滞留し、充填される熱情(7)
Aコート、Bコート、Cコート。全て、あの春と同様に熱い戦いが繰り広げられていた。
春大会に続いて観客席の中央付近に陣取った大虎高の面々にとってはCコートはいささか見づらい場所に位置していたが、それでも戦局を見守るには十分な位置だった。
海藤は、コート上の六名とベンチの石崎、シキ、そして監督である長谷部へと視線を向けた。
「あっ」
と、声をあげる。山野手の言う通り、確かに試合は終盤かつ佳境に差し掛かっていた。
コート上へと、海藤の意識は流れ移っていく。
「良明、そのまま攻めきれ!!」
「はい!」
「グァ!」
けやきに対する返事がレインと被った事により、良明は彼女への手綱の指示を省略した。
彼等の前に相手選手が躍り出ようとする。その敵ユニットの背後で地を蹴ったのはショウ。背の上の陽は、自分達の存在をアピールする様に叫んだ。
「アキ!」
片手を上げてパスを求めるポーズ。
良明へと向かおうとしていた相手ユニットがそれに気づき、振り返る。
そして、陽の正面にはもう一ユニットが立ち塞がった。
(ナイス引き付け)
良明はそのまま結局陽へのパスは出さずに直進し、相手チームのコートで待つ三つめの敵ユニットへと向かっていく。
最後の一ユニットの騎手は陽ユニットに群がる他のメンバーに叫んだ。
「そっちの選手は囮だ! 早く戻れ!!」
そうは言っても、陽だって既にゴールリングを狙える位置に陣取ってしまっている。囮と分かっていつつも、相手チームは陽とショウに対して手薄にするわけにはいかなかった。
良明は、指示を飛ばした男子の傍らを潜り抜けるようにして、レインの手綱をゆっくりと、しかし強い力で引き上げた。
「グァア!」
ジャンプから一気に飛翔するレイン。
良明はボールを振りかぶり、迷い無くその手に持った白球を投げ放った。
ビーーーーッ!
「大虎高、一点。ゲームポイント、スリーゼロ!」
一回戦の相手・西薗商業高校はさほどの強敵ではなかった。
序盤からパスの繋ぎが甘く、攻めるにしても守るにしても意図がむき出しになっており、今の大虎高チームにとって彼等のオフェンスやディフェンスに対処するのは造作もないと言っていい実力差があったのである。
一人一人、一頭一頭のスキルはそこまで低くなく、薄石高との練習試合の頃の大虎高チームならば接戦にもつれこんでいたかもしれない。
前半の七分五十八秒という大虎高の勝利までの時間を長いととるか短いととるかは判断が難しいところだ。けやき率いる大虎高チームが序盤に相手の出方を窺っていなければもう二分ほどは早く決着がついていたが、最後の大会の最初の試合で慎重さを欠く判断をけやきはしなかったのである。
「良明、よくやった」
「ナイシュー!」
良明はけやきと陽と手を打ち合って、ドラゴン達とも目配せして頷いた。
「問題は、次ですね」
歓喜に沸く観客席では、坂が心配そうな声をあげた。
曇天とはいえ夏の熱気に包まれているスタンドは熱く、薄手の制服スラックスでそのまま腰掛けるのを躊躇う程の高温である。
大虎高校関係者が陣取る一角には英田夫妻もいる。尻の下にハンカチを広げて腰かける由の姿に衛は十五年程前の彼女の姿を重ね合わせてみたりした。さすがに最後の戦いという事もあって、今日は息子と娘に渋々の了承を貰って堂々と応援に駆け付けた二人である。
衛はこの日の為に少ない仕事の休みを調整した程である。
まったく、運動会でもないんだから親が部活の試合の応援に来たっていいじゃないかと衛は思うのだが、自分の高校の頃の心持を思い返すととてもそんな指摘は口に出せそうになかった。
あの運動神経もくそも無い二人がよくもまぁ頑張っているもんだと衛は素直に感心し、心の底から応援してやりたいとも思っている。それ故の、頭の片隅に浮かんできた”応援に来たっていいじゃないか”という指摘なのだが、得てしてあの頃の少年少女はそういう素直な気持ちというものをその場の気恥ずかしさで拒絶してしまいがちなのである。
「えーと、次は?」
誰に尋ねるともなしに呟いた衛に、すっかり打ち解けた様子の山野手が「そうなんすよ」と言って続ける。
「次の相手がヤバいんです。春大会の優勝校なんで……」
衛は「うわぁそうなの?」と龍術部員達を見回した。
何人かが彼に振り返って頷くと、口々にその学校の戦い方の特徴を述べていく。
どうやら、竜術部員達にとってはとうにチェック済みの強豪校らしい。
この一連のやり取りで、衛は他の関係者のこの大会への熱量を否応なしに見せつけられる想いがした。
長谷部の夫は、膝の上に息子を抱き上げた状態で衛に言う。
「今コート脇のベンチに座ってるウチの嫁が言うには、そこを超えれば先が見えてくるそうで」
「え、でも、その次に当たる学校ってたぶん――」
トーナメント表を指で追いながら、衛は疑問の声をあげる。
