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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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戦い続ける(3)


(まずい)


 リリは、冷静に分析する。

(彼等が皆、漏れなくエルフ以上のデバイス使いだとして、いくら手負いといえど私に勝ち目は無い。この状況からしてトマス七星の身に何かがあったのは間違いないと考えるべき。あの方の救援は望めまい。……他の班はどうした? ここに到達しているのは、全てではない筈だ。まだ私達には――)

 ちらりと視界の右の方に入って来たのは、傷ついた老ドラゴン。黒檀の様に味わいのある黒い身体を木に横たえ、いつからか自分達のやりとりを見ていたらしい。

(現状、トラクの鎧は身に着けていない。あの黒竜もまた、彼等の敵だ)


 アヤネに視線を向ける。

「私は……」

(何かを、迷っている?)

 そう、今しがた双子よりその意志を問われた後、アヤネは言葉を紡ぐのを躊躇っていた。


 彼女が、何に対する葛藤を繰り広げているのか。

 それを考察する精神的な余裕はリリには無かった。今のリリにとって重要なのは一点。この状況を覆し、事態を好転できるか否か。

 アヤネの悲痛な訴えも、双子達の善悪でさえも、もはやどうでも良かった。

 会議の場で決定した方針に基づき、トラクの為に行動する。それこそが今のリリの行動原理であり、自身の独断で相手の都合を考慮に入れるなどという思考は彼女の中に存在していなかった。

 好機。

 リリは単純に、そう思った。


「……決まってるじゃないですか」


 アヤネは、側の双子に対して答える。

「今こうして見る森は、コロニーの中とは変わりません。星座だって一緒。でも間違いなく、確実に、ここは私が生まれて初めて見る世界なんです。この森を抜ければ、私が見た事が無い町がある。私が見たことが無い文化がある。お話したことが無い人達が居る」


 地面を踏みしめて、続ける。

「こうして一歩外に出てしまえば、タガが外れるのは道理です。ここに来るまで私は、長の娘としてコロニーの中の同胞と話をする事しか考えてはいませんでした。だからこそ、こうも簡単にこの危険な場所に足を運べたんだと思います。けれど、今は……今は」

 意を決して、促された本音を吐露した。

「外の世界を見てみたい。私が知らない場所を歩いて、私が知らない人とたくさんお話してみたい! それが……それが、私がやりたい事!!」


 双子は、今一度リリの方を見て告げる。

「どうか、退いてはくれませんか? この戦力差。そちらに勝ち目はありません」

「どうか、退いてはくれませんか? この戦力差。そちらに勝ち目はありません」


「ええ、そうねぇ……」


 豹変したリリの口調に、双子は怖気が体中を駆け抜けるのを感じた。

 直感する。何かがまずい、と。

「上だ!!」

 アヤネが引き連れて来ていたエルフの内の一人が指摘した頃には、けやきとガイにより上空へと風の層が展開されていた。

 さらにその上、星空と彼等を隔てる虚空には、無数の氷柱が下を向いて下降を始めていた。


「あなた達さえ食い止めれば、きっと七星殿が駆け付けてくれる! きっと加勢が現れる!!」

 トマスは双子達に、背後の班は彼女の視界の隅に横たわるドラゴン――シキ――により倒されている事が、リリにも解っていた。

 だが、それでも彼女は戦うのである。

 それが、彼女の結論だった。


「この石頭が……」

 三池は、ひいては返す激痛が続く身体を起こそうとすると、周囲を囲まれている事に漸く気がついた。

「貴様の相手は――」

「我々だ」

 先程倒しそびれた数名と、意識を取り戻した数名が、刃や牙を向いて三池へと襲い掛かる。

(頼んだぞ、双子……)

