表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
83/229

道程は辛く<下>(5)

 Bコート上では、来須が跨るドラゴン・アルが一歩目を踏み出す。

 来須の表情の違いに良明と陽、そしてレインが気づいたのは、この時になっての事だった。今の彼の顔は先程までの憎悪に満ちた表情ではない。純粋に、全力を尽くす競技者の表情である。これまでの人生で勝負事を敬遠していた双子にとって、その無機質な強者の顔の方が、先程までの憎悪に満ちた表情よりも十倍は恐ろしかった。


 何かがあったのだとはすぐに解った。だが、彼の表情から憎悪が消えつつも、未だ謝罪の言葉があったわけではない。筋を通さない人間に、負けるわけにはいかないのだ。

 そうでなくとも、全ての大虎高竜術部の部員には大目標としての部の存続という極めて重大なミッションがある。

 意地と想いを胸に秘めた良明と陽とレインにとっての決戦は、今日この日に目覚めた瞬間から、今のこの最後の一点に向かって加速度的に収束してきていた。


 来須のドラゴンが二歩目を踏み出した時。それは、大虎高三ユニットが彼に接近しようとした瞬間でもある。

 薄石高チーム最後の決断は実行に移された。

「今だ!」

 安本の号令と共に、薄石高校はレギオンフォーメーションを発動した。


 各大虎ユニットからの距離はまだ十メートル以上ある。これで、先ほどベンチ周辺で良明達が話していた、”レギオン発動のタイミングを突く”という策は不可能となった。

「パスの行く先を多くして、こっちの判断を攪乱するつもりか!」

 良明は焦った様に言いながらも、しっかりと安本の手元を凝視する。幸いにしてその指の本数を見て取る事が出来た。

(左手。薬指一本。右手。中指と薬指計二本!)

 サインの法則が先程と同じならば、久留米沢へのパスという事になる。

 だが、けやきが言った通り指に対応した指示の内容を変えている可能性は十分ある。

 良明は念の為久留米沢を視界に捉えて確認する。来須の方へと進んでおり、パスへの意識はさほど感じられない。


「やっぱりサインを!」

 そう言った陽に、良明は自分にも言い聞かせる様に告げる。

「大丈夫、相手も俺達が手元を見ているっていう自覚がある証拠だ! 樫屋先輩が言った通りハッタリでもいいから相手の手元を凝視しよう!!」

「わかった!」

 けやきが来須へと向かって行く。それを受けて、来須はすぐさま傍らのアルへとパスを出した。


(左手。薬指一本。右手。中指と薬指計二本!)

 陽は安本の手元を確認。

(今さっきのと同じだ! あの来須のドラゴンに対して尚も直進しなさいって事?)

 陽は、あくまでボールを受け取った来須のアルへと向かって行く。言われた通り、安本のサインは思考から外した。


 妙だった。

 ボールを受け取ったアルは、久留米沢へとパスを出したのだ。

(全く同じ指示で、さっきと違う行動をした……?)

