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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
1.兄妹と龍球
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ターニングポイント(3)

「この前、二人の家に上がらせてもらった時に言った事を覚えているだろうか?」

 竜具一式を机の上に置いて椅子に座るけやき。手で促されて良明と陽もその対面に座った。

「えーと」

 回想をめぐらせる陽にけやきは答を提示する。

「あの日の事を、口外しないで欲しい……という話だ」

「ああ、はい」


 興味津々と言った風でけやきの背後の石崎が耳を傾けている。

 先日初めて兄妹がこの部室を訪れた時の口ぶりといい、どうやら石崎は先日の一件を知らないらしかった。

「それが何故かというとだ」

 けやきは、後ろめたい事でも言う様に視線を中庭に移した。

「この部の存続に係わるから……だ」


「え?」

「え?」

「昨日、この竜術部は廃部の危機にあると話したが……そもそも、二人とも今日におけるドラゴンの社会的地位の問題はどれ位知っている?」

 唐突にけやきの口から出てきたムズカシい単語。それは、この国にドラゴンが多数息づいていながらにして、今日においてドラゴンの背に乗って飛ぶ人間が異様に少ない理由と深く関係していた。


 陽は、自分のありのままの認識を述べる事にした。

「ドラゴンを大事にしよう、差別を無くそう……っていう考えが広まりつつあって、ドラゴンにとって住み易い環境が整えられている最中……なん、ですよね?」

 恐る恐る殆ど無い自分の知識を提示する陽と、自分も全く同じ情報しか知りませんという顔をしている良明を見て、けやきはしばし沈黙してしまった。


「……そうか」

 残念そうな顔をするけやきの心理を読み取って、良明は質問しようと「あの、」と口を開く。

「この部の存続に係わるっていうのは、どういう――」

「英田兄妹」

「は、はい」

「は、はい」

「今、二人は他に興味がある部活はあるのか?」

 二転三転するけやきの論点に翻弄される双子だが、とりあえず直近の質問に答える事にする。


「いえ、今の所は」

「いえ、今の所は」

「……では、もしよければ少しだけ私の話に付き合って貰えないだろうか? そうだな、この週末にでも時間を貰えないか?」

 双子の頭の上に”!?”というマークが浮かび上がる。


「好きな物でも奢ってやる。二人が土曜か日曜時間をくれるならの話だが」

 ”今度は週末に遊びのお誘いか、この部長は、今一体何の話をしているのだろうか”

 そんな双子の表情を見て、けやきは今必要な最低限の情報だけを口にする事にする。

「食事を奢る代わりに、私と竜属博物館に来てくれないか? 先程の竜術部の存続云々の話はその時にしたいのだが」


 そこまで聞いて、けやきの背後の机で頬杖を付いて激戦が繰り広げられた戦場跡を眺めていた石崎が振り向いて口を挟んだ。

「けーやき。あんた、これから何人も来る新入部員全員にあの話(・・・)するつもり?」

「……少なくとも、今入部を希望しているのはこの二人だけだ。それに、他の入部希望者が既にうちの事情を察している可能性もある」


 視線を自分には向けずに答えるけやきに、石崎は気だるそうに返す。

「気の長いこってすなぁ……」

「なるべくなら私が今年卒業した後、進級して竜術部を引っ張っていく後輩にはこの部が今ここにある事の意味、大切さを知っておいて欲しい」

 背中越しに石崎にそう返すけやきの顔は、その場の誰も気づかない程僅かに微笑んでいた。


「それで、どうする? 来るか、来ないか。来ないなら来ないで構わない。私としては不本意だが、博物館ではなくここで説明しよう」

 そのけやきの言葉を聞いて、双子は気づく。

(そうだ。この人は、今のこの場で説明しようと思えば出来る事を――)

(――あえて”竜属博物館”に持ち込んで説明しようとしている)

 それはつまり、けやきにとってその説明はとてつもなく大きな意味を持ち、休日のうち一日を潰すに値する事を意味していた。


 折角の丁寧な対応を無下にできないという使命感でもなければ、まして先輩の申し出として断り辛いからでもない。

 英田兄妹は、けやきがそこまで本気になる理由に純粋に興味があった。

「俺達、お話を全部聞いてもこの部に入るかどうかはまだ解りません」

「それでも良かったら、連れて行って下さい」



 四月十日土曜日・午前十時過ぎ。けやきからの意外な提案の翌日である。

 前の日にわくわくして眠れなかったというわけでもなく、至っていつも通りに母親の作った夕飯を食べ、至っていつも通りに穴の開いた壁ごしに雑談をして眠りに付いた双子は、いたっていつも通りの余所行きの服に身を包んでけやきとの待ち合わせ場所に向かっていた。


 薄ピンクの長袖ブラウスに淡いグレーのシャツを羽織り、ひざ丈のスカートとモノクロチェック柄のキャスケット帽で主張(・・)を作る。そしてチョコの色そっくりで美味しそうな肩掛けバッグをたすきがけにしてちょっとした子供らしいユーモアも混ぜてみる。――などと、深い考察の元に決めたコーディネートでは決してない。陽は、うきうきとした表情で歩みを続ける。

 古い世界地図の柄がプリントされたTシャツの上に羽織るのは、白生地にベージュやら水色やらが交差するチェック柄のシャツ。穿いているジーンズは父のお下がりである。良明は、図らずも陽と歩調を合わせて彼女の横を行く。

