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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
4.真夏の暁光
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滞留し、充填される熱情(8)

「はあ?」

 ”やっぱりそういう顔をするよな”と言いたげなけやきに対して取り繕う様に、石崎は夜の帳の中の友人へと心を歩み寄らせる様に二、三歩近づいた。そして、その顔を覗き込む。

「ごめんごめん、馬鹿にしないから聞かせて。それってどういう意味さ?」

 けやきはこの時の感情に関する面倒なやり取りは省き、石崎に本題を切り出した。

 石崎はけやきのこういう遠回りしないところが好きである。


「考えてもみてくれ。前回の春大会、数ある学校の中、二回戦目でよりにもよって薄石と当たった。そして、今回は同じ二回戦目で去年の夏大会の優勝校だぞ」

「いや、さっすがに偶然っしょ……」

 石崎は、真剣ながらも呆れたようにそう言った。

「だが」

「そこまでしてウチを潰したいヒトが居るとでも? それに、もしそうなら一回戦でぶつけて来たってよさそうじゃん」

「それでは不自然すぎる」

「んー……あと、さ」


 石崎は頭の中で言葉を整理してから続ける。

「そもそも組み合わせ決めって、当日に会場でPC使って行われるってハナシじゃん。前日の事務局に忍び込んだところで細工なんて出来るの? っていう」

 それは、けやきも考えた。だからこそ石崎に直接この疑問を口にする事を躊躇ったのだ。


 だが、それでもけやきの中の直感は違和感を声高々に訴え続けるのだ。現に”トーナメント表に恣意的な物を感じるのだ”と。

 けやきは、石崎の言う通りだと思う。

 警戒しようにも、対策しようにも、情報があまりにも少なすぎる。


 この一件をただの高校生である自分が、部の命運を決める大会を前日に控えた今の自分が、どうこうする術などない。

 むしろ、いたずらに周囲を不安に陥れる事こそが避けるべき事なのではないか。

 けやきの中の直観と理性は相克していた。


 彼女が最終的に吐いた言葉は、こうだった。

「ありがとう、話しただけ頭で整理できた。確かに、今は無駄な思考は捨てて戦うべき時だ」

 石崎はけやきの言葉を否定しておいて尚、彼女が自分の中に何かを抱え込もうとする様子にほんの少し不安を覚えた。

(こんな話、もしかしなくても私だからこそけやきは話してくれたんだよなぁ……)

 それに対して、少しでも応えたかった。


「けやきさ」

「なんだ?」

「具体的な事で何か気づいたんなら、その時は私を頼って。出来る協力はするからさ」

「頼む」

 その二文字を口にしたけやきは、随分と救われた様に石崎には見えた。


「あと石崎、この事は他のメンバーには――」

「わーってるわーってる。だから私を屋上(ここ)に呼んだんでしょ?」

「ああ」

「大丈夫、口が裂けても――」

 と、言おうとして彼女は気が付いた。


 けやきも、石崎も、片方の頬には光が。もう片方の頬には闇が張り付いている。

 春大会の時の夜に宿泊したホテルの屋上。

 相変わらず屋上ではビアガーデンをやっていて、野暮なフェンスが星空の鑑賞を邪魔している。

 資材が積まれた一角はとうに宵闇に包まれており、奥の方になれば目を凝らさなければ足元の何かに躓いてしまいそうな程である。


 そんな、闇が支配する資材置き場に綺麗に整列してある鉄製コンテナの物陰に、気配があるのだ。


 ビアガーデンの照明により、目が闇に慣れ切っていなかったのが原因だろう。石崎もけやきも、今までその存在に気づく事はおろか、そちらの方向に意識を向けることすらしなかった。

 だが、確実にいる。

 物音がしたわけでも、体の一部が物陰からはみ出ているわけでもなく、ただただそこに居るという確信とでも呼ぶべき”気配”が漂っているのである。


 石崎は、一人その物陰の方へと歩みを進めた。

「石崎?」

 けやきが何事かと彼女の背中を見つめるが、特に追いかけようとはしない。

 話していた話題が話題だけに、妙な恐怖心が二人を遠目に見つめてくる。

 だが、だからといってまさか件の事件の犯人がこんなところに潜んでいた、などという事はあるまい。そんなご都合主義があってたまるものか。

 けやきも石崎も一定の安心、或いは油断を宿した心境でその気配の正体に関心を向けていた。


 気配は、石崎に見つかるよりも先に自ら姿を現した。

「すいません! 盗み聞くつもりはなかったんです!!」

「で、出るタイミングを逃しちゃって、その!」

 気配の正体は英田兄妹だった。


 けやきは、改めて彼らにも件の話をし始めた。今更隠そうとしても仕方がない。彼女は話しながら彼女は思うのだ。

(考えてみれば、彼らがこの場にいる事は何ら不思議ではない)

 春大会時の様にホテルの一室でミーティングをし、解散したのが十分前。加えてミーティングの場で、”春大会の時にガイとレインが屋上に星を見ながら話をしていた”という話が出ていた。

