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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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戦い続ける(4)

 双子は、体のあちらこちらから伝わってくる激痛を完全に無視した。それも無意識にである。

 まるで、その場に居合わせる誰もに侮蔑の眼差しを向ける様に、そんな風な声で、こう続けた。

「三池さんは……どうするんですか?!」

「三池さんは……どうするんですか?!」


 皆。その場の全員が、解っていた。エルフ達も、眼前で転移領域の中へとこの二人を投げ込んだ三池の姿を視認していた。

 だが、誰一人として。この場に転移してきた者の誰一人として、彼女の存在を口にしようとする者は今の今まで居なかったのである。


「俺達は、三池さんに助けられてここに居ます」

「私達は、三池さんに助けられてここに居ます」

 双子に対して最初に言葉をかけたのは、けやきだった。

「事情は解らない。だがあいつは、それを選んだ。あいつが、選んだんだ」


「でも先輩、そんなの俺達には――!」

「――何の説明も、ありませんでした」

「その暇があの状況では無かった。私だって助けに行きたい。だが、諦めろ。あちらの世界は今頃――」

 双子は同時に一歩を踏み出して、恩人を見上げてこう言った。

 その声は辛うじて敬語の様な体裁を取ってはいたが、慇懃無礼という言葉を具現した様に鋭く、けやきに対する彼と彼女の包み隠さない感情をむき出しにしての抗議なのであった。

