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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
71/229

道程は辛く<上>(1)

「大虎イズ!」

『アライブ!!』

 高校龍球大会県予選二日目・第二試合。

 トーナメント二回戦・薄石高校対大虎高校。

 その、開始直前。


 円陣を組んでの掛け声を終え、全ての大虎高選手はユニットとなり敵コートを前に佇んでいる。

 兄と妹には、相変わらず緊張というものは無かった。否。今この時こそ緊張している場合ではないのだ。やらいでかの精神である。

 妹の顔を見れば、兄の顔を見れば。自分と同じ様に、まるでこれから決勝戦に挑む様な顔をしていた。言うまでも無く、彼等にとってこの試合はそれ程までに重要な意味を持っているのである。


 兄と妹は、ついにかの顔と対峙していた。

 ストレートの髪と、敵意の塊の様な眼差し。練習試合の時には兄妹も必死だったので気づかなかったが、来須という薄石高選手は、腹が立つくらいに引き締まった身体をしている。

(たぶん、殴り合いの喧嘩をしたら、絶対勝てない)

 などと良明が物騒な事を考えてしまうのは、他でも無い来須が原因である。今尚続く隠されざる敵意の眼差し。明確な反則について最後まで謝罪しなかった不道徳。聞くに堪えない罵声の数々。

 高校一年生の良明にとって、来須を’敵’というカテゴリで括るには十分すぎる程の材料が、正座して横一列に並んでいる様だった。

 レインも陽もその気持ちに変わりなどある筈も無く、お互いが今こうして無言でいる事こそが気持ちの共有として機能している程だった。


 薄石高の参加選手はあの練習試合と全く同様。安本と久留米沢のユニットも今や遅しとジャンプボールの瞬間を待っていた。

「グゥン」

 ショウが、背の上の騎手――陽――に対して唸る。

 陽にとってもはやそのドラゴンの言葉の意味を考察する必要などなかった。

 意気込み、励まし、決意。

 おおよそその辺りの言葉をポジティブな色で述べているのに違いなかった。

「うん、頑張ろう」

 そう返すだけで、彼女等の意思疎通は十分であった。


「初手。それを誤らなければ、先制点を取る事自体は可能だと、私は思っている」

『だろうな』

 肯定の唸り声を上げるガイに、けやきは告げる。

「但し、最初にアレを使ってしまうとそこから先の約三十分を持たせる程のカードはウチには無い。まして、あの相手から三点取る事で試合を終わらせる、という前提でかかるのは至極困難なはず。やはりここは、ぎりぎりまで相手との攻防を引き伸ばす事に注力するべきだろう」


『――と、さっき長谷部は言っていたな』

「ああ」

 ガイは、竜具のベルトを締めなおしながらけやきに首を振り向かせた。

『それが、どうかしたのか? それに対して納得がいかないのならば、何故あの場で言わなかった』

「違うんだ、ガイ」

『ん?』

「いざ眼前に薄石を捉えて、今思う。……彼等が、果たしてそんな悠長な戦い方をさせてくれるだろうか?」

『……』

「だから、ガイ」

 ガイは首を正面に戻し、視線だけを背後のけやきに向けた。

「ジャンプボールの直後、私からあらゆる指示が来うると思っていてくれ」

 ガイは、「がるる」と鳴いて答えた。

 恋人の存在をその肌で感じながら、けやきとガイはセンターラインへと歩を進め始めた。


 薄石高校主将・安本は、眼前にした敵チームを捉えるなり、二人と一頭、すなわち英田兄妹とレインの進化をすぐに見て取った。そして、自分の、自分達のあの練習試合での行動こそが彼等の進化へと多大な影響を及ぼしているのだとその直後に気づく。

