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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
1.兄妹と龍球
6/229

ターニングポイント(1)

 無駄な時間とは何か?

 遠い、若しくは近い将来の目的に近づかない時間の事か。

 それとも、今後の自分のスキルアップに繋がらない時間の事か。

 たとえ今刻む時間が無駄な時間であっても、十年、或いは二十年後の未来に微笑みながらその時の事を思い返せるならばそれでいいのかもしれない。

 大事なのは、何事も経験だと思える前向きな気持ちと、安心感という暖かい蓑に前進の道を閉ざされない事。全ての事象に意味を見出すのは、自分自身なのだ。その”自分”が、どんなに要領の良い人間でも、何をやってもダメな人間でも、それは変わらない。

 英田良明・陽兄妹がある決意を心に誓うのは、この出会いからさらに数か月後の事である。

 願わくば、その時彼らがこの学校で得た経験を無駄だと思わない事を。


 英田兄妹が始めて竜術部の部室へと足を運んだ日の翌日である金曜日の授業は、彼らにとって一瞬と等しい時間で過ぎ去った。二人共、昨日の経験が未だ頭から離れず、もっと竜術部について詳しく知りたかったからだ。

 であれば、時間など果てしなく長く感じそうなものだが、彼らの妄想力というものを侮ってはならない。中学二年生(・・・・・)から丸一年強しか経ていない彼らは、その気になれば一日で自分が主人公の物語を脳内で丸々一作品作り上げてしまえるのである。


 その作業の中において、彼等の体感時間はほんの少しだけ大げさに言えば刹那に等しい。

 勿論その間、受けた授業の内容は一切頭に残らない。つまり、そのタイムワープの魔法は諸刃の剣の最終手段なのである。

 その最終手段を高校生活二日目にして使う程に、兄妹にとって体験入部の時間は待ち遠しいものであった。


 ホームルームが終わると、どちらからとも無しに席を立ち、誘い合わせるでもなくすたすたと竜術部の部室へと歩を進めた兄と妹であった。

 相も変わらずボロボロの部室へと到着すると、相も変わらずボロボロの引き戸を開ける。入り口の方からガタガタと立て付けの悪い音がしたもので、石崎は直ぐに英田兄妹の到着を察知した。


「来たか、少年少女」

 良明は先陣を切って部室に一歩足を踏み入れるなり、妙な違和感を感じた。

 否、それは違和感などという生易しい物ではなかった。一度(ひとたび)気づけばそちらに目を向けずには居られない程の、異様な気配。威圧感。敵意と敵意がぶつかり合う様な、禍々しささえ感じる重苦しい空気。


 良明と陽は足音をだぶらせて窓際の石崎の元へと歩を進めた。

「あの、石崎先――」

 気配の本流が中庭にある事に気づきながら、陽がその正体を石崎に聞こうとした。石崎は、どういう意図があるのかそれを手で制す。そして唐突に、シロップをかけないかき氷の様な味気ない口調でこう言った。

「楓ちゃんの、龍球入門のコーナァー」

 ”コーナァー”の部分はより単調な口調で、感じ取り方によってはどこかイライラしている風にも聞こえる。


 頭の上にクエスションマークを浮かべながら、双子は伊達メガネが特徴的な石崎の無表情を凝視した。


「ルールそのいち! 試合の勝利条件」


(何か始まったっ)

(何か始まったっ)

 戸惑って何も言えない兄妹を他所に、石崎先輩は変わらない無表情のまま何やら語り始めた。

「先に三点取った方が勝ちです。制限時間までにどちらのチームも三点に届かなかった場合は得点が多い方が勝ち。同点だった場合は引き分け又は延長戦になります」


 石崎の視線が中庭へと移る。つられて良明、陽もそちらに視線を移した。

「ルールそのに!! 得点の方法」

 中庭のコートには、二人の人間と二頭のドラゴンが居た。彼らこそが威圧感の源流だと、二人は即座に察知する。

 圧倒的な迫力を放つドラゴン及び人間のうち、向かって右側はけやきとガイだ。


 彼女等の向かいには、英田兄妹が知らない男子生徒とドラゴンの姿があった。

 けやきとガイ同様に、男子生徒とそのドラゴンも試合相手を静かに見据えて立っている。

 けやきもその男子生徒も、大虎高校指定の濃紺のジャージ姿。ジャージシャツの背には大きく白い文字で”大虎高校”の四文字。ズボンの左右には一センチあるかないかの白いラインが二本入っている。