 陽はボールへと手を伸ばすが、眼前二メートルを横切っていくパスをカットするには至らなかった。


 ボールをキャッチする久留米沢。直後の安本の指示はこうだ。

 左手。親指一本。右手。中指と小指計二本。

 陽の見間違いでなければ、彼女にとっては未知の指示である。

 何かが来る。久留米沢に追いすがろうとした陽が、そう思った時だった。


「全員、戻れェえ!!」


 それは、山をも動かしそうなけやきの声だった。

 良明も、陽も、それまで続けていたサインに関する思考をあえて停止させた。けやきのその剣幕だけで、尋常ならざる危機が迫っていると容易に察しがついたからだ。

 即座に自コートに反転する兄妹。眼前のその光景を視界に捉え、愕然とした。

 ゴールリング周辺には薄石高の選手計三名が集結し、残りのメンバーも徐々にその距離を詰めつつあった。

 その事を、大虎高の選手のうちけやきだけが気づいたのだ。


「チッ、あの天才女が!」

 安本は吐き捨てながら脚の動きを疾走へと切り替える。それを合図にした様に、薄石の全選手が一気に大虎高ゴールリングへの距離を縮めていった。


「私を軸にエンペラー!」

 良明と陽は瞬時にけやきの指示に対応した。間に久留米沢を捉える様に、V字の陣形を作り出す。

「よし、そのままマーク!」

 最奥のけやきが進み出て、大虎高の三ユニットに包囲された久留米沢へと襲い掛かる。


「ザワぁ!」

 久留米沢の背後で安本がパスを要求する。が、久留米沢がそれに応じる様子は無い。

 良明、陽、けやきの三ユニットが彼への包囲を二メートルほどにまで縮めた時、パスは意外な方向へと伸びた。

(安本から指示は出ていない。独断か?)

 思いながらけやきが振り向いた先には、来須が居た。


「フラット!」

 そのけやきの指示があと一秒遅れていれば、来須は大虎高チームの防衛線を完全に突破していた。

 行く手を良明に阻まれた来須へと向かって行くけやきとガイ。けやきが駆け付けると、良明と陽も来須から出るであろうパスの道筋を塞ぐ様に手綱を引いて包囲を狭めた。


 ここにきて、完璧な包囲が完成した。

 レイン、ショウ、ガイが目一杯羽根を広げ、すべての薄石高選手へのパスの道筋を完璧に遮断できている。

(いける!)

(いける!)

 瞬間、兄妹はそう確信した。


「っぐ」

 来須から見て空間が開いているのは、空が覗く直上と相手ドラゴンの羽根の下。来須は、レインの羽根の下に一瞬ちらと見えた久留米沢の脚の方へと、その手に持つボールを転がした。

 良明の視界の中で、来須のモーションが進行していく。素早く無駄の無い動きだが、その意図は明白だ。

 良明は、ボールの行く手を遮る様にその右手を伸ばした。


 苦し紛れに放った来須のパスは、ついに良明の手により遮られた。

 すかさず良明達へと迫っていくサイの前に立ち塞がり、ショウに跨る陽は兄を促した。

「上がって!」

「よしっ」

 レインは良明に指示されるまでも無く、相手コートへと飛翔していく。


「ちっ」

 良明達とは真逆の位置。来須は、大虎高コート奥へとあえて進行していった。

 それを追いかけようとした陽の傍らを、けやきを乗せたガイが横切った。

「来須だ」

 耳打ちする様な小さな声でそれだけ告げると、けやきはすぐさま良明の方へと手綱を引いた。


 その三文字の意味を、陽は必死で考える。

(”来須をマークしろ”……そういう事?)

 違和感があった。

(だったら、”来須を”って言うよね、普通)

 切羽詰まっていて多少言い間違える事だってあり得るだろう。だが、あのけやきの事である。そんな細かいミスさえ疑わしかった。


 遠くでは、安本がまた手信号を送っている。

 それを見て、陽ははっとした。

(おか、しい……)

 良明の後を追いかけて、薄石のドラゴン三頭が飛んでいく。けやきとガイは未だその後方につけていた。

 陽は、さらにそれを追いかけるべきかと考えたが、結局彼女はそれをしなかった。

 本能が、それをするなと叫びかけていた。そして同時に理性が思考を始める。

(私……なんで試合が再開して以降、こんなにあのサインを読み取れてるの? さっきまで、その存在にすら気づいてなかったのに、今じゃまるで相手は見てくれと言わんばかりに――)


 前方で、安本がちらりと陽の方を振り返った――様に見えた。

(違う…………違ったんだ!)

 直前のけやきの言葉が陽の脳裏に蘇る。


『来須だ』


(指示を送っているのは――――)

 振り向く。

 咄嗟に両手を手綱に戻す来須。


(今現在、薄石高の全選手に指示を送っているのは、主将じゃない!)