 焦眉の急。とまではいかないが、少なくとも油断は出来ない。無警戒になめてかかれば、たちまちのうちに一点を取られる可能性が十分にある。それが、安本の見立てであった。


 けやきユニットと対峙したのは、来須のユニット。

 二者間に、言葉は無かった。来須が挑発の言葉を口にする事は無かったし、けやきがこの期に及んで”良い試合を”などと言う筈もなかった。

 彼等のただならぬ雰囲気に気づきつつ、審判は今ついにその口を開いた。

「只今より、薄石高校対大虎高校の試合を始めます。審判は私、野崎が努めます。試合は前半後半各十五分、インターバルは五分とします。両者、向かい合って、礼」

 全選手が頭を下げた。


 英田兄妹とレインの眼には、その来須の所作が限りなく白々しく映る。

 勝ち進む事も重要だ。それは三名とも解っている。だが、それでも。思わずにはいられないのである。

(あの日の言葉を、その身をもって否定させてやる)

(この一戦だけは、絶対に負けるわけにはいかない)

 兄妹は勿論、自分の今後の生き方がかかっているレインでさえも、頭の中で言葉にせずにはいられない。

(この人間は、私の恩人を侮辱した人。だから、必ず倒す)


 審判がホイッスルを咥える。

 あの屈辱の日の黒星を叩きつけて返すための戦いが、今この瞬間始まろうとしている。

 耐え抜いた苦痛を踏み台に、向上心などという言葉が陳腐に思える程の努力を続け、その先に待っていた薄石高チームとの再戦の場に立つ事が兄妹とレインにとってどれ程の意味を持つのかは言うまでも無い。憎悪、使命感、復讐心、向上心、今日に至るまでの様々な感情がないまぜになり、彼等の心を満たしていく。

 だがそれも、審判がボールを投げる瞬間までの話。

 今この時、彼等の頭ではあらゆる思考が最適化され、龍球というスポーツの為だけに身体を動かす事を前提として意識が保たれた。


 ジャンプボールが今、投げ放たれる。


「おああア!!」

 試合の開始と共に、Bコートに叫び声が波打った。

 来須とその相棒のドラゴン・(アル)による全力の跳躍。そこからの飛翔。それに伴う掛け声である。


 先日の練習試合にてけやきとのジャンプボールにせり負けた安本。彼を見て、来須はその後正面からの勝負でけやきに勝つ事を考えて練習に取り組んだ。小細工なし。紛れもない高さの勝負で彼女のユニットに勝る事こそが、強さの証明なのだ。そう、来須は安本に対して熱く語った。

 安本が試合最初のジャンプボールを彼に譲ったのは、そういう事情あっての事である。


(全身全霊。このぽっと出の弱小校にそんなものを引き出された事自体が、本当は途轍もなく不快なんだ――)

 指先に当たりそうな距離にあるボールを、来須は親の仇でも見る様に睨み付けた。

(――けどまぁいい。今日でそれも終わりだ。今度こそ解らせてやる。この樫屋とかいう三年が、安本部長の気迫を奪った事。あの一年達がものの数か月で俺達に勝とうなんて考える事。その二つが、いかに龍球を侮辱する事なのかをな!!)


 来須の高さは、天才けやきに勝った。

 自身にとっては優勝トロフィーにも等しいジャンプボールを、来須は今、しっかりとその両手に掴み取ったのだ。

「ざまァみ――」

 相棒のドラゴン・アルからけやきを見下ろそうとした来須は、舞台役者の様な大袈裟な嘲笑から一変。驚愕に眼を見開いた。


 見下ろせなかったのだ。

 その時の来須の目線の高さよりも下に、けやきが存在していなかったのである。

(なん、で。確かにボールはこの手に――)

 ”けやきよりも上を取った筈”。その来須の認識は正しかった。ジャンプボールに手を伸ばした両者のうち、高さで競り勝っていたのは来須で間違いなかったのだ。


 だが、その結果を受け咄嗟に羽ばたきを加えて上昇を続けていたのがガイだった。

 来須がボールを手にして自由落下を始める頃には、飛翔したガイが彼の胸程の高さにまで昇って来ていた。

 それに加えての、けやきの長身である。ボールを手にしてアルの背に腰を下ろしつつあった来須が、彼女を見下ろす事が出来る筈も無かったのだ。


 一瞬の来須の動揺が、隙へと変わる。けやきはそれを見逃さなかった。

(これを奪えば、ファーストアタックはこちらだ!)