 三池は、今一度敵達へと立ち向かう。満身創痍極まりない四肢を構えた。


 けやきとガイが防ぐリリの氷柱は、絶え間が無かった。

「魔力で敵わないなら、手数で行動を奪うまでよ! 一本でも貫通すれば、それはあなた達の綻びとなる!!」

『行くよ! 陽!!』

『振りおとされないでよ! アキ!!』

 双子が相棒の背に飛び乗ると二頭は口々に告げ、助走を始めた。


「想定済みイ!」

 けやき達のバリアから脱したレインとショウの左右から、眼には見えない無数のかまいたちが襲い掛かる。

 いつしか試合で見せた完全集中の状態へと移行した双子は、それでなお舌打ちし、夫々の左と右を睨めつけた。殺気により相手の魔法が迫ってきている事を察する。

『大丈夫!』

『まえだけ見て!』


 レインとショウは、崖から飛び降りる様な心地で飛翔した。

 あたかも舞う様に、幾度となく練習を重ねたワンシーンの様に、リリの攻撃を勘だけでかわしていく。レインに二太刀、ショウに一太刀。それらの一部が命中するが、ドラゴン達はそれでも構わず相棒を乗せて飛び続ける。


 双子を乗せた両騎が、リリの五メートル手前に迫る。

 ドラゴンの背を蹴って、眼前の敵へと飛びかかる双子。両手持ちの剣を具現させ、良明は左に、陽は上段に構えた。

 彼等二人が自分を視界の中央に捉えた事を確認したリリは、常軌を逸した笑みを浮かべた。


「ままよ! 私はここで潰えるけれど、世界には希望が残る!!」


 あの列車で声をかけて来た女性とは、およそ同一人物とは思えない。歪みに歪んだ口角と、眉間に寄った皺、もはや笑っているのか、怒りに顔を歪めているのかも断言に及ぶ事叶わない。そんな笑みだった。


 三池は、リリが纏うその空気に覚えがあった。

 腕に敵の一太刀を掠めながら、彼女は双子に向かって叫んだ。

「この辺り一帯、吹き飛ぶぞ!!」


「――!?」

「――!?」

 眼前のリリが、身体の何処にリントが持っていた様なデバイスを仕込んでいるのか。それを推測する時間の余裕など無かった。

 陽と良明は、振りかぶった刃をそのまま振り抜いて、着地した。


「…………」

「…………」

「…………」

 リリ。良明。陽。三者は、張り詰めた緊張の中で沈黙する。

 良明と陽は冷や汗を流しながらデバイスの破壊に成功した事を祈り、そしてリリは――


 ニヤ。


 今一度、笑んだ。

「っくそ!!」

 三池が周囲の敵を全て叩き伏せ、舌打ちしたその時だった。


「皆さん! こちらです!!」


 トオルの声。

「時計をよく見て下さい!!」

 全ての氷柱を防ぎ切ったけやきは、懐からバッテリーが尽きかけている携帯を取り出そうとして、止めた。トオルが言いたい事は解っている。

「トオルに続け!! 迎えが来た!!」

 コロニーの壁を伝い、駆けて行くけやき達。ガイも、コロニーの住人達やフジもその中に含まれている。一部のコロニーの住人のうちいくらかの子供はシキに抱きかかえられ、先行して迎え(・・)の元へと急ぐ。


