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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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辿り着き、見下ろす(5)

「見た? 谷本見えた?? やべぇだろ! な!!」

「……う、うーん……まぁ、否定するほどじゃないけど……」

 助手席に座る谷本と呼ばれた少年は、試合もまだなのに汗を湛えている後部座席の城之内の額を見ながら、鈍い返事を返す。

「なんだよ! 超絶美人だったろ!? な!!」

 同意を求める、”な!!”が少し鬱陶しくなってきた谷本は、具体的な、意見の違いという物に言及してみる。


「いや……まぁ、可愛く無くは無いけど……いや、うんそうだよ。美人っていうより可愛い系だろアレは」

「はぁあ!?」

 城之内は信じられないという声の後に、後部座席に取り付けられている時計をチラ見してから畳みかける。

「美人か可愛いかどっちだって言われたらありゃ美人顔だろー。背も高ぇし」

「背、高いか? あの子……。いや、まぁ女子の平均身長は超えてそうな気はするけど」

「いやいやいやいや、俺より高ぇってあの子!」

「それはないそれはない。あっても170弱くらいだろ、いやそんなにも無いな」


「え、お前受付に走ってった子の事言ってるんだよな?」

「うん」

「んー、じゃああのキャプテンっぽい子の筈なんだがなぁ。間違いなく大虎高だよな?」

「ああ、それは間違いない。濃ぃい紺のジャージで背中に大虎高って書いてあった」

 正確には”大虎高校”の四文字であるが、会話は問題なく繋がった。

「えー、お前絶対美人の基準おかしいってー」

 自分だけが見逃してしまったと思しき美人キャプテンについて、城之内は助手席に座るチームメイトにも同意を求める。

「望月、お前の位置からなら見えてただろ?! 美人だったよな!? 可愛いくは無かったよな!?」

「前回の大会でちらっと見かけた程度の相手の顔を覚える暇があったら、一つでも多く龍球のテクニックを勉強しろ!」

「……お前に訊いた俺が馬鹿だったよ」


 谷本は、「あ、でも」と城之内に振り返る。

「何か、受付に走ってく前にカレシっぽい人と話してた」

「なんだとぅ-!?」

「すっげぇ仲良さそうだった。仲良さそうっていうか、慣れ親しんだカンジ? 仲良くするのが当たり前な雰囲気で話してた」

「なん……だと」

「ああ、それとな城之内。俺は前回の大会来れなかったから直接聞いたわけじゃないけど……」

 谷本は、先程城之内を軽くあしらった少年にその先を求める。彼は城之内にとどめを刺すために、わざわざ口を開く事に決めた。


「前回の大会の時、大虎の応援席がすぐ近くだっただろう」

 城之内は不安げな声で彼に向き直る。

「お、おう……」

「恐らくお前が言っている女子の友人が『けやきのカレシもちゃんと撮っといてよー?』と、隣に座っていた男子に話しかけていたのをよく憶えている」

「あーーー、あーーー」

 殆ど全部聞き終わるくらいのタイミングで耳を塞いで声を上げる城之内。


「望月残酷ぅ」

 谷本は楽しそうに言い放った。

 望月は、実の所”よく憶えて”いたわけでも無かったが、あんまりにも見るに堪えない城之内が相手だったのであえてそう表現したのであった。

 望月は大きく一つため息をついて、

「大体、受付に走っていくのが毎年部長であるとは限らないだろう。今年は別の誰かだっただけなんじゃないのか」


 見事に真相を突いている望月の言葉に対し、城之内は耳を貸さないのである。

「いーや! あの子は誰かにそんな面倒毎を押し付けたりしないね!」

「……はぁ、もういい。先生が戻ってきた、俺達も受付に行くぞ」

 と一言。窓の外から歩いてくる男性顧問を見ながら、望月は残りの二人を促した。



 男子が馬鹿話をしている車から直線距離で数百メートルの地点に、観客席が備えられているコンクリート製の建物がある。席全てを覆う屋根もついており、雨天においても特別激しい雨でなければ観客だけは濡れない造りである。

