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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
75/229

道程は辛く<上>(5)

 Bコートにて、視線が交差する。

 けやきと安本、ガイとサイ。二人や二頭の間に言葉は無かったし、そんな(いとま)など有ろうはずも無かった。

 だがけやきも安本も、相手の言いたい事はその眼光だけで十分に把握できた。

(あの一年坊主ども、ずいぶんやる様になったじゃねぇか。だが、ここは絶対に通さねぇ!)

(あの日、冷静さを取り戻して以降の貴様は、間違いなく選手個人としても強くなった。だが、大手の一点をいただくのは私達だ)


 けやきは右の手に持ったボールを大きく振りかぶる。安本は瞬時に思考し、その動作を分析しにかかる。

(フェイントだ。あのまま俺達の傍らを通過して、ゴールリングまでの距離を縮める気か? ……少なくとも、この距離からのシュートは有り得ねぇ。いくら樫屋でも入る可能性はかなり低い筈だ)

 けやきがシュートの構えから放ったボールは、良明ユニットへのパスだった。

 その一投が彼女の後輩へのパスだと安本が気づいたのは、ボールがけやきの手から離れる直前。その掌の向きと、投げられるボールの仰角。それからして、パス以外に有り得ないと彼の直観が囁いた。


「させっかよ!!」

 けやきの手から離れたボールに、安本の五指が触れる。ボールの軌道が良明から逸らされた。

(反応が速い!)

 刹那、けやきはそう思いながらボールへと視線を向けた。

 移動方向をガイに一任する旨は、既に手綱の引き具合で指示してある。けやきは状況の把握と対処に専念する。


 安本に軌道を逸らされたボールが向かう先は、陽ユニットと来須ユニット、さらには久留米沢ユニットの丁度中央に位置していた。

 良明は「レイン!」と名を呼び、その群れの中へと向かう事をすぐに決断した。

(良い判断だ)

 だが。とけやきは思う。

(これで、再開前に話した兄妹どちらかによる反撃は厳しくなった。高い確率で相手チームに警戒されているとはいえ、これでもう私が攻めるしかない)


 極めて重要な一点。

 取れば相手をリードし、三点先取の勝負に大手を掛ける事になる一点。

 勿論、取られれば全く逆の状況を突き付けられる一点でもある。


 けやきは視線はボールに向けたまま、心の中である二者を見比べるのだ。

 すなわちそれは、来須と安本。

 今、けやきがその場を離れて兄妹に加勢すれば、現在彼女と対峙している安本ユニットをフリーにする事になる。かといって、良明と陽に襲い掛かるのは、あの敵意むき出しの来須と、さらに久留米沢による二者のユニットである。けやきが攻防へと参加し、三ユニットでボールの争奪に挑んだとして、その結果ボールを相手に取られる様な事があったなら、フリーになった安本による得点はかなり硬い物になるだろう。


 なにせ、けやきが今立っているのはゴールリングに向かって右でも左でもなく、中央なのである。対して、四ユニットがボールに群がっているのはコートの端の方。あの位置からでは、大虎高コートに攻め入るであろう安本にはどうしても追いすがる事は不可能だ。

 けやきは思う。

(安本がまさかここまでを計算に入れてボールを弾いたわけではないだろうが、この二者択一はあまりにも――)


 この状況で先に動いたのは、安本ユニットの方だった。


 向かう先は、大虎高コートゴールリング手前の上空。

 その行動の目的は明白。けやきを引き付けて、あの四ユニットによる攻防へと参加させない様に仕向ける為だ。

 けやきを引き付けた事が、彼女の能力を大きく評価してのことだったのか。それとも、安本があの攻防の場に向かおうとしなかった事が、英田兄妹の能力を小さく評価しての事だったのか。或いはその両方か。

 けやきは目の前で繰り広げられていく全ての状況を天秤にかけて、現状を評価した。

(まずい)

 結果、彼女の脳裏に浮かんできたのは、その三文字だった。


 ”来須ユニットは俺とレインでマークする”

 ”私はボールを取る事だけ考えて、久留米沢さん達は私がボールを取ったその後に対処する”

 良明と陽は、一瞬の目くばせにより方針を確定させる。

 それは、兄妹お互いのユニットの立ち位置からしても最善手の様に思われたし、だからこその決定であった。

 ひし形の頂点から時計回りに、久留米沢、陽、良明、来須の四ユニットが存在している。来須が居るのが薄石高コート側、陽が居るのが大虎高コート側だ。


 安本に弾かれたボールはひし形の下の頂点、良明側から飛んできていた。

 あえて最も近い良明がボールへと向かわなかった理由は言うまでもない。誰かが来須ユニットをマークしておかなければ、彼は即時にボールを奪いに来るからだ。良明か陽がボールを拾ったとして、恐らく彼等は単騎では来須に対して太刀打ちできない。彼等にとっては感情として悔しい限りだが、それは来須という選手のこれまでの努力と才能が無かったことにでもならない限り、揺るぎのない事実なのである。


