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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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道程は辛く<上>(6)

 そう、陽は振り向いて確りと視界に捉えたのだ。


 巨大なドラゴンと麗人の、ブロンズ像が動き出した様に頼もしいその勇姿へと。

「先輩ッ!!」

 迷いなく、陽はけやきの胸元へとその手のボールを投げ放った。

 降下の勢いを推力へと転換したガイが、二、三度の羽ばたきによりさらに加速する。その背の上のけやきは、陽とすれ違う瞬間、一言だけ彼女へと労いの言葉をかけた。

「よく耐えた」


 一方久留米沢のドラゴンは、既に羽根に対して力を入れ始めていた。そして、けやき達に追いすがる事を諦めて、直に自陣ゴールリングへと飛翔していく。

 英断だった。勢いをつけて飛んできたけやきユニットに対して進行速度で劣り、通常通りに彼女等の後を追ってもおよそディフェンスらしい事が出来ないのは明らかだ。久留米沢は瞬時にそう判断し、その為の大胆な対策を躊躇うことなく実行に移したのである。


 けやきとガイは久留米沢達に構わず、勢いのままにさらに加速する。

 高速移動の内に展開されていくその攻防に参加し得たのはけやきと久留米沢の二ユニットのみ。その身一つの陽は取り残され、ショウも完全に後れを取っている。

 良明と来須の両ユニットは言わずもがなの硬直状態。安本とサイはけやきを追ってくる事はせず、相変わらず大虎高コートの最奥に陣取っている。


 ガイは、ついに薄石コートのゴールリングほぼ真正面に到達した。

 陽からボールを受け取ってそこに至るまでの一連のライン取りは、まさに”流れる様に”などというありきたりな表現がしっくりくる。どこまでも無駄のない動きであった。

 かくしてけやきとガイは、他のどのユニットよりも先行する。だがそれでいて、久留米沢のユニットもさほど後れをとっては居なかった。

 距離で言えば二メートル。時間で言えばコンマ五秒も無い差。けやきがガイの上でボールを振りかぶる余裕など全く無い様な位置につけ、久留米沢はその冷静な表情でけやきのモーションを観察していた。そして、彼は確信する。

(届く! これなら、たとえ樫屋がボールを振りかぶらずとも、シュートを打つその瞬間に俺の手は必ず届く!)


 思考が先か、行動が先か、相棒のドラゴンの背から半身を乗り出した彼の右腕は、既にけやきの背後からボールを捉えんが為に伸ばされていた。

 はたしてけやきはそれをかわし切った。

(陽と久留米沢達の攻防を見て予想は出来ていた。この久留米沢という男のドラゴンは、必ず私達に追いついてくると)

 けやきはガイの背をステップに跳躍し、ゴールリングと比較してもさらに高高度へと達した。

 久留米沢の腕が、彼女が居なくなったガイの背の上の虚空を割く。

「っく」

 歯噛みしたのは久留米沢。けやきは既にその上空にてボールを放とうとしていた。もはや、彼にとって手の打ちようはない。


 誰もがけやきのシュートの行方を見極めようと凝視する。その”誰も”の中、安本だけが尚も平静を保った表情でいた。

 と、その時。良明は直ぐ傍らに居た筈の来須ユニットが居なくなっている事に気づく。けやきのシュートを確認しようと振り向いたほんの一瞬の間に、彼等は良明の前から姿を消していたのだ。

「ッ!!」


 白球は輪の中心を追い求め、空気の海を突き進んだ。

 決して閉じられる事が無い、試合のリードへと続くゲート。それが、放たれたボールを拒む術などありはしない。あとはその放たれたボールの軌道がリングを捉えているか否かという一点のみだ。

 天才樫屋けやきのシュート精度に関し、多くの者がその点をどう捉えるかは言うに及ばない。この状況に関し、ある者は楽観しある者は悲観した。


 けやきが放ったシュートは、リングに弾かれた。


「くゥ!」

 苦虫を噛み潰したような顔で、けやきは跳躍の後の自由落下に身を預ける。

 彼女がシュートを外した理由は明白だった。

 物体は、上昇から下降へと転じる瞬間、ほんの一瞬だがほぼ完全にその動きを停止させる。龍球選手が跳躍を伴ってボールを投げる場合、当然自身の身体の動きが少なければ少ない程目標への狙いはブレ難くなる。その為、その跳躍の頂点付近でボールを投げるのがセオリーである。


 だが、この時のけやきは久留米沢の妨害から逃れる為にガイの背から跳躍した後、その上昇が終わるよりも前にシュートを放つ必要があった。まして、彼女がシュートを放った時点において、薄石のゴールリングはその眼下に位置していた。