 それに倣って連れ立って屋上まで足を運んでいたのだろう。

 もっと言えば、ガヤガヤとやかましいビアガーデンの辺りよりも、人気のなく照明の無い暗い方に陣取るのは星を見るという事で言えば当然の選択である。


 一通り話し終えると、けやきは「今更だが、もしかして最初から全部聞いていたか?」と。

 兄妹は首を横に振る事で答とした。

「最初の方はさっぱりです」

「他のメンバーには秘密……とか、そのあたりだけしか聞いてなかったです」

 尤も、そんな顔をしていたからけやきは改めてこの二人にここまでの話をして聞かせたのだが。


「ところでさー」

 石崎は、からかうようににやついた。

「なに、あんたら兄妹で星空なんて見に来たの?」

「へ?」

「へ?」

 と、声を揃える良明と陽。

「普通一緒には来ないっしょー」

 すると、双子はきょとんとして答えた。

「いえいえいえ」

「だってだって、あの場で一緒に屋上の星の話聞いてたわけですし」

「わざわざそんな、避けるように別々に来なくても」


 石崎には弟がいる。姉弟仲もそんなに悪くはない。だが、彼女の感覚で言えば姉弟でわざわざ連れ立って星を見に行くという発想が無かったのだ。

 英田兄妹があんまり自然に答えるものだから、もしかして自分達が異端なのかと考えをめぐらす石崎。

 けやきは、そんな彼女にフォローする様に口を挟む。

「あー、私にも兄がいるが、連れ立って遊びに行った思い出はあまりないな」


「えー」

「えー」

 声を揃える兄妹。

「いや、別に普通はないと言って否定するつもりはない。家庭によるという事が言いたいだけだ」

「あー」

「あー」

 声を揃える兄妹。


 先程からシンクロ率が急上昇している兄妹を見て、けやきは頷く。

「お前達二人にはそのくらいであって欲しいと思う。件のアレを使いこなす上で息が合っている事は絶対条件だ」

 合宿で編み出した、廃部の危機から逃れる起死回生の必殺技。名前も特に決めていないその戦法は、彼ら英田兄妹のシンクロあってこその奇策である。何かのきっかけにより、よりにもよってこのタイミングで喧嘩などされてはたまったものではない。


 そんな事に意識を向けているのかいないのか、兄妹は特に恥ずかしがるでもなくけやきを見て意見を揃えた。

「でもそれを言うなら、ドラゴンと人間の繋がりだって――」

「かなり重要なんじゃないです?」

 口にして、陽はふと思う。

(樫屋先輩って、ガイさんと喧嘩とかした事があるのかな?)

 愛すら感じる彼等の仲だが、一般に、別に恋人同士だから喧嘩をしないかといえばそんな事はない。


 直後、陽の疑問を察したかの様な答えが返ってきて彼女は驚きの表情を浮かべた。勿論、けやきに人の心を読み取る能力などはなく、それらの言葉は直前の陽の問いかけから生成された切り返しに過ぎなかった。

「それはそうだが、どうしたって種族が違う生き物同士だ。お互いに解らないこともあれば、意思を伝える為の手綱も握る。もしかしたら、まだ直面していないだけで潜在的に分かり合えない部分だってあるのかもしれない――」


 石崎は、高みの見物でも決め込むような、したり顔にも似たなんだか偉そうな表情を浮かべてけやきの言葉に耳を貸している。かつて――小学生の頃――恋愛マスターを自称した者の顔である。

「――それを乗り越え、或いは乗り越えずに受け容れながら認め合っていく。それが人と竜のあるべき姿だと私は思っている」


 それはそのままけやきの恋愛哲学とでも呼ぶべき持論であり、人とドラゴンと言うよりは、けやき自身とガイに関して思う事なのであった。ただし、けやきはその事に気づいてはいない。

 だからこそ、石崎はにやにやしているのである。まったく、どいつもこいつも鬱陶しいくらいに可愛い。


 けやきは、話を戻す。

「だが、お前達の繋がりはそうではない」

 良明と陽はけやきの言葉にピンときていない様子で聞き続ける。

「並のプロ競技者のヒトと(ドラゴン)さえも凌駕する、暗黙の裡の意思疎通。…………いや、違うな、オカルトチックな表現を使ってしまえば、お前達が獲得した能力は一種の超能力と言っても過言ではない。私が知る限り他のどの競技者達も持っていない、いわば特殊能力だ。その前提となるのが、お前達のその仲の良さなんだと私は思う」


 なんだか随分とくすぐったい事を言われている気がしてならない双子だ。しかし、今となっては今横にいるやつがこうして当たり前に側に立っている事があまりにも当たり前になっていて、”妹と――兄と――不仲な状態”というのがまるで想像できない。

 良明と陽は幼い頃からの記憶を辿ってみる。

 しょうもない遊びを思いついては二人で協力した。

 遊んでいる時にどちらかが家の物を壊せば、二人で親に謝った。

 学校の宿題は二人で分担して片づけた。

 友人を交えて何かで遊ぶ時は”お前らが戦うと勝負付かない”と言われていつも同じチームにさせられた。


 喧嘩はしたが、相手に悪意や心からの敵意が無い事は解りきっていた。

 敵とか味方とか、仲が悪いとか仲が良いとかそういう発想など、抱いたことすら無かったし、まして、石崎が言う様な恋愛感情みたいなものでは全くない。

 そこに居るのがただただ当然で、協力するのがただただ普通で、けやきが人とドラゴンの関係を語る上で口にした様な受け入れられない性格の不一致も特に無くて。

 同志、とでも言うべき”相方”の様な存在。

 それが、英田兄妹にとっての兄妹という概念だった。


 つまり、けやきや石崎の言っていることはやっぱりピンとこないのである。

 同じ様なキョトンとした顔で先輩達を見比べる二人を見て、石崎とけやきは察した。

 たぶん、これでいいのだ。キョトンとしているこの反応こそが、彼らの繋がりを証明しているのだ。

 明日への戦いの為のかの奇策の、最も危惧すべき点はとうにオールグリーンなのであると。

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