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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
2.虎穴の双竜
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長の器を満たすモノ(1)

 四月二十四日土曜日・未明。

 大虎高校二年生である坂亮太は自室の机についていた。

 その部屋は彼の使っている机周辺以外は暗闇に包まれており、彼の部屋を見た事がある者でなければ、その部屋にあるものを把握するのは不可能な状態である。


 真剣な表情で彼が視線を落とした先にあるのは、幾枚かの写真。

 そこに映し出されているのは、大虎高竜術部の大いなる決断その物だった。具体的には、英田良明・陽の兄弟と樫屋けやき、レイン、ショウ、ガイ。それと、たまたま映り込んでいたその他のいろいろ。


 やはり、と坂は再確認する。

 写真を現像してこうして確認するまでは半信半疑であったが、間違いないと思った。

 坂は、四月十九日月曜日の写真まで戻り、今一度見返していく。そしてそれぞれの日を、手元のメモ帳に書いた走り書きを頼りに振り返り始めた。


(十九日は、部長が催したミニ試合があった日だ)

 写真に写っているのは、無茶な体制で直家に飛びかかる陽。

(この時僕は気づいた。この、正式な部員でもない英田兄妹が、あそこまでの執念を見せ、その結果あの三年生の二人相手に善戦したという事実への違和感に。善戦という表現に語弊があるんなら、こう言うべきか


 坂は、口に出してみる。

「あの部長と、直家先輩、そしてガイさんやリンさん相手に前半をほぼ守り切り、自分達のシュートのチャンスさえ作り出していた」

 この一年間、坂は嫌と言う程けやきの実力を目の当たりにしてきた。

 坂自身は龍球はやらない人間だが、それでも解る。それでも解るほどに、けやきとガイのコンビは、化け物じみた実力の持ち主なのである。


(仮に、部長程のレベルのユニットが三組いたなら、それだけで県大会突破は控えめに言って”夢じゃない”。そして、そんな部長に追随する、或いは勝る瞬間さえあるかもしれない直家先輩と、その相棒であるリンさんの実力。リンさんは直家さんの家に同居していて、直家さんとは古い仲らしい。いわば兄弟の様な関係なんだと、去年の三年生の先輩から聞いた事がある)


 三年生チームのユニット夫々が誇るドラゴンと人間の強固な繋がりと、それに裏打ちされた実力。それは、一年生チームにとって圧倒的なものだった筈である。にも拘らず、前半の中盤までの間にけやき達は仮入部中の二人から一点をもぎ取る事が出来なかった。それが藤には不可解に思えてならなかったのである。


(或いは、あえてその一点を入れなかったんだろうか?)

 坂の中から消えようとしない問いの答は、しかし彼の頭の中に既に存在していたのだ。

(英田兄妹とレインの実力を伸ばす為に、あえて完全なる勝利を避けた……?)

 そもそもけやきは、あのミニ試合において兄妹の覚悟を見極める事を目的としていた。ならば、彼女が全力を出していたと断定する通りは無い筈である。試験官として淡々と、粛々と新入り達の気迫と力量を推し量っていたのではないだろうか、と坂は思うのだ。


 坂は、二枚目の写真――裏にミニゲーム翌日と書いてある――を手に取る。

 その日は、良明が前日のミニゲームで気を失ったという事もあって一切のトレーニングをしなかった。代わりに行われたのは、ドラゴン達を交えての前日のミニ試合の反省会であった。


 坂が撮影した映像をブラウン管テレビによりばらばらな姿勢で見つめる一同が、坂の手元の二枚目の写真には写っていた。

(この時、部長はやたらと良明君に優しくしていた様に思う。まあ、当然と言えば当然だけど。あんな事があった次の日だったわけで、気を失いまでした彼の身体の心配をしたりする事自体は不自然な事じゃあない)

 だが、しかし。と坂は思う。

(だったら、あの時陽さんにまで優しかったのは何故だろう?)


