対面する良明にとって明白ではなかったが、理屈として簡単な事ではあった。


 裕子のユニットの加速は、既に良明達のそれを完全に凌駕していたのだ。

 急激に縮まる相手との距離に対して、良明達はまだ走り出すというほどのスピードも出してはいない。また、良明から見て裕子が彼女の相棒のドラゴンに対して手綱を握って指示を出したところを確認できなかったのも大きい。

 いつの間にか加速し、いつの間にかディフェンスが迫りつつある。その状況が、良明の錯覚を招いていたのである。


 良明は手綱を右に引いて裕子から逃れる事を選択する。レインは瞬時にその指示に従い、上昇しながら裕子達と距離を取った。

 だがしかし、妙だと良明は思うのだ。

(正面で見ていて、手綱を引っ張る動作に気づけなかった? ……かなり注視して見てたつもりなんだけど)

 裕子の左手に回り込んで、良明の疑問はさらに増す。

「えっ……」

 彼女は、手綱を持っていなかった。


 レインの羽根の動きを狡猾に吟味し、フェイントではない動きだけを抽出して追いすがってくる相手ドラゴン。レインは小細工をやめ、そのまま裕子のユニットの左手に回り込むようにして相手コートへと攻め込んだ。

「レイン、このままゴールリングまで進め!」

「グァ!」

 だが、さすがにそう甘くはないのが去年の覇者。裕子のユニットはその良明の指示の直後に彼等の前へと躍り出る。

 その動きは迅速で、一切の迷いが無く、まさに王者の所作と形容するに相応しい。


「少年、ここは通さないよー」

 笑顔で言い放つ裕子に対し、良明は冷静に察する。

(時間稼ぎだ、応じずに進まないと!)

 自分達の正面に構えた相手に対し、良明は一瞬の時間を消費しルートを選ぶ。

(向かって右側。駄目だ、コートと相手との隙間が狭すぎる)

 続き向かって左側をちらりと見る。

(他の二ユニットはまだ陽達のマークについたまま。今なら、左側(こっち)から抜ける!)

 良明は手綱を引いた。


 レインが意を決して左側から侵攻しようとした時、良明は先程の疑問が再び脳裏を過った。

 何故、手綱を捌く動きが見えなかったのか。注視していて尚、相手の出方を読み損ねた理由は何なのか。この最接近した瞬間ならば、或いはその原因を見極められるかもしれない。そう思った。


 返事のない”少年”に対し、笑顔を崩さない裕子。

 良明はその笑みに自分の行動を見透かされている感覚に襲われるが、既にレインは三歩目を踏み出している。

(ルートを変更するべきじゃない)

 良明の脳は目の前を流れていく風景を、順番に視覚情報として認識していく。


 自分からボールを奪うべく構えられた裕子の左手。握られていない手綱が垂れ下がるドラゴンの首元。

 そして、裕子の右手へと視線を向ける。


 良明の眼が、見開かれた。

 裕子の手首から先。それが、存在していなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