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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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辿り着き、見下ろす(3)

「それは……できません」

「どうして?」

「僕にとって新聞部というものが、竜術部と同じくらいに大切だからです。……これは、他の掛け持ちメンバーもきっと同じだと思うんです。一年の頃に”掛け持ちでもいいから”と竜術部に誘われてそれでここまでやってきましたけど、正直あの無謀な戦いの舞台に立つ勇気は俺にはありません」


 山野手は言い切った。

 個人差はもちろんあるだろう。だが、一年生二人が果敢に挑む場に立ちたくないと言い放つ事が、この年頃の少年にとってどれほどプライドに傷をつける発言だった事だろう。長谷部は、少年の瞳の中に正直で誠実な色を見た。

 龍球というものを一から学び、大会で通用するレベルまで成長する事。その過酷さが理解できているからこそ、彼は長谷部の正論に対して躊躇わずにそう言い放てたのである。

 そして、恐らく新聞部が大切だという発言も適当な理由づけではないのだろう。山野手に関して、新聞部は新聞部で充実した日々を送れている。それを捨てたくない。今の山野手は、そういった意思をしっかりと読み取れる眼をしていた。


 ”意地悪な事を言ってごめんなさいね”

 長谷部はその一言を、あえて口にはしなかった。

 山野手は、ありのままの自分の想いだけを述べた。そこには長谷部の問いに対する抗議も怯えも無く、ただ彼女を竜術部へと連れていくという一心のみが込められている事は明白で、だからこそ彼は一年生二人と仔竜への感服の念を口にしたのである。

 そんな彼を気遣う言葉など、長谷部として失礼以外の何物でもないと思えてならなかったのである。


 長谷部は、彼の申し出に向き合う。

「けれど私も、小学二年生になる息子の面倒を見ないといけないからねぇ……」

 それは山野手の懇願に対して否定のベクトルを示す言葉であったが、部の監督を要請した事に対する初めての具体的な返事でもあった。

 山野手の心は、むしろ喜怒哀楽の喜に傾く。なんなら、その問題さえ解決できれば監督に迎え入れる事を了承してくれるという意味にも取れる。部を代表して長谷部宅へと赴いた少年はそう解釈したのである。


「息子さん、いらっしゃるんですね」

「赤ちゃんの時期を過ぎて手がかからなくなってきた辺りから、俄然可愛くなってくるんですよ。子供って」

 長谷部はソファに座ったまま手を伸ばし、その先にある壁をコンコンとノックした。

 直後、引き寄せられる様にトタタタと何かが駆けて来る音。


「はいりまーす」

 洋間のドアが開かれる。隙間からちらりと顔を出した少年は、おずおずと中の様子を窺った上で部屋の中へと入ってきた。

「はい、”息子の成哉です”って」

 母に挨拶を促されて、サラサラのおかっぱ頭の愛らしい少年がぺこりとお辞儀して挨拶する。

「むすこのせいやです!」

「成哉くん。この人、大虎の竜術部のお兄さん。山野手さんっていうんだって」

 成哉はぱあっと笑顔になって、母の傍らから動かずに、少し怖そうな高校生に質問する。

「竜のひと? しろい竜のひと?」


 山野手は成哉が言いたい事をなんとなく理解し、否定する。

「ああ、いや。金色の眼の白い竜に乗るのは俺……僕の後輩。”後輩”、わかる?」

「わかんないけど、やまのてくんも竜のグループのひと!」

「”さん”ね。山野手”さん”」

 という母の顔を見上げ、そして成哉は母にもこう言った。

「お母さんも、竜のグループのひと! すっごいすっごい竜のひと!!」

 山野手は、努めて優しい顔をして成哉に尋ねる。

「お母さん、竜に乗るの上手い?」


「わかんない!」

 と言い放つ成哉に対し山野手は気不味くなり、長谷部は苦笑いする。

 そして成哉はこの直後、決定的な一言を口にした。


「でも、すっごいすっごい竜にのるのがすきなひと!!」


 長谷部は、言葉を失った。

 彼女だけではない。彼女に対面する山野手もである。

 そのどれ程も年のいかない少年の発した一言に、二人は一瞬で何も言えなくなった。


 実はとても堅かった長谷部の決意が、意とも容易く音をたてて瓦解していく。

(私は、何に対して何を求めているんだろう?)

