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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
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三毛猫ロック:フェルマータ(2)

「……その条件というのは、なんだ?」

 表情にこそ出さないが、そこはかとなく不安げな間を置いて霧山は尋ねた。


「お前、俺とゴールデンウィーク開けのテストで勝負しろ」

「勝負?」

「んで、もし俺が勝ったらお前、ウチの龍球部に入れ」

「受験も控えている、この時期にか?」

「最後の大会の日まででいいからよ! な! つうか、お前大体いつも学年トップじゃねぇか。俺みてぇな雑魚なら楽勝だろ!?」

「そこまで自分で自分の成績を卑下しておいて何故そんな申し出をする?」

 三池は、”ひげ”という生まれて初めて聞いた語が意味する所を、なんとなくの雰囲気で感じ取りながら答える。

「万に一つでも勝てりゃあ、俺が大会に出られるだけのメンバーが揃う!」

 ニカっと浮かべた三池の笑顔は、太陽の様に眩しかった。


* * *


「馬っっっっっ鹿じゃないの!!!?」

 つい先日、深々とお辞儀をした相手にとは思えない様な態度で、伊藤は三池に言った。

 同意見だという発言すら省略した円が、”なーにが太陽の様に眩しかったー”だよとでも言いたげにすかさず追い打ちをかける。

「お前ここまでの二年の間で、一度だってテストの順位表に名前出た事あんのかよ」

 因みに張り出されるのは学年でトップ三十位までである。今年の三年生は全員で百十五名居る。

「いや……いやでもほらよ、もしかしたらって事もあるかもしんねぇじゃねぇか。ほら、今回のテストって、中間でも期末でも無ぇから範囲は鬼狭ぇじゃんか」

 そして、芽衣が三池にとどめを刺す。

「で、三池君は勉強しとるのかね?」

「え、いや全く?」



 カラオケボックスがある街中を突っ切って、徒歩十分強。

 三池が数えたら大体いつも百二十一段あるセメント製の階段を上り、両腕を広げれば容易く壁に当たる狭い路地を抜け、真夏の昼間でもじめっとした空気の崖沿いの道を進んでいった先に、三池が住むアパートはある。

 道路沿いではあるが、車は滅多に通らない。一日の間にエンジン音が二回聞こえてくれば多い方である。街や最寄り駅、最寄りバス停からの距離が遠く、おまけにそれらに辿り着くには百二十一段の階段を降りなければならず、さらに道路に面しているクセに周辺に駐車場や駐輪場が皆無という、ワケの解らない立地。

 だが眺めだけはかなり良く、恐らくはそれを理由にしてこの様なところにアパートを建てたのだろう、と、伊藤は最後の一段を踏みしめながら思った。


 伊藤は階段を上り切ると、ぜえぜえ言いながら三池に尋ねる。

「え、ちょい、三池にゃん三池にゃん、ここって家賃どのくらい?」

 息を切らしながら最初に質問するのがそれかよ。

「よんきゅっぱ」

「え、高ッ!」

「あーいや、4980円な」

「え、安ッ!」

 伊藤に続き、芽衣と円も驚きの表情を浮かべる。

「そんなに!?」

「嘘だろ?!」

 口々に驚きの言葉を口にする一同に、何故か自慢げな表情を浮かべる三池。


 そのまま歩いていきついにアパートまで辿り着くと、三池は四角い()のついた鍵を差し込み、ドアノブを捻った。

 結局あれから一同は、三池の”え、いや全く?”の一言を切っ掛けに、テストに備えた勉強会をする事となった。

 当初三池は露骨に面倒そうな顔をして断ろうとしたが、そんな彼女に対し他の三人はお節介を焼かずにはいられない衝動にかられ、強引に彼女の家に押し掛ける運びとなったのである。


