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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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三毛猫ロック:フェルマータ(7)

「よぉ三池」

(うわっ、メンドくせぇ奴が出やがったっ)

「面倒くさい奴が出やがったとか思ってんじゃねぇよ」

「てめぇ、エスパーかよ……」

 ”誰だ?”という顔をしている霧山に、三池は極限まで手短にした紹介をする。

「館山」

 最後に’だ’すら付けない辺り、三池の館山に対する心情が読み取れるというものだ。

「ああ……」

 しかしながら、円から事情を聞いていた霧山にとってその二文字だけで説明は事足りた。


「いやぁびっくりしたぜ、てめぇの帰り道で待ち伏せしてたら反対方向から歩いて来やがるんだからよ」

「なんだよ、何か用か?」

 館山の雑談には取り合わず、三池は薄々答えを感づいている問いを彼に投げかけた。

「面貸せや。喧嘩、しようぜ」

「てめぇ話聞いて無ぇのかよ。俺ァてめぇボコした所為で色々大変なんだ。次になんかしたら退学って言われてんだよ!」

 館山は、ニヤァと嫌な笑みを浮かべた。


「ああ、噂はやっぱ本当なんだなぁ」

 三池の頭にしては良く気付けた方だ。彼女はその言葉の意味するところを察して心の内で舌打ちした。

「……てめぇ、カマかけやがったな」

「おうとも」

「けど頭は俺並みにアホだな、てめぇ」

「あ?」

「んなもん、俺が喧嘩拒否ってこの場を立ち去りゃ終わる話だわ。馬っ鹿じゃねぇの?」

 館山は、その一言を待ってましたと言わんばかりに得意げになってこう切り返す。

「てめぇにそれが出来るんなら、な」


 三池は、ここで初めて怪訝な表情を浮かべた。

(こいつ、何か企んでやがる)

 そう思考するのと同時に、手短に問いの言葉を吐く。

「どういう意味だ?」

「てめぇの大事な大事な円君がよぉ、俺の可愛い可愛い後輩共に捕まっちまったんだよなぁ、これがァ」


 さすがの三池も、館山の言いたい事を理解した。

「ふっざけんな! 奴は関係無ぇだろうが!!」

 三池の怒声に対して浮かべた館山の笑みに、二人の側に居た霧山は眉をひそめる。

 そして、直後に彼は道の真っ只中で立ち止まっていた足を動かし始めた。

「あー、そうかそうか。まぁ好きにしてくれこの不良どもが。お前達がどこで喧嘩してようが、俺の知った事じゃあない。俺はさっさと荷物を取って家に帰る事にするよ」

 霧山が言葉を紡ぎつつ歩を進め、館山の横をすれ違おうとした時だった。


 がし。

 と、その館山に霧山は腕を掴まれた。

「逃がすかよ」

 視線は三池に向けたまま、館山は明らかに霧山に対しての意味を持つ睨む様な眼光をその眼に宿した。

「このまま学校行って、山村にでもチクって連れて来るつもりだろ? 白々しいんだよ、ガリ勉眼鏡が」


「おい」

 三池は不機嫌そうに館山を見据える。

 三人のやり取りを演出する様に、風に吹かれた笹がざわりと声を上げた。

「てめぇの目的は俺と喧嘩する事だろが、関係ねぇ奴巻き込みまくってんじゃねぇぞコラ」

 館山は、ここでまた一段と憎たらしい笑みを浮かべ、三池を見下ろすのである。

「ぅわかってないなぁ、ミぃケくぅん」

(うわ、漫画でも滅多に見無ぇ様なウザぇ顔。おまけにこの野郎、俺の事未だに男だと思ってやがる……)

 三池は今一度心の中で舌打ちするが、とりあえず彼の発言に付き合ってやる事にする。


「喧嘩ぁ? さっきはああ言ったがそんな事するつもり無ぇよ。てめぇだってよ、喧嘩したら退学なんだろ?」

 三池は不敵な笑みを浮かべて館山に余裕の表情を浮かべて見せる。

「けっ、今この場で俺がてめぇを返り討ちにしたところで、俺がやったって証拠がどこにある? 仮にてめぇが後から先公どもにチクったとして、”この前の腹いせにホラ吹いて暴れまわってる”くれぇにしか思われねぇよ。なんせ俺は退学にリーチかかってんだからな」

 館山は、それを聞いても全く動じない。

 それどころか、さらに楽しそうな顔をして、ある一角を指差したのである。


「そこで、だ」

 彼が指示した先。石垣脇の階段、民家の群れ、その奥の崖を隔てた先。三人が居る道から数十メートル程も距離がある地点。そこに、一人の学ラン姿の男子生徒の姿が見てとれた。

「あ?」

 と、声を出して三池はそいつを凝視する。よく見ると、その手に何か持って、こちらをじっと見つめている。

「あいつは、今この瞬間もビデオカメラを回してる」

「……ちっ」

 霧山だけが、その一言で状況の全てを把握した。


「もしもてめぇが俺に一発でも殴り返してみろ、その部分だけ切り抜いて学校に持ち込んでやっからな。あ、もちろんあいつには今日の日付が入った新聞を一緒に録画させてある。妙な言い逃れは出来ねぇぞ」