「て、思うでしょう? けど、あいつが言うにはそっちは大丈夫なんだって言うんですよ」
衛は「へぇー」とため息を漏らすばかりだったが、その傍らで先程から緊張の表情を浮かべている妻に気づき、からかう様に話しかけた。
「由さん緊張しすぎ。今試合終わったところだぞー」
どうやら由は次の試合相手が春大会の優勝校だと聞いて心配しているらしい。ちなみに、そんな由も衛も、子供達と部とドラゴン達をめぐる事情は直に聞いて知っている。本来、あっけらかんと構える衛よりも、由のこの状態の方が正しいあり方なのかも知れなかった。
由だって、別に気が小さい方ではない。これまでだって子供達の戦いぶりを見つめてきたし、春大会で薄石高に負けて帰って来たあの日の夜も、特に動揺する事も無くいつもと変わらない暖かい夕飯で優しく労ってやった。
だが、事ここに至ってはさすがの彼女も緊張せずにはいられないのである。
衛は何故こんな平静でいられるのだろう、と由は思う。仕事柄、修羅場も多いからなのだろうか、そんな事を考えたりしてみた。
とその時、彼女の思考を遮る様に、初老の男性の声が水面をついてジャンプする魚の様に不意を突いた。
「まぁ、兎に角これで一日目は無事終了です。明日も交通にはお気をつけていらしてください」
寺川がそう英田夫妻に挨拶すると、二人は口々に同じ様な挨拶を口にしてお辞儀した。
荷物をまとめる前に、由は手元のトーナメント表を今一度見てみる。
「えーと、それで次の学校は……」
その校名を読み上げる。
「れんざん……高校?」
「ああ、それは――」
由に対して、藤が振り返って補足する。
「"つらねやま"って、読むらしいです」
西薗商業高校に無事圧勝したこのタイミングだからこそ成立する表現であるが、それこそが事実上の最初のハードルの名であった。
*
ホテルの屋上を吹き抜ける夏の夜の風が、完全に乾ききっていない髪の毛を生暖かく舐めては逃げていく。
けやきは、その手に持っていた新聞を石崎に返して言った。
「警備は大丈夫なのか? 我々……うちのメンバーへの影響も気にかかる」
話題は昨日の竜球事務局への空き巣騒ぎの事である。
結局、春の時の犯人も見つからないまま夏でも同じ事が起こった形である。彼女の口からこんな言葉も出てきて当然の事態であった。
否、今回の事件に関しては、前回とは異なる点が一つあった。
「実害がねぇ、春鉢植えと今回の消火器じゃあ警察もそうしつこくは犯人を追っかけないんじゃない?」
石崎は、まるで危機感の感じられない声でそう言った。屋上の手すりにもたれ掛かり、彼女は今一度けやきから返された新聞を見てみる。
「しっかし、春先の鉢植えもだけどさ、今回の消火器なんて盗んで何に使うつもりなんだろ?」
「それよりも、その侵入者が大会前日に忍び込んだ事が私には疑問だ」
「なにそれ、どういう事?」
けやきは、解らないかとでも言いたげな表情で石崎を見た。
石崎は夜の暗がりの中、鈍い照明に照らされた新聞を読みながらその言葉をなんとなくで耳に入れる。
「大会の前日、だぞ。大会の開催への遠回しな抗議なのか、或いは関連する何かを盗むことが目的なのか……兎に角、この高校龍球の夏大会に対して何かしらの意図があるのは明白だろう」
石崎は夜の帳に溶け込む様にビアガーデンの脇の方へと二、三歩歩いた。そして、振り返る。
「って言ってもさぁ、結局なーんも重要な物は盗まれてなかったわけっしょ?」
「それはそうだが」
「じゃ、私達が気にする事じゃないっしょ?」
けやきは呆れる様にため息をついて石崎へと抗議する。
「大きくとらえれば、お前にだって危険が及ぶ事かもしれないんだぞ」
石崎は手をひらひらさせて、
「そん時ゃそん時だって。どの道情報が少なすぎて何に警戒したらいいかも何を護ればいいのかも解んないじゃん」
「…………」
けやきは楽観的ながらももっともな事を言われて沈黙してしまった。
その様子を見て、石崎は初めて心に引っかかるものを感じたのである。
(けやきってば、大会一日目の夜に私を屋上にまでわざわざ呼び出して、何を言おうとしてんだろ?)
”心配だから相談に乗ってくれ”、なんてけやきの性格からしてとても言いそうに無い。
もしかして、この事件の犯人の目的に、ある程度の心当たりがあったりするのではないのか?だから自分に注意を促そうとしているのではないのか?
ふと、そんな事を考えた。
「……なんで、そんな遠回しな言い方すんの? らしくないじゃん、心配事なら聞いたげるよん」
それは、けやきがこの話題に関して何か具体的な思惑を感じ取っていると言う革新の元に出てきた一言であり、石崎とけやきの仲だから吐ける台詞だった。
けやきは、親友の顔を見て馬鹿なことを言い出すのである。
「トーナメント表が、改竄されている気がする」




