すべてはそこに(4)
今この瞬間、双子の声に耳を傾けている。自分達を雁字搦めにしている数千年の伝統からの解放を求めて。全くその通りである事は、レオンとテレノスが良く解っていた。
「……あらゆる修羅場を潜って来た。ソルスタ自警団の一員として死を目前に感じた事も一度や二度では無い」
『彼等を乗せるドラゴンとしてレオンの家系を見守って来た。彼の命を救い続けてきたのは、この瞬間の為だ』
雷の障壁は未だ健在で、つまりレオンとテレノスがそれを維持し続けているらしかった。
時折、未だに外から叫び声が聞こえてくるがそれらに対して障壁の中の者達が返事をする事は無かった。
張り詰めた緊張と迫りくるリミットが全ての者から語らいの時を奪っていく。
レオンとテレノスは、双子に弾かれた武器を構えなおす事が出来なかった。
「なのに……震えているんだよ。さっきから。こんな事は入隊三日目の実地訓練以来だ……」
『俺は、親から受け継がれてきた全てを語って聞かされた夜以来になるか……』
レオンは、少し笑って指摘する。
「嘘を言え。以前、お前が震えていたのを覚えている」
『なに?』
「家の近所で騎乗の鍛錬に励んでいた時、俺が落下しただろう? 家に帰るまで、お前はずっと背の上の俺に呼びかけ続けていた。あの日のお前の背中の振動と肌越しに伝わる鼓動の速さを、俺は死ぬまで忘れない」
先程までの剣幕は何処へやら。
双子は、ぽかんと同じ様な顔をして二者の言葉の数々を聞いていた。
不意に、障壁の一部が拡張され、覆う範囲を拡大させていく。
その意味を察し、良明と陽はレオンとテレノスを見た。
「行け。そして出来れば、もう戻ってくるな」
『こちらの世界に来た手段を排除すると約束しろ。それが貴様達をウチのクニの連中から助ける条件だ』
兄妹は力強く頷いた。
「必ず」
「必ず」
『……しかし』
テレノスから出て来た不穏な三文字に、双子は再び身体を強張らせた。
『俺とこいつが殺し合うなら、自分達がその伝統諸共消し去ってやる、か。これは傑作だ』
「まったくだ」
と言って同意するレオン。
双子は、どういう顔をしていいか解らずに困った様にテレノスとレオンを見るのだが、対する一人と一頭は微笑むばかり。おもしろそうに双子を見た。
その穏やかな表情はまるでつきものの一つも取れた様で、レオンは優し気に二人にこう言った。
「魔法の気配は、先程からコロニーの中からしている。厳密な場所は自分で探し当てろ」
「はい」
「はい」
『問題はあちらの者達だが……』
テレノスは、未だ起き上がる事が出来ないけやきとガイ、三池とクロをちらりと見た。同時に雷の障壁に炎を加え、外界からの視線を完全に遮断した。
テレノスとレオンが、先程まで命のやりとりをしていた彼女等へと手を貸す事を躊躇っていた、その時だった。
「三池にゃーん!!」
障壁内の一角から声がした。
「おい芽衣、何があるか解らないって言ってんだろ! 危ないから先行するな!!」
英田兄妹にとっても聞き覚えのある声。芽衣と円はその場へと姿を現すと、思わず足を止めた。
倒れて動かない二人と二頭。
その手前に佇む英田兄妹と、屈強なドラゴンと男。
状況が呑み込め無かった。人生を半分ノリで生きている芽衣でもさすがにおいそれと近づく事が出来ない。
「敵では無い。手を貸せ」
レオンにそう言われて動いたのは、円達の背後から姿を現した霧山と伊藤だった。
「急ぐぞ。早々に帰還しよう」
異世界の風景に眼を奪われる事も無く霧山が眼鏡をくいと上げると、伊藤はそんな彼にこそ戸惑って「う、うん」と返事した。
異世界へと足を踏み入れたのは、三池の友人連中だけでは無かった。
「君達、英田良明君と陽さんだね?」
見知らぬ男に声をかけられたら返事をするなと言われて育ってきたが、状況が状況である。兄・良明は恐る恐る「はい」と答えた。
「樫屋けやきの兄だ。状況は後から確認するとして、君達は自力で歩けるか?」
「大丈夫です」
「先輩を御願いします」
と、陽が言い終わるよりも早くに樫屋継治は駆け出していた。
その背を追う様に山村が走っていく。
「あんのアホ共……」
そう呟いていた様に、双子には聞こえた。
戦いが、終わった。
もう随分見ていなかった気がする仲間達の姿を目にし、良明と陽はその事を実感した。
陽は疲れ切った表情で兄を見て、親指を立ててみせる。良明もそれに倣った。
慌ただしく転送領域の方へと集まっていく世見国の人々の群れの中、良明と陽は相棒のドラゴン達と共に自分達のペースで歩いて行く。
「……園宮、トマス、そしてレオンとテレノス……」
ほぼほぼ良明が言いたい事が解る妹は、「うん」と頷いた。首に痛みが走る。
