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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
1.兄妹と龍球
7/229

ターニングポイント(2)

 言葉も無く淡々とフリースローの準備を始める四選手。

 石崎の言う”実力者”を目の当たりにした良明と陽は、試合に集中する選手達とは別の理由で発する言葉すら持ち得なかった。

 兄と妹は顔を見合わせるでもなく、石の如く硬直し固唾を呑んで試合の動向を見守っている。


 けやきとガイは直家コートのゴールリング五メートル手前の地上に陣取った。五メートルという距離はフリースローのルールが許可する最短距離である。

 直家達・すなわち相手チームはそのけやきよりもゴールリングに近い位置には居てはならないというのがフリースローのルールだ。結果として、彼らはけやきのすぐ横に陣取る形となる。


(な……なんだこれ)

 良明は、心の中でだけいよいよ呟いた。それまでの、時間にして三分も無い間に行われた攻防の密度に驚愕する外なかった。

 無論それは陽も同じで、半開きにした口を微動だにせずただただ戦況を見守っている。

 ただ一人、未だに冷静な表情を崩さず戦況を見守るのはけやきの親友・石崎楓である。


 彼女が何を思い、この試合展開をどう解釈しているのか。良明も陽もそれを推し量る事が出来ないでいた。だがしかし、部長不在となりかねないこの状況で尚も冷静を保っている石崎は、兄妹にとって希望の光の様に思えたのだった。

 この竜術部という部活に所属していない兄妹にとって、そもそもこの勝負の行く末などはさほど重要な事ではない筈である。確かにけやきとは少し前から面識があったし、その時の出来事は十年先でも語り草になる様な事だった。それでも、竜術部という括りの中の話など、今現在の彼等の高校生活に対してさほど大きな影響を与える事柄だとは思えない。

 にも係わらずこの勝負を息を止める様な緊張感で見守っているのは、或いは彼等双子の中に先日陽が口にした”予感”という物があったからなのかもしれない。


 ガイは、不意を突く様に地面を蹴って跳躍した。そのまま羽ばたき、上空へと飛翔する。

 直家達はやや前方へと跳躍・飛翔し、ゴールリングとけやきの間を遮る位置に滞空する。

「こ、これじゃシュートを打っても――」

「うん、入らない」

 石崎の回答が陽の問いに先回りする。

「問題は、直家の奴がここからの展開に気づいて対策するのが、けやきの行動よりも早いかどうかだよ」

 石崎が何を言っているのか解らない、といった表情の陽。


 けやき同様に地上数メートルに位置する直家が、一瞬訝しげな顔をする。

(おかしい。事がうまく運び過ぎている。こうも簡単に竜術部部長樫屋けやきのフリースローを遮る事が出来るものだろうか?)

 思考する。

(俺の、フリースローされる側の定石であるこの動きを予想できていなかった?)

 時は過ぎるが、直家は思考する。

(樫屋に限って、そのようなミスをするだろうか?)


 直家が疑問を抱いたのと全く同時に、竜術部部長樫屋けやきは行動に出た。

 突如ボールを振りかぶると、自分達の真下へと投げつけたのだ。そしてそのけやきの行動に合わせて、ガイは羽ばたくのを止めた。

 上空から地面に対して垂直に叩きつけられたボールは地表へと到達し跳ね返り、羽ばたきを止めたガイとその背の上のけやきは自由落下を始める。


 地面に跳ね返り、宙へと戻ったボールとけやき達の高さが再び同じになった時、直家は彼女の意図に漸く気づく。その瞬間、一度は直家達が断ち切った筈のけやきとゴールリングを結ぶ線が、けやき達が下降した事により再び結ばれていた。

