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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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真理は甘く(4)

「絶対に、突破する!」

 良明は、主将と思しきその相手にも臆する事はなく、その身のこなしを凝視して見極めようとした。

 彼女が乗っているドラゴンは羽根を上下させて滞空している。今直ぐにボールを奪いに向かってくる事はなさそうだ。

 良明は、レインに速度を落とさせずに自ら迫っていった。と、目の前の丸江ユニットを突破しようとしたその時、良明は彼の視覚が認識する情報に異常を感知した。


 丸江が居る筈の場所に、彼女が先程腰を下ろしていた筈のドラゴンの背の上に、その姿が無い。

「なっ」

 ドラゴンは居る。丸江が今しがたまで眼前に居た事も間違いは無い。

 しかし今、現に良明の視界が捉えているのは、無人のドラゴンの背中だけ。

(背中――)

 突如、良明の視界の下の方から、急速に接近してくる気配があった。


「うえーい」

 前方を見下ろした良明は、思わず目を見開いた。

 丸江がドラゴンの足を掴み、空中ブランコを思わす円弧を描いて迫っている。

「陽!!」

 良明は、咄嗟の判断でボールを陽へと託す。


 丸江とまともに攻防していては、その瞬間冷静を欠いていた自分に勝機は無かっただろうと良明は確信する。

 右の掌でボールを受け取った陽は、左手だけで手綱をくいと引いてショウに対して前進を要請した。


 それを目視した二年早山のユニットが身を翻し、磁石の様に陽へと迫る。

 が、陽は良明からのパスを受け取った時点で、早山による陽への攻撃が良明の意図する流れであると気づいていた。

 無茶な体勢からなんとかドラゴンの背に戻ろうとしている丸江。

 そして、良明のユニットの背に追いやられている梶田ユニット。

 ならばあとは陽が目の前の早山のディフェンスを抜いてしまえば、ゴールリングを狙える位置に陣取っている良明へとボールを返せるのである。


 早山が伸ばしてくるのは右手か、左手か。

 如何なるタイミングでそれを実行するのか。

 彼女の間合いは如何程か。

 陽は、早山の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませた。

 だが、時間的な猶予は無い。速くしなければ丸江がドラゴンの背中へと復帰し、たちまちのうちに良明のマークへと向かってしまうのだ。

 陽は意を決し、自分達から早山の横をすり抜けるべく手綱を引いた。

 早山は反射的にそれを遮ろうとして手を伸ばしかける。


(――右手ッ!)

 陽は左手で持った手綱をくいと引っ張り、レインと共に早山の左側を横切った。

「決めて!」

 陽は良明の胸のど真ん中へと、その右の掌に握られたボールを突き刺した。

 見事な速球。

 相手チームの誰もが、反応する事が出来なかった。


 レインは、背中の上で良明がボールをキャッチするのを感じ取ると、すぐさまゴールリング正面へと高度を上げて移動してやった。

 良明はボールを頭上へと高く掲げ、今、その一投を振り抜く。


 ビーーーーッ!


 大虎高校で聞く音とは対照的に、感情が籠ったかのようにさえ聞こえる主張の強い電子音が、今一度コートに響き渡った。そして審判が先程の様に得点をコールする。

 まるで、一切の音が聞こえなくなったかの様な感覚。


 良明はその瞬間、自分とそれ以外が何かで隔たれたかのような不思議な気分に襲われた。

 石崎がベンチから立ち上がり、「よっしゃあ」と声を上げているのが聞こえる。陽が弾けんばかりの笑顔でハイタッチを求めている。足元では、レインが長い首をくねらせていて、誇らしげに自分の顔を覗き込んでいた。


 流れる様な動き、確定していたかのような判断。

 ともすれば淡々とこなした一連のボール運び。

 陽と良明の兄妹にとって、良明にとってそれは、公式戦は勿論、練習試合を含めて他校との試合ではかつて一度も経験した事がない、自らの手による得点だった。

 何度か部活内で試合モドキの様な事はしたし、その場面でゴールリングにボールを通した事は勿論あった。

 だが、それとは比べ物にならない程の、澄み切った真夏の海に乾いた水着で飛び込んだ様な快感が、少年の表情を今この瞬間輝かせた。


「っしゃああア!」

 掲げられた陽の掌にバチンと一発。彼は、観客席へと視線を投げた。

 藤が立ち上がってぐっと親指を突き出しているのが見える。聞き取れやしなかったが、他の部員達も労いの言葉を叫びかけてくれていた。

 そして、そんな少年の元へと歩いてくる一組のユニット。


「よくやった、なかなかの速球だったぞ。レインもうまくバランスを保ってリングに近づいていたな」

 けやきが微笑みかけていた。


 良明にとってその言葉が、自分達よりもはるかに長い間努力を積み重ねてきたリーダーのその言葉が、どれほど心を震わせたかは言うまでもない。

「泣くのはまだだよ、アキ」

 陽以外、良明が涙目になっている事になど誰も気づいていやしないのに、陽はそれを解っていて暴露してやった。

「次はお前だよ」

 恥ずかしい気持ちを隠すでもなく、良明はあどけない子供の笑顔を否応なしに溢れさせていた。


 けやきは、あえてその二人にそれ以上の言葉をかけなかった。

 それどころか彼女の表情は鬱蒼と茂る森の様に薄暗く、誠雲館高校のコートを敵の軍艦でも観察するかの様な眼差しで見つめていた。

(妙だ……)