 ゴールリング下方からのシュートを練習する事は一人でも出来るが、反対にリング上方からのシュート練習はどうしても相棒のドラゴンによる協力が不可欠。

 さらに言えば、今のけやきの様にゴールリングよりも高い位置からシュートを打つ機会など、そう滅多にある事ではないのである。

 一般的な龍球選手にとって、この局面で必要とされるスキルが他の局面でのそれに比べて劣る事は、至極明白な事実であった。


 さらに、けやきが取った――取らざるを得なかった――そのシュートの方法は、状況をさらに悪くしていた。

 自由落下によりガイの背に降り立つけやきの横を、久留米沢のユニットが追い越した。

 もう一度述べる。

 今この時ゴールリング付近の攻防に参加できるのは、けやきと久留米沢の二ユニットだけである。

 重力により地面へと吸い寄せられるけやきと、上昇を続ける久留米沢のユニット。リバウンドを得たのがどちらであったのかは、言うまでもない。


「ザァワァアア!!!!」


 怒声のような安本の声が響き渡る。

 久留米沢は、ドラゴンの背の上から安本へと振り返る。薄石高校ゴールリングから大虎高校ゴールリングまでを繋ぐ線分の上で、来須と安本の両ユニットが待ち構えていた。

 久留米沢がリバウンドを取ってからその手に持ったボールを投げるまで、一秒も無かった。あの日、大虎高選手達が目の当たりにした久留米沢の豪速球が、コート全体の丁度中央付近で待機する来須めがけて飛んでいく。


 ショウが身を挺してそれを阻もうとするが間に合わない。

 陽は無駄と解っていつつも自コートへと駆け戻る。


 久留米沢からのパスを受け取った来須は、さらに間髪入れずに安本へとそのボールをパスした。彼が跨るドラゴンもその来須の動きを予想していたらしく、彼がボールを受け取るなり軸足を捻る様にして身体を回転させていた。


 良明とレインは先程からゴールリング手前に位置している安本のユニットを警戒し、来須よりも大虎高校側へと戻っていた。安本と来須の両ユニットの間に割って入り、来須が放ったパスへと手を伸ばす。

「だめだ、間に合わないッ!」

 叫んだ良明の視界が、直後目まぐるしく移り変わった。

「グァ!!」

 レインが良明を乗せたまま半回転。その尻尾によりボールを弾く事に成功する。


「ッ(ザカ)しいんだよ!!」

 レインの半回転は、来須のユニットがその場に到達するには十分な時間を要していた。

 レインの尻尾により高く弾かれたボールは、来須の掌によって今一度加速を始める。バレーのアタックの要領で弾かれたボールは、今度こそ安本の手に吸い込まれていく。


 そこから先に遮るものはもはやなく、あっけなくも安本はその白いボールを手にした。

 それでもレインは羽ばたき続け、安本へと、ボールへと向かって行く。良明は眉間にしわを寄せて、レインの背に片膝をついている。飛びかかってでも安本が放つシュートを弾くつもりなのが誰の眼にも明らかだった。


 だが、安本の動きはそれさえも許さない程に、迅速であった。

 大虎高コートゴールリング真正面。羽ばたくサイの背の上で、胸の前にボールを構えた安本はシュートを放った。


 ビーーーーッ!


 電子音。そして、あの聞き慣れた審判のコール。

「薄石高、一点。ゲームポイント、ワントゥー」


 薄石の選手達が自コートへと引き上げていく中、地上の陽と良明と、それからレインは愕然と電光掲示板を見つめていた。

「……あと、一点」

 呟く陽に対し、良明は絞る様に言葉を発した。

「ごめん……防ぎきれなかった」

 三人目は、直後にその場へと至った。「すまない」と口にしつつ、けやきはガイを停止させる。


「確かに、負けまであと一点であるし、我々は今の攻撃を防ぎきれなかった。おまけに私はここ一番というところでシュートを決められなかった」

 良明と陽は自分達が口にしていた言葉の後ろ向き具合に漸く思い至り、けやきの自分を責める様な言葉に思わず焦りの表情を浮かべた。

「せ、先輩、違うんです!」

「俺達そういうつも――」

「だが」

 けやきは言うのだ。

「以前のお前達なら、久留米沢程の選手からあれだけの時間ボールを守る事は出来なかったし、来須が放ったパスに追いすがる事すら出来なかった」

 ガイが赤い眼で”その通りだ”という表情で双子とレインを見ている。

 陽の傍らに立つショウも、同様の意思を唸り声に込めた。


「でも……でも、先輩! このままじゃあ!!」

 陽の顔に、今度は試合に対する焦りの色が充満していった。

「あと一点で、あと一点で! 全部終わっちゃうんですよ!?」

「ああ」

「あと……たったの、一点……」

「陽」

「…………はい」

「龍球という競技の、最も合理的な所はな」


 良明と陽とレインは、複雑な気持ちを表情に込めて部長の顔を見た。このタイミングで、この先輩は何を語り出そうとしているのか。不可解でありながらも、兄と妹はすがる様な気持ちでもあった。

「たったの三点先取で決着が付く点にあると私は思う。事実上勝負が決して殆ど逆転不可能である、という局面が殆ど発生しないんだ」

 けやきは続ける。

「圧倒的な力の差があれば、大抵の場合早々に三点を取られて試合が終わる。後半の終了間際になって、二対零であるなどといった状況は、滅多に発生しない。恐らく今回の大会でも一試合もその様な試合展開は無いだろう」


「グゥ、グァイ」

 ガイが鳴いた。けやきはその言葉を人語に変換して口にする。

「そうだ。仮に二対零という状況になっても、高々二点だ。その二点を、例えば一分間で返す事も、実は試合の状況次第で無理ではない」

 けやきは、ふぅと息を吐く。

「つまり、私が言いたいのはだな。今はまだ、諦めの言葉を口にする程絶望的な局面ではない……という事だ」

 真剣な眼差しでけやきの言葉を碌に働いていない脳へと浸透させる双子。不安が消え切る事はない。


 ここで、意外な者が口を挟んできた。

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