 空中でボールを凝視するけやきの眼がほんの一瞬見開かれ、すかさず本気の一撃が繰り出される。


 けやきは勝負を決めるつもりだ。石崎がそう確信した瞬間、ガイの背の上で立ち上がったけやきは右のつま先でボールを蹴り上げた。

 ガイが羽ばたき、今一度大きな風が巻き起こる。それは直家達の動きを封じる事と、ボールへの追い風を足す両方の意味を持っていた。

 シュートの軌道がゴールリングを捉える。けやきはボールから目を離さない。

 至近距離からの一撃。直家と彼のドラゴンの下方を潜ってせり上がってくるボールの軌道。ボールが下方にある以上、先程のけやきよろしくドラゴンの背中でさらにジャンプしてもどうなる物でも無かった。尚、これは双子がレクチャーされていないルールであるが、フリースローされた側の選手がその後一度もボールに触れていない状態で再び禁止エリアに侵入すると、即座に相手チームへの加点が行われる。一点先取と取り決められたこの勝負において、それは敗北を意味していた。


 状況は、これで完全にけやき達に味方した。

 ぎらりと鋭いけやきの眼光が後押しする様に、ボールは衰える気配すら無くぐんぐんとリングとの距離を縮めていく。

「勝った!」

 石崎が窓へと手を付き、ここにきてついに感情の篭った声を上げた。


 ガイの羽ばたきによる追い風に乗り、白いボールは直家の五体に触れ得ない軌道を進んでいく。刹那に近い一瞬の中の景色が、まるでスローモーションの様に誰もの脳裏に流れていく。

 その、異空間に閉じ込められた様に長く長い一瞬は、そして今終わりを告げる。


 ボールは、直家コートのゴールリングに触れて、弾かれた。

 けやきがコントロールを誤ったのではない。

 けやきが放った渾身のシュートは、直家が乗るドラゴンの尻尾により直前二メートルでその軌道を逸らされたのだ。ドラゴンによるその咄嗟の判断がなければ、勝負はここで決していた。


(リン)、まだ来るぞ!!」

 リンと呼ばれた直家の竜は、「グァ」と小さく鳴いて両の羽根を大きく羽ばたかせた。

 跳ね返されたボールは進行方向を反転させ、けやきの元へと帰っていく。ガイの背中に戻ったけやきは、左の腕を振りかぶる。ボールは吸い込まれる様に彼女の掌へと向かう。

 今一度鋭い眼光がけやきの眼に宿ったのとほぼ同時に、彼女の手に叩かれたボールは再びゴールリングへと向きを変えた。


 一秒も無い攻防。反転を続けるボールを、直家はついにその両手でキャッチした。けやきによる再度のシュートは完全に阻止されたのだ。

 直家とリンによる更なる速攻が始まろうとしたその瞬間にあって、けやきとガイの姿は未だに直家達の眼前にあった。先程のけやき達ならば、既に身を翻し自陣に戻ろうとしている頃合である。