 今、けやきと男子生徒は夫々の相棒とするドラゴンに跨った。

「コートは中央から自分チーム側と相手チーム側に分かれていて、それぞれの陣地の奥には”ゴールリング”があります。このリングにボールを通せば一点が加算されます」

 各選手夫々の背後には高さ五メートル程の金属製のポールが立っていて、先端部分には同じ素材で出来た人一人がやっと通れる程度のリング。昨日と変わらないポールは、今日もコートを見下ろしていた。

 石崎の言う”ゴールリング”とは、どうやらこれの事らしい。


「ただし、ゴールリングの半径1.5メートル以内は地上も空中も全選手立ち入り禁止です。もし自分チームの誰かがこの範囲内に入ってしまうと、相手チームには自陣のゴールリング前で”フリースロー”をする権利が与えられます」

「フリースロー?」

「フリースロー?」

 昨日と同様意図せず声を揃えて問う双子に対し、今日の石崎は昨日とは打って変わって表情一つ変えずに補足説明を続けた。

「龍球でのフリースローとは、人間選手が決められた地点から手によりボールを投げる行為、特にゴールリングに向けて投げる場合を指します」


 中庭のけやきが、口を開く。

「お互い、勝負がついた時の約束は必ず守る。いいな?」

 言葉は勿論、眼前の相手――謎の男子生徒――へと投げられた物だ。

「当然だ」

 男子生徒の切り替えし方や顔立ちからして、恐らくは彼も三年生だと兄妹は気づく。その冷静な声音には色気とも違う静かな魅力があった。


「アキ、アキ」

 陽が突然兄の名を呼ぶ。

「ん?」

「すっげぇイケメンさんが居るよ!!」

「はいはい」

 見れば解るよと言わんばかりに適当にあしらう良明だったが、成程確かに、陽の言う通りだった。男子生徒は随分と整った顔立ちで、けやきの麗人っぷりに対抗する様な美形だった。

 少しだけ長い前髪から覗く切れ目は、眼光鋭くもあり、どこか優しくもある。鼻筋が長く、やや面長な所が丁度けやきの顔立ちを思わせるが、真一文字に結んだ口元からは何がしかの熱い決意の様な物が見て取れる。身長は百八十センチ程あるだろうか?けやきもかなりの長身ではあるが、彼女に並んでも引けを取らない背の高さなのは遠目にも明らかだ。肩幅が広い割りに体格自体はがっしりし過ぎず、男性アイドルの様なすらっとした印象さえ受ける。

 それはまさに、”イケメン”を絵に描いた様な見た目の男だった。


直家龍彦(なおやたつひこ)。三年のテスト順位ベスト3の常連で、ご覧の通りのイケメン。チャラチャラしてなくて物静かな性格が一部女子の間で密かにだけど大人気」

 陽は説明する石崎から直家の顔へと視線を移し、今一度イケメンを堪能してみた。

「特筆すべき点は」

 石崎は「はぁ」とため息一つ、続ける。

「うちの部長を自分の部に引き抜こうとしている、けやきの大ファン(ふあん)野郎ってことです」


 声に「え」と出して、陽は今一度石崎を見た。

「今なんて、”自分が勝ったらうちの部に来い”とか言って勝負を挑んできやがってます」

(あー、石崎先輩の妙なテンションはそれの所為か)

