すべてはそこに(1)
2017/04/20:サブタイトルを”戦い続ける(5)”から”すべてはそこに(1)”へと修正
レオンは、背後に沸き上がる様な殺気を感じ取った。
「テレノス!」
名を呼ぶ事で愛竜へと飛翔を指示すると、上空から一帯を目視で確認する。彼がこの場に至るまでに同道してきたソルスタの部隊の一角で、仲間が次々と倒れている。
手綱を引いて下降を開始しようとした瞬間、彼は地上から彼に向けられた攻撃に気づいた。
「よそ見してんじゃねぇよ」
すんでの所で回避した火柱の麓から、三池が彼を睨みつけていた。
次々と放たれる法撃をかわしながら、レオンを乗せたドラゴン・テレノスは徐々に徐々に降下して距離を詰めていく。
地上。
ソルスタ自警団が控えていた一角に現れたのは、まだ大人になり切らない年齢の少年と少女、そして彼等を乗せるドラゴン二頭だった。
「陽! 後ろ!!」
言われて、陽は振り返りながら背後の敵へと得物を振り薙いだ。敵は容赦なく鎧越しに伝わった衝撃により身もだえ、戦意を喪失しながら地面へと転がる。
「そっちも!!」
上空から飛びかかってきていた相手の一撃を、良明を乗せたレインは飛び退く事で回避。背中を向けた格好のその相手はレインが巻き起こした暴風に弾かれる様にして飛ばされていった。
かくして異常を感知した部隊全員が、突如として現れた闖入者に対して対応を迫られた。が、指揮官は冷静だった。
「相手は二騎。落ち着いて対応しろ!」
その一言が災いした。
茂みに身を潜め期を窺っていた三騎目の敵は、その男が指揮官であると認めるや脚力を活かした加速で一気にその者との距離を詰めた。
あえなく刃を浴びた指揮官は崩れ落ち、現場はたちまちのうちに大混乱となる。
指揮官が、薄れいく意識の中で見たもの。
長身の麗人が、長い髪を靡かせて見下ろしている立ち姿。
戦記に記された騎士の如く凛々しく、御伽噺の王女の様に美しくもある彼女は何故だろう、自分の命を奪おうとした人間にはまるで見えなかった。
レインとショウが上空へと距離を取ると、地上の敵は一斉に魔法を浴びせにかかった。
機関銃の対空砲火にでも例えるべきか、凄まじい数の攻撃がまるで雨を逆再生した様な数で双子に襲い掛かる。
「レイン!」
「ショウさん!」
この時兄妹が夫々のドラゴンの名を呼んだ事の意味など、有って無いようなものだった。
懇願。しいて言うなら撃ち落とされてくれるなよという願いが込められた一言に応える様に、二頭のドラゴンは巧みにそれらすべての対空攻撃をかわし続けた。
良明と陽はドラゴンの背の上で頷きあうと、上空から地上へと反撃を試みる。
狙いなどさほどつけないままに地上へと巻き起こした竜巻は一帯の木々をなぎ倒し、その周辺の敵の多くを次々と排除していく。
「いけるぞ!」
良明が周囲を鼓舞する様に言うが、ショウはあくまで冷静に窘める。
『油断しないで!』
「はい!」
と、良明が眼下の敵に対する意識を改め様とした時、ついに地上から飛び立つドラゴンが現れた。
指揮系統を喪失した事でこれまでその行動に踏み切れなかったらしい数頭が、独自の判断で夫々に人間を乗せて上空の兄妹達へと襲い掛かって来たのだ。
「陽、地上はッ」
「うん、先輩とガイさんに任せよう!」
レインがすうと深呼吸して、彼女の騎手に確認する。
『アキ、いくよ。たぶん、これが最後の相手だから!』
ショウは後輩達に思い出させる。
『園宮が恐れた”龍球で培ったドラゴン捌き”、今こそ見せる時だよ!』
そして双子は、手綱を握り締めて今一度完全なる集中へと意識を持っていく。
「はい!」
「はい!」
まるで地上十メートルから落とされる事を恐れていない、ソルスタ最初の三騎を果たして蛮勇と断じるべきか。彼等は相手が子供だからと舐めてかかってはいなかった。
