戦い続ける(1)
『ガイ! しっかりしなさい!!』
耳元で大音量の鳴き声をあげてくるショウに対し、ガイは一言。
『うる、さい……』
『生きてる!? よし、きついと思うけど、兎に角ここから――』
『ショウ……』
『何?』
『けや、き、は……?』
彼女は、ガイの頭を動かして彼の恋人の方に向けてやった。
「先輩!」
「ごめんなさい、私達が巻き込んだ所為で……」
けやきは、陽の膝の上で痛みに表情を歪めている。
が、そんな状態にありながら鋼の様な意思で以て後輩の言葉を否定するのだった。
「私がいつ……お前達に巻き込まれ、た?」
「だ、だめです! 今は喋――」
「私も、ガイも。危険は承知で、自分から――」
咳き込む。
「――首を、突っ込んだんだ……だから、お前達が気に病む事は、無い……」
遠くの方から、物音が聞こえている。
先程からである。
陽と良明は青い顔をしてその音が聞こえてくる方向を見た。
コロニーの奥。人の足音や話し声と思しき音や声が蠢く様にない交ぜになり、注意深く、徐々に徐々に近づいて来ている。
(トマス議長の話が本当なら、この中に居るエルフが友好的である可能性もある)
(でも、もしそうじゃなかったら? 満身創痍の私達は、ここから逃げ切れる?)
兄妹は立ち上がり、背中越しにドラゴン達に懇願する。
「先輩とガイを頼む」
「先輩とガイをお願い」
ショウとレインはすかさず反論の鳴き声をあげた。
『この数を相手する気!?』
『にげようよ!』
良明と陽は首を横に振る。
「そうは言っても、コロニーの外はどうなってるか解らない」
「向こうの世界からの迎えが来るまでまだ時間があるしねぇ」
脚の震えは痛みの所為か、恐怖の所為か。兎に角、二人の痩せ我慢は古い漫画に出てくるズボンの膝に縫い付けられたボロ布の様に取ってつけた様だった。
「妹。言っとくけど俺は最後まで諦めないからな?」
「解ってるてば。何年双子やってると思ってんの?」
二人は右手を前方に翳し、震えるその腕を左手で固定する。
(相手に敵意が認められた瞬間に、撃つ!)
(相手に敵意が認められた瞬間に、撃つ!)
夜空に輝く星々の中からたった一つの当たりを見つけ出そうとしているかのような、張り詰めた緊張。
重傷の仲間を傍らに、トマスとそのドラゴンが既に動いていない事を確認すると、双子は暗闇と同化しつつある絶望と、神経をなみなみと満たしていく不安と、ほんの僅かな期待に染める感情に雁字搦めになりながら意識を集中した。
絶望も不安も期待も、そして恐怖もあるが、迷いは無かった。
やるべきなのは、藤か迎えが来るまでこの場の仲間を護り抜く事。
今の彼等に、それ以外の目的はあり得なかった。
「待ってください!!」
正面から、声がした。双子にとって聞き覚えがある声だ。
幼さが抜けきらないその声には必死さだけが滲んでいて、覚悟も使命感も二の次である。
しかしながら、だからこそ、その声には策略の色が感じられず、良明と陽は警戒しながらも攻撃の意思を和らげた。
「なぁ陽、あの声どこかで聞いた様な…………」
「確か、大虎祭の時に三池さん達と居た人だよ」
「ミアルです! トオルさんと同じ、”幽霊のミアル”です!!」
とてとてと必死で全力疾走して近づいてくる彼はそう名乗ると、続け様にこう言った。
「フジさんが帰って来たんですよ!! みなさん穏健派のエルフの方達です!!」
ミアルの存在とその素性を、敵が知っている可能性は限りなく薄い。良明と陽は、安堵からその場にへたり込んだ。
遠くから、声がする。
「良明ー! 英田さーん!」
フジが、帰って来た。
最低限の情報交換を終えると、フジは眼を見開いて良明達の背後を見た。
「――つまり、外では!」