 双子の、解法の糸口が見えない知恵の輪の様な疑問が漸く解けた。

 良明はさらなる素朴な疑問を石崎に投げかける。

「え、なんで樫屋先輩はそんな勝負に応じたんですか?」


「――あ、始まるよー」

 突如として昨日の口調に戻る石崎。彼女の視線の先を見れば、けやきも直家もいまや遅しと試合開始の合図を待っている。

 二人の間に立つのは見覚えの無い黒いドラゴン。遠くに見えるその姿の詳細を観察する時間は無かった。


「ルール補足。試合は”ジャンプボール”から始まります。最初に投げられたボールを掴んだ側が先攻を取れます」

 今正に、そのジャンプボールがいよいよ放たれたのである。

「それよりよーく見ちょきよ。実力がある奴同士のガチのタイマン勝負なんて、そう滅多にお目にかかれるもんじゃないから。龍球ではね」

「え?」

「え?」


 実力者同士の勝負はそんなに珍しいものなのか?あの直家という男子生徒とドラゴンは、部長であるけやきと渡り合える程の強さなのか?

 次から次へと降って沸く疑問に対して、目の前の状況も次から次へと移り変わる。

 良明はいよいよ諦めて、樫屋と直家による”ガチのタイマン勝負”とやらをじっくり観戦することに決めた。


 石崎は先程さらりと言ってのけたが、もしけやきが負けた場合、竜術部の部長が引き抜かれる事になる。その場合、部の活動に影響するであろう事は良明や陽にも容易に想像がついた。

 二人の脳裏にその事実と石崎の表情が交互にクロスフェードする。

 違和感。頭の中に浮かぶ、石崎のむすっとした態度に何か大きな違和感を感じた。


 ジャンプボールが放たれ、二人と二頭が飛翔する瞬間、その違和感は風に流される様に一瞬で霧散した。

(そうか、わかった)

(石崎先輩には、不安感っていうのが一切無いんだ)

 兄と妹が違和感の理由に気づくのと同時に、窓の外を砂嵐が充満する。


 よくよく見れば、部室のガラス戸や窓は全て閉められている。

 もしどこか一箇所でも開いたならば、今頃部屋中に砂交じりの風が吹き込んでいただろう。それほどまでに凄まじい風が、中庭では吹き荒れていた。

 その吹き荒れる風の中にある物を、石崎は静かに見据える。部長不在となりかねないこの状況にも係わらず、ここまでで石崎の表情や口調には不安にカテゴライズされる色は一切無い。

 その表情にあるのは、金属同士が擦れる音を聞く様な不快感のみ。

 本人の口ぶりからしてそれは恐らく直家への不快感であろうと、兄妹は容易に察しがついた。


(石崎先輩が不安を感じないほど、勝負は見えているって事なのか?)

(でももしそうなら、あの直家先輩はなんで今回の勝負を持ちかけてきたんだろう?)

 兄妹の新たな疑問が脳内で組み上がるが早いか、ファーストコンタクトであるジャンプボールの勝負の行方が、晴れつつある砂嵐の向こうで明らかとなる。


 見れば、一瞬飛翔が早かった直家が頭二つ分ほどけやきよりも高い高度を獲得している。龍球用の白いボールが、彼の両手に今まさにつかまれた。

 けやきの勝利という予想への否定要素を目の当たりにした兄妹は、否応無しに焦りを感じる。

 着地する事も無く、直家を乗せたドラゴンはそのまま羽ばたいて前進する。

 今一度風が部室の窓ガラスを揺らし、ガタガタと音をたてさせた。


 一方のけやきも間髪入れずに手綱を引き、ガイ諸共自陣の奥へと後退を開始する。

「ちなみにこれ、1点先取した方が勝ちね」

 そう呟いた石崎の口調と表情は、昨日の彼女からは考えられないくらいに真剣そのものだった。冷静に、或いは冷静を装ってただただ二人と二頭の戦いを見守っている。コーヒー牛乳に咽かえっていた頃のお調子者と同一人格だとはおよそ思えない。

 良明と陽は不安げな表情を浮かべて”一点先取”という石崎の言葉を頭の中で繰り返した。


 直家は両手から右手だけに持ち替えたボールを、素早いモーションで前方へ投げる。

 目標地点はけやきの陣地のゴールリング。距離は十メートルは下らない。狙いをつける事をしなかったのは、けやきが防御の為にゴールリング手前に到達する前にシュートを決める必要があったからだろう。