正面の一騎目が囮となり、左右から別の二騎が兄妹達へと襲い掛かる。
レインが躊躇いの無い金眼の極大魔法を放つと、正面の敵は成す術無く地上へと落下して行った。
左右の二騎は良明と陽が放った火球をあと数センチというところで避け、そのまま二人へと片手剣で斬りつける。
魔法で作り出した双剣の刃で辛うじてそれを受け止めた二人の元へ、四騎目、五騎目が上空から襲い掛かる。
歯を食いしばり、睨みつける様にそれらを視認した双子は、襲い掛かって来たその二騎に対して空気を圧縮した龍球ボール大の魔法を叩きつけた。
受け止めていた刃から伝わってくる力が増したのは憎悪からなのだろうか。それを考える暇も無く二人は力を込めて相手の武器を振り払うと、一喝。相手の懐へと潜り込んだレインとショウの背の上から、具現させた双剣にさらに魔法を纏わせた一閃を相手に叩きつけた。
敵の呻き声が兄と妹の脳裏にこびりつく。否が応でも相手の安否を脳が意識してしまう。
が、油断は無い。次なる相手に意識を集中させ、六、七、八騎目へと視線を向け、テレパシー能力でその敵の配置を共有した。
地上のけやきは、ガイの背から斬撃を放つ。
具現させた剣の切っ先からはさらに魔法を放出。極大のかまいたちとでも表現するべきか、木々を両断し敵を威嚇する彼女の攻撃は、既に数名の人とドラゴンを地へと叩き伏せていた。
入り組んだ森の中を常に進み続けるけやきとガイの背後から、不意に襲い掛かる敵が時折現れたが、けやきは漏れなくそれに気付いて迎撃していった。
『けやき、チャージが完了した。身を護れ』
ガイに言われ、けやきは何を口にするより早く顔を両腕で覆う。
彼女を乗せたガイは大きく口を開けると、前方の敵の群れに対して空気中の水分をかき集めて風に纏わせたものを放ち、叩きつけた。
「考えたなガイ。風や炎と違い、水ならば質量を持つ分打撃としての威力がある」
『具現した武器を浴びせるのが一番だろうが、周囲の物質をかき集めるのに時間がかかりすぎる』
けやきとガイは前方を確認する。人間も、ドラゴンも、見悶える敵は誰一人として起き上がろうとはしなかった。
と、その時左方から叫び声と共に一騎の敵。
けやきは冷徹にそれを見据えると、右手に剣を具現させて意とも容易く斬り伏せた。それを見てガイは言う。
『お前も随分様になってきたじゃないか』
「死者はゼロではないだろう。褒められても嬉しくはないさ」
『それは失礼』
「ガイ、それよりも……」
『……三池か』
けやきは、周囲の殺気を感じ取ろうとしながら答える。
「ああ。あいつが相手をしているユニット。恐らく、ここまで相手をしてきたどの敵よりも強力だ。これは、決闘ではない。不意打ちでもなんでもして一気に勝負をつけるぞ」
『了解だ』
上空のレオンへと魔法を放ち続ける三池は、息を荒くしながらついに膝をついていた。
「くっそッッ!」
眼前の強敵と自身の生死を意識して立ち上がろうとしても、身体がそれを拒む。
ここまで何人もの強敵を相手した。だからこその満身創痍だ。しかし、そんな事は彼女にとって関係無かった。
勝負は勝負。もし負けたならば、負けは負け。
眼前の敵に対して屈する選択など、重傷を負って尚三池にはありえなかった。
レオンは、テレノスに三池との距離をある程度詰めさせた段階で彼女の消耗には気が付いた。にも拘らず、彼は接近する事を中断したのである。
下手に近づいて決着を急ぐよりも、後方で時間を稼いでいる仲間の奮戦を信じて三池の消耗を待つべきだと判断したのだ。
レオンが、自身よりも’上’だと認識した三池に対する油断は、この場の戦局を左右しかねない事を彼はよく理解していた。最後の詰めを誤るわけにはいかなかったのである。
ちらと背後を見る。
