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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
72/229

道程は辛く<上>(2)


「おいおいおい……」


 ”レギオンだ”。

 けやきが雷光の如く仲間達に放ったその言葉は、各選手に対して相手の陣形を知らせる為の通達ではなかった。それは、試合相手・薄石高校のレギオンポジションに対する対策そのものを意味していたのだ。

 すなわち、大虎高チームが今この瞬間発動した対策。それこそが、


「レギオン、フォーメーション……だと?!」

 来須は、心ならずも一瞬足を止めてしまった。直後に走る事を再開しながらも、脳裏に反響する言葉の数々と格闘する事を余儀なくされる。

(俺達と戦った後の三週間で、各選手のスキルが最大限に要求されるこの陣形を体得したっていうのか?)

 思考の最中来須に届いたのは主将安本の声であり、同時に投げられたパスであった。

「見た目に惑わされんな! 所詮竜から降りただけ、レギオンとしてのクオリティなんざタカが知れてる!!」


 来須ははっとする。

(その通りだ。所詮素人の付け焼刃。俺達のそれに完成度で敵う筈が無い!)

 ショウとガイは、肩を並べて身構えた。

 夫々の横には陽とけやき。良明とレインは、けやきのさらに左手に位置している。

 全員が横一列になって、ボールを手にしている来須とその他の選手全員を待ち構えていた。


「時間が無い、察するんだ。前回の私がレギオンに遭遇した時の行動をよく思い出せ」

 それだけ言うと、けやきは後輩達の返事を待たずに来須へと駆けて行った。

 良明は必死で回想する。

 陽も必死で回想する。

(あのとき)

(樫屋先輩は――)

 完全に包囲されようとしていたギリギリのところで、ボールを放棄した。

(相手にボールを奪われるくらいならば、自らボールを手放す)

(ていう事は)

 二人は同時に首を曲げて来須を見る。どうやらまだ、他の薄石高選手へとパスを回す余裕がありそうだ。とはいえこの状況で来須がパスを出し得る相手を彼以外の五名の中から瞬時に予想するのは容易ではない。


「グァ!」

 ガイの声だった。

 ”ついてこい!”

 根拠は無い。違うかもしれない。だが、今の兄妹は彼の言葉をそう解釈するしかなかった。二人は、それまで総勢四名だった大虎高の群れの中に混ざり、一斉に来須に襲い掛かった。


「来須!! こっちもレギオンなんだ、忘れんな!!」

 安本の再度の叫び声。その言葉が意味していたのは、”五人のうち誰に対してでもパスを出す事が出来る”という主張。

(くそッ、陸上選手の短距離走かよ!!)

 その例えに遜色の無い勢いで走ってくるけやきに、来須は思わずたじろいだ。

「くっ!」

 彼がボールを投げた相手は、久留米沢だった。彼はこれまでの間冷静に試合の動向を見守りながら大虎高チームの裏をかく位置取りを模索していただけに、その大虎高の誰もにとって、最も意識の外側に居る選手なのは間違い無かった。


 パスを受け取る久留米沢。その手にしっかりとボールが握られる。

 相も変わらず大きな掌一枚でがっちりとボールを固定している様を見て、瞬時に視線を向けた陽は揺れる視界の中で違和感を感じた。

(なんで、このタイミングで片手?)

 以前陽が目の当たりにした時には、久留米沢はもう一方の手で手綱を握っていた。だからこそボールを素早く扱う手段としてハンドボールの様な持ち方をしていたのである。

 しかしながら今現在に関していうならば、敵味方含めて全人間選手がドラゴンから下りている。勿論久留米沢もである。当然手綱を握る必要など無く、誰もが両手を使える状態であるはずだった。


「パスだ!」

 陽は気づきをそのまま口にする。

『御名答』

 彼女の傍らから離れて久留米沢に向かって行くショウが、「グァ」と鳴いて自らの猛追を勢いづけた。ショウと並んで突撃していくのはガイ。久留米沢にボールが到達するのと同時に、二頭は彼に襲い掛かった。


(……仕方ない、か)

 けやきはほんの少しだけ顔をしかめてそう思った。

 本来ならば、この陣形は全選手がほぼ同時に相手に向かって行く事で最大の威力を発揮する。まして、相手の全ユニットが騎乗状態ではない今の状況では、いわば一対多が容易に発生する筈なのである。勿論これは大きなチャンスだ。

 しかしいかんせん、チーム内にも能力差というものが存在する。

 それがショウとガイの先行という状況を生んでしまっていた。


(一瞬。ほんの一秒でもいい。時間を稼いでくれれば、みんな追いつけるのだが)

 けやきの考えをガイは理解していた。

(必要以上に追い詰めれば、久留米沢はたちまちのうちにパスを出すだろう。だが、だからと言って手を抜けば防御を抜かれかねない!)

 ショウはさらに理解していた。


 久留米沢は、当初から片手でボールを握っている。それは、間髪入れずに次の選手へとボールを回す為に他ならない。

 ショウは眼前の巨体を見て思う。

(本当なら、こうしてこのゴツい男子に向かって先行するのもナンセンス。けれど、だからと言って向かって行かなければ、この子はどんどんこっちのコートに攻めこんできてしまう!)


