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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
84/229

道程は辛く<下>(6)

 高度二メートル。

 それは、高校龍球においてある種の限界を表している数字である。


 人間がドラゴンに騎乗し宙を舞い、ボールを奪い合ってお互いのゴールリングを目指すこの競技。その攻防に於いてオフェンスとディフェンスは、他の球技同様に重要な意味を持つ。

 時に上空高くへとボールを持って相手を引き離す事もあれば、相手のユニットへと飛びかかってでもボールを奪いに行く事もある。地上だけで完結しない戦略と戦術の駆け引きは、時に空高くへと波及するのである。


 ただし、それはあくまでルールという下敷きがあってこその戦いである。これはスポーツであり、命の奪い合いではないのだ。

 中でも若年者、つまり高校生が龍球という競技のベストワンを決めるこの場では、ある程度の安全対策はあってしかるべきである。

 その為のルールの一つが、相手ユニットないし選手に対して飛びかかってボールを奪い合う際の二メートルという高度制限である。


 安本による相手選手への跳躍。それが仮に二メートルを超えた地点からの行動であったならばルール違反として扱われるディフェンスの方法であったが、審判の無言はその高度に達していないという判定を意味していた。

「っく!!」

 ガイの上でバランスを崩し、仰け反るけやき。だが、その手のボールは未だしっかと握られていた。


 けやきは周囲を見回す。

 良明も陽も、それぞれの選手をマークする事で手一杯だった。彼等にパスを出せる状況ではない。

 と、その時、地上を迂回していた久留米沢がドラゴンに乗り、ついにはけやきの元へと上昇してきた。

 安本から遠ざけたけやきが持つボールへと接近し、久留米沢はその剛腕を振り上げた。


「ガイ、一旦離脱だ!」

 仰向けのままそう指示を出したけやきの両手に、衝撃が走る。正確には、それはその両手で固定されているボールに対する衝撃であった。

 見れば、久留米沢が握り固めた拳が白球に叩きつけられている。


 それでもけやきはボールを放さない。

(駄目だ、やはりこのままでは攻めきれない!)

「全員、一旦(かえ)――」

 けやきが選手達に指示しようとしたその時、既に良明と陽は手綱を引いていた。


 それに感心を抱いたなどという事はない。

 だが、事実としてその直後、けやきのボールはついに奪われた。


 薄石高の全ての人間選手が再騎乗し、完全にレギオンフォーメーションを解く。


 そして、それら全てのユニットが鳥の群れが飛び立つがごとく、一斉に大虎高コートへと上がっていった。


 けやきもすぐに体勢を立て直し、両校選手が入り混じる中へと自身のユニットを捻じ込んでいく。

 双子のユニットはボールを持つ久留米沢ユニットになんとか並んで飛んびながら、左右から挟む様にして距離を詰めていく。久留米沢が手綱を引いてドラゴンの高度を上げるが、良明と陽もすかさずにそれへとドラゴンを追従させた。

「グァ!?」

 否、そうでは無かった。双子のユニットのうち良明の方は、久留米沢のユニットをあっけなく追い抜いていたのである。


 その時のレインの気迫は、まるで別の個体の様だった。

 彼女は琥珀の様な金色の眼を見開き、――勿論比喩的な意味であるが――眼の色を変えて目の前の獲物へと食らい付かんが如く進路をふさぎにかかっているのだ。

「来須!」

 久留米沢は、僅かに先行する来須へとその手中のボールをパスする。

 が、レインもショウも、久留米沢が来須の名の二文字目を発音する頃には既に来須の方へと移動を開始していた。パスを受け取るべく来須を乗せたアルが移動速度を落としている間に、完全に包囲する事に成功する。


 その毒の抜けた来須の顔を見上げて、レインは刹那の瞬間に思う。

(最後の一点。これが取られればトーナメント敗退。つまり、私や竜の先輩達は、近い将来、大虎高を追われる事になる。勿論それは解ってる……解ってるけど、そんな事よりも――)

 翼を広げて見事来須ユニットの前進を妨害する事に成功したレインは、滞空を続ける為にすぐに羽ばたきを再開する。だが、たったそれだけの行動でも来須ユニットが大虎高コートへの進行を中断するのには十分だった。

(そんな事よりも、けやきを、陽を、良明を……うちの竜術部を馬鹿にした事だけは、絶対に赦さない!!)


 レインの気迫、或いはオーラとでも表現するべきなにか(・・・)の変化を、来須は瞬時に感じ取っていた。

 明らかな変化を見せた眼つき。気のせいでは済まされそうに無い、迅速で洗練された身のこなし。まるで、先程まで頭を空っぽにして戦っていた自分を観ている様だった。

(集中一つで、精神の在り方一つで、ここまで動きが変わるものなのか?)

 それとも。と、フェイントをかけながら来須は思うのだ。

(これが、話に聞く金目の竜の潜在能力と言うものなのか!? たった一カ月半でこんな動きを出来る状態にまで成長する……それが、金目には出来るっていう事なのか?)