 四人と四頭。夫々の視界で、白球がその輪郭を拡大していく。

 いざ勝負。心の準備もそこそこに、彼等八名は全神経を研ぎ澄ませる。

 良明は来須に正対してその前方に構える。手綱を引かれて指示されたレインが羽根を目一杯広げ、来須の視界を奪いにかかった。

 一方、陽を乗せたショウはそんな良明達の背後へと転がる様に進み出で、ついにその一帯に到達しつつある白球へと、背の上の陽はそのか細い腕を伸ばした。

 そして久留米沢は、

「えっ!?」

 陽の背後から彼女と同様の姿勢で丸太の様な腕を伸ばし、彼女よりも先にボールへとその指先を到達させた。


 間違いなく、陽の方が二メートルはボールに近かった筈である。

 久留米沢を乗せたドラゴンの脚力が、ショウのそれに完全に勝っていたのだ。二メートルという距離のアドバンテージがあって尚、それを覆すまでの身体能力の差。ショウは固く閉じられた口の中で歯噛みした。

 だが、それでも陽は諦めない。ショウと同じく閉じた口の中で歯を食いしばり、久留米沢が手にしようとしているボールへとさらに腕を伸ばした。


 久留米沢ユニットが完全に陽のユニットを抜き去る。

 だがその状況に対しても、未だ彼女は無情だとは思わない。陽は、ショウの肩を借りて身を乗り出すことでそれに追いすがろうとした。

「くっ」

 久留米沢もさすがにその行動までは予想出来ていなかったらしく、陽が単身で強引に自分の前方に滑り込む事を許してしまった。

 完全にショウの背から降りて久留米沢の乗るドラゴンの前へと躍り出た陽は、久留米沢と彼のドラゴンの動きだけをその両目で凝視する。

 まるで瞬きする事を知らないロボットの様に、余分な感情を押し殺し、体勢が整っていない自身の身体の移動を考慮しつつ、ボールの行く先を半ば直感でで見極めた。

 ボールはまだ、久留米沢の手に掴まれてはいない。まだ中空を漂い、誰もが掴み取る事が出来る状態である。

(そこだ!)

 陽の視界の中で、久留米沢、相手のドラゴン、そしてボールが移動していく。

 気づくと、ボールを掠め取る事に成功していた。


 かの久留米沢に、真っ向勝負で競り勝った。

 その事の充足感に浸りたくなる衝動を、理性で押さえつける。陽は辺りを見回し、自分に久留米沢ユニット以外の追手が居ない事を確認した。

 だが、そこで彼女は気づく。その状況から、まともに攻める術が存在しないという事に。

 良明ユニットは来須達を、けやきユニットは安本達をマークしている。そして、ショウは久留米沢の一歩後ろ。

 ボールを持って敵陣へと進行できるのは、この状況では陽しか存在していないのである。


 陽は思わず久留米沢の方へと振り返った。

 ボールを持つ陽へと間髪入れずに襲い掛かる久留米沢の後ろで、来須がにやりと毒々しい笑みを浮かべていた。


 ”その状況でどう足掻く? お前一人で、ボールを守り切れる道理があるものか”


 陽には、彼がそういう表情を作って自分を小馬鹿にしている様にしか見えなかった。

(馬鹿め。今お前が逃れようとしているのは、お前のドラゴンの脚でも追いつかれた相手だぞ。お前一人で何が出来る!)

 来須の思考は、ほぼ陽が受け止めた通りのそれであった。

 来須は陽を声無く嘲笑し、この圧倒的有利な状況にあっても全力でボールを奪いに行く久留米沢の背を、追い風を送るかのような表情で見ている。

 それらを目の当たりにして陽がやろうとする事など、一つしか有り得なかった。


 彼女は突如として体の向きを修正した後、その身ひとつで敵陣へと突っ込んだ。

 陽に追いすがる久留米沢のドラゴン。

 言葉にしてみればあっけないが、程なくして陽は追いつかれた。当然である。ドラゴンの脚力に対抗できる選手などそうは居ない。

 追いついたドラゴンの背の上から、ついに久留米沢がその手を彼女の持つボールへと延ばそうとしたその時、陽は見事なタイミングでステップを踏み、身体の進行方向を九十度変えた。

(先輩が託そうとしてくれたボールを……)

 久留米沢の掌が空を切る。

(そんな簡単に取られて、たまるもんか!!)


 陽は、完全に追いつかれつつも彼等久留米沢ユニットの手による攻撃を退け続けた。


 陽の表情に、恐れや焦りは無い。

 ただただ表情を険しくし、久留米沢の腕を二回、三回とかわしていく。

 向きを変えつつの全力疾走。以前の彼女ならば、十秒もすれば足を止めてしまっていた様な激しい動きを、今の陽は全く身体に疲労を感じない動作でやってのけていた。瞬発的な動きの連続にも耐えうる体力は彼女が繰り広げる抵抗における大前提であるが、陽はそれを見事にクリアしていた。


 問題なのは、襲い来る熟練者とのスキルの差である。

 如何に体力をつけようとも、他者と競うとなると戦いは一気に厳しくなる。四回、五回とかわされて、久留米沢は彼女の動きの癖を掴みかけていた。

「そこか!」

 陽の手の中のボールに、ついに久留米沢の掌から激しい衝撃が加えられた。

 陽は自覚する。

(今、完全に動きを捉えられた)

 もう、次かその次が限界だ。そこでボールを奪われるのは間違いない。が、相手ゴールリングまではまだ十メートル以上ある。

(一か八かロングシュートを? 駄目、絶対に追いつかれてシュート自体を投げられない。……けど、じゃあ、どうすれば)

 久留米沢のドラゴンが立て続けに最後の三歩を踏み出した時、ついに陽はその背後を振り返った。

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