 並んで歩く二人は、傍から見ればこのままデートにでも行きそうな風体だった。


 間違っても遅れたりして先輩を待たせる事があってはマズいと思った二人は、予定の時刻よりも二十分も前に目的地に付くように家を出た。

 彼らが今日赴くのは、竜属博物館と呼ばれる施設である。

 竜属博物館とはその名が示す通り竜に関連する物が展示されている場所で、一般に市や県が運営しているのが普通である。例えるなら丁度考古学博物館の様に、それほど数が多くは無いが各地に点在しており、大虎市も所在地の中の一つなのであった。


 英田兄妹はこれまで、ありふれた存在であるドラゴンに対して興味があったわけでもなかったし、関わる機会も無かった。名詞として竜属博物館の存在は知ってはいたが、実際に赴いた事は十五年半の人生において、今日に到るまで一度も無かったのだった。


 春風がまだ肌に冷たい午前の気だるい並木道。博物館前の公園の遊歩道は、先日の豪雨の所為で地面にぴったりと張り付いた桜の花びらで埋め尽くされていた。

 木々の向こうに芝生に覆われた広場が見え隠れするが、人の姿は無い。

 特に目を引く要素が無い広場には意識を向ける事さえなく、兄妹は先程からずっと正面を向いて歩き続けていた。

 桜の木々が左右に並んで二人を出迎えるその道の先には、開けた広場が小さく覗く。


 手入れが行き届いていないそんな道を歩いていき、ついに空が開けたかと思えばそれは今にも雨が降り出しそうな曇天で、まさに生憎の空模様といった所であった。尤も、今日が快晴のデート日和だったとしても、博物館の建物に入ってしまえばさほど意味はなかったろう。


 公園に隣接する博物館の正面玄関前には、直径二十メートル程の円形をした広場がある。握り拳大の白く小さな石畳が放射状に敷き詰められ、その端の方には屋根付きの木製ベンチがいつか朽ちる日を待っている。

 そこに腰を下ろすロングスカートの女性を見て、英田兄妹はまさか、と思った。

 時計を見ればまだ約束の時間まで三十分も切っていない。

 まさか、まさか時間を間違えたのだろうか?兄と妹は全身に真冬の様な寒気が走るのを感じた。


「もう来たか、随分早いな」

 二人の表情を見て気を遣ったのかどうかは定かで無いが、竜術部部長・樫屋けやきのその一言に双子は内心胸を撫で下ろす。

「先輩こそまだ三十分前ですよ!」

 良明が脅かされた相手にでも抗議する様な口調でそう切り返した。

 けやきは涼しい顔でこう返す。

「朝方は学校で龍球の練習をしていたんだが、念の為に早めに出た。お前達に無理を言って休みの時間を借りている側の私が遅れるのはまずいだろう」


 ひええ、休みの日にも練習してるのか。というのが双子が真っ先に抱いた感想だった。

 朝練だの休みの日に登校するだのという感覚は、これまでの人生経験上英田兄妹には到底共感出来そうも無い境地だった。

「さすがです……」

「さすがです……」


 けやきは自分が座るベンチまで二人が歩いて来るのを待ってから立ち上がり、改めて挨拶する。

「おはよう、今日はわざわざ時間を取って貰って悪いな」

「いえ、何かこちらこそわざわざ誘ってもらってありがとうございます」

「いえ、何かこちらこそわざわざ誘ってもらってありがとうございます」

 こんなに長いセリフでさえ一字一句違えずにユニゾンさせる事があるのがこの兄妹なのである。


 けやきは「さて」と言って二人を館内へと促した。受付で学生証を提示して正面玄関へと入ると、そこは三階まで続く吹き抜けになっており、ガラス張りの天井からは曇天の不機嫌そうな光が差し込んでいた。

 陽がフロアの外周を囲む螺旋状のスロープを目で追いながらけやきに問う。

「高校生までは無料なんですね、びっくりしました」

「数年前までは三百円ほどだったが、去年から学生証を持参する者に対して無料化された。スタッフの方が言うには、少しでも私達の様な世代にここを見てもらいたいのだそうだ」

 勿論、他にも”設立費用がある程度回収できたから”などの事情も在るのだろうと陽は思ったが、それにしたって太っ腹なものだなぁとも思うのだった。


「私が今日ここに二人を連れてきたのは、ドラゴンの事を……ドラゴンが置かれた現状を把握した上で、竜術部に入るかどうかを決めて欲しいからだ」

 足元に引き摺りそうな長さの、細く束ねた後ろ髪を揺らしてけやきは双子に振り返った。

「何故私がこの様な回りくどい事をするのかも含めて、ここの展示を見れば解って貰えるとは思っている」


「はい」

「はい」

 と返事した双子の顔を擬態語で表せと言われれば、十人中十人が”ぽかーん”と表現するだろう。

 だがそれでいて、けやきのハナシは二人にも解るのだ。

 何やら重要な伝えたい事があり、その為に今日という日が用意された。

 その重要な伝えたい事を知っておかなければ、けやきとしてははっきり言って竜術部に入って欲しくないのだろう。

 そして、その事に関して礼を尽くす意味でも、けやきは自分達に対してどうやら随分丁寧に対応しようとしてくれている。


 ただ、肝心の”竜に関する伝えたい事”とやらの情報が、今日ここに到るまでゼロであるが故の”ぽかーん”なのだった。

 二人の頭の上に浮かぶ'?'マークを見て、けやきは歩を進めながら「こっちが順路だ」と促した。

 玄関フロアから右手に進むと、三メートル程ある革張りの扉が脅す様な闇を咥えて開け放たれていた。

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