「捻じ込めぇ!!」

 教室の中の石崎の声がガラス越しにコートへと漏れ出した。その一言を聞き終える前に、けやきは右の手を今一度振りかぶる。

 何をする気だ、と良明と陽は見守る事しか出来ない。

 ドラゴンの羽ばたきの如く振り下ろされるけやきの腕。その先にある右の掌は、直家の持つボールをとらえた。

 ばん、と部室の中まで聞こえる豪快な音と共に、直家の両手からボールがもぎ取られる。


 真正面を見据えて攻めの姿勢の直家。

 前傾のまま、今まさに直家コートのゴールリングを睨み付けるけやき。


 連続する時間の中からこの瞬間を切り抜けば、さぞ対照的で象徴的な二人の姿があっただろう。

 この試合のハイライトにしてクライマックスの一瞬は、やはり一瞬で過ぎ去り、時は変わらず流れ行く。


「しまっ――」

 直家の口から出たその三文字は、ボールを取られた事に対してではなかった。

 反応が遅れた事に対してでもない。

 それは、自らの敗北へと繋がるゴールを、けやきが確実に入れるであろう事への動揺の表れに他ならなかった。


 けやきは禁止エリアまでの二メートルと少しを一瞬で縮め、腕を振りかぶる事なく胸の前に構えたボールをバスケットのチェストパスの要領で打ち出した。

 直家に対処の術を与えない、隙を生じぬ一投。

 けやきのシュートは今、直家側のコートのゴールリングを通過した。


 勝利の一点。

「ビッ」と短く、味気なく。先程ジャンプボールを上げたドラゴンが握る電子ホイッスルの音が辺りに響いた。

 その場に居る誰一人として、歓声も落胆の声も上げない。

 強いて言うなら、安堵のため息を漏らす部長の友人が一人居るだけだった。


 粛々とコート中央で向かい合い一礼するけやきと直家。ガイとリン。

 良明と陽はただただあっけに取られてその光景を眺めていた。

 コートの様子を伺う為だけに存在する亜空間から、彼らの意識を引き戻した声の主は意外な人物だった。

「すっげー」

 英田兄妹にとってはよく聞き慣れた声。つい昨日も登校中に聞いた声だ。

「あれ、なんでここに?」

 と、良明に問われて答えたのはふっさんこと藤だった。


「直家先輩……えーと、あの今までコートで試合してた、竜術部じゃない方の先輩の部にさ、体験入部してるんだなこれが」

 良明と陽の間にずずいと進み出て、藤は問い返す。

「二人は竜術部体験中なんだよね?」

「まぁ、一応……」


 あの嵐の様な戦いを目の当たりにして尚、”うん、昨日から竜術部で龍球やらせてもらってるんだぜっ”などと言う度胸は良明には無かった。

 曖昧な返事をする良明をよそに、陽は不思議そうに藤に問う。

「でも藤君って写真部に興味あるとかなんとか言ってなかったっけ?」

「あー、とね」

 藤は微笑みながら続ける。

「何か『飛道(ひどう)部の部長が竜術部の部長に喧嘩売りに行く』って聞いて興味沸いてさー。今日は直家先輩のところ(こっち)にきてんの」

 喧嘩、とはつまり、今しがた繰り広げられた”実力がある奴同士のガチのタイマン勝負”の事だろう。


 藤の行動の気まぐれさを突っ込むべきか、それとも彼の野次馬根性に突っ込むべきか迷っていた良明だったが、先に口を開いたのはその藤の方だった。

「二人とも入る部活は竜術部でもう確定なカンジ?」

「いや、まだまだなんとも」

「いや、まだまだなんとも」

 いつもの様に声を揃えて答える双子。

「そっかー、まぁ俺もまだ完全には決めて無いんだけど」

 いつぞやの石崎とは対照的に二人の発言が被る事には特にリアクションしないのは、藤が双子との長い付き合いの中でいい加減それに慣れたからである。


「ふーじー?」

 と、どこか茶目っ気交じりの怒りの色をこめた声が聞こえた。

 三人は石崎の方を観る。

「あんた竜術部来るんじゃなかったの? 割と皆楽しみにしてたのにー」

「お知り合いだったんですか?」

 陽が石崎と藤を見比べて、意外そうな顔で問う。

「体験入学の時にねー。そん時竜術部を見せる機会があってさ、結構手応え感じてたんだけどなぁ。お姉さん悲しいよー」


「藤、戻るぞ」

 苦笑いする藤に、今度は中庭から部屋に戻ってきた直家が声をかけた。

 そそくさと「んじゃね」と挨拶して直家とともに去っていく藤を見て、双子ははたとけやきの方へと視線を戻した。

 見ればどこと無く気だるそうに、先程まで身に着けていた竜具を抱えている。部室の方へと歩いてきた彼女のその表情は、顔に「やれやれ」と書いてある様だった。


「おっつかれー」

 試合の結果の所為だろう。上機嫌な石崎はけやきの肩を叩いて出迎える。

「ああ。……英田兄妹、今日も来てくれたのか。待たせてすまないな」

 今尋ねなければ機を逃す。そう思った陽は、早々に昨日の体験入部の続きを再開しようと準備を開始するけやきに対し、改めて先程の勝負について質問する。

「あ、あの、さっきの直家先輩……は、ここにはよく来られるんですか?」

「いや、来るのは珍しい。だが、もう何度も飛道部に来いと勧誘されている」

 軽く笑いながら良明が言う。

「何度もなんですね」

「その都度断って終わるんだがな、今回はこちらにも事情があって、勝負という形で対応した」


「事情?」

「事情?」

 けやきは、ちらりと石崎を見た。

「まぁ、隠してもしょうがないし言っちゃえば?」

 促されたけやきは双子の疑問に答えるべく、今現在、大虎高校竜術部が置かれた現状を語り始めた。

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