 その観客席のベンチに腰を下ろすと、三年生で部長で男子の江別は、後輩の女子二人に確認した。

「お前ら、忘れ物とか無いだろうな?」


 青地に”連山(つらねやま)高等学校”と白文字で印刷されたスポーツバッグを少し漁り、二年生角川は嘘くさい敬礼をして答えた。

「有りません!」

「……ん、忘れ物が? 道具が?」

 びしっ。もう一回敬礼する。

「忘れ物はありません!」

「よし」

 直後、もう一人が視線をバッグに落としたまま、手を挙げて江別に言う。

「部長!」

「なんだ」

「リップスティックを忘れました!」

「どうでもいい」

 コンマ秒程の間も置かずそう答えた江別は、空を仰ぎ見て、何かを悟った様な顔で想う。

(今更だがこいつら……俺の事絶対に先輩だと思ってないよな。…………一年の頃からだけど)


 それに引き換え。と、部長と呼ばれた男子は前方に腰かける一組の男女を見た。

「二人とも、本当にどうしようもない局面ではベンチから引っ張り出すからな?」

 その男女は江別と同じく三年生の風格で、出で立ちからして龍球の選手でもある様だった。

「まぁとはいえ、出来るだけ後輩には成長してもらわんとね」

 男子の方がそう答えた。

「解ってる。だからこそ、あえてスタメンをこのツーバカコンビにしたんだ」

「先輩! 今の言い方だと私とあーちゃんがバカみたいです!」

「そう言いました」

 やはりコンマ秒程の間も置かず、江別はリップスティックを忘れた方にそう答えた。


 前に座る男女のうち、女子の方が「くすっ」と微笑むのがその背中で解った。江別は、少しばつが悪そうにして後輩二人に向き直り、真面目な顔を作った。

「まぁ……なんだ。真面目な話、リラックスしてる事自体は悪かぁ無いんだ。全力出せる様に頑張ってくぞ!」

「おー!」

「はーい!」



 そこから徒歩一分。

 アスファルトの上に設置された受付テントは、その汎用屋外競技場のベンチ建屋を背にしていた。テントの下には長机とパイプ椅子が並び、男性と女性が一名ずつ腰を下ろしている。どちらも五十代後半くらいである。

 県の龍球協会に所属するメンバーの中から、高校龍球の県大会には毎回この二人を含むメンバーが派遣され、受付をこの二人が担当するのが習わしとなっていた。参加する各校生徒の中にも、この二人の顔を覚えている者も少なくない。今年も二人は少年少女とドラゴン達の戦いの日を、指折り数えて心待ちにしていた。

 女性の前のリストが風にあおられ、パラパラとページが捲れる。


 それは、受付終了時刻の三分三十九秒前の事であった。

「ま……まだっ、はぁ、はぁ、だいず……大丈夫です……はぁ、はぁ……よね?」

 市立竜王高校三年生の伊藤は、受付のテーブルに手をついて必死で息を整えようとして、結局酸欠になりかけている。ジャージ姿が実に状況にマッチしているが、なにも今しがたまでの全力疾走の為に動き易い格好をしているわけではない。

「お、落ち着いて。受付はあくまで事前登録した学校が来ているかどうかの確認が主な役割ですから、少しくらい遅れても大会に出られないというわけではありませんよ」


 顔にしわを湛える親切そうな男性はそう伊藤に告げるが、席を立って背中をさすってやろうとか、傍らの未開封のミネラルウォーターを譲ってやろうなどという素振りは無い。

「……へ?」

「伊藤ぉー、だから言っただろー? 別に焦るこた無ぇって」

 伊藤の元へと同じく竜王高校の数人と数頭が駆け付けた。中には教師も混ざっている。

 その群れの中から伊藤の名を呼んだのは、オレンジ色の髪をした生徒。確かに大会規定には髪を染めるのは”望ましくない”とだけ書かれているので、即刻問題になる事ではない。が、ここまで極端な参加者はこいつをおいて他に居なかった。


