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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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三毛猫ロック:フェルマータ(3)

「三池さんがこのお部屋を借りられた事と、僕がここに住まわせてもらっている事は、直接は関わりがないんです」

「というと?」

 と、円。三池は胡坐を組んだ足首の片方を抑えて、オレンジジュースを一口、頬杖をついて当時の事を思い返している様子だった。


「お察しの通り、三池さんがこちらの部屋を借りられた理由は、単に家賃が安かったから……なんですが、僕、三池さんが引っ越してらっしゃった後になってからここに住み着いたんですよ」

「え、じゃあ事故物件っていうのは?」

 トオルはよくよく考えながら、「これは私の推測なんですが」と述べたうえで不思議そうな伊藤に対して教えてやる。

「たぶん、霊だからってみんながみんな私みたいに記憶を失ってて、私みたいにこの世に介在できる状態では無いと思うんですよね」

「そうなんですか?」

「だってもしそうなら、三池さんの所にはもっと私みたいな霊が居候してる筈ですから」


 伊藤は尚も不思議だった。

 トオルがこの家に住み着いたタイミングが彼の言った通りなのだとすれば、そもそも何故彼は三池の所に身を寄せているのだろう?

 もともとこの家に未練があるならまだしも、今の彼の口ぶりだと、まるで三池が居るからここに住み着いているという風にも聞こえる。

「そもそも、トオルさんってなんで三池にゃんと一つ屋根の下に?」

「ああ、それはもう三池さんを頼ってここに身を置かせてもらってるんですよ」


 それはつまり、身も蓋も無い言い方をしてしまえば、とり憑いているという事なんじゃないか。と、三池以外の三人はちらりと思ったが、三池本人が別に嫌そうでもないので言わない事にしておいた。

「ほら、三池さんって喧嘩が凄くお強いでしょう? だからいざという時に守ってもらえるかなー、なんて」

「霊であるお前さんに殴り合いの喧嘩を仕掛ける馬鹿がどこの世界に居るんだ、とは思うが……」

 と円が言うと、トオルはくすくすと笑いだした。

「ん、なんだよ」

 その笑みの意味が良く解らない円にトオルは語る。

「いえね、私、初めて三池さんの前に姿を現した時、有無を言わさずタコ殴りにされちゃいまして……」

 ブレねぇなこいつ、という顔で円が三池を見ると、彼女は恥ずかしそうに「だーもう、いいだろそこのハナシは」と言って顔を逸らした。その時の紙コップの置き方が、まるで酒でも入ったグラスを置くように乱暴であったのは、たぶん照れ隠しだろう。可愛い。


「まぁそれで。三池さんって今こうして皆さんが集まっているように、人を引き付ける人間味のある人なので人脈も広そうですし、しばらくこの人の所で情報収集でもしようかなー、と」

 伊藤がはっと気づいてトオルの言葉につぎ足す。

「”ケンカがやたら強い”っていう目立った特徴がある以上、トオルさんみたいな霊が他にも居たらその人も三池にゃんを異質な存在として尋ねてくる可能性だってあるってこと?」

「そうそう、そうなんですよ! 下手に家を転々とするよりも、私と同じ様な(かた)に出会える可能性だって高いかなーって」

「俺は待ち合わせ場所のブロンズ像かよ」

 という三池の端的な例えで、少々話についていけなくなりかけていた芽衣が「ああーなるほど」と言って納得した。


「でもなー、こいつ。だからっつっていつも大体この家に入り浸ってんだぜ。たまにはてめぇの足で仲間探せよって何度か言ってんだけどなぁ」

 会話の流れで出て来た三池の”探せよ”という言葉に、芽衣は「そういえば」と切り出した。

「学校近くの廃屋、二、三年前から……出るらしいよ?」

 なにが?

 いやいや、それはさすがに愚問だろう。


「え、マジで?」

 伊藤が身震いする仕草をして怖がってみせると、芽衣は饒舌になって情報を足していく。

「あの辺り、元々結構お化けとか出るらしくてねー。なんでも小学生くらいの男の子の霊が、見た事も無い様な民族衣装みたいな恰好で現れるんだって」

「民族衣装っていうワケの解らなさが気味悪さを煽ってますねー」

 と言ったのは同じく霊であるトオルである。

 三池はごく自然な流れで思い立ったかのような口調で提案する。

「よし、んじゃ今度行ってみようぜ!」

「ヤダよ絶対!」

「私もパス―」

 伊藤と芽衣が立て続けに拒否した後、三池に視線をやられた円は、

「べ、別に俺は怖かぁねーけど、冷やかしでそういうところに行くのは向こう(・・・)だって迷惑だろ」


「別に冷やかしってワケじゃねえよ。大真面目にこいつと同じ境遇の奴を探しに行くだけだ。あっちの幽霊だって、トオルみてぇな奴が居た方が心強いかもしんねぇじゃねーか」

「兎に角! 俺もパスだ!!」

 論理を組み立てる事さえ打ち切って、円も拒絶に入るのだった。



 誰かに全力のパンチを貰ったら痛いのと同じくらい当然の事であるが、三池が霧山に対して申し込んだテスト順位を競う勝負は、三池の惨敗に終わった。

 いつもの友人連中にその結果を報告するのも馬鹿らしい。三池の順位は下から三番目といういつもと変わらないレベルをしっかりとキープしており、そもそもあれから多少なりとも勉強しなおした形跡さえ見て取れない結果であった。