 今、初めて、双子は思う。この人は矛盾していると。間違っていると。

 その確信があったから、大先輩への抗議に一切の恐怖は無かった。


 けやきは、けやきの目的は、まるで論点が違っていた。

 この時、彼女の頭の中に在ったのは眼前の後輩達を無事に家に送り届ける事だけだ。その為ならば、他の大抵の事はおざなりにできると思っていた。

 愛しのドラゴンさえ危険に曝し、共に怪我を負いながらもここまでたどり着いたのである。けやきに迷いは無かった。

 迷わずに、矛盾した一言を口にしたのだった。


「先輩、さっき言ったじゃないですか……」

「先輩、さっき言ったじゃないですか……」

「”お前達に、止められるいわれはない”って!」

「”私がそうしたいからだ”って、そう言った!」

 レインとショウが、不安そうに夫々の相棒を見ている。

「俺達は……」

「私達は……」

 意を決す。

「自分達がそうしたいからエゴを通したんです!」

「自分達がそうしたいから三池さんを助けます!」


「石崎先輩、【キューブ】を貸してください」

「石崎先輩、【キューブ】を貸してください」

「…………」

 石崎としても、無論”はいそうですか”と言って二人を死地へと送り返すワケにもいかない。


「お願い――」

「――します」

 そう言って、二人は無意識のうちに石崎へと掌を向けていた。

 直家は冷静に告げる。

「この世界で、魔法は――」


 双子の手のひらに、火球が収束していく。


『なっ!?』

 驚きの声をあげるガイ。

 藤が手短に解説する。

「身体に残留しているエーテルが、魔法を構成してるんです。俺もこれを利用して英田さんに悪夢を見せた……」


 石崎は、自ら二人の前に歩み出た。

 彼等の掌に滾っている炎が、服越しに熱を伝えてくる。

「……石崎先輩!」

「……石崎先輩!」

 そして、石崎に魔法を放つ覚悟など最初から微塵も無かった双子を、彼女は抱き締めたのである。

「いっこだけ約束しな」

「…………」

「…………」

「絶対に、戻って来い。でなきゃ、私があんたらの親御さんに殺されるから」


「はい!」

「はい!」


 石崎が、【キューブ】を双子に手渡した。

 それを見てけやきが、二人を引き留める。

「待て」

「先輩、俺達は――」

「先輩、私達は――」

 けやきは、このまま二人を異世界に向かわせるつもりなど無かった。

「そんな満身創痍で、お前達二人に何が出来る? 三池の脚を引っ張るのが関の山だ。危険すぎる」

 満身創痍はけやきも同様。だがそれは彼等の意思を後押しする材料にはなり得ない。双子は、言葉に窮した。


 らしくもない。けやきは、満足そうに笑みの色を含む声でこう言った。

「どうだ? これは論破できないだろう?」

 双子は発すべき言葉を探し続け、論点のズレた反論でお茶を濁そうとする。

「先輩は、さっき好きにしろって言ったじゃないですか!」

「私達を危険な目に遭わせてでも、好きにする道を示――」


「……いいか、英田兄妹」

 けやきは、口元の血を拭って続く言葉を二人に叩きつけた。



 三池は、意識を取り戻した。

 耳鳴り。収まっていく閃光。それらにより彼女は爆発からさほど時間が経過していない事を察する。

(あーくそ、あの一年坊主共、世話ァ焼かせやがって……)

 起き上がろうとするが右脚に力が入らず、左脚は感覚自体が薄い。まるで痺れている時の様だ。

 前方を見る。熱は無いが、煙が凄まじく視界が殆ど無かった。


 地面を這う様にしてコロニーに空いた穴へと近づいて行く。

(この場に出てきやがったエルフは皆あっちの世界行きを望んでやがるし、中に残ったビビリエルフは、どうせこの場には現れねぇ……)

 少しずつ、少しずつ身体を穴の方へと近づかせ、ついにその傍らへと到達した。

「んでもって、コロニーの外の……奴等には、コロニーの中に入ってく様な奴も……いる」

 右手を翳し、穴へと向ける。

「塞がねぇと、これを機に……このコロニー自体が潰される事だって、あんだろが……」


 剣の具現と同様に、分子を組み替えて物質を組成する事で壁を修復していく。

 三池の不器用さでは見た目はたかが知れていたが、重要なのは物理的に穴が塞がっている事である。それを態々こじ開けて中に入って行こうとする人間はさすがに居ない。もし居るのであれば、とうにこの世界のコロニーは潰されているだろう。


 八割がた穴を塞いだところで、三池は激しく咽かえった。

(くそ、やっぱ腹に貰った一撃が致命傷だ……魔法で強引に止血はしたが、どうにかしねぇとこりゃ……死ぬな、たぶん……)

 何とか塞ぎ終わった穴に背を預け、ぜえぜえと呼吸を繰り返す。

(親父が本当にこの世界に居るのか、どうなのか。それはそれとして、俺は元々帰るつもりは無ぇ。あいつ等さえ無事に向こうの――)

 ふと、先程まで転移領域があった方に視線を向ける。

 少女は、両目を見開いた。


「お、い……」

 三池が意識を失った辺りの場所で、クロが立ち尽くしていた。

 直立不動。まるで、身を挺して三池を護るかの様に、両の羽根を広げた姿勢のまま微動だにしていない。

「おい! ク――」

 相棒の名を叫ぼうとして、咳き込む。咳一つずつに凄まじい激痛がついてきて、思わず脇腹を抑えて蹲った。


(くそ、あのアホ。なんで――)

 その時だった。否。いつから居たのかは判らないが、兎に角三池はこの時気が付いた。


 ガサガサと、草むらから音が聞こえた。


(誰か、居る――!)

 焦りの表情で周囲の気配を窺う。

「誰……だ」

 声を張り上げようとするが脳と身体がそれを拒み、意識せずに小声になってしまった。

(まぁ、”誰だ”も無ぇか。この状況でコロニーの外に誰か居るっつったら、そんなの決まってらぁ)


 草むらから、その者()は姿を現した。

 見たことが無いデザインの制服。月明かりに照らされたそれは恐らく黒か紺色をしていて、作業着の様に動き易そうなデザインをしていた。

 三池が生まれ育った世界のそれではない。

(トラクの野郎どもじゃ……無ぇな)