「まぁなんも無ぇ家だけど、だから散らかっちゃいねぇからよ。狭ぇけどテキトーに寛いでくれ」

 ドアが開かれる。

「タダイマー」


 直後、一同は申し合わせたかのように硬直した。

 マネキンの様に中途半端なポーズで、硬直した。


 部屋が、一言で言えばどす黒(・・・)かった。

 別に三池が言った”散らかっちゃいねぇ”という言葉が嘘だったわけでも、家が汚れていたわけでもない。

 ただ、部屋の空気感というか、外から入る日差しというか、むしろ部屋の雰囲気というものを構成する全ての要素が、部屋を暗い色に無理やり沈ませており、まるで引っ越して誰も居なくなった空き家に入ってきたかのような感覚に三人は襲われ、囚われた。


 玄関の横に位置しているキッチンを見ると、フライパンと鍋と、あとは一人分の食器一セットだけが、時代を感じさせるセンスの鶯色のプラスチックの食器籠の中に無造作に並べられている。

 キッチンから続く唯一の部屋には、炬燵布団が取り払われた炬燵が白くなって荒れた畳の上に鎮座し、隅に畳まれた就寝用の布団が居心地悪そうに客人を眺めていた。

 テレビは無く、家電と言えば電子レンジとそれと同じくらいの大きさのCDプレイヤーが置いてあるだけだった。


(あ、これは……やっぱ男子なの……か?)

 伊藤は今一度自分に問いかけた。

 口々に「お邪魔します」と言って玄関に靴を脱いでいく同級生達。

 この時点で既に三池以外の三人は、何か嫌な予感はしてはいたのだ。

 これは所謂――


「なぁなぁ、何か事故物件みてぇだな」

 女子二人が、(それ言っちゃうのぉ!?)という表情で、一番左に立つ円にぐりんと首を向けた。

「あー、それ、大家も言ってたんだけどよー」

 三池はこんな日もあろうかと用意しておいた未開封の紙コップを、流し台の引き出しの中から取り出す。

「事故っつっても、俺が入った時点で全然ぶっ壊れて無かったし、つうか部屋のどのあたりに何が突っ込んだのかとか解んねぇくらいに修繕されてたからまぁいいだろーって思ってよ」


(三池にゃん!)


(事故物件って!)


(そういう事じゃあねぇ!!)


「あーでも……」

 三池は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、紙コップに乱雑に注いでいく。

「幽霊は居っけどな、ここ」


(ええーーーー!!)

(ええーーーー!!)

(ええーーーー!!)


 どこぞの双子よろしく、素晴らしいシンクロを見せる三人の思考と表情。

「み、みみみけにゃん、それは……だだ、大丈夫なのであるかね?!」

 伊藤はタイツを穿いた足を床に滑らせそうになりながら言った。

 足をすくませて誰一人としてそれ以上部屋の奥へと進もうとしない。


 それを不審に思った三池は、「あー」と何かに気づく声を出し、自分にとっては当たり前になった事を訪問者達に告げる。

「いや、でも全然悪い奴じゃねぇからダイジョブだ。何か色々と事情あるみてぇでよー、一人暮らしの良い話し相手になってくれてんだぜ?」


(普通に話してるッ!?)

(普通に話してるッ!?)

(普通に話してるッ!?)


「っつうか」

 三池は部屋を見回して、

「紹介してやっから出てこいよ、居んだろー?」

 部屋の一角、ベランダへと続くガラス戸端に、気配が収束していくのを感じる四人。それは次第に気配という曖昧な”感覚”から視覚に訴える’色’へと変化していき、徐々に徐々にカーテンに寄り添うようにしている像として紡がれていく。

「うわぁああ」

「みにょーん」

「ええー……」

 伊藤と、芽衣と、円が口々にリアクションの声を上げる。


 紡がれた像はやはりというか、透けていた。

 足元の輪郭が曖昧ではあるが、畳の上の一定の高度を上下するでもなく安定して留まっている。その表情は不安げで、怯える様に、極めて稀な三池宅への来訪者を見ている。


 年齢で言えば二十歳弱、性別は男性で、髪は額が隠れる位の短髪だった。

 猫背になってカーテンにしがみつきだしたので身長はよく解らないが、見た所足の長さからしてそれ程高くは無い様に見えた。

 昼食のたこ焼きをテーブルの中央へと置くと、続いて四人分のオレンジジュースをそのテーブルの各辺に並べる三池。それを、いたって当たり前の事の様にちゃっちゃかとこなしているのである。