「トラブルを起こそうとしたわけでもなく、たった一回転移しただけで、これだけの事が起こった……そういう事だよね。向こうに帰ったらデバイスは、絶対に壊そう」
「でもさ、アキ……」
「解ってる。それは本来、俺達の様な普通の人間が決めて良い事じゃない。しかるべき機関に委ねて、俺達は手を引くのが本来やるべき事なのかもしれない」
「だよね……」
「でもさ、陽。俺思うんだよ」
「うん?」
「俺達がこの世界でやって来た事への、せめてもの罪滅ぼしは、やっぱり……」
「この世界とのゲートを壊し、関わり合いを断つ事……かぁ」
良明は、頷いた。
彼等の背後から、声をかける男が在った。
「お前達」
「園宮ッ……さん」
「園宮ッ……さん」
道を譲ったレオンとテレノスへと礼の意味を込めた目配せをして、園宮は脚を引き摺りながら兄妹へと近づいて来た。
「…………私がしたことは――」
園宮の言葉を遮って、良明は口を開いた。
「言っておきますけど、謝ったって”もういいです”なんて言いませんから」
「後味が悪くなったって、レイン達金眼のドラゴンを監禁した罪は許さない」
双子は、意識せず園宮を睨みつけていた。
「それで、構わない。その場の衝動で赦しの言葉を述べてもらう事に意味など無い……だが、だがそれでも」
彼は、膝を折り地に座りこんだ。
「それでも、どうか……言わせてくれ」
握りこぶしを地面につけ、頭を少し下げたところで動けなくなる。
「信念の為に苦汁を舐め続けてきた君達に対して、申し訳なかったと……数えきれない可能性の芽を摘もうとし、あらゆる苦難に対して戦い挑もうとした君達を苦しめた事に対して、本当に……本当に、申し訳なかったと…………」
良明も陽も、”そこまでされたら赦さないわけにはいかないじゃないですか”――などとは思わない。
高校龍球に打ち込んできた者達が居ないこの場で自分達の一存でその様な言葉を吐いてはいけないと思ったし、勢いに任せてこの男を赦すつもりなど全く無かった。
と、その時、兄妹の間に割って入る様にしてレインが歩み出てきた。双子は彼女へと視線を落とす。
まさか、よもや。
ここで園宮の命を絶つつもりか?
そんな恐ろしい問いが脳裏に過るが、無理も無い。異世界に来てからというもの、随分と命の扱いが雑になってしまった心持なのだ。
実際、自分達が叩き伏せてきた相手は皆一命をとりとめたのかどうなのか、それも随分と怪しいところだった。
レインは、園宮の一歩手前までくると、大口を開けた。
「え」
「え」
それを見た双子はさすがに声を出す。まさか、共にガルーダイーター本部へと閉じ込められていた仲間の恨みを一心に背負って手を汚すつもりなのか。
と、そう思った次の瞬間。
レインは、本当に園宮の頭へと牙を立てた。
かぷ。
甘噛みだった。
レインは一言。
「まずい」
そう言って、踵を返した。
彼女のその行動が何を意味したのか、兄妹はしばらくの間何故だか問う事が出来なかった。だが、たぶんこの時の彼女は園宮への恨みを晴らすよりも自分達に恩を返したかったのだろうと、それだけはなんとなく解った。
「行くよ」
ショウが、兄妹とレインに先行して歩いて行く。
未だ何かが変わったわけではないこの世界。
成り行きを見ずにここを後にする事にはいささかの抵抗はあったが、良明も陽も、自分達の言葉に偽りを混ぜたつもりは無い。
”この世界を治める為には、この世界の人間自身による変革が必要だ”。
少なくとも、そのきっかけは作れたという確信はあった。
十数メートル先に、転異空間が見えてきた。
背後から、声。
「名を……聞かせて貰ってもいいか?」
双子達はレオンに振り向いて、改めて名乗った。
「英田良明」
「英田陽」
『ショウ』
『レイン』
良明と陽は夫々補足する。
「背が高くて美人なのが俺達の……頼れる先輩である樫屋けやきで、大きい身体のドラゴンがガイさん」
「私達の中で一番強い、ちっちゃくて可愛いのが三池さん。下の名前は知らない。黒いドラゴンが、その人の相棒のクロさん」
「確かに憶えた。忝い」
レオンは、最後にこう言った。
「……ありがとう」
その礼が、直前の紹介に対してだけのものでは無い事は言うまでも無い。
テレノスもまた彼のすぐ隣で首を垂れていた事が、その何よりの証だった。
兄が問い、妹が応える。
「帰ろうか」
「うん」
雷と炎の障壁で、異世界の風景はろくにみえやしない。
名残惜しさもなにもあった物ではなかったが、たぶんこれでいいのだろうと兄妹は思った。
未練なんて、不要だ。
自分達が求めるのは、この世界に来る前からただ一つ。
レイン達と共にある、元居た世界での日常なのだから。
転異空間は、宵闇の中で青みを増している。
* * *
魔法があり、ドラゴンが居るこの世界であれからどれだけ時間が経っただろう?