 が、双子がそれに加わる事はなかった。

 倒れ、不気味な笑みを浮かべ続けるリリを見下ろし、デバイスの破壊を模索する。

 逃げれば良いものを、こんな事をする理由はたった一つである。


 三池は二人の腕を引っ張って、無表情に叫んで言い聞かせる。

「そんな奴ほっとけ! てめぇらここまで何人斬ってきたよ、ええ!? そいつにだけ情をかけてやるギリなんざねぇんだよ!」


 双子は、傷だらけの三池にされるがまま、引き摺られる様にしてその場から立ち去った。


 コロニー沿いの、十メートル先。青い半球状の空間は、既にかなり色を濃くしていた。

 今の今までトオルがそれを言わなかった事を責めるべきではない。ぎりぎりのタイミングまで、敵にこの転移魔法の事を知られるわけにはいかなかったのである。

 転異空間の向こうから、石崎と直家が叫んでいた。

「急いで!」

「もう境界が大分濃くなっている!」


「わーってる、よォッ!!」

 三池は、両手に引き摺った双子を勢いよく前方へと、叩きつける様に放り投げた。傷口から血が溢れる。


「え?」

「三池さん!?」


「あばよ……あいつらに、よろしくな」


 親指を立て、木陰に隠れる三池。

 直後、辺りを閃光が埋め尽くし――



 気づけば、そこは大虎高校がある丘のすぐ下にある、見慣れた空き地だった。



 直前、或いは数分前に見た光景を何度も頭の中でリピート再生させながら、双子は呆然とする。三池だって、あのまま駆け込めば間に合ったはずだ。そういうタイミングだった。

 だが、彼女はそれをしなかった。その理由が双子にはどうしても解らない。

 傍らのレインとショウは既に意識をしっかりとさせ、そんな双子を心配そうに見ている。


 転移魔法のドームが霧散していくと同時に、エルフ達は悲鳴にも似た驚きの声をあげた。

「まさかお前達……異世界から来た、というのは本当だったのか?」

 誰かがそう呟くと、アヤネは弟の顔をまじまじと見る事で回答を求めた。

 こくりと頷く、藤。

「間違いない。ここが異世界。世見国、替川県、大虎市だよ」


 ざわりと沸く一同。


「ええっと……皆さんがエルフって事でいいんだよ……ね?」

 【キューブ】を起動させてあちらの世界へと移動した石崎が、その見知らぬ者達に確認すると、藤が代表してこう答えた。

「ほぼほぼは、ですね。向こうの世界の人間イコールエルフっていうわけじゃあないので」

 石崎は、藤を冷ややかな眼で見つめた。

 ボロボロになっている龍球チームの面々に対し、藤は無傷だったのもその燃え滾る感情に油を注いだのだろう。


「あんたは……」

 と、藤に詰め寄って何かを言おうとした石崎に、直家は窘める様にこう言った。

「楓。今は……」

「…………」

 反射的に出てきそうになった舌打ちをすんでの所で意識的に抑え、石崎は直家に向けていた視線を藤に戻した。


 藤は、深く深く頭を下げていた。


 言葉は、ない。

 何を言っても安く(・・)なるのは解っていた。石崎含め、大量の人間に対して迷惑をかけてしまった事を彼は理解している。

 だから、今はこうするしかないと思った。

 この時、石崎が直家の制止を振り切って藤を責めていたら何が起こっていたのか。

 エルフ達、竜術部の面々、そして藤。それぞれが何を想ったのか。それは今となっては解らないが、少なくともこのタイミングで心に刻み込まれた言葉を忘れる事は容易ではなかっただろう。


 そこまでのやり取りを終えると、直家は促した。

「兎に角、場所を移そう。夜の学校なら人目にもつかない」


 シキが「いや」と否定する。

『発覚した時が面倒だ。皆、一旦俺の(うち)に来い。石崎と直家は他の者達に我々が帰還したという報告を頼む』

「あーい了解っス」

「解りました」


 シキは続いてけやき達へと視線を移す。

『お前達、怪我の程度は? 必要なら今すぐ救急車を』

「命に係わる様な怪我じゃない」

 と、けやきが答えるとガイも頷いた。


 手早くそれを確認すると、シキはこう告げて早々にその場を後にする様促した。

『異世界人の面々、こちらの社会の仕組みやらについては追って説明する。今は同行願いたいがいいか?』

 エルフ達の答えは言うまでも無い。

「願っても無い」

「助かります」

 行き場の無い彼等に、一時とはいえ滞在場所を提供してくれるというシキの言葉は願っても無い救いの手だった。

『よし、行く――』


「待ってくださいよ」

「待ってくださいよ」


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