 ボールの軌道には放物線すら見て取れない。高速で一直線にゴールリング付近へと吸い込まれていくボールを、ガイとけやきが追った。


 ボールの位置は既にゴールリング周辺三メートル程。最悪でもあと三メートル以内にボールの軌道を変えなければ一点先取の勝負は決してしまうかもしれないという事だ。

 可能であるならばあと一・五メートル以内での阻止を。フリースローがどれほど決まり易い物なのかを英田兄妹は知る由も無いが、出来るならばそれは避けなければならないのだろうと思った。つい先程ルールを初めて聞いたばかりの兄妹にしては、中々確りと状況を把握出来ていた。


 だがしかし、彼らが目視する限り、とても間に合わない。今のガイの飛行速度では到底ボールには付いていけていないのが見て取れた。ガイの背の上からけやきが手を伸ばしても届かない距離に、ボールはある。

 まさか十秒も無い時間で勝負が決まるとは思っていない双子に、さらに大きな動揺が走る。見れば、放たれたボールの軌道はそれはそれは正確な物で、外から力が加えられなければゴールリングを通り抜ける事はもはや確実だった。


 勝負あったか、とまさに双子がその両手に力を込めた瞬間だった。

 白いボールの軌道が、息を吹き返した心電図の如く突如として上空へと反れた。

 良明と陽はその刹那何が起こったのか理解出来なかった。ガイの背中に跨った状態で、けやきがどう手を伸ばそうがボールに届く筈が無い距離だった。


 即ち、それはけやきがガイの背中に跨っていない事を意味していたのだ。

 手綱を放し、ガイの背中からさらに自力で跳躍したけやきの右手には、龍球用の白いボールががっしりと掴まれていた。

 背に夕日を浴びながら空中で舞踏家の様なしなやかな動きで身体を捻ったけやきは、そのままガイの背の上空で相手のコートを睨め付けた。

 ガイも彼女がこのままカウンター攻撃へと移ろうとしている事をとうに理解し、すぐに羽ばたいてけやきの足元へと上昇して近づいた。


 驚くべきは直家である。その時既に彼は自陣へと反転を始めていた。

 彼がその行動に出たのは、けやきが跳躍するモーション開始した瞬間だ。自らのシュートが失敗に終わる可能性に気づき、即座に対策を講じていたのである。


 ボールをキャッチしたけやきを、ガイが背中で受け止めた。

 ガイの背中に足を立て、彼の首筋に伸びる手綱を素早く握るとけやきは身を屈めた。綱を引いて進行方向を相棒に示す。

 自由落下に羽ばたきの勢いを乗せ、水中を行くイルカの様なスピードでけやきとガイは地面すれすれを突っ切った。


 けやきとガイは直家側のゴールリングまで三十メートル程の距離を一気に進むと、ゴールリングの根元一・五メートルぎりぎりの距離で停止した。

「あ」

 観戦を続けている陽は気づく。

(あの位置からボールをリングに向かって投げたら、ゴールリングの進入禁止エリアに入らない限り、樫屋先輩のシュートを防ぐ手段って、無いよね?)


 ゴールリングの禁止エリアを図示するならば、言わばそれは遥か天へと伸びる無限の円筒である。その円筒の麓からボールを円筒中央へと投げたならば、そのタイミングで既にボール自体が禁止エリアに浸ってしまうのだ。

 無論、直家もそのような龍球の基本知識はとうに知っている。それでもその”無敵シュートが可能な立ち位置”にけやき達の侵入を許してしまったのは、つまるところ彼女らのスピードについていけなかったという事だ。


 けやきの両手からボールが放たれる。

 直家はやむを得ず禁止エリアに侵入し、ゴールリング目の前へと躍り出てボールを弾いた。

 けやき達の速攻に遅れを取ったとは言え、それだけの対処が出来る直家達も高度な判断力と身体能力を持っているといえる。竜術部にて龍球の練習に励むわけでもなく、これ程までの実力を持っているという事は、初心者の良明と陽にとっても驚愕に値する事だった。

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