 現に来須の目の前に居るレインは、それ程にまで無駄の無い動作を継続していた。


 だが、来須はついに気づく。相手ユニットの変化がそれだけでは無い事を。

 二回目のフェイントを看破された瞬間、彼は気づいた以上先程の自身の思考を否定せずにはいられなかった。

(違う……金目だから、じゃない……)


 眼の色を変え、来須の度重なるフェイントを看破し続けるレイン。

 そのレインに跨る騎手もまた、明らかに目つきが変わっていたのである。

 来須はその横のユニットに視線を移す。陽の顔つきにも同様の変化が見て取れた。


 怖気が走った。


(何が起こってる? 一体、なにが――)

 金目ドラゴンの背の上の良明が、ついにボールを奪いにかかってきた。

「っ!」

 一瞬で身を乗り出してきた良明に対し、辛うじてボールを遠ざける来須。


 すぐにでもパスを出すべきだと彼の中の何かが大音量で警告している。

 だが、それを陽の追撃は許さなかった。

 迫りくる兄妹を必死でかわし続ける来須は、焦りと共に確信にも似た想いに満たされていく。

(もしかしたら、俺達は虎の穴からとんでもない物を引きずり出してしまったのかもしれない)


 龍球歴高々一カ月半の三名。

 つい先日まで大虎高チームの弱点だったその三名が、今この瞬間の来須には、まるで最大の脅威にさえ思えてならなかった。

 だが彼等をそうさせたのは他でも無い自分と安本なのだと、彼は痛いほど理解していた。

 悲痛な復讐劇を演じているのはもはや薄石高校龍球部では無いのだと、三名の変貌ぶりを目の当たりにして彼は漸く悟ったのである。


 良明と陽と、レイン。

 彼等は、ただただ必死なのであった。

 二点を奪われた時から心のどこかで燻り続けている焦りに加え、こちらもあと一点を取ればあの薄石高(・・・・・)との戦いで勝利を収められるという切望の気持ち。


 あと、ほんの少し。

 半身を乗り出して手を伸ばせば届く場所に、勝利がある。

 双子とレインの全力を引き出しているのはそれらの事実に他ならなかった。

 頑張ればなんとかなる。

 たったそれだけの”状況”が切っ掛けとなり、三名の完全なる集中の呼び水となったのである。


 彼等のその変貌ぶりは、観客席から見ても先程までとはまるで動きが違っている事が容易に目視出来る程だった。

 観戦者の中でも特に龍球経験者に関しては真っ先に二人と一頭の変化に気づき、彼等の多くは無名選手の戦いぶりを興味と感心を込めた眼差しで見守り始めた。


「あの子達…………」

 長谷部は冷静で真剣な表情を保ちながらも、口に手を当てて絶句した。

 直家は彼等の変化に気づいたその瞬間から、一切の動作を止めていた。

 いつからか屹立し、後輩達とその他の選手の攻防を見守っている石崎。

 判官びいきはいけないと心に言い聞かせ続ける野崎審判。

 薄石高チームのベンチでは、緑山がメモを取る事も忘れて口を小さく開けたまま、尊敬とも恐怖とも対抗心とも取れる不思議な感情と戦っている。


(もう、いい加減に)

(そのボール返せ!)

 良明と陽は歯を食いしばりながらボールを奪おうとし続けているが、来須はすんでの所でそれをかわし続けている。

「アル! 降下!!」

 来須に指示されたアルは、突如として羽ばたくのを止めて地上へと降り始める。が、良明はそれを視るなり自らレインの背から躊躇いも無く飛び降りた。来須ユニットの降下地点に先回りしたはいいものの、二メートル程の高所から着地したために足に痛みと麻痺が充満する。

 良明はそれでも頭上の五名を見上げて思うのだ。

(これで地上は塞いだ! あとは陽達が押し切ってくれれば――!)


 来須は、襲い来る手数が減少した事で今一度パスの機会を窺い始めた。

 その様子に気づき「グィイ」と声を上げたのは熟練者であるショウである。彼女の声に気づき、レインは来須と遠く離れた久留米沢の間にすかさず割って入る。


 来須とアルからなるユニットに相対(あいたい)するのは、これで陽のユニットだけとなった。

「来なよ、絶対に抜かせない!!」

 言い放った陽の声は、ここにきてついに来須への怒りを一切包み隠さず表に出していた。


 陽の中には、必死さの嵐の中にチラつく意地というものがあった。

 稚拙なのは解っている。

 暴言を吐かれたからといってそれに対してまともに取り合うのは、まるで大人な対応じゃあない。彼女は解っているのだ。

 けれど、それを頭で理解していながら、どうしても陽はかつて来須が向けてきた敵意を無視する事が出来なかった。


(嫌な事をされて怒るなんて、当たり前の感情じゃんか)

 陽は今一度ボールを奪いにかかる。

(それを相手と同レベルだなんて扱われて、押し込められて、完全な被害者の自分達ばかりが鬱憤を貯め込む事を強要されるなんて、絶対に納得なんてするもんか! 私は誰がなんて言ったって、こいつが私たちと樫屋先輩に謝るまで、絶対に赦さないんだ!!)


 怒りは原動力になり、気迫となって、かの薄石高の生徒と互角に渡り合うだけの力を彼女に与えていた。だが結局の所、感情が能力に変換されるに至ったのは他でも無い、彼女自身による日頃の努力が下敷きにあったからこそなのである。所詮感情は感情。今持つ力を引き出すための条件、或いはツールなのである。

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