「そろそろ、限界か」
「グァ!」
テレノスは、ついに三池との距離を詰めていく。魔法のうちの数発が彼の翼に命中するが、どうやらトラク自衛軍のトマスと同様に体表へと障壁を展開しているらしく、大きくバランスを崩しつつも撃墜される事は無く接近を続けた。
「上等だ……」
それを見た三池は、魔法の発射を中断。意識を集中させて両手に武器を具現させた。そして、身体を張って突撃してきた相手へと称賛の叫びをあげる。
「この野郎!!」
レオンが槍を具現させ、三池がそれを捌こうと二刀を構えた時だった。
テレノスは、ついに体勢を崩して軌道を約九十度急変させた。
「!?」
暗闇で突如として転倒しつつある敵。三池は月明かりに浮かび上がるそのシルエットを凝視した。
レオンを乗せたテレノスの首へと食らい付いた黒龍。三池は、その視界の左方へとクロの姿を認めた。
自然界で獲物を捕食しようとする獣の如く、クロとテレノスは地面をのたうち回る様にもんどりうって攻防を開始する。
「おい! てめぇそのケガじゃ――」
手負いのクロに勝機は無かった。
レオンにより蹴飛ばされたクロが、地面に身体を打ちつけながら三池の所まで転がってくる。
「クロ介、てめぇ――」
『乗れ!』
三池に何を言わせる事も無く、クロはただ一言そう指示した。
「ったく、最後はこうなんのかよ……」
三池が力を振り絞って上ったクロの背の上から視線を向けた先。
そこには、テレノスに跨るレオンが居た。
そしてその奥。向かって左から、良明、けやき、陽を乗せたレイン、ガイ、ショウ。彼女が言う”こうなんのか”は、彼等を指していた。
四対一。
酷い怪我を負い体力を消耗させた四騎と、ほぼ万全の状態のエリート一騎。
この状況をどう取るかは様々だが、良明と陽はこう口にした。
「どうか、退いてください」
「どうか、退いてください」
「…………」
沈黙するレオンに対し、兄妹は説得を試みる。
「俺達、四人と四頭はその全員が……」
「夫々、エルフ以上の魔法を放てます」
レオンは、一言。
「……今更、何と愚かな」
突如、上空から三池とけやきの元へと絵具で塗った様に赤い炎が降りかかる。
「っくそ!」
「なにっ!」
咄嗟に障壁を作り出し防御するが、辺り一帯を覆いつくす炎から抜け出す事は見た目にも容易では無い。
レオンは威圧する様に、それでいて感情を押し殺した声でこう言った。
「これで、二対一だ」
じりじりと肌を焦がす様な熱を感じながら、レインとショウは後ずさる。
そして脳裏にて、双子は互いの意思を確かめ合うに至った。
(陽、解ってると思うけど……)
(うん。この人、多分トマスさんより強い!)
レオンはため息一つ、ここにきて初めて語り出すのである。
「お前達は今しがた、何故停戦を申し出た?」
「…………」
「…………」
「これ程の事を成し、トラクの自衛軍を壊滅にまで追い込んでおきながら、我が国ソルスタから逃げられるとでも思ったか?」
「……俺達には、それが出来る手段があります」
「そして私達の目的は、そもそもただそれだけ」
「……異世界の、エルフか」
突如レオンの口から飛び出してきたその表現に、双子は凍り付いた。
「……え?」
「……え?」
ため息一つ、レオンは感嘆する様にこう言った。
「実在、したのだな。哀れなる囚われのエルフを救い出す蛮行を実行に移すのは、この世界の人間にはありえないと……今回の事を耳にしてからというもの、かねてからそう思ってはいた。これならば……合点が行く」
良明と陽は、戦慄する。
コロニーの真実は勿論、夜見国があるあの世界の事までもを知っているとすれば、この男は一体どこまでを知っている?どこまでの事が出来る?
疑問と不安が瀑布の様に轟音を立て、二人に襲い掛かる。