 何だか滅入りそうになる気持ちを転換させようと、彼は「ふぅ」と一息、その後に続く写真を続けて捲っていった。

 坂が水、木、金曜日の英田兄妹の写真を見返していて先程気づいた事は、この極めて短期間の間に、明らかに身のこなしの素人臭さが激減しているという点だった。

 それはまともにパス回しも出来ない様な状態だった序盤数日からのギャップも要因としてあるのだろう。しかしそれを差し引いても、この半月で英田兄妹はかなりの成長を遂げていた。動きの連続ではない静止画ですらそれが見て取れるというのは、相当の変化なのだと坂は思うのだ。


 そして、そんな状況を作り出せる人物がこの学校に居るとすれば、一人をおいて他に居ない。三年生で部長の樫屋けやきその人だ。

 坂が思うに、彼女も恐らくは英田兄妹と同様に必死なのである。

 恋人であると公言するガイが、その生活の基盤を失おうとしており、それを阻止しようと、坂を含め他の部員と共に全力を傾けている。故に、兄妹への指導も恐らくはかなりの水準を維持し続けているのだろう。少なくとも坂は日々そう感じている。


 つまり英田兄妹の成長は、そのけやきの指導の成果なのだ。

(恐らくあの人は、僕が認識できていない様々な手を尽くし、あの兄妹の運動能力とメンタルを向上させている)

 坂は改めて思う。樫屋けやき三年生とは、まったく恐ろしい人物であると。


 机の上の小さな目覚まし時計の針が、二時十五分を指している。

(いい加減にしておいて、寝よう)

 坂は机のライトを消すと、ベッドがある筈の方向へと歩みを進めた。



 写真や映像の類。特に身内や知り合いが映り込んでいる記録というものに、坂は敏感である。それが彼がこの一年間竜術部の活動を記録してきたが故なのか、彼自身の性格による特性なのかは彼自身にももう解らない。


 龍球をやらない代わりに坂が竜術部で主に行っている事は、龍球チームの活動を記録し、後に続く世代の為に保存する事である。坂としては、特に写真や映像にその姿を焼き付ける事は、多分に有意義な事なのではないかと思うのである。

 写真は十年後、二十年後の未来に自分やその周囲を懐かしむ材料になる。

 もし今この時に、十年前や二十年前の知り合いや当時の風景が映っている写真がふっと手元に現れたならば、手に取って見ない人間はそうは居ないだろう。

 一般に、プロにより撮影された写真は構図や焦点の調整、その他の技巧により写真の被写体に意味を持たせて人々の心を捉える事に注目されがちであるが、坂の興味は”写真を撮影する事でその時間を凍結させ、未来に向けて保存する”事にあるのだ。


 坂が頭の片隅にここ一週間前後もの間引っかかるものを感じていたのは、だからこそである。そう、坂はここ最近どうにも心のどこかにもやもやとした物を感じているのである。

 昨日の日曜日など、一日中その原因を考えながら過ごしてしまっていた。

 その答の一端は、まず間違いなく”三年生チームが手を抜いてミニ試合に臨んでいたらしい”という事なのだが、彼が思うにこれだけで自分が悩みを引き摺るとは思えなかった。


 今、坂は木製のタイルが敷き詰められた廊下を歩きながら、移動教室で家庭科室に向かっている。料理など家では全くしない坂であるが、この日に関してはかねてから随分楽しみにしていた彼である。


 昼休みもまだなのに、ポテトサラダなどという普段の昼食では味わえない手の込んだ料理を、学校内の敷地内で、公衆の面前で、堂々と口にする事の背徳感。授業のうちの二コマが調理実習という娯楽に等しい行為で潰れる事への悦び。クラスメイト――異性を含む――と料理を作って食事する事へのわくわく感。

 それこそ、二十年後に今日の写真を見てこの日の、今この瞬間の感覚を蘇らせたい衝動に駆られるのであった。


 そんな踊り高ぶる坂の心だが、今この時でもどこかに引っかかり続ける、謎のもやもや。その正体を探るべく、坂は昨夜も深夜に及ぶまで自分により撮影された写真を見返していたのだが、引っかかる物の正体はつかめずじまいであった。


 ただ、魚の骨が喉に詰まった様なその感覚が、記録にカテゴライズされる何かに対するものである事だけはおぼろげながら徐々に確信へと変わりつつあった。その為、坂はここ数日に亘って自分の撮影した写真をひと月分くらい遡っているのだが、結果現れた事実は、けやきの指導により兄妹が急激な成長を遂げているという喜ばしい事実だけだった。