「貴様は誰だ! 答えろ!!」

 三池は、その声に聞き覚えが無かった。

 声にして答えようとするが、痛みにより阻止される。

「トラク国の自衛軍を壊滅させたのは貴様か! 貴様がエルフか!?」

「違ぇよ……ばーか。俺……は、ただの、人間だ……」

 話しかけてくる男は、重傷の三池を前に構わず質問を続ける。

「名は!」

 三池は不機嫌そうながらも律儀に叫んで答えてやる。

「三池ぇ!!」


「性別は?」

「ぶっとば……されてぇのか!!」

 男は、傍らの部下と思しき男性に指示する。

「記録しろ、名前ミケ、性別、男」

「殺すぞてめぇ」


 三池に話しかけて来た男は困惑した表情を浮かべつつ、漸く素性と名を名乗った。

「俺は、ここソルスタの自警団のジャックだ。先程、トラクの自衛軍と交戦したと言ったな。貴様の目的はなんだ?」

(言ったって信じねぇよばーか)

 三池は、嘘ではない言葉で返答する。

「この場に居る敵を……ぶっとばして」

 全身に力を籠め、壁を背に立ち上がる。

 刺すような激痛が身体のあちこちを襲うが、それを気力で抑え込んだ。

「ここを立ち去る」

「そうはいかない。お前にはソルスタに来てもらう」

「なんで?」

「これだけの事をしでかしておいて、お咎め無しとでも思ったか」


 三池はこの時漸く気付いた。

(そうか、こいつら、俺以外の誰かがこの場に居た事は知らねぇ。倒れてやがるトラクの奴が対外的にどういうストーリーとして説明すんのかは知らねぇが、俺がすっとぼけりゃ双子達(あいつら)の事をソルスタ(こいつら)が追及する事は……)

「なんだよ、相手なら受けて立つ……ぜ。戦う相手が、居なくなってシラケてたとこ……なんだよ」

(脚の感覚が戻りかけてる。腕は何とか動かせる。痛みさえ我慢すりゃ、()って()れないこたぁ無ぇ!)


 三池は両腕を上げて、ちらと横を見た。

(まぁ、しゃあねぇだろ……クロ(あいつ)放っといて俺一人で逃げ出すワケにもいかねぇ……この状況でトラクの増援なんてモンでも来た日にゃぁ、ソルスタと協力して殺しにかかるに決まってる)

 混濁している彼女の思考の中、目的だけははっきりとしていた。

 クロが意識を取り戻すまで戦い続け、あわよくば相手を再び全滅させる。

 という建前の元、喧嘩を続ける事である。


 彼女はそう思考していたが、果たしてどちらが建前で、どちらが目的なのか。それはもう本人にも解らなかった。

 目の前に敵がいるから、殴る。

 それだけである。


「おら、どうした……」

 三池は、構えた腕の向こうで顔を振り上げ、今一度獣の様に猛った。



「来いよ!!」



「かかれぇ!」

 ソルスタ自警団は、遠距離から魔法を展開。一斉に三池へと具現した火矢を放った。

 三池はそれら全てを撃ち落とす。

 身体を動かすことなく対応できるという状況は、今の状態の三池にとってかなりの好都合だ。魔法という物に関してエルフ以上の適性を持つ三池が、周囲に障壁を展開して相手の攻撃を防ぐことは造作も無い。


