戦い続ける(2)
そういう回路が組み込まれた機械の如く。幸いにして、全員がそちらに注目した。
さらさらとした黒髪を魔法の残滓たる風に靡かせて、月の光に際立つ白いワンピースを纏った彼女は一歩、また一歩と歩み、そして三池達の手前十メートルの所で止まった。
息が上がり、まともにしゃべる事も儘ならない風ではあったが、誰も、彼女に対して危害を加えようとはしなかった。
それが何故であるのか。
彼女が身に纏うワンピース。コロニーの外の視点で言うならば、センスが普段目にするそれとはかけ離れていた。
余分な装飾は一切無く、ただただ身に纏う為に誂えたかのような可愛げの無さ。コロニーの外に暮らしている者からしてみれば、数十年前の肖像画のモチーフが身に着けている様な、そんな印象を大抵の者は持つだろう。
故に、三池にとどめをさそうとしていた二人も、最後の二人を蹴り飛ばそうとしていた三池も、確信したのである。
今、ここに駆け付けた少女が”エルフ”とよばれる種族である事を。
「…………」
少女が沈黙する間、三池と最後の二人は視線を正面に戻して睨み合っていた。
三者の中で、最初に口を開いたのは三池。
「おう、どうするよ? 最初の一人が出て来ちまったぜ?」
「っぐ!」
自衛軍の残りの二人の内、一人が焦りの呻き声をあげる。それはまるで、この世の終わりを食い止めるかどうかの瀬戸際と言った様な声音だったが、自衛軍にとってはそれと同義と言っても過言ではない事態が現状である事は否定できない。
三池の背後で、トラク側の三人と二頭が立ち上がる。
叩き伏せたからと言って全員が意識を失っているわけではない。現状の危機的状況を目の当たりにし、身体に無理を強いて三池と、今しがた現れたエルフを阻止しなくてはならないという使命感の元、彼等は立ち上がったのである。
三池はひるまない。
人間も、ドラゴンも、まとめて全員倒すつもりで周囲の敵の配置を確認する。
(……まずは――)
正面の二人すら処理できるか怪しく見える満身創痍だが、三池には自分が敗北する未来など全く見えてはいなかった。
「私は、エルフです! このコロニーの現リーダーの娘です!!」
意識のある誰もが、思わず声をあげた。
「信じられんな。そんな重要人物が、一人で何故、こんな前線に!」
疑念というよりは抗議の意図が読み取れるその声は、今しがた身を起こしたリリの物だった。
「くそ、目ぇ覚ましやがったか。しっぶてぇ姉ちゃんだなこの野郎……」
毒づく三池をよそに、アヤネは、リリの言葉に対して怯えの無い声で回答する。
「一人ではありません」
アヤネの背後から、アヤネと同じ様に飾り気の無い服を纏った数名の大人が姿を現した。
「まだまだ未熟ですね。あなた方にそう言われるだろうと仲間に指摘され、こうして従者を連れてくるしかありませんでした」
「…………」
「……ですが。前線に重要人物を、という意味では貴女方もそうではないかと」
トマスの事である。彼にこの場を担されたリリには返す言葉も無かった。
リリは、嫌な予感を抱きながらもあえて回答の見えた質問をする。
「トマス七星は、どうした」
「……彼のドラゴンと共に」
と、言いながら首を横に振る。
アヤネのその言葉と動作の意味を、リリは理解しながらも受け入れられなかった。
「あり得ない。彼の戦技能力は――」
「私が今ここに居る事が、何よりの証明です」
冷徹に、しかし挑発的ではない声でアヤネはそう言った。
三池は、敵に背を向けてどかっと胡坐を組んで座りこむ。
冗談の様な隙だらけの三池に対して、今しがたまで彼女を殺そうとしていた敵達は動揺した。
「……何のつもりだ?」
「アホ、この空気で喧嘩なんて続けられっかよ」
いや、そういうハナシではなく、と言いたげな周囲の数人と数頭は、三池の背中から放たれる”それでも続けるんなら相手になるけどよ”と言わんばかりの殺気に気圧され、剣を下ろすしかなかった。
彼等も何故かその場に座り込み、アヤネとリリの会話に耳を傾け始めた。
三池は脇腹を抑えながら一言、こう呟いてそれ以降黙った。
「あー痛ぇ……」
アヤネは、外の者に対して事情を説明するにあたり、まずはこの様な表現を用意していた。
「おかしいとは、思いませんか?」
リリは不機嫌そうに問い返す。
「何が、だ?」
「数十年に亘り、世界各地のコロニーからは、一つとしてエルフが攻めてきていないと聞きます。外とのやり取りも皆無であるとか」
「貴様等が籠城を続けているからな」
アヤネは、宥める様な声でこう言った。
「一つも、です。数十、或いは百を超えるコロニーのどれ一つとして、エルフは外界に打って出ようとはしていないと先程聞きました。にも拘らず……」
「……」
「にも拘らず、全くの同時期ではないにせよ、ある時期を境に自律機械がコロニー周辺を徘徊し始めた」
「それについては当時、コロニーから外に通じる内通者が現れたのだとか、その手段が発見されたのだとか、様々な憶測が飛び交ったが解らず仕舞いだった。答を持つなら是非ともお聞かせ願おうか」
「……私達は、あらゆる手段を使って長年コロニーに閉じ込められていた…………そういう答は受け入れる事が出来ませんか?」
リリは、眼前のエルフが発した言葉の意味を、一瞬理解出来なかった。
そして、その意味に気づいた後の第一声は、
「貴様……」
「感情を押し殺して考えて下さい。コロニーの周りに自律機械とやらを配置する事で、エルフ側にどれ程の利があるでしょう? 圧倒的マンパワーが存在しているコロニーの外の方々ならば、自律機械を蹴散らす事も可能でしょう。事実こうしてコロニーに穴を開ける事に成功している。ですが人数の限られた我々がその様な攻勢機械を前にすれば、現地部隊はかなりの危険に曝されるはずです」
「詭弁だ! 貴様達には極大魔法があるだろう!!」
「コロニーの中に居るのはエルフだけではなく、その家族も多分に含まれます。あえて言います。世代が変わり、エルフの数はさらに減っている。そもそも、兵士でも戦士でもないエルフに対し、その取り巻きは戦いを強要しません。少なくとも、それは現在のこのコロニーにおける掟です」
リリに限らず、外界の者達が幼い頃から大人に教わって生きて来た、世界の常識。
”コロニーの中に居るのは、世界を武力により支配しようとしたエルフである”
それを真正面から否定しにかかるアヤネの言葉は、リリには到底受け入れられるものでは無かった。
(今ここで、私が言いくるめられれば世界の破滅を招く事になる。それだけはあってはならない。それは、私如きの命を奉げたとしても決して贖える罪ではない!)