 階段を下りて、職員室の前に差し掛かる。

 坂の脳裏に、今一度昨夜見た写真の数々がフラッシュバックしていく。もやもやを感じ始めたのは、二週間程も前の事だ。という事は、考えてもみればそれ以降の写真は見る必要が無かったのかもしれない、と彼は気づく。


 坂の頭の中で捲られていくアルバムが、今週分の写真に差し掛かる。

 ふと、昨日までは感じなかった違和感が襲う。

 良明が気を失った翌日の、ミニ試合の様子をブラウン管に写して皆で視聴した日の風景。その日の写真。

 一昨日や昨日、自室で実際の写真を見た時にはこれと言って何も思わなかったが、今は違う。


(なんでだろう)

 それは、職員室前の廊下を歩く坂の、視界の隅にあった三文字が原因だった。

(”皆集まる”……”鑑賞”……”ブラウン管”……”ミニ試合”……)

 坂の視界の中の三文字が、坂との距離が縮まる事により大きくなっていく。職員室のドアを通り過ぎた辺りで、その三文字はついに坂の意識の表層に浮上してきた。


 ”放送室”

「あ」

 坂は、足を止めた。

 彼のすぐ後ろを歩いていた女子がその背中に激突するが、特に恋が芽生える切っ掛けにはならなかった。ちなみにこの女子、調理実習で坂と同じ班になっている。

「あ、ごめん」

 反射的に謝る坂だが、彼の意識と視線は既に放送室のドアの上に掲げられたプレートに向けられていた。

(”放送室”…………ビデオ! それだ!!)


「さ、坂? どしたの急に立ち止まって」

 胸に勉強道具一式を抱いた女子は、不意打ちを食らわせて来た坂に怒るでもなく尋ねた。

「ビデオなんだよ……」

「ポテトサラダだよ?」

 その女子には坂の口から出て来た言葉が何の話題にまつわるものだったのかは解らなかったが、どうやら調理実習とは関係無さそうだという事は解った。だが、ちょっとだけ面白い切り返しをしてやろうと考えた彼女は気づくと即答でそう応えていた。

「ビデオだったんだよ!!」

「ポテトサラダだって!!」

 不用意に調子に乗るものではない、とその後彼女は後悔する事になる。このやり取りを見ていたクラスメイトに、向こう半月この二人は”ビデポテ夫婦”というコンビ名で呼ばれることとなったのだ。


 本題に戻る。

 坂の脳裏では、その時ある一本のVHSテープが思い出されていた。

 それは、英田兄妹の練習二日目に竜術部部長・樫屋けやきが部室に持って来たビデオテープである。何年か前の竜術部の試合映像が収められた活動記録。それを観ていた一同の中に、坂の姿もあった。


 坂の疑問はこうである。

(部長は、あのラベルも貼ってないテープを、一体どこから持ってきたんだろう。どうしてラベルも貼っていなかったあのテープが、竜術部の記録映像だと解ったんだろう?)

 坂以外の人間であれば、それは”まぁいっか”で終わった疑問であろう。写真や映像の記録という物に興味や執着がある坂だからこそ、けやきがミニ試合で手を抜いていたのではないかという疑念を持つ坂だからこそ、彼はラベルを張っていないビデオテープを不審に思い、心のどこかのもやもやとして引っかかり続けていたのである。

 事実、英田兄妹やドラゴン達、海藤や石崎もその点を少なくとも口にはしていなかった。

 石崎などは真っ先に愚痴交じりに”ラベルくらい貼っとこうよー先輩”などとその場で指摘しそうなものだが、そんな彼女でさえ気に留めている様子は無かった。


 坂は、一抹のけやきへの不信感が自分の中で急激に増大していくのを感じた。

 もしかしたら、あのビデオに関して何か大きな嘘が紛れているのではないか。そんな気がしてならなかった。それは具体的な理屈を伴わない、直感と言っていい程の疑念だったが、坂はこの瞬間心に決めたのである。

(調べるだけ。調べるだけなら、部長に対して敵対する事にはならない……よね)

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