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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
2.虎穴の双竜
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長の器を満たすモノ(2)

 真っ先に調べるべきは、竜術部の部室だった。

 部活動の記録映像がその部の部室に保管されているという状況は、想像に難しくない。


(問題は、いつ調べるか……)

 坂はカメラのメンテナンスをしながら、自分が座っている席から竜術部の部室を見回した。

 部室の外ではいつもの様にけやき達が龍球のトレーニングに励んでいる。

 部室内では、海藤が裁縫を、石崎はノートPCを叩いて作業をしていた。

 それ以外の部員は今現在部屋の中に居ない。


(少なくとも、今この瞬間調べるのはナシだね……)

 坂が事に当たるうえで、大前提に据えた事が一つある。それは、坂以外の誰に対しても、坂がビデオの事に関して調べているという事を悟られない様に徹底するという事である。

 坂が行おうとしているのはいわば、廃部の危機に対して手を取り合って共に立ち向かう仲間を疑う行為である。もし誰かに知られれば、竜術部の廃部阻止に取り組む全員の士気に関わる上、自分の立場もただでは済まないかもしれないのだ。

 さらに言うなら、ばれようがばれまいが坂がけやきへ疑念を持ち調べる事をした時点で、それは広義においての裏切り行為であるとも言えるのだ。

 たとえそれが、部長の不正を暴く為とはいえ、である。


 そもそも今現在、坂のけやきに対する不信感は具体的な理屈を伴ったものではない。彼が調べた先に何の収穫も無い可能性だってあるのである。

 それでも尚あえて調べるという行為に、果たしてどれ程の正当性が認められるのだろう、と坂は思うのだ。思うのだが、それでも、だからこそ。坂は、水面下で自分の疑心に対して迅速に向かい合う事こそが重要だと思った。


 海藤と目が合った。

 坂は、固まって視線を逸らせなくなる。否、下手に視線を逸らせば不信感を持たれかねないので、殊更なんでもない態度をとって相手の発言を促す様な表情で海藤を見つめ続けた。幸い、海藤はすぐに視線を手元の裁縫道具に落としてくれた。

 ほんの小さくため息を漏らす坂。

(調べるなら、皆が来るよりも前だ)



 翌日、放課直後。

 坂は職員室まで行くと部屋の一角にある鍵置き場まで歩いていき、並べて保管されている鍵の中から竜術部の物をすばやく選び取り、他の部員達が来る前にいち早く旧校舎2へと向かった。


 幸いこの部には鍵開け当番という物が存在しない。放課後、早めに授業が終わった者がこうして自発的に鍵を取りに行くというのが暗黙の決まり事になっている。そんなことだから、たまに誰も鍵を取りに行っていない事に気づかずに三分くらい部室の前で雑談してしまう日がある。


(そういえば、ここしばらくはあまり鍵を取りに行っていなかったなぁ)

 と思いながら、坂は開錠した竜術部部室の南京錠を制服のポケットに突っ込んだ。

「さて、急ごう」

 時間の猶予は無い。けやきなどは割と早くに部室に来るのを坂は知っていた。

 カーテンを締め切ってある部室は薄暗く、視界は決して良くは無い。が、やむを得ない。中庭に居る筈のドラゴン達に、自分の存在を気づかせない為にはこのままの状態で部室を調査するしかないのだ。


 坂はたすき掛けにした白い鞄を置きもせずに部屋の至る所を調査し始める。探すものはただ一つ。けやきがあの日手にしていたVHSテープだ。

 テレビ棚。無い。

 部屋後方の朽ちかけた鞄棚。無い。

 無造作に置かれた状態の各机の中。無い。否、海藤がいつも陣取っている机の中には裁縫道具があったし、石崎の席にはUSBケーブルが蜷局を巻いていた。


 他のいくつかの机の中にも、赤点の答案用紙やらカビの生えたサンドイッチの切れ端やら、全ての欄に記帳された使い古しの預金通帳といったどうでもいい物がちらほらと見受けられたが、目的のVHSやその置き場と思しき場所は見当たらなかった。

 まさか、と坂はスリープモードになっているビデオデッキのイジェクトボタンを押してみた。けやきが件のビデオを何処からか持って来て、未だこのデッキの中に在る可能性を考えていなかった。その場合は、”あのVHSテープの本来の置き場所”を今現在調べる事は出来ないという事になる。仮に、VHSテープが密集している場所を見つけたとしても、肝心のあのテープがそこに無ければ彼の我が家がそこであるとは言い切れないからだ。


 デッキがテープを吐き出す気配はなかった。

「だめだね、もうタイムオーバー」

 坂はデッキの電源ボタンをチョン押ししてスリープモードに戻した。カーテンを開けに窓際に向かおうとする。


「お疲れ様だ。早いな、坂」


 けやきだった。

「あ、ああ、お疲れ様です」

 危ないところだった。あと少しタイミングが違えば、ビデオデッキのボタンを押す瞬間の自分を見られていた。坂は内心肝を冷やしながらも、けやきの持っている物を見てはっとする。

 けやきは、肩から薄い水色のトートバッグを下げている。

(そういえばあの日、あの水色の鞄からビデオテープを取り出してたっけ……)

 何の事は無い。あのビデオテープは、この竜術部部室の外から持ってきた物だったのだ。

 坂は極秘任務を悟られない為に、いつもと変わらない竜術部の活動へと完全移行する。



 さらに翌日。昼休み。

 部室の調査から一日弱の時間を経て、坂が次なるターゲットに選んだ場所は放送室だった。

 学校内で部活動の記録映像が保管されていそうな場所と言ったら、恐らくは各部室かココのどちらかだろう。坂は当初からそうアタリをつけていたのだが、調査の難易度が高い事からこちらを後回しにしていたのだ。