 ガイから身を乗り出し、けやきは来須の懐へと右の腕を伸ばした。

「ちぃッ」

 落下を続ける来須は辛うじて体勢を維持しつつ、その手に持つ白球を安本へと投げた。


(試合の勝ちに拘るからこそ、競り勝つことに拘らない。当たり前の判断だが、今の感情的になりきっている奴にとっては上出来な判断だ)

 パスが届くまでの数秒間で、来須に対して安本はそういう評価を下した。

 来須よりも薄石コート側へやや奥。向かって左手に構えていた安本は、来須のパスをしっかと受け取ってこう叫んだ。

「展開ッ!!」


 まさか、と思ったのは大虎の全選手達である。

(こんな序盤で!?)

(こんな序盤で!?)

 英田兄妹のユニットは、けやきユニットの後方左右に位置している。

 後輩達の動きを横目でちらと確認すると、けやきは直ぐに敵達に視線を戻してその動きを見極めようとする。

(特に人間選手の体力を致命的に大量消費するあの陣形を、試合開始間もない今使うというのか? それとも罠で、別の何かを――)

 安本が、久留米沢が、体勢をたて直す事もやっとの来須でさえもが、ドラゴンの背から飛び降りようとしていた。

(間違い無い、来る!)


「レギオンだ!!」

 けやきがコート内の全大虎高選手に対してそう叫んだ。

 状況は、あの練習試合の時とは大きく異なっていた。

 すなわち、大虎高チームが前回レギオンフォーメーションを目の当たりにした状況である。彼女等が始めて薄石のレギオンを目の当たりにした当時、ボールは大虎高校の手中にあった。つまりあの時の薄石高校による一手は、けやきユニットという怪物相手に全力でボールを奪いに行く攻撃手段としてのレギオンだったのだ。

 だが今は違う。安本は、その手にパスを受け取ったのと同時にそれの発動を指示した。

 それが意味する所は言うまでもない。全ての薄石高選手が、攻撃の要となりつつ大虎高コートへとなだれ込み、相手選手の防御を圧倒的な人数差で突破した上で最初の一点を奪おうとしているのだ。


 ベンチに腰掛ける石崎はいつもの伊達眼鏡をくいと上げ、手元のノートPCに視線を落とす。同じくベンチに腰を下ろすシキは、無表情に後輩達を見守っている。

「さて。”対策”がうまくいくといいんだけど……」

 石崎のPCには、大虎高の練習風景の画像が表示されている。まさに、今現在のBコートと全く同じ選手の配置であった。


 薄石戦開始時のポジション。それは、長谷部により決定したものだ。

 石崎は、背筋に得体の知れない不気味さを感じるのである。

(まさか、長谷部さん……この最序盤でのレギオン発動を予想してたっていうの?)

 驚愕からくる否定を思い直す様に、(いや、でも)と石崎は眼前の大虎高選手達に視線を戻す。

(あの練習試合の日、うちのチームが薄石に対してフラットフォーメーションを早いタイミングで使ったのだって、相手の予想の外を行く為だった)

 薄石高チームが同じ理由により同じ行動に出た。そう考える事に対し、石崎は何ら違和感を感じられないのである。


 安本は、ドラゴンの背を飛び降りるなり、真っ先に走り出していた。

 来須も久留米沢も、今やっと各ドラゴンの背から離脱したところである。

(大虎高の奴等にしてみりゃ、俺が一人で突っ込んで来たならそりゃあレギオンが本格発動する前に、俺からボールを奪おうとするだろう)

 それが安本の狙いだった。

 大虎高選手が安本に群がろうとしたところで、何れかの薄石高選手へとパスを出す。そうする事で、大虎高の選手達は彼に群がっていた分レギオンに対する対応が遅れる。


 この安本による行動のそもそもの目的は、一度相手に対して見せてしまっているレギオンの威力をフォローする事。独断ではあったが、熟達した経験者の機転であった。

 だが突っ込んで行ったその場所で、彼は目の当たりにする。大虎高チームが、このレギオンという陣形に対して用意して来た対応策を。

 それは、薄石高校の誰もが予想すらしていなかった、あまりにも衝撃的な方法だった。


 こんな事が、あの練習試合からの短期間で可能である筈が無い。

 そんな感想すら抱けないままに、安本は眼前に広がる光景に愕然とした。

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