双子は頷いて応える。
「三池さん達が」
「まだ戦ってる」
そして、立ち上がる。
「加勢しに、行かないと……ッ!」
「加勢しに、行かないと……ッ!」
「無茶だ!」
藤が二人の腕をがしりと掴んで引き留めた。
「二人とももうボロボロじゃん! これ以上は無理だよ!」
「でも、三池さん達はこんなもんじゃない数の敵を相手に」
「今この瞬間も戦い続けてるんだよ。放っておけない……」
藤一人の腕すら振りほどけない兄妹。
立ち上がる事敵わないけやきとガイ。
ショウやレインが行くことは良明と陽が決して許さないだろう。
エルフではない藤に、戦う能力は殆ど無い。だから双子を巻き込んだ。
この場で唯一前線に立って戦う覚悟と能力がある者は、この時ついに口を開いた。
「マコ。私が行ってくる」
透き通る様なクリアな声が良明と陽の思考を混乱させ、藤にその提案の拒絶を促した。
「駄目だアヤ姉、危険すぎる! それじゃあ今俺達がしてる事の意味がなくなりかねないよ!」
「マコ。聴きなさい。皆もよ」
アヤネは、藤、兄妹、そして背後に集ったエルフの仲間達を見回して続けた。
「あなたは、そんな死地に無関係な人達を巻き込んだのよ。最後の一歩に至るまで、戦う能力があるクセに護られっぱなしだなんて、私には出来ない。それにマコが起こしたこの事件について外の人達へと説明するのは、コロニーの中で暮らしてきた私でなければいけないと思うから」
アヤネは、すっとまだ見ぬ外の世界へと続く道を見据えた。
「だから、私は行くよ」
これが、数十年に亘って弾圧され続けてきた人間の言葉だろうか?
恨みつらみではない。ただただ現状を見据え、自分を救い出そうとしてくれた者達への礼と道義を尽くそうとする。
それが、今この時異世界人達が目にしているエルフの姿だった。
この品格が彼女自身が持ち得た物なのか。エルフの総意であるのか。それを追及する事は極めて野暮な事の様に思えた。
「現在のこのコロニーの長・フジの家の娘である私が、話をつけてきます」
アヤネは、問答無用で歩き始めた。
フジも、良明も、陽も。他の誰も、それ以上何も言わなかった。
何も言わずに――
*
「はぁ……はぁ……」
少女は、獣の様な眼光を失ってはいなかった。
身体のいたるところを血に濡らし、左手をだらりと垂らして両足を踏ん張る様にして、それでも尚右手を構えて吠えるのだ。
「どうしたァ! かかってこいやァ!!」
誰も、哀れに思っているのではない。
残存兵十一名。それ以外全ては彼女やその仲間、園崎の操る自律機械によって倒された。うち、命を落とした者もゼロではないだろう。
もう一度言う。誰も、三池を哀れに思っているのではない。
恐怖しているのである。
小さな身体にこれ程の傷を負い、それでも尚戦い続け、敵を蹴散らし続ける三池に対して、誰もが恐怖しているのである。
覚悟など、入隊した時に決めていた筈である。
コロニー周辺を徘徊する自律機械との戦闘。それにはかなりの危険が伴う。任務の中で命を落とした仲間も一人や二人では無い。
今回の戦いについて、各班の班員達が自分から望んで臨んだ任務が特に危険である事は誰もが理解していた。それでも今この場の土を彼等が踏んでいるのは、一連の事件が歴史に刻まれるべき一大事であり、自信や同胞、家族達を護る為にその最前線に立ち会いたかったからである。重要な任務の一翼に加わりたかったからである。自分が誇り高きトラク国自衛軍の一員だからである。
にも拘わらず、その誰もが現状の三池に恐怖しているのである。
「っらァ!」
三池の双肩から翼の如く、炎が舞い上がる。それは巨大な剣の様に周囲を薙ぎ払い、敵の群れを威嚇した。