リリが、リリである証であるその性格により、アヤネの言葉は否定されるという結果に帰結するしかなかった。
「ダメだ。この命に代えても、貴様達を外に出すわけにはいかない」
アヤネは、悲しそうにうつむいた。
「――!」
その表情が作られた物ではない事をリリも本能的に察したが、提示した結論を覆す事はしない。
「そう、ですよね」
続いて出て来たその言葉に、リリは怪訝な顔を浮かべた。
「なに?」
アヤネは答える。
「仰る通りだと、思います。私達があなた達にとっての敵性因子であろうと、そうでなかろうと、私が今ここから外へと出る事は……世界への混乱を招く」
「…………」
「私も……ここに残るべきだと、そう思います。一刻も早くこの壁を補強し、今以上の――」
「何を言っている!!!!」
リリは、地面に剣を突き立てて怒鳴った。
「貴様は何故今ここに居る! 何を訴える為に私と会話をしている!! そもそも、この騒ぎはなんだというのだ!! 今この場で述べてみろ!!」
突如敵から出て来た弱音な発言に対し、リリは混乱していた。
敵味方、相当な痛手を被っている。はっきり言ってしまえば、今後の自衛軍の運営に差し支える程である。
それを経て姿を現した、エルフのリーダーの娘を自称する人物。彼女が、一体何を想い何を要求したいのかが全く見えない事に、深い苛立ちを覚えたのである。
そして、アヤネの口から出てきた言葉は。
「弟が……助けようとしてくれているんです」
「…………なに?」
「たった一人でこことは違う世界へと行って、仲間を作って帰ってきて、それで、こんなことまでしでかして……」
「……何を言っている?」
リリも、異世界の情報は耳にしてはいた。が、門番から上がってきたこの情報には半信半疑以下の信用ですらあるかどうか怪しいところであった。それは三池と拳を交えた今でも変わらない。
「にわかには信じられないでしょう。ですが、事実この世界の者には無い魔法の素質を持った数名が、この世界には現れている。違いますか?」
「貴様は――」
「私はね、リリさん。今の暮らし、そんなに嫌いじゃないんです」
「!?」
「それは、やっぱり世界が狭いと感じる事はあるし、外の世界にあるっていう色んな物を目にしたいと思う事もあります。でも、少なくともエルフとしてのアイデンティティーを罪だと位置付ける様な人は、コロニーには居ない。常にドーム越しの空しか見えません。内戦もありました。けど、少なくとも今、このコロニーは平和なんです。だから……だから、どうか今回の件は――」
アヤネは、言葉を詰まらせ嗚咽を堪えた。
今、この場に向かって歩いてくる間に何度も頭の中で確認した言葉の数々。
その、最後の一言。
それが、どうしても口から出てこない。
アヤネは、その理由を理解できなかった。
「あなたは、どうしたいんですか?」
「あなたは、どうしたいんですか?」
コロニーの奥からかけられたその声には、懇願も否定も込められてはいない。
純粋な問いかけ。これでどのような言葉が返ってきたとしても、甘んじてそれを受け入れようとする覚悟。それだけが感じられる声が、アヤネの耳に届いた。
良明と陽だけでは無い。
レイン、ショウ、けやき、ガイ。そして、藤の姿がそこにはあった。
ある者は脚を引き摺り、ある者は顔を顰めながら肩を抑えている。誰も酷い怪我をしているが、何とか自分の脚で歩いてはいた。
今しがた、双子に声をかけられたアヤネの顔には、驚きは無かった。
もがき苦しむ自分の姿を必死で抑え込んでいる。アヤネは、彼女が望まない表情で静かに双子を見た。
まるでそれは、彼女が見たことが無い湖の様な孤独さと静けさの中、必死で自分という個の意味を探しているかの様だった。




