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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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道程は辛く<上>(4)

 真っ先に安本ユニットに向かってきた良明を見て、サイは冷徹にならざるを得なかった。


(一年の少年、相手の間では確か”アキ”と呼ばれていたな。練習試合でうちのアホ一年にあそこまで言われて、よくぞ立ち直ってくれた。あのまま龍球を止めていたりなんてされたらこっちがたまったものじゃない。感謝するぞ…………)

 ドラゴンの瞬きは短い。人間のそれと同じように、ただの一瞬である。

 相手を想い、気遣う暇などありはしない。

(…………そして、再びその努力を踏みにじる我々の愚行を、どうか赦してくれ)


 サイは身を屈め、その背の上の安本もまた身を屈めた。

「っく!」

 良明の腕が虚空を割き、その身体がユニットごと安本とサイの後方に遠ざかっていく。

 安本が指示した通り、薄石高の速攻部隊にとっての最難関であるけやきは他の二ユニットがしっかりと足止めしていた。けやきのフェイントも上手く看破し、二人がかりとはいえなんとか安本へと近づけさせない事に成功している。


 安本とサイの前方からは陽とショウによるユニットが迫る。

(この子も一年。確か、ヨウとか言ったか)

 サイの眼前、向かって右へと身をよじる陽。そうする事で、あえてサイが進行する為のライン取りを提示し、陽にとっての右側をサイが通過する事を確定的にする狙いだ。

(意図は明白だ。俺達が開かれたルートを通って彼女等を横切る瞬間に、ヨウとは違って身をかわしていない相棒のショウがボールを奪いにくる)

 安本が跨るドラゴン。つまり安本ユニットの()による読みは、完全に的を射ていた。

 ショウは安本ユニットが通過する直前、予め踏ん張っていた左足を軸に大きく地面を蹴った。


「小賢しいッ!」

 飛びかかるショウは勿論、捻っていた体勢を元に戻して陽も安本の手元のボールへと手を伸ばす。

 その攻撃を、安本は身を挺してボールをかばう事でかわしきってのけた。

 サイは思う。

(あの日、あの時、何もできずに俺達に翻弄されていたこの一年生達が、たったの三週間でよくもここまで成長したもんだ)

 冷徹でありながら、サイは良明や陽を見(くだ)すつもりは無かった。


 むしろ、敬意すら覚えるのだ。

 あの二人の取り巻きは、二人に対してどんな言葉を使い励ましたのだろう?

 それを受けとった彼等自身は、三週間の間にどんな練習を積み重ねてきたのだろう?

 この勇敢なる戦士達は、あの日流していた涙をどの様に克服して、今ここに立っているのだろう?


「いいぞサイ、そのままリングに――」

 安本の言葉が途切れた事の意味を、サイは直ぐに理解した。

 騎手は、後方を振り向いている。全力疾走を続けるサイはそちらを向く事が出来なかったが、安本の視線の先に在る者と言えば判り切っていた。

「雑草根性、なめんなぁあああ!!」

 良明ユニットだった。


『そうかっ』

 歯噛みする暇も無く、サイは思考の内に良明とショウの追ってくる姿を思い描く。

(ヨウとショウがあんな奇をてらった攻撃をしてきたのは、俺達に一瞬でも考させる瞬間を作り出す為――)

 背後から、レインが疾走に羽ばたきを加えて襲い掛かってくる。

(――そうする事で、アキ達が体勢を立て直す時間を作り出そうとしていたッ!)


「サイ、行け!」

 安本がサイの手元へとボールを掴ませる。

「グァ」

 サイはボールを受け取ると、羽ばたいて上昇しようとした。

 当然それに追いすがろうとする良明達の前に、サイの背を蹴って騎乗状態を解いた安本が中空にて躍り出た。


「っ、うわ」

『アキ!構わず進むよ!!』

 レインが伝わらない言葉を吐きながら羽ばたく。良明はその身に浮遊感を感じた事で、直前に聞こえてきたレインの鳴き声の意味を把握した。

 が、安本がサイの背を蹴って獲得した高度は、彼女が羽ばたいて尚超えられる高さでは無かった。実際の高さにして地上三メートル。着地をミスすれば安本自身が足を故障しかねない、彼にとって度胸の要る行動には間違い無かった。


 安本に阻まれてバランスを崩し、止む無く降下していくレイン。

「っ、ボールは!?」

 良明はレインにより着地した地点から自コートのゴールリング付近を見上げる。ゴールリング真正面にて、安本の相棒ドラゴンがボールを構えていた。

 陽とけやきへ。レインの手綱を引きながら、順番に視線を巡らせる良明。

(だめだ! 俺を含めて誰も間に合う位置に居ないッ!!)

 サイはその手に持つボールを投げ、三メートル前方のゴールリングに意とも容易くそれを通した。


 ビーーーーッ!