無論、この様に三池の魔法による攻撃が健在である事も彼等の恐怖の理由であった。が、そんなものは彼等の戦力を以ってすれば対抗できる。だからこそこうして三池を追い詰める事自体は出来ているのだ。
そうではないのである。
これ程までに追い詰めて尚衰えない彼女の気迫と、さらなる戦いを渇望するかの様な、愉悦に満ちた威嚇の眼差し。
それこそが、彼女と彼等の間の決定的な違いだった。
任務や責任感、使命感でここに及んでいる隊員達。
己の欲望に従い仲間を助け、戦いに身を投じる三池。
その意識の隔たりが、巻き起こった恐怖の正体だった。
底の知れない戦いへの渇望をむき出しにした三池が、また二人、敵を薙ぎ払った。
「あと、九ッ!!」
ここで、一人の勇気ある隊員が一歩を踏み出した。
「お、おい!」
仲間に止められるが、彼はこう返してさらに一歩進み出る。
「任せろ!」
三池が容赦無くその男へと炎の柱を叩きつけようとした時、彼はこう叫んだ。
「そこまでだ!! こいつがどうなっても良いなら――」
魔法が男性隊員を直撃する。
力なく膝を降り、前のめりに倒れ込む男。肌が焼けたり等はしていなかったが、彼が起き上がる気配は無かった。
「あ? 園宮がどうしたって?」
拘束された状態の園宮は傍らに倒れ込み、動かない。今の一撃の巻き添えを食らった事は間違いなさそうだった。
三池が意に介す様子は全くない。
「俺はそいつに恨みつらみはあっても、助けてやる義理なんざねぇよバーカ」
園宮は、トラク側にとっても極めて重要な情報源だった。
それを盾にして三池に対峙するという事には、かなりの思い切りが必要だった筈である。
切り札に近い一手を失った残り九名は、辺りを窺った。誰も皆、倒れている。班長を務める者も皆意識を失い、本来ならば独自の判断で撤退するべき状況である。
だが、彼等はそれをしなかった。
恐怖におののきながら、倒せるか解らない敵を眼前にしながらも、退く事はしなかったのである。
「いいか、皆。解ってると思うが、俺達’平’がここに残らなければ、トマス七星達がこの化け物にに背を狙われる事になる!」
別の者が応える。
「その通りだ。そして万一トマスさんがやられた場合、エルフが野に放たれる事になる!」
三人目は三池が巻き起こした炎を辛うじて自分の魔法で防いで続けた。
「それだけは絶対に回避しないと! この一帯の、いや、世界の平和は今この瞬間、私達の戦いぶりにこそかかっているんだ!!」
「しっぶてぇなぁクソ……」
三池は、走り出した。
自ら白兵戦のプロに対して距離を詰めだすという愚行としか表現しようがない行動を見て、残された九人は確信した。
(今しかない)
「マルロ、イースは右! 私とフランは左から行く! 残りは正面から行って!!」
階級で言えば上も下も無い。群れの中の一人がそう指示すると、反論する者は居なかった。
総勢九名が三池を包囲する様に、彼女の放つ魔法を掻い潜りながら襲い掛かる。
「しぶてぇやつには、直接殴るしかねぇよなぁあ!!」
相打ち覚悟で飛びかかって来た最初の一人へと、三池が右腕を振りかぶる。
クロスカウンター。一撃が完全に互いの頬を捉えた事を三池が認識した時、二人目以降が三池へと一斉に魔法で作り出した刃を振り込んだ。
屈んで最初の二人の攻撃をかわす。三人目の一撃を背に受けながら、三池はクロスカウンターを放った一人目を強引に投げ飛ばす事で、四人目と五人目を転倒させた。
三池の魔法に対して完全に背を向けていた六人目と七人目が巻き起こされた風に飛ばされ数メートル先の地面に叩きつけられる。
最後の二人をどう処理しようか。三池が、朦朧とする意識の中で思考していた時だった。
「待って! もうやめて!!」
一人の少女の、澄んだ声が辺りに響いた。




