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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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道程は辛く<下>(3)

 ついにはけやきのすぐ背後へと到達する来須。

 もう良明達の姿は彼の視界の中には存在していない。


(違う、そうじゃない。いや、仮にそうだとしてもそれはどうだっていい。そんなの俺の中での感情の話だ。問題なのは……問題なのは、その素人共が全力で龍球に取り組んで、俺が言うところの”努力”をしっかりと続けているにも拘わらず、俺が……努力こそ至上だと言っている俺自身が、その彼等を否定してしまった事なんじゃないのか? 時間なんて誰にだって平等なんだ。あいつらを否定する事は、要するに俺の龍球人生の最初の一か月半を否定する事に他ならない!!)

 致命的な自己矛盾。

 それすら気づかなかった自分自身。

 ひたむきに努力する英田兄妹やレイン達を傷つけたという揺らぎの無い事実。


「――――ッ!!」

 来須は声を押し殺す。

 だがその心中では、汚泥の様な悪臭を放つ自らの行いに絶叫せずにはいられなかった。


『悪い事は言わない。君達は、ここで努力を止めるべきだ』

『残り少ない時間で県大会で結果を出そうなんて、ハナから無理な話なんだよ』

『そこの三年生にどうたぶらかされたのか知らないけどさ、現に君達を導けていないそんな奴の為に、貴重な高校生の時間を溝どぶに捨てる事なんてない』


 陽、良明、レインに対して発した、心遣いの皮を被った罵倒の数々。それらが抱える重大な矛盾に気づき、彼の龍球人生の糧である”感情”という物を湛えていたダムが轟音を上げて決壊していくのが、来須には解った。

 決壊したダムからバサバサと流れ落ちて瀑布となっていくその感情は、随分と醜い色をしていた。

 妬み、焦り、彼等の本質に対する劣等感。矛盾への黙殺、主義の押し付け、自己への嫌悪。 読み上げればキリが無い。

 大虎高校の彼等だけではない。これまで彼の性格により様々な他者を傷つけ続けてきた行いの数々が、当事者達の悲痛な表情と共に次々とフラッシュバックしていく。


 膨大な水量の滝に打たれながら来須が思う事は、

(あまつさえ……あまつさえ! こんな俺を見捨てずに引っ張ってくれた部長に、俺は、見下すような感情を抱いて、その言葉に耳を貸そうともしなかったッ!!)

「来須!!」

 来須の手元に、ボールが飛んでくる。

 ただ、ぼんやりと。いつものクセでそれへ身体を向け、視界の正面に捉える。

 来須の腕がひとりでに持ち上がり、機械的にそのボールを掴もうとしている。


 来須は、自分の目の前、取りこぼす事など有り得ない、ど真ん中に来たそのボールをぼんやりと眺める。

 けやきの概算。四秒が、経過した。そして同時に、来須はその安本から来た真正面ど真ん中の取りこぼす筈の無いパスを、確りとキャッチした。

「先輩!!」

 良明はたまらずに手綱に”進め”の指示を送る。

 が、けやきはそれを叱る様な口調で制止した。

「来るなッッ!」

 レインが、良明からの指示に反して足を止める。


 同時にけやきは来須へと向かって行く。

 距離は殆ど無い。三メートル、二メートル。もう来須の正面に達する。

 すかさず来須の手元へと飛びかかる様にその身を向かわせる。

 そして、けやきは叫んだ。

「フラット!!」


 薄石高コートに向かって立ち、左から陽ユニット、ガイ、けやき、良明ユニットという配置。

 対する薄石高の全選手はユニットを解き、大虎高ユニットの合間合間に疎らに混ざり込んでいた。

 もし、この状態で大虎高チームにボールが渡れば、著しく機動力が低下した薄石高人間選手達にとっては致命的な状況だ。

 それが、けやきには解っていた。

 薄石高選手のうち、ドラゴンだけならばなんとかできうるという事は先刻実証済み。良明の、陽の直感が”いける”と確信した。


 来須は、邪心も道徳観も捨て去り、ただただ身体に染み付いた龍球というスポーツの動きを完遂しようとしていた。彼の理性がそうしようとしていたのではなく、彼の中の決壊した感情のダムが枯れ果てたが故、考え、感じる事を放棄していたからそれが出来たのである。

 それはつまり、ありとあらゆる思考の無駄を排除し、龍球に特化した所作を行えるという事。

 この瞬間の来須という男は、龍球以外に対する思考能力と引き換えに、戦術に特化した精密な機械へと変貌を遂げていた。

 それに相対するのは、八年間もの間異種族であるドラゴンを愛し続け、それ故に高校生としては異常なまでの実力を手にするに至った、いわば感情の権化であるけやき。

 互いのドラゴンから降りた状態での、正真正銘一対一での純粋なる勝負が幕を開ける。


 けやきの五指が来須のボールへと近づいて行く。

 来須はボールを頭上に掲げてそれをかわし、同時にその身体を前進させようとする。

(フェイントか)