 あの日、友人と同居人で楽しいお喋り会をしていたら、いつのまにか夕方の六時に差し掛かっていた。話に夢中だった子供達はその誰一人として時刻の事など頭に無かったし、だから、六時前の時点で家に連絡を入れていた者など居る筈も無かった。外が暗くなっている事に気づいた円が「なぁ、そろそろ」と切り出さなければ、いつまで話が続いていた事か知れなかった。

 結局、辺りが暗くなっていたという事もあって、円が三池に促す形で二人で伊藤と芽衣を駅まで送り、円もそこからすぐのバス停で三池と別れた。


 一人で帰路へとつかされた三池はなんだかすごく釈然としない心境のまま暗い夜道の百二十一段を上ったのだが、喋りつかれていた事もあって、「まぁいいか」と呟いて家路を急いだのであった。

 念のため整理しておくが、円は、三池が女子だという事に気づいていない。そして、”円が三池の事を男子だと思っている”という事に、テスト順位が下から三番目だった三池は全く気づいていないのだ。そういう発想すらない。


 三池の性別がよく解ってない男がまた一人、昼下がりの校舎裏に現れようとしていた。

 一見すると三十センチ以上あるエクレアの様にも見えるパンは、三池の好物である。今日も校舎裏でクリーム入りチョコパンを頬張る三池は、サァサァとざわめく木々の音に耳を澄ませた。


 不思議なもので、こうして自然の奏でる音に集中していると、まるでそれが何らかの意識を持つ存在が意味のある音を立てている様に聞こえる瞬間がある。

 葉と葉が擦れる事で音が出る。

 そんな当たり前の事を、遥か上空で飛行機雲を引く文明の利器によって少女は思い出させられた。

 頭は悪いクセに、たまにこんな繊細な物思いにふけたりする三池なのだった。

 もしかしたら、その辺で気持ちよさそうに昼寝している猫だって、このくらいの事を考えていたりするのかもしれない。


 今日も一人、じめっとした自然を満喫しながら昼食を取っている三池だったが、今しがた、何やら遠くで物音がした気がする。木々の鳴き声にかき消されそうになりながらも、コツ、コツ、とその音は連続している事に気づく。

 人気(ひとけ)が無いこの校舎裏だが、たまに生徒が行き来する事はある。

 子供っぽく追いかけっこをしたり、どこかに向かう途中なのか単に通り過ぎたりと、その様子は生徒によって様々である。

 三池はそういう生徒に遭遇した時、”俺が先に陣取ってんだぞ”と言わんばかりに両足をコンクリートの上に伸ばし、そのすぐ先のアスファルトを通り過ぎていく生徒たちをぼんやりと眺めるのだ。

 今日もそんな奴が来たのだろう。そう思ってなんとなく音のする方へと視線をやって、その時彼女は気づいた。


 なんだか、気配がいつものやつらと違う。

 足音のカンジも、なんだかただ通り過ぎて行こうとする音では無い気がした。まるで、何かを探す様な歩調。周囲を見回しながら歩いている様な、そんな音に聞こえる。

 三池は、以前にもこんな事があったなぁと思い出した。

 館山をボコりに行った日の昼休みに、丁度今足音が聞こえてきている方向から円が現れたのだ。

 足音が校舎の角を曲がり、その主が三池の元へと姿を曝した。


「ああ、本当にこんな所に居るのか」

 足音の主は、そう言いながら三池を見た。

 三池は先日、同じように円がこの場所に現れた時の事をより詳細に思い出す。

(確かあん時も、クリーム入りチョコパンを食べてて――)

 水門を開いた川の様に、どんどん思い出してきた。

(そうだ、最後の一口なっかなか食えなくてイライラしたんだっけな……)

 三池は、声の主の顔を凝視しながら、無表情でクリーム入りチョコパンを品の無い勢いで口にねじ込み始めた。

 あの日の様に昼食を中断させられてなるものかとばかりに、まだ半分以上あるクリーム入りチョコパンを凄まじい勢いで食っていく。


 ”一人早食い大会でもしているのか”と声の主は突っ込もうかと思ったが、何やら三池が必死なので言わないでやっておいた。

 あと二口と言うところで、三池の喉が生理的に水を要求してえずきだす。

 三池の意識は喉に対して強引にそれを飲み込めと命令し、何とか口の中の物を胃の方へと押し込んでいくが、


「うぐ、ごほ、ごほ」


 何やら勝手に早食いを始め勝手にむせている三池に、霧山はその手に持っていた緑茶入りのペットボトルを差し出して、

「飲みかけだが要るか?」

 と言った。


 三池はこくこくと頷き、タイムトライアルでもしている様な素早い動きでペットボトルの蓋を開け、その細い喉に詰まっている物を今度こそ胃の中に流し込んだ。

「悪ぃ悪ぃ、マジサンキュ」

 と言って息を整える三池に、霧山は改めて問う。

「どうしたんだいきなり。烏滸な事をするもんじゃない」

「”おこ”ってなんだ。……あ、すまん結構飲んじまった」

 回答になっていない台詞を吐く三池だが、霧山は気にする様子も無く「やるよ、横で話してもいいか?」と言って返事を待った。

「マジか、重ねてサンキュだ。何だよ改まって……まぁ座れよ」

 霧山が横に腰かけて、一秒。

 三池は、おっさんの様にスコ座りして話を切り出した。

 因みに完全なる余談であるが、スコティッシュフォールドにも三毛猫は存在し、”ダイリュートキャリコ”などという大層な名前で呼ばれている。

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