「そして、三池がお前に手を出さなかった場合は証拠隠滅の為にテープを捨てる。と」

 霧山が今尚彼の腕を掴み続けている館山を睨んだ。


「まぁそう怖い顔すんなよ。てめぇには本来用は無かったし、そもそもてめぇがここに居る事自体予定外なんだ。ちょっと付き合ってくれりゃそれで終わる」

 沈黙する三池を見ながら、館山はここにきて真顔になって要求を述べる。

「三十発殴らせろ。それで全部チャラにしてやる。断れば円を後輩どもにボコらせる」

「この、ゴミクズ野郎が……」

 苛立つ三池を見て、館山は再び口元を歪ませて「もっとも」と続ける。

「避けようとするのは構わないぜ? その方が俺も殴り甲斐ってモンがある」


 三池と館山は霧山から離れると対峙し、しばし睨み合う。

 よくもまぁ色々と準備してきたものだと三池は思った。

(俺がここを通学路にしてるのを調べて、後輩達に計画を説明して、円を拉致らせて、ビデオカメラを多分どっかの店からパクってきて……どんだけヒマなんだよこいつ)

 おまけに、路地へと入った先にある、人気のない空き地までしっかりとリサーチし、今こうして三池と霧山をそこまで連れて来たのだった。



 要するにだ。

 館山は、先日、三池に完敗した事が余程悔しかったらしい。

 三池と最初に会った時に見せていた”クールな(ワル)”のイメージは今の館山には皆無で、今や自分の立てた策略に浸りきっている、どこか三流役者の様な痛々しささえ見て取れるのである。


 しかも挙句の果てに。


「てんめぇえ!!」

 三池は、ポケットに手を突っ込んだまま上半身を逸らせた。館山の拳が今一度空を切る。

 丁度、十分が経過した時点での一コマだった。

 館山から放たれるパンチやキックの嵐を、三池は表情一つ変えずに全て避けきってみせた。自分が放った攻撃が掠りもしない事に苛立ちを覚えて久しい館山だが、”このくそが、やっぱ避けんな!”と言いたくても、プライドが邪魔をして言えないでいる。

 因みに、攻撃を避けるのと、一発一発恨みを込めて殴りかかるのとでは、当然体力の消費量が段違いである。


 それら諸々の状況が重なり、空き地には”涼しい顔でポケットに手を突っ込んでダンスするちっこいやつと、弱みを握って殴りかかり続ける汗だくのごついやつ”という、何とも言い難い眺めが広がっていた。

「ケッ! いつまで避け続けるつもりだ。俺は三十発殴るまで止めねぇからな! ビデオのバッテリー切れを狙ってんだったら無駄だ、あいつにゃあ予備のバッテリーだって持たせてあっからなぁ!!」

 ひょい。またかわされた。


「あー、バッテリー切れるの待ちゃいいか」

 と、三池。

(冗談じゃねえ!!)

 館山は思った。こんなハードな運動を、もう一本のバッテリーが尽きるまであと三十分以上も続けなければならないのか?三池を殴る前に自分が死んでしまう。


「……なぁ、館山。こうしねぇか?」

 三池は、何とも哀れなものを見る眼で言った。

「あ……ぁあ!?」

「今度改めて、何か月か先にでもよ、先公共のほとぼりが冷めた頃にちゃんと勝負してやんよ。だから今日の所は帰れ、な?」

「てめぇ、喧嘩売ってんのかコラ!!」

「いやだから、喧嘩売ったんだよ、何か月か先にやろうぜー……って」

 ひょい。


 今の三池からは、敵意や闘気の欠片さえ感じられなかった。

 さらに、先程円を人質に取ったと聞かされた時の形相は、もはや面影も無い。というのも、三池はこの実に退屈なゲームの中で気づいてしまったのである。

「なぁ、館山よぉ。てめぇ、円を拉致ったっての、アレ嘘だろ」

「なっ!?」

 館山の反応を見て三池は、「うわっ、図星だ」と言ってここにきてついに表情を変えた。実にしょうもない物を見た様な表情である。

「ああ、やっぱりそうなのか」

 空き地の片隅に転がっていた石材に腰を下ろし、館山による壮絶なる復讐劇を見物していた霧山が呟いた。


「だってよぉ、もし本当に拉致ったりとかしたら、それこそ本格的に事件だろ。どらどらワイド――夕方のローカル番組――のニュースコーナーで取り上げられるレベルだぜ? それに、全部終わった後に円が一連のてめぇの企みをサツなりにチクったらお前終わりじゃん」

「う、うっせぇ! いいから黙って殴られろ!!」

 霧山は吹き出しながら館山に言う。

「やっぱり避けるのはナシにするのか?」

「う、違っ」

「館山よぉ、もういいだろ。避けるのナシにしたらてめぇのメンツだって潰れるしよ、今日はここまでにしようぜ?」


 そこからさらに二十分弱。そんな調子で、永遠とも思える――館山の――戦いは続いた。プライドが高すぎるというのも、まったく考え物である。


 ぜぇぜぇ言いながら、ついに足を止める館山。

 対し、尚も息一つ荒くしない三池。

 さすがに普段の運動量の差と、タバコを吸う習慣があるかどうかの差が明確になってきていた。

 息を整える事一分弱。館山は再び足を踏み出して三池に向かって行こうと決意する。

(駄目だ。脚が、前に、出ねえ……)

 もうそろそろ体力的な限界を感じる。などと、引退するスポーツ選手の様な事を考えながら、館山は息を整えなおす。

 そんな葛藤を、二回ほど繰り返した時の事だった。


「グァーーーーーッッッ!!!!」


 それは、カラスの様な、威嚇する猫の様な、或いは気が触れたヒトの様な声だった。

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