 ジャージの胸元をひらひらと扇いで、伊藤は「なーんだもう」と直ぐ近くにへたり込む。受付員のうち女性の方がリストを差し出し、「記入をお願いします」とだけ告げて側の男子に促した。

「すみません、遅くなりました」

 眼鏡をくいと上げて、伊藤のすぐ後ろに控えていた男子生徒が用紙に学校名を記入する。

 ガタイの良い別の男子が、オレンジ髪で一際小柄な、女子だか男子だかよくわからない生徒――目つきがとても悪い――に話しかける。

「三池、更衣室どこだ。……俺も着替えてからくりゃよかったな……」

「あ、えーとな」


 三池と呼ばれた男子――女子か?――は、ガタイの良いその男子生徒を観客席の棟の一角にある更衣室の方へと案内していった。眼鏡の男子とドラゴン達がそれに続いていく。

 そして、最後に受付へと現れたのは彼等の学校の教員だ。

 受付の二人は、あのオレンジ頭とセットでこの教員の事を覚えていた。


「今年も元気がいいですね。三池さんは」

 と、男性受付員。

「誠に申し訳ありません。繰り返し指導してはいるのですが……」

 女性の方は、達観した微笑みを浮かべてこう言った。

「いえいえお気になさらずに。あの子、龍球がとってもとっても好きというのが伝わってくる様で、私は応援してますよ」

「あいつには勿体ないお言葉です。ああそうだ、トーナメント表発表の時刻は――――」



 壁を隔ててはいるが、その場所から竜の翼ならば三十秒程で到達できる地点。

 まさにグラウンドの真っ只中に、彼らの姿はあった。

「ザワー、ドラゴンどもはどうした?」

 安本は、ベンチから上がってくる久留米沢に向かって、いささかばかり不思議そうに尋ねた。久留米(ザワ)は部長安本に事情を説明してやる。

「もう来る。コウの奴が竜具の装着に手間取っている様だ」


「俺達だけでパス回しだけでもしてましょう」

 二人の会話をもどかしそうに聞いていた来須が口を挟んだ。

「言われなくてもそのつもりだ。いいか来須、やる気出すのはいいが空回りだけはすんなよ。大虎の奴等とやり合う前に別の強い所に負けたかねぇだろ」

「はい、すみません」

 さして反省していない風の口調で来須はそう返した。


 安本はその態度に特に不服を申し立てるでも無く、「んじゃいくぞ」とその腕に抱えていたボールを振りかぶった。

 あの大虎高校竜術部との練習試合の日以来、来須は人格が変わった様になってしまった。

 具体的に何か悪さをするわけでは無かったのだが、安本に対しても、久留米沢に対しても、またドラゴン達に対しても、どこか信を置ききっていないというか、腹の底で不満を抱えている気配が見え隠れしているのである。


 安本にとって、彼のその態度の理由は明白であった。

(あいつは、未だに俺が闘争心を奪われ弱体化したと思ってる。それで、後輩っていう立場上俺に対してそれを強く言えねぇのがストレスになってる。それは俺にだって解ってんだ)

 だが、と安本は思うのだ。

(元はと言えば、三週間前までの俺の態度がその原因だ。樫屋の努力を薄っぺらいモンだと決めつけて、ヤツに負けた腹いせに仕返しまでしに行っちまったくらいだからな……)

 来須に対して放ったボールが正確に、鋭く、到達する。


(兎に角。どうせ言葉で言ってもあいつは納得しねぇだろ。あいつをマトモな状態に戻せる場所は、今日のこの龍球コートの上だけだ)

 練習時間に割り当てられた時間は各学校ほんの僅か。三十分後のトーナメント発表までに、六校もの練習時間が詰め込まれていた。


 会場は、各学校慌ただしくも準備を整えつつある。

 人もドラゴンも。男も女も。各選手思い思いに時を待つ。

 戦いの幕はついに上がろうとしていた。

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