「ガァア!」

 久留米沢の相棒ドラゴンが、翼を広げてパスを求める声を上げた。

 よく見れば、青い眼をした彼女は三十センチだけ身体を浮かせており、薄石選手の群れから離れ過ぎない程度に先行している。

(パスの相手は――)

(あの竜?)


 視線を奪われた兄妹を自分の視界に捉えたけやきは、咄嗟に声に出して警告する。

「囮だ! そっちじゃない!」

 よくよく見れば、久留米沢と声を上げたドラゴンの間はレインがしっかりと遮っている。よって、それを認識していたけやきは断言できたのだ。久留米沢のパスの相手は、その配置からして恐らくは安本か、安本の相棒ドラゴンのどちらかだった。


 久留米沢は、ノーモーションからの速球でパスを出す。練習試合の日に良明が目の当たりにした、あの豪速球である。

「ふっ」

 けやきが呻いてそれへと手を伸ばす。その指先にボールが当たり、軌道が大きく逸れていく。が、安本は狡猾にもその中空を彷徨い始めたボールをすぐさま捕捉しようと無駄のない動作を開始した。


「英田、上がれ!」

 けやきは、一連の攻防の結果などまるで見えてこないそのタイミングで、二人にあえてそう指示を出した。良明と陽は一切の躊躇い無く、けやきの言葉に従って薄石高コートへの進行を開始する。

 そう。兄妹に、迷いは一切無かった。

「先輩がそう言うなら」

「絶対にボールを奪って、パスをくれる筈」

 頷き合って双子は駆けていく。


 ショウとガイは、変わらず久留米沢へのマークを崩さない。

一方レインは安本のドラゴンと向かい合い、けやきと安本による攻防への干渉を阻止している。

 とはいえ、いずれ早いタイミングで全ての薄石高選手達はけやきと安本の居る地点へと殺到するだろう。つまり、けやきにとって勝負は一瞬である必要があった。


 距離的に中空を舞うボールを掴み取れないと見るや、安本はその掌でボールを打ち払おうとした。彼の狙いはこうだ。

(おおよその来須の位置にボールを飛ばせば、後は奴がなんとかする。 樫屋、お前が後輩二人を攻め上がらせたのは失敗だ。レギオンは、多数の選手によって少数の選手を圧倒する為の陣形……駒が増えたからと言って別動隊を作るなんざ愚の骨頂ってもんだ)

 安本の右手の中央三本の指が、宙を舞うボールへと外力を加えた。

「よしっ」

 瞬時に安本は確信する。その打球は、正確に来須の方向へと向かおうとしている。


(……だと思ったぞ、安本)

 けやきは、彼女の背を通過しようとするボールへと、モデルの様に長い右の足を延ばした。

 安本の手が打った球は彼女の足に接触し、今一度さらに高く舞い上がる。


「こんの!」

 安本とけやきが、無表情に自分達を見下ろすボールへと手を伸ばす。

 下降を始めるボール。肩をぶつからせながらも、お互い全く退く気はないけやきと安本。けやきの狙い通り、勝負はたったそれだけの競り合いで完結した。

 全力でボールを振りかぶり、遥か眼前の味方へと投げ放ったのは、身長で相手に勝るけやきの方だった。


 完全にフリーとなった兄と妹めがけ、ボールが大気の海を泳いでいく。


「陽、いけ!」

「おっけ!」

 こうでも言わないと、同時にボールに向かって行ったり、反対に二人ともボールを取りに行かなかったりするのがこの兄妹なのだ。ここぞという時の良明の機転に、陽はささやかながら感謝した。

 緩い放物線を描いて飛んできたボールを、彼女は難なく受け取る。

 その背後には妹を護る良明。彼の眼前には、自コートへと戻ろうとする全薄石高選手が群れを成して迫って来ていた。


 とはいえ、十メートルを超える距離。その状況で陽のシュートを妨害できる者は皆無であった。

 それ故の凄まじいプレッシャーが陽に襲い掛かる。が、彼女はそれでも、迷わずにシュートを放った。

 胸倉を掴んで、危なく手を上げようとしていた程に憎い相手。かつて一度完敗した相手。その相手との試合での、フラットな状態からの最初の一点を、決められるかどうか。


 汗の海に溺れる様な練習の最中、この状況を何回くらい想像しただろう?

 陽は、思い起こす事すらしなかった。

 外す気が、しなかった。


 気持ち一つで確実にゴールを決められるのだとしたら、事実大勢の競技者が猛練習を重ねるフリースローなんて、ほぼ無意味なシーケンスじゃないか。

 陽の中で、そんな指摘をする声がこだましている。

 それでも、外す気がしなかった。


 薄石の打倒に燃える彼女が、その一投を外す筈が無かったのである。


 陽はその瞬間、放物線の前半を描いて飛んでいく白球を、我が子を見る様な眼差して見据えていた。

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