 他の三人は、二十歳弱の男性の幽霊と見つめ合っている。


「こいつトオル。生きてる頃の記憶が曖昧で、未練があってまだ成仏したくないんだとよ」

 三池は同居人に向き直って三人の紹介を始める。

「んで、こいつらが順番に円、伊藤、榊原」

「よ、よろしくお願いします……」

『よろしく……』


 ついつられて挨拶などしてしまった三人だが、このまま予定通りに勉強会などしていていいものだろうか?

 三人の疑問を見透かした様に、トオルは不安そうな顔をより一層深刻にして、三池に言う。


「あ、あのボク、一旦出かけて来ましょうか。お邪魔でしょうし、そちらの皆さん怖がられてますよね?」

「あーいえいえ、お構いなくー」

 芽衣は、反射的にそう口にした直後に自分の軽口を呪いたくなった。

 ”幽霊”と”呪い”で何かうまい事言えないかと考えても上手い事整わないのは、芽衣のセンスの問題か、それともこのワケの解らない状況がそうさせているのか。



 ものの数週間で三池を「三池にゃん」と呼ぶに至った伊藤にかかれば、信用している相手から”悪い奴ではない”という断言の元に紹介された相手と打ち解ける事など、さほど難しくは無かった。

「じゃあ、五センチくらいは隙間開いてないと壁とか通り抜けられないんですか?」

 伊藤の口から出て来た物凄い質問に対し、幽霊トオルはさらりと答える。

「相当頑張れば無理やり抜けられない事も無いんですけどねー、……まぁでもほら、そのくらいじゃないと地面とかにずぶずぶうまってっちゃいそうですし……」

「た、確かに」

「ああ、あとあと。こうして僕らが対面して会話してるって事は、地球の自転の影響も受けてるわけで、多分幽霊なんてのはあくまで物理的な存在なんじゃないかなー……っていうのがボクの持論です」

「言われてみれば……慣性の法則? モーメント?」


「いや、モーメントは違くね?」

 すっかり会話に入る事に違和感を失くした円が、人ならざる者と軽快な会話をかわしている伊藤に突っ込んだ。

 おまけに芽衣までが、

「今度トオルさんも学校来なよー、どうせ一日中ヒマなんでしょ?」

「えー、面倒ですし……」

「面倒なの?」

「だってボク、別に高速で移動出来たりするわけでも無いので……」


 とうに閉じられた教科書とノートに肘をついて、三池が捕捉する。

「だってお前、結局出来る事っつったら透明になれる事くれぇだもんな」

「え、でもその気になれば企業スパイとかにもなれるよな。本気出したら壁抜けられるんだし」

 円がやたらと生々しい発想を口にするが、

「嫌ですよー、十枚くらいドアを隔てた研究室の中を調べて回って、その間にドアに鍵でもかけられたりしたら出るのに何時間かかるか解ったもんじゃないですもん」

 トオルは「そもそも」と続ける。

「ボク、死んじゃってるもんで、そんな事してお金貰っても使えないですしねー」


 談笑を続けつつも、伊藤には先程から気になっている事があった。

「え、ていうか……トオルさんって記憶が無いんですよね?」

「ええ、そうなんです。どうにもこうにも生前の事がよく思い出せなくて……」

「でもでも、ここが事故物件って事はですよ、多分ここがらみで何かあったんですよね?」

「ああーいえいえ、そうじゃないんです」


 最後の一つのたこ焼きを口に頬張り、芽衣は「およ?」と声を出す。

 トオルは、三池との出会いをかいつまんで語り出した。

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