高い加工技術で整えられた石材を土台にして、街の一角では新たな家が建設されていた。
街頭を行く人々は件の事件を知ってか知らずか、今日も賑わいの中に溶け込み、日常を謳歌している。
煙草に火をつける為のライター。
移動を迅速に行う為の靴。
入れ物無しで水を運ぶための術。
町の人間達は、今日も変わらず魔法を使う。
石を切り出す作業にもデバイスは用いられ、作業時間の短縮や生産効率の維持という恩恵に与かっている。ひいては、この町のここまでの発展は魔法技術が無ければあり得なかったと言ってもいい。
人々は、知っているのだろうか?
その影に様々な人とドラゴンの苦悩があった事を。
その光が、戦いと様々な意味での犠牲の上に降り注いでいる事を。
雑踏の一角で、黒いローブを纏った老婆がオーバーアクションに身振り手振りで何かを訴え続けていた。
演劇の練習でもやっているのか、と多くの者は思うがその大半はここが街の真っ只中である事をすぐに思い出し、その可能性に対して否定的になった。
老婆の足元には大きめのカン。パフォーマンスの一種と括るべきか、どうやら自分の言葉に耳を傾け、金を寄付せよという事らしい。
雑踏の中を行く小太りの男は、その言葉の内容にふと脚を止めた。
老婆の放つ’詩’が一周し終えるのを待って、改めて最初からその言葉を聞いてみる事にした。
『雲の向こうに在るのはターニングポイント。決断。 慙悔と期待と誇らしい過去は得てして、長の器を満たすモノ! それは修羅の道! 鎖の轍を踏みしめて、辿り着き、見下ろす真理は甘く。見上げ、立ち向かう道程は辛く。滞留し、充填される熱情……”最後の敗北者”、”背水の挑戦者”、変わらぬ想いはあるがまま、在りし日の想いと共に対の竜は天を仰ぐ! 空を泳ぎ海を飛ぶ!! 因縁の彼方でヒトとドラゴンが得た物……”夜明けの高揚”、”黄昏の告白”。竜の里……そこに垣間見えたもの……”ささやかなる宴”、”事なかれ村と正義の憲兵”。闇夜に響くベル、闘争……。カナタへ旅立った子が見る夢。慟哭に塗れた、願いを叶えに命運の向かう先へ、何を求めて戦い続ける? すべてはそこに……』
男は、もう一周この詩を叫ぼうとしつつある老婆に問うのである。
「戦い続ける、その理由はどこにあるのでしょう?」
老婆は答える。
「それがのう……ワシの占いではどうにもどうにも……ここまでしか見えんのじゃ。果たしてこの先に何があるのか、それが知りたくてのう。ワシはそういうわけで、こうして天啓を世に曝しておる。ワシと同じくする能力を持つ者が脚を止める事を願って、の」
「そうですか、遮ってすみませんでした」
「うんむ。今日も良い一日を、じゃ」
にかぁと笑った老婆の笑顔にうさん臭さは無く、どうにもその表情には口にしている言葉の数々とはちぐはぐな、温かみというものがあるのだった。
男は、再び歩き出した。
その口元には、ある種の安心が宿っていた。