 さて、無断で放送室に忍び込むのはさすがにリスクが高すぎる。

 そもそも放送室は普段は施錠されており、忍び込むという行為自体が困難な状態である。

 それらの問題を一挙に解決でき、且つ坂が部活中に部室を抜け出さなくて済むのが、今の昼休みという時間での調査だった。


 大虎高校の昼休みの放送室は、放送部の一部部員の溜まり場となっている。放送部員達は、この時間になると機材の前のキャスター付の黒椅子に腰かけ、午後の授業の予鈴が聞こえるまで只管お喋りしているのである。

 はたして、坂がドアの窓から覗いた先には今日も女子トークに花を咲かせる部員達の姿が確認出来た。


(この中に入っていくのは流石に滅茶苦茶おっかない。けど、部の為だよ頑張れ僕!)

 坂は、意を決して放送室の白いドアをノックした。返事を待たずに、きぃ、と内開きのドアに隙間を作る。

 ドアを開いて右手には、部屋と一体となった放送用の機械。さらに右には、長細いガラス窓を挟んで簡易スタジオ。

 ドアを開けて左手には、大量のVHSやら音楽CDとみられるディスクを並べてあるグレーのスチールキャビネットがあった。


(誰? こいつ)

 そしてドアを開けて中央に、訝しげな表情の女子部員二人の姿があった。

 坂は、ドアの前で三回程小声で唱えておいた台詞を口にする。

「ごめんなさい、ちょっと昨日この辺りの廊下で、大事にしてたペンを落としちゃって。二、三分だけ部屋の中を探させてもらってもいいですか?」

「ああ、はいはいどうぞ」

(よし)


 坂を見て”誰? こいつ”と思わなかった方の部員が椅子をスタジオ側に避けてやると、もう一人もそれに倣った。眼鏡と三つ編みがやたらと似合っている三年生と思しき女子に、坂は内心感謝した。

「あ、ここ土禁なんでそこでスリッパ脱いで貰えると」

 坂は言われるままに上履きを脱ぐと、入口の脇に綺麗に揃えた。育ちの良さが窺い知れる。

 部屋に入って一メートル先からはやたらと真新しく見えるグレーのカーペットが敷き詰められている。どうやらそこから先が土足禁止という事らしい。


 坂は、左手のグレーの棚を調べる時間を少しでも確保する為に、不自然ではない範囲で迅速に部屋の各所を調べていった。背後で雑談を再開する女子二人の視線を耳への声の届き方で推測しつつ、坂は棚のチェックを開始する。


 と、その時”誰こいつ”の方の部員がそんな坂を見て、「そういえば」と切り出した。

「この前の昼休みも誰か来たよね」

「誰かっていうか樫屋さんでしょ、竜術部の」

「あー、そうそうそれそれ」

 坂は聞き耳を立てようとするが、

「そういえばさぁ昨日月9で――」

 話題が変わりそうになったので、今一度意を決して口を開いた。


「あの、すみません」

「はーい?」

 返事した眼鏡っ子の方に、坂は話し始める。

「僕、その樫屋先輩と同じ竜術部の二年で、坂って言うんですけど」

 坂がこうして名乗る事でけやきにここに来た事がバレたとしても、ボールペンの作り話で言い訳はできる。

「その、もしかして、その時うちの部長ってビデオを借りていきませんでした?」

「あーいや、借りては無い、かな」


 眼鏡っ子先輩の言い回しの意味を表情でもって尋ねる坂。

「えとね、自分が持ってきたビデオに、竜術部のビデオをダビングして持ってったのよ、あの人」

「ダビング?」

「うん、ほら、そこのキミの目の前のヤツ。竜術部関係はそれ一本しかなかったからそのテープで間違いないよ」

 指差された先を坂が辿っていくと、成程確かにそれっぽいラベルが貼ってあるVHSテープが一つだけあった。


 坂はラベルに書いてある文字を音読する。

「”竜術部創立一年目 初試合・金山戦~”」

「龍術部のビデオ、これ一本……なんですよね?」

「え、そだけど……え、なになに?」

 興味津々の眼鏡っ子。

「すみません、もう一分だけ! ここでこれの中身確認して行ってもいいですか?」

 この言動はさすがにボールペンの話ではカバーしきれない事に、坂は気づいていない。


 ビデオを確認してみると、その内容は間違いなくあの日けやきが持ってきたものと同一の物だった。

 ラベルが無いけやきが持ってきたダビング先のVHS。

 ダビング元のテープの背表紙に書かれた”竜術部創立一年目 初試合・金山戦~”の文字。


 坂は情報を統合していき、一つの結論を導き出す。

(部長がこの部屋からこれを直接借りて来なかったのは、背表紙に書かれたこのタイトルを皆に見せられなかったからだ)

 その意味を、坂は真剣な顔になって考える。


「え、なになになになにどうした? 坂二年生。先輩に話してみ? ん?」

 お姉さん風を吹かせて尋ねた”誰こいつ”の方の言葉は、坂の耳には届いていなかった。

「先輩!」

「お、おうよ」

「僕がここに来た事、出来れば秘密にしておいてください。特に竜術部の人には」

 それだけ言い残すと、坂は乱暴に上履きを穿いて部屋を出て行ってしまった。

 残された眼鏡っ子と”誰こいつ”は、順番にこう述べる。

「え、どゆこと?」

「たぶん恋愛がらみだね、これは」

 今日の二人の話題はこれで決まりである。

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