 陽は、薄石高一年・来須倫太郎を見据えた。一方の来須は動かない。動けない。

 その、刺す様な、それでいて睨んでいるわけではない”ギリギリの表情”で、陽は憎き敵を数秒間じっと見続けた。

(ボールの事は大丈夫。先輩と良明達がきっとうまくやってくれる。私は、こうして全体への指示を絶てばいい。私の背後で何が起こっているのかは、ショウさんがちゃんと見てくれる!)


 陽はその判断の元、来須の手元を凝視し続ける。

 来須が陽の背後へと移動しようとすれば、手綱を引いてその前へと躍り出る。陽がそれを適せん繰り返した事により、彼によるサインは完全に遮断された。


「くそ!!」

「っ!?」

 突如、来須は毒づいた。そして、叫ぶ。

「全員転身、コートを防衛ッッ!!」

 来須により発せられたその台詞は、司令塔が変更された証左であった。

 それを手信号で伝える愚を犯さないだけ来須は冷静であったが、これでここから先、薄石高校が手信号による指示伝達をやり難くなった事に疑いの余地は無かった。


 全十二名の選手が薄石高ゴールリング付近へと集結しようとする中、レインの背の上では良明がいよいよボールを構えていた。

 ゴールリングは眼前五メートル。仰角はいくらかあるが、絶対に入らない距離や角度ではない。

 少年はシュートを放つべく、今、その手のボールを構えた。

 混戦の様相を呈しているその場面で、良明に背後からの気配を察知する余裕など、あろうはずも無い。

 サイは、良明の頭の上に構えられたそのボールを拳で叩いて弾き飛ばした。


 良明が呻くのと同時にあらぬ方向へと飛んでいく白球。そちらに向かって羽ばたいたガイの背の上でけやきは手を伸ばすが、あと三センチあまりというところで届かない。

 けやきは眼下へと視線をやり、「くっ」と歯噛みした。

 ボールが落下しようとしている辺りには、久留米沢が待機している。日頃積み重ねたトレーニングの賜物だろう。遠く離れた大虎高コートから自分の脚で駆け付けてきた彼は、息一つ切れてはいなかった。


 そしてそれは薄石高選手の全員に言える事だった。

(現状の薄石に対してレギオンで対抗したとして、この基礎体力の差では競り勝つ事は不可能だ。双子にはこのままユニットを組ませた状態でボールを奪ってもらうより他に、道は無いか)

 思うが早いか、けやきは一人、ガイの背から飛び降りてたった今ボールを手にした久留米沢の前へと立ちはだかった。


 久留米沢による三回に亘るフェイントをすべて看破しつつも、けやきは久留米沢からボールを奪う事がなかなか出来ない。ギリギリの所で手からボールが離れていくという事を繰り返して時間は過ぎていく。

 そうこうしているうちに、ゴールリング周辺には本当に全ての選手が集まっていた。大虎高校と薄石高校、全十二名の選手がである。


 良明ユニットは来須と、陽ユニットは来須のドラゴンと。そしてけやきユニットは久留米沢と対峙する。

 それくらいしか読み取れない程に、現場は大混戦に陥った。

 ただ、その勝敗は意外なほどすぐに決する事となる。

 けやきと久留米沢。現状持つ実力の差というものが、直後に現れたのだ。


 ボールの争奪に勝利したのは、けやきだった。

 久留米沢によるフェイントを先読みし、彼の身体が横へと移動し始めるタイミングを見極めたけやきは、あっけない程にあっさりとボールを奪う事に成功した。


 ボールを手にしたけやきを乗せ、ガイはそのまま上昇していく。


「させっかよ!!」

 独断でサイに騎乗した安本が追いすがる。

 構わずシュートを構えたけやきに向かって、彼は飛び込む様にしてボールを奪いに行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