 それより一分弱。全ての攻撃が防がれていると悟ったソルスタの指揮官は、次なる号令をかける。

「止むを得ん、危険だが近接攻撃に切り替える! アルファチームから波状攻撃ッ!」

 躊躇いなく飛び出した最初の五名は皆、偃月刀の様な形をしている武器を振りかざし、瞬く間に三池の間合いへと飛び込んだ。


 三池ははぁと一息、呼吸を整えてギラリと両目を滾らせた。

 コロニーに預けていた背を離し、自身の脚だけで体重を支える。

「まぁ、そうなるよなぁ」

 ふらつきそうになる重心を調整して、成すべき動きを身体に命じた。

 五本の武器の斬撃を順にかわし、三池は先程までと遜色のない動きで次々と相手を蹴散らしていく。

 足払いをかけた脚には引きちぎれる様な痛みが走る。

 先程背中に受けた斬撃が今頃になって熱を帯び始めた。

 それでも彼女は現状への恐怖と不安を戦いへの欲望で塗りつぶし、修羅の如く拳を相手の顔面へと叩き込んでいく。


 最初の五人が倒れ、相手の集団は騒然となった。

 遠目にも手負いの、小柄な相手一人に、万全で臨んだ自警団の五人が瞬く間に倒されたのだ。士気に影響がない筈が無かった。

「べ、ベータ班! かかれ!!」

 相手の群れから、第二波が襲い掛かってくる気配が無い。


「もしかしてよぉ、ベータ班っつうのはてめぇらの後ろで固まってるドラ共の事か?」

 と、言われて指揮官と思しき男は背後へと振り返った。

 ベータ班・ドラゴン部隊全十二頭は、彼女が言う通り一歩たりともその場を動こうとしていない。

「おい、お前達何故……」

 問いかけて、その答を察した指揮官は言葉を止めた。

 ドラゴンは、生物として三池に対して怯えている。一目でそれが解った。


 敵の群れの中、一人の若者が歩み出る。

 厳密には一人と一頭。白龍に跨った長身の男は若く、三池とさほど歳も変わらない様に見えた。

「レオン!」

「私に行かせてください。分隊長」

 分隊長と呼ばれた男は、レオンと呼んだ男と三池とを見比べ、そして、躊躇う事を止めた。

「必ず討ち取れ」

「御意」

 レオンが手綱を振ると、彼を支えるドラゴンは「グァ」と小さく鳴いて駆け出し、やがて羽ばたいた。


(あの眼……)

 三池は悟る。

(やっべぇな。この空気感、似てやがんぜ……優勝した高校(トコ)の奴らと)

 ドラゴンを高く飛翔させたレオンへと、三池は無数の火球を放つ。

 すんでのところでそれらを全て回避したレオンは、白竜を急降下させて顔色一つ変えず、一太刀目を三池へと振り下ろした。

 具現させた盾を両手で構え、防御に特化させた姿勢でそれを受け止める三池。

 一撃を受けた盾が、腕が、身体全体が、びりびりと振動した。


「っくそ!」

 盾は、両断されたかと思った次の瞬間、粉々に砕け散った。衝撃で弾き飛ばされそうになった三池は、それでも正面の敵から意識を外さない。

 ドラゴンの上から一撃を振り下ろしたレオンは、そのまま武器を振り上げて、得物の刃の腹を三池に叩きつけた。

 右の腕へと一撃を受けた三池は中空で体勢を整え、辛うじて着地する。

 次の攻撃に備えて前方へと意識をやろうとしたところで、ついに身体に限界が来ている事を悟る。


 両膝ががくりと力を失い、今しがた一撃を受けた右腕が上がらない。

「やっべぇな……」

 などと言いつつも、彼女は未だに(わら)っていた。


 そこから六合。

 三池はレオンとの攻防を生き延びる事に成功する。

 一撃一撃の命中を辛うじて避け、悲鳴を上げて久しい身体を意思により無理矢理動かし続ける。未だ味わった事の無い痛みが本当の命の危険を知らせてくるが、そんな事は気にしない。

 この一瞬一瞬を味わいながら戦いに興じ続ける少女に対し、レオンは未だ寡黙を貫いていた。

 レオンの中にある思考をあえてひけらかすとするならば、ごく単純な一つの認識以外には無い。

(この女、万全の状態で戦っていたとすれば、俺は勝ててはいなかった)

 尚、彼はここに至るまで一撃として三池の攻撃を受けてはいない。


 ドラゴンを降下させ、七合目に挑もうとした時、事態は急変する。


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