道程は辛く<上>(3)
ビーーーーッ!
得点が入った事が驚愕に値する、称賛されるべき事であるかのように。
電子音は大袈裟に、ボールがリングを通過した事を選手達に報せた。
「大虎高、一点。ゲームポイントワンゼロ」
一日目と同様のユニフォームに身を包んだ審判が、動作を交えてコールした。
「よしゃあああ!」
「グッジョグッジョ!」
陽は真っ先に良明と手を打ち鳴らし、共に自コートへと帰って行った。
勢いを弱めず走ってきた陽を、ショウは正面からがしっと受け止める。
「よくやった。この一点は大きいぞ」
ショウの胸に埋めていた顔を上げ、陽はけやきに返事する。顔が小躍りしている様なその表情は、今現在の空の様に澄んでいた。
「死ぬほど練習した甲斐がありましたぁあ!!」
良明がため息交じりに、だが自分の事の様に嬉しそうな顔で指摘する。
「陽、練習の時何度か腕上がらなくなってたもんな。俺もヒトの事言えないけどさ」
「うん!!」
陽は、もう一度ショウに抱き着いて喜びを噛みしめる。幼い子供がイベントマスコットにしがみつく様そっくりになってしまっている陽を、ショウは優しく抱きしめてやった。
遠慮なく嬉しさを爆発させる陽の遥か後方で、薄石は早くも試合再開の準備を整えつつあった。憎い筈の自分には目もくれず歓びを噛みしめる表情ですれ違っていった陽を、来須は気にくわなげな表情で睨んでいる。
「レギオン、か……」
久留米沢が呟くと、安本は言った。
「当たり前だが、陣形としてのクオリティじゃ俺達の方が上だった。樫屋の奴はそれを承知していたからこそ、あの二人をこっちの陣地に上がらせるって決断をしたんだ。さらにあいつ自身のスキルも計算に入れて、俺達との差を埋めやがったってところか」
安本による分析を冷ややかに受け流し、来須はさっさと次の一手を寄越せと言わんばかりに訊いた。
「それで、どうします? これから」
安本は後輩の心理を知ってか知らずか、冷静に答える。
「このままじゃ体力的な消耗がやべえ。レギオンを使い続けるのは止めだ。兎に角、素の実力でもってまずは一点取り返す!」
「ふむ」
久留米沢は頷いた。同時に、この直後に安本自ら口にしたその指示の意図を、先行して理解する。安本は、自分以外の五名を見回して試合運びを交えた戦略を述べる。
「再開後のボールは俺等からなんだ。個として言うなら機動力とリーチで通常ユニットに劣るレギオン……まして、完成度に課題の残る奴らのレギオンは、俺達の様な熟練者のユニットによる速攻には無力な筈だ」
今しがた大虎高チームが薄石高チームに対して使用したレギオンフォーメーションは、あくまで薄石高のレギオンフォーメーションへの対抗策である。薄石高チームがこの陣形を取り下げれば、彼等も恐らくは同様にするだろう。
彼の言葉は暗にそういう主張を含んでいた。
「速攻は誰がやるんです?」
「俺が行く。お前達二人とその相棒竜は樫屋とガイだけをマークしろ」
久留米沢が怪訝な顔をする。
その意図を読み取り、安本は捕捉した。
「解ってる。あの一年どもも油断はならねぇ。が、今は樫屋だ。兎に角この一点を直ぐに返す事だけを今は考える」
「了解した」
久留米沢に続いて来須も頷いて安本の方針に同意する。
安本は、溶銑の様な笑みを浮かべて相手の選手たちを眺める。
「まぁ、樫屋さえ凌げばどうにでもなるさ……」
「相手、竜に乗ってってますね」
良明は額の汗を拭って言った。
「こちらも騎乗するぞ」
けやきの指示に各自返事をしつつ、ユニットを組んでいく大虎高チーム。
群れの中、レインもまた竜具越しに感じる良明の体重に既に慣れ切った緊張感を味わっていた。
金目の竜は、ふと昨夜の先輩ドラゴンの言葉を思い出す。
『金目の竜というものにはな、類稀なる能力を秘めている……という、伝承がある』
そうガイに言われるよりもずっと前。
同じ内容の言葉を、レインはある男から聞いた事があった。
(もしかしたら)
夫々の騎手を背に乗せたショウとガイが、レインの視界の端でコートを進んでいく。
(もしかしたら、あいつがこの外の世界に私を連れだしたのは、それが理由なのかもしれない)
手綱から、良明による”前進”の指示が伝わってきた。
(だとしたら、私はやっぱり金目で良かった。良明や陽や、みんなと出会えたから。……それだけでも、みっけもんだ……)
前方で、ボールを手にした安本が試合を再開した。
(来る。ウィングボールスクールに所属する強敵の反撃が、ついに来る)
試合へとその主眼を移行していくレインの意識の中で、最後に彼女はこう思った。
(薄石の竜にも、抱えているものがあるのかな? あんな人間達を背に乗せる事に、彼等は一体どんな気持ちを抱いているんだろう?)