 見れば、誠雲館高チームの面々はその誰もが、笑んでいた。

 失点直後に。あと一点で敗北が決まる状況が完成した直後に、である。


 それは、試合を投げた様な、勝負を舐めてかかった様な、そういう表情というわけでもない。まるで、今の状況を理解していないかの様な顔。否、むしろ全て解って受け入れきっている様にも見える。だがそれでいて、諦めの自嘲では決してない笑顔を、相手チームの誰もがその顔に湛えているのである。

(まるで、彼等は、彼女等は……)


 それでも、現に大虎高校は無失点の内に二得点を上げているのである。

 遠くに設置された電光掲示板に視線を向けてみても、確かにオレンジの荒いドットが”2-0”の文字を描いている。

 無傷の二得点。勝負が決するまであと一点。少なくとも、それはこの時点においては紛れも無い事実なのであった。


 誠雲館高校三年・丸江は、吹き曝しの通路の掲示板の前で先程早山に言ったのと同じ内容を、今この時もう一度口にした。

「私があの樫屋さんが居るチームに対して、こんな余裕ぶっこいた態度でいられるのはなんでだと思う? まして、その他の二人とドラゴン達も、なかなか手ごわいよーあれは」

「愚問ですね」

 掲示板の前ではおどおどしきっていた早山は、はっきりとした口調でそう返した。そしてボールを手にしている梶田もそれに続いて言葉を紡ぐ。

「俺達が、なんで龍球をやっていると思ってるんですか?」


「よし、忘れてないね」

 陽気な色を一段と濃くし、丸江は二人の肩を夫々ばんばんと叩いた。

「ほらドラ共、あんたらもだよ。解ってんのかーんん?」

 口々に鳴き声を上げて返事する、誠雲館高校のドラゴン達。

 その三頭のいずれもが、しっぽをくねらせたり、首を動かしたりと落ち着かない様子を見せている。


「うん、そだね」

 と、丸江。彼女の返事は、ドラゴン達の”試合の続きはまだか”という、その態度に対してのものだった。

「とっとと始めよう。もう後は無いんだ。ここから先は体力の事なんて考えないでいくよ!」

「はい!」

「ウス!」

 早山と梶田に続き、ドラゴン達も鳴いて返事する。

 彼女等は振り返り、大虎の選手達を見据えた。


 けやきは背後の兄妹とドラゴン達計四名に対し、針山の様に尖った緊張感声に変換してぶつける。

「くるぞ!!」

「はい!」

「はい!」


 ざわり。

(そう、何かが……くる)

 大虎高チームのうちけやきとガイだけは、敵を取り巻く空気の変化に気づいていた。

「お前達、油断はするな。相手は恐らくもう死に物狂いだ。ここから先は、全身全霊の本気でぶつかってくると思え」

 今一度。今一度、けやきはそう警告せずにはいられなかった。

 誠雲館高校が放つ、”オーラ”とでも呼称すべき迫力を伴った空気が、けやきの視界には視覚化されている様にさえ思えた。


 誠雲館高校一年梶田は今、その手に持つ手綱をくいと小さく引く。

 同校チームの全ユニットが、大虎高側のコートへと駆け出した。

「防御ナシで全員で攻めるつもり!?」

 質問とも、単なるリアクションとも取れる陽の言葉に続き、良明がけやきに対して指示を乞う。

「先輩、レギオン対策のアレ、今ここで使いますか?」

「――いや、薄石戦の事を考えれば今ここで客席に手の内を明かすのは最善手ではない。無傷で二得点得ている以上、リスクを冒してでも自力で食い止めるべきだ」

「解りました!」

「アキ」

 彼をそう呼んだのはけやきである。良明は、その意図を察して切り返す。

 指示を出すにあたっての時間短縮。それ以外にけやきが彼をそう呼ぶ理由は無かった。

「俺が正面の選手へ、ですよね?」

「ああ」

 前を見据えていたレインは騎手達の会話の終わりを耳で判断し、ボールを持つ梶田めがけて羽ばたいた。

 陽は向かって右側の早山を、けやきは左側の丸江をマークしにかかる。


 その人員の配置は誰に指示をされたわけでも無かった。

 しかし、良明はこの局面に於いて自分が梶田へと突っ込んでいくのが正しいと瞬時に確信する事ができていた。

 最重要戦力であるけやきは予め相手の主将である丸江へとつくべきで、梶田から出る可能性がある丸江へのパスを牽制するのがベストだという判断。けやきもその良明の判断に異を唱える事はしなかった。


 道路に引かれた白線をなぞる様に、正確に直線を描いて突き進んでくる梶田のユニット。良明は、今一度自分に言い聞かせる。

(あの人がどのタイミングでパスを出すにせよ、俺がやるべきなのはあの人のマークを続ける事!)

 けやきユニットにマークにつかれた丸江か、或いは丸江には実力で劣るとしてもこちらがつけたマークとて一年生の陽である早山か。

 良明は梶田の腕の動きを注視しながら、十メートル、五メートルと距離を縮めていく。


 と、その時。

 良明とレインを眼前にした梶田は、驚くべき行動にでる。

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