 けやきの読みは当たった。来須は一歩踏み出した足をそれ以上進ませず、上体を左側へと傾けなおす。

 仮にそれが再度のフェイントであったとしても、十分にボールを奪える程に傾いた来須の上半身。だがしかし、それでもけやきは来須の手元を凝視したまま、ボールを奪うという行動には出なかった。


 この時、来須は久留米沢へとパスを繋ぐつもりだった。

 仮にここでけやきにボールを奪われたとして、けやきの周囲には来須の相棒竜と、安本も駆け付けてきていた。つまり、直後に彼女からボールを奪い返す事は容易。

 ならば、”より自分達の有利になる場所”にボールを送るべきであると考えたのだ。

 何せ、久留米沢の周辺には陽のユニットしか居ない。良明達はけやきを挟んでコートの反対側に位置している。


 思考の読み合い。

 来須はその瞬間、微動だにせずに警戒を続けるけやきをしっかと認識した。

(パスを、読まれてる)

 今久留米沢へとパスを出せば、確実にけやきにカットされる。

 かといってこのままけやきのディフェンスを抜こうにも、それはそれで、フェイントの為に仰々しく身体を傾けてしまったこの無理な体勢では、ボールを奪われる事は間違いない。

(手詰ま――)

 来須の脳が、この如何ともしがたい状況に気づきかけたその時、安本からの指示は来た。


『斜め後方に投げろ。その後、俺からのパスを待て』


 大虎高選手達の耳には決して聞こえない方法による、指示。

 けやきが睨んだ通り、それは実の所先程から行われているある手段による伝達だった。そして現在レギオンフォーメーション展開中の薄石高チームにとってその連絡手段を徹底する事が、どれ程の威力を発揮する事なのか。それを、けやきも薄々感づいてはいた。

 だが、それでも具体的な方法が解らない以上は、大虎高チームが万全の警戒を継続する事は不可能だったのだ。

 突如として来須の斜め後方に投げられたボール。

 けやきはそれを視認し、追いすがった。だが、彼女よりも先にそれへと動き出していた安本は易々と地面を転がったそのボールを拾い上げる。


 薄石高チームがレギオンフォーメーションを展開している今、安本からさらに誰かにパスが渡るとするならば、彼以外の全薄石選手を対象にそのパスの道筋を予想する必要がある。

 けやきはすぐさま対処を始める。幸い、ボールに追いすがろうとしていた勢いがあった。安本が再度誰か――来須――へとボールを投げる暇を潰す様に、彼女は安本の眼前に躍り出る事に成功した。


 けやきの視界の隅で、ちらと来須が動くのが見えた。

そこでけやきは確信する。

(やはり先程の一瞬で指示を出したのか。ボールを戻す先は、来須!)


 そして、彼女はここである賭けに出る。

 けやきは安本と久留米沢の間に割って入り、安本と来須を繋ぐ導線にあえて通電を促した。

 彼女にとっては案の定。安本は、来須にパスを投げ放った。

(やはり、あの何秒も無い時間の間にここまでの指示を出している。確証は無いがこれで確信はした!)

 ガイがパスを受け取った来須の前に立ちはだかり、後ろからけやきが距離を詰める。

 来須は背後を振り向いた。


 この時安本は、次なる指示を来須に伝えようとしていた。

 現在の状況。ガイは来須の背を注視し、けやきは来須と対面する形で追いすがっている。つまり挟み撃ちの恰好だ。

 良明と陽の各ユニットは来須よりもやや後方に位置し、夫々久留米沢とアル――来須のドラゴン――にマークされている。

 安本は来須の前方。けやきやガイにとっては背後に位置している。

 大虎高のベンチにさえ気を付ければ、安本がここまで使ってきていた伝達手段を敵に視られる心配は無い筈だった。

(とはいえ、観客席からの眼は誤魔化し切れねぇ。方法自体はそろそろバレる頃だろうな……)

 と、安本が思った時だった。


 彼にとって、有り得る筈が無い事が起こった。


 左手。薬指一本。

 右手。中指と薬指計二本。

 ボールを受け取った来須に背を向け、安本に対面したけやきが眼に焼きつけた”サイン”は、印を結ぶ様な形で彼の臍の前で立てられた指三本であった。

 来須へのパスをカットする事を完全に放棄し、安本へと相対す事でけやきは薄石の情報伝達を看破したのである。


 それまで競技の戦略と戦術以外の思考を欠落させ、身体が動くままに龍球をしていた来須がその状況に気づいたのは、受け取ったボールをさらに久留米沢へとパスした後の事だった。

「しまっ――」

 その両目を見開いた安本の視界の隅へと、けやきが消えていく。


 久留米沢はボールを受け取り、陽ユニットのディフェンスを突破して大虎高コートへと突き進む。

 彼もまた、けやきに”サイン”が看破された事に感づいていた。だからこそ、このまま攻め切るしかないと判断した。

 久留米沢にとっては幸いな事に、その周辺には陽ユニットしかいない。彼女等だけならばその身一つで突破する事は容易だ。

 あとはけやきが追いつく前にシュートを決めてしまえば三点目。ゲームセットである。

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