レインの前方で、安本は跨る相棒のドラゴンに叫ぶように語りかける。
「サイ、この一点は確実に入れるぞ。てめぇの足、信用してるからな!」
「グァ」
肯定の鳴き声を上げたサイと呼ばれたドラゴンは、今、容赦無い速攻を開始した。
龍球に於いての速攻とは、即ちドラゴンの移動能力こそが重要な要素として影響する。世界レベルの競技者ならともかく、成長過程の若年層の人間とドラゴンを比べた場合、その足の速さは基本的にドラゴンの方が上を行く。
加えて、ドラゴンには羽根がある。
地面を駆け抜け、そこからさらに羽ばたいて高く飛翔した場合、当然人間が自力でそれに追いつく術は無い。
どんなに口が悪かろうが、どんなに態度が大きかろうが、安本や来須は所詮ドラゴンあっての競技者である。
今しがた安本から発せられた、”信用”という単語。
そこに、サイは少しだけうんざりしたものを感じてしまい、そしてそのうえでこう思うのだ。
(いつからだろう? 人間に、意見という物をしなくなったのは)
つい先日までは大きな態度で威張り散らし、自分達には意見も求めずに大虎高校での復讐試合に連れて行った安本。
まぁ、それはいい。
自分も一切反論はしなかったのだ。極論を言えば、安本は”文句ひとつ言わないって事は、サイも大虎高に殴り込みに行くのは大賛成なんだろう”とでも思っていたのかもしれない。仕方のない事として、まぁこれは受け入れよう。
だが、その後の安本の変わりっぷりに伴い、あってもいい一言が無かったという事実。
それが、サイにはどうにもおもしろくなかった。
”引っ張りまわして悪かったな”
たった一度。一言でいいから、それを言ってほしかった。
それを言わず、一回り大人になった風な態度を示し、”信用”などという”出来た人間”が真顔で使う様な言葉を口にしだした事が、どうにも気に入らないのである。なんなら、アホみたいにつんけんしたままの方がいくらか可愛げがあってマシだとさえ思う。
(或いは、相手チームのあのキャプテンなら、今しがたの俺の安本に対する鳴き声一つで、そこまでの想いを汲み取ってくれるのかもしれない)
サイはそう思った直後に自嘲した。
(いくらなんでも……甘え、だな。安本にはっきりと訴えない俺が悪いんだ。鼻先から尻尾の先まで九メートル程もあるデカい図体引きずって、何を気色の悪い事を考えているんだ俺は)
このサイというドラゴンは、人間という存在に対して極めて消極的な性格をしている。
修羅場や窮地というものが大嫌いで、先日の大虎高との練習試合の時の様な事に出くわしても、本当に本当に必要な時以外には口を出そうとしない。
元々そんな性格の彼が、安本の様な男の入学でどうなったのかは、想像に難しくない。
彼の様に自己主張が強く棘のある性格の人間に対し、委縮しない筈が無かった。
故郷を出て、薄石という土地に移り、学校に職員として勤め、それなりに貯金もある。
龍球の経験だってこつこつと積み、ウイングボールスクールに所属する人間を相手に納得させられるだけのスキルは身に着けた。
おまけに今年で二十一歳だから、安本よりも四歳年上でもある。
(いや、こいつ、この前の三月で十八になったんだったな)
それにしたって、三歳年上だ。
ドラゴンの年齢を人間の年齢に換算したらどうなるか、という事もあるから一概に年上面するつもりはサイには無い。
だが、少なくとも社会人としてのプライドという物が彼にはあったりするのである。
高々十八歳の、周りの事も良く見えていない様な子供にいい様に振り回されて。あまつさえ謝罪も無く大人びた顔をされて。
そりゃあ、良い気分はしない。
それでも、そんな彼が仕切るからと言って試合で手を抜くわけにもいかない。
安本や来須程の龍球の権化が自分の様な一般的なドラゴンに一目置いているのは、自分に実力があるからなのだから。
サイはそれを良く解っていた。むしろ、勝負にこだわる彼らが自分に対して龍球についての文句を殆ど言わない事に、それ以外の理由は有り得ないと思うのだ。
だから。
だからこそ、サイは今全力で走っている。容赦の無い速攻を、完遂しようとしている。
傲慢で周りの事を考えないチームメイトから失望を買わない為に、全力を出す。
それは、サイにとって息苦しい事この上ない闘いだった。
それでも日頃の練習の成果と彼の持つ資質が能力に現れ、極めて無機質で機械的に、”試合での勝利”という結果へと繋がっていく。
昨日けやきが仲間達に語った”努力はその度合いに応じた結果を返す”という理屈は、何もポジティブな思考を持つ者だけに適用される事では無いのだ。そういう意味で、安本が彼に放った”信用”という言葉自体は、出任せでも社交辞令でも、まして嘘と言うわけではなかった。
ただ、そこに気持ちとして心を許し、仲間として受け入れるという感情が在ったのか否か。サイは、それを知る術を持たなかった。