 何処からともなく現れ、長谷部の脳裏でしつこく問いただしてくるその声を、母はそっと目を閉じて受け止めた。

 子が放った本質を突くその言葉の鋭さに驚愕する二人。彼女等とは対照的に、当の成哉は固まっている二人をとてもとても不思議そうに見比べていた。


 小さく口を開けて我が子を見て、それから長谷部はソファから腰を上げた。その手には成哉が優しく抱かれている。少しでも何かにぶつけるとばらばらになってしまうようなガラス細工の様に、大事に大事に。

 唐突に抱き上げられた成哉は不思議そうに母を見上げ、また、何の言葉もない彼女に対して不安を覚えている。

「お母さん??」


 豪勢な家具が並ぶ部屋の中をある方向に向かって歩いていく長谷部を、山の手は特に不思議がる様子も無く静かな表情で見つめた。

 鳩時計は、変わらず時を刻み続ける。

 成哉を両手に窓際まで歩いてきた長谷部は、カーテンへとその手を伸ばした。サーッと心地よい音が鳴り、綺麗に磨かれた窓の外に明瞭な風景が広がる。


「山野手君……」

「……はい」

「………………大会は、いつ?」

 窓の外には、当然この家の住人である彼女が普段から見慣れた風景が広がっている。

 白くて荒くて硬い地面、木造の大きな校舎。ドラゴン達が寝食を共にする小屋、今日も練習に勤しむ竜術部の面々。

 山野手や長谷部が居るそこは、大虎高校の裏手に面した家の二階であった。


 それはただ事ではない雰囲気だった練習試合の日から数日のこと。先日、二十余年振りにシキに向かって話しかけた日と同じ様に、長谷部は窓を開けてみた。

 さぁっと、未だ肌寒い風が三人を撫ぜる。


――――何もかもは、当然の事だった。

 けやきは、ガイと出会ったからこそ一貫校を蹴って大虎高校へと入学した。当時龍球の素人だった彼女が異常と言っていい程の努力を積み重ねた事が遠因となり、安本や来須の負の感情に火が付いた。

 竜術部が廃部寸前であったのはガルーダイーターの台頭による世論操作の影響であり、そうして龍球が廃れたからこそ、けやきは一年生二人を龍球の県大会に誘う羽目になった。そしてだからこそ、双子は後の彼らの人生に対して多大な影響を与える事になる、この出会いを果たしたのである。


 この竜術部の苦境に、長谷部という竜術部創部時のメンバーが現れたのも偶然ではない。

 練習試合で安本達が招いた事件があったからこそ、長谷部は特にここ最近の竜術部の動向に注意を払っていたのである。だから山野手の申し出も二つ返事で無下にはできなかった。

 そもそも彼女が大虎高校に隣接する家に住んでいた事にも勿論理由はある、竜術部に居た三年間が彼女にとってかけがえのない時間であった為に夫とこの家を買ったというのがそれだ。


 まだ幾許か。語り足りない因果はあるが、それはまた別のお話。少なくとも、今、竜術部に所属する全ての者にとって最も重要なのは、目前に迫った大会で上位に入賞する事であった――――



 等間隔に途切れては現れを繰り返す白線が、ツー、ツーと単調なリズムで流れていく。

 高速道路の中央分離帯に植えられてある木々が、シュン、シュンと別れの挨拶を述べて離れていく。

 きっとそれらの所為だろう。眠気を誘う車内の暖かな空気が、コクリ、コクリと運転手を――

「先生! 寝ちゃ駄目ですからね!?」


 陽の声に、良明は目を覚ました。

「陽さん、ここはどこですか」

 自身の寝言で目を覚ました陽に向かって、心地よい眠りから覚醒させられた兄は少しだけ不機嫌そうにそう言った。

 寝ぼけ眼の陽は、投げかけられた問いに答えるべく辺りを見回す。


「へいげん」


「……」

 妹の発言に対するリアクションに詰まる良明。

 対し、陽は焦点の定まらない眼で辺りをふらふらと見回す。首の回転軸が曲がっている。

 なんだよ、おまえがどこだってきいたからこたえてやったんだぞ。

 朦朧とする意識の中で周囲に対する認識を深めようとする陽。彼女がまず最初に思ったのは、

「くらい」

 暗い、という事。コンテナの中は薄暗く、隙間から流れ込んでくる午前の自然光以外に二人を照らすものは無かった。

 その光は気だるげであるようで、実はそれはコンテナの隙間が狭いからそう感じているだけで外は快晴の陽気なのかもしれなかった。

 そんな、実際の明るさに対して確信の持てない不安定な認識を伴う明るさ。

 果たして、陽や良明がこの自然光に対してそういう感想を抱いた事はそれだけの理由なのか。或いは現状身を置いている状況がそうさせているのか。

 覚醒していない二人の意識には今一つ確信が持てなかった。


 どうやら自分は今コンテナの中に居るらしいという事を認識しながら、陽は今まで身体を寝かせていた床に敷き詰められている乾いた藁をひとつかみ、顔の前に持ってきた。

 意識がはっきりとしない陽は、そのまま藁を口に運ぼうとする。

「ちょいちょいちょいちょいっ」

 その手首を掴んで何とか阻止する良明。

 身体に気だるさが無いのは昨夜の間に確りと睡眠をとったからだろうか。良明も陽も、軽い空腹感を抱いている以外に体調に違和感は無い。


 コンテナは車両に繋がれて運ばれているらしく、継続した振動が兄妹の身体を揺さぶり続けており、どうやらこの振動の所為で眠りへとついてしまったらしい事だけは陽にも解った。

 意識が覚醒しきらない所為で現状を把握できないでいる陽だが、精神に不安は無かった。にも拘らず、彼女は辺りを見回して言うのである。



「あれ……攫われたんだっけ、私達」



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