「薄石高、一点。ゲームポイント、ワンオール」

 良明は、腿の横で握り拳に力を籠めた。

 意とも容易く返された一点。

 これが現実。これが薄石の実力。恐るべき敵の能力は、当然ながら尚も健在だった。その事実は、あの日と何ら変わらない事を彼は今この瞬間再認識せずにはいられなかった。


「良明」

 けやきはそんな彼の切羽詰まった表情を見逃さない。

「すみません……」

「気にかけるな。同点に戻されたに過ぎない」

 すぐさま陽も駆け寄って来て、

「次は止めます」

 けやきは陽にも「焦らなくていい」と告げ、「それより」と言って薄石の他の二ユニットを見回した。

「相手にはまだ、レギオンの他に用意してきている何かがある筈だ。加えて、来須もそろそろ積極的に攻撃に参加し始める頃合いの筈。ここからはそこに特に気を張っておけ」

「はい!」

「はい!」


 けやきはゴールリング下に転がっていた白球を拾い上げ、言う。

 その声音は未だ闘志を宿し、冷静なる力強さを失ってはいない。

「再開のボールは私が貰うぞ」

 兄妹が頷いて返事すると、けやきは視線を薄石コートに向けたまま言葉を続けた。

「……この流れだ。相手は恐らく、私による速攻を警戒している筈。そこで私がボールを持って再開すれば――」

 けやきの思惑を真っ先に察したのはショウ。その表情が”なるほど”と言っている。

 けやきはショウに対して頷いて続ける。

「そうだ。相手チームには私による速攻を掛けると思わせて、良明、陽。お前達にこのシーソーゲームの一点を託す」


「解りました」

 そう返した良明に、けやきは「ただし」と続ける。

「勿論、状況次第だ。場合によっては私がそのまま攻め切ろう」

「はい」

「それから、陽」

「はい」

「さっき一点入れた事もあり、恐らくお前には一定の警戒が向いている。もしボールを受け取った場合は、危ないと思ったら直ぐに他のメンバーにパスを出して構わない」

「解りました」

「よし、あまり長く話すと速攻以外の事を伝達していると相手に悟られる。再開するぞ」

「はい!」

「はい!」

 けやきは、ボールを一度だけ地面に打ち付け、ガイの手綱を握った。


 ウイングボールスクール所属選手が居る、”あの薄石高”。

 そして、天才少女樫屋けやきが居る、”あの大虎高”。

 その二校の対戦という事で、一定数の観客の注目が両校が試合を繰り広げているコートには集まっていた。また、試合が行われていたのがAコートでもCコートでも無く、それらの中間に位置するBコートであるというのが、多くの観戦者に対し注視を促す要因となっていた。


 ある学校の男子生徒はこう言った。

「でも、大虎って今年は樫屋以外の人間は一年生なんだろ?」

 隣に座る男子生徒の友人はこう答える。

「そうらしいけど見てみろよ、あの一年生達。ありゃ経験者だな。中学校の頃からやってんじゃないか? 龍球」

 英田兄妹に対して面識すらなく、肩入れを伴った評価を下す理由などある筈も無い。これは、兄妹にとって全くの他人から自然発生的に吐き出された言葉である。


 良明と陽に、もはやひな鳥の様なたどたどしさは無かった。

パスを打てば目標の選手の手元へと渡り、手綱を握ればドラゴンがベストな位置へと駆けていく。遠目に試合を見ていても、彼らが入門一か月半の素人だとは誰も思わない域には達していた。

 そうならなければ、かの兄妹とレインが薄石高に対抗する事など、到底不可能であった。

 けやきによる指導の元、兄妹とレインは練習メニューに対して一切の手抜きをせず、半ば意地と根性だけでひたむきにスキルアップを続けてきたのだ。


 だが、それで尚薄石高校の選手達は強かった。

 まるで、取られた一点が彼等にとって予定の内である様に、

 その直後に一点を取り返した事が、予定調和である様に、

 今現在、薄石高選手全六名の顔に焦りの色は全く無かった。


 試合が再開され、Bコートでは薄石高コート側へとけやきユニットが攻め込んでいく。

迎え撃つは安本とサイ。

 幾度となくけやきに挑んではボールを奪う事ままならなかった安本に対し、再び大虎高にとってのリードを得る為に、けやきとガイは全力でかかっている。この二ユニットの戦いは、そういう対戦カードである。

 にも拘らず、何故だろう?

 大虎高の面々が集まる観客席には、不穏な空気が流れていた。

 薄石高にある筈の、レギオンポジションとは別の武器。その存在が、皆余りにも不気味に思えてならないのだ。


 坂は、堪らずと言った口調で長谷部に質問した。

「あの、長谷部さん。さっき言ってた秘策って、今使うわけにはいかないんですか? 次の一点を入れた方のチームが相手をリードしつつ勝負に大手をかけるっていう、この大事な局面でこそ使いどころなんじゃあ……?」

 龍球の試合は基本的に三点マッチ。そして現在両校共に一点を獲得した状態である。次に一点を入れた方が試合に王手をかけるという坂の言葉はそういう意味を込めてのものだった。

 成哉を挟んで右隣に座る長谷部は答える。

「秘策って言ってもね。別に、”使えば必ず一点を取れる”だとか、”使えば必ずシュートを阻止できる”だとか、そういうわけでは無いんです」


 成哉が、何を言っているか解らない母と高校生の男子生徒を見比べる。男子生徒は納得と歯がゆさがない交ぜになった様な声をあげた。

「要は、使いどころなんです。確かに今はかなりの重要局面。試合の流れも、次の一点をどちらがどういう形で入れるかと言う事で大きく変わる筈。けれど、焦ってはだめ。焦りは緊張を生んで、本来の実力を発揮できなくしてしまう」

「ボールがこちらにあり、秘策の成功確率も高いとしても……ですか?」

「ええ」

 坂は、心配そうにBコートをへと視線を戻すしかなかった。

「樫屋先輩、ガイさん……頼んだよ……」

 薄石高コートを半分程まで進行したけやきを、坂は尚も不安そうな表情で見つめている。

 長谷部は、口に手を当てて何やら考え込みながら試合の動向を窺っている。成哉は、母のそんな深刻そうな顔を今まで一度も観た事が無かった。

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