何を求めて<下>(6)
「馬脚を現しおったな」
トマスは、動揺も軽蔑もしなかった。ただ、冷静にそう判断する。
「だが、恥じる事はない」
今この瞬間、双子の一挙手一投足の片鱗たりとも見逃さず、語るのである。
「普く全ての人間は、偽りと真実の両面を持つ。重要なのは誰に対して何を表明し、自分の立場をこの世界のどこに求めるかだ。そして貴様達は今――――」
良明と陽は、夫々の手に魔法で作り出した双剣を交差させ、二人がかりでトマスの剣を受け止めていた。
最後の一撃を眼前に見ていたけやきは自らの命が尽きていない事を認識すると、何かを確信した微笑を浮かべ、ついには意識を失って倒れた。兄妹は歯噛みするが、今はトマスへと意識を向けるしかない。彼は、こう言って二人に続けた。
「――――それを、誤ったァ!!」
トマスが放った強力な風により吹き飛ばされる双子。全く同じモーションで着地すると、彼等が”敵”であると認識する眼前の男を睨みつけた。
声を揃え、勝機が見込めない相手へと二人は吠える。
「解ってますよ、そんなこと! 俺達の命はこれでかなり危うくなりました」
「けど、そうじゃないんです! 私達がやりたいのは命乞いなんかじゃない」
兄妹は、自らこの強敵へと向かって行く。
「逆らえば殺される? だからどうした!!」
「諦めないと戦争が起こる? そんなの!!」
トラク随一の身体能力とデバイス適正を併せ持つ、トラク議会のトップの相棒を務めるドラゴン・【一等星】。それに跨るトマスの眼前で二人は跳躍し、その脳天に向けて双剣を振りかぶった。
「エルフと人が争いだしたのはこの世界の身勝手、自分で何とかしろ!!」
「正義を失って生き続けるくらいなら、命を危険に曝して足掻きます!!」
トマスが跨るドラゴンは地を蹴り、背後へと距離を取ろうとする。双子は足元に風を巻き起こしてそれに追従した。
「俺は理不尽に弾圧された友達の家族を救い出し、レインの居る日常に帰る!!」
「私は理不尽に弾圧された友達の家族を救い出し、レインの居る日常に帰る!!」
「無い物ねだりの、小童どもがァ!」
トマスは二人の双剣計四本を、ただの一太刀、一閃で両断した。
良明と陽は手元に次を生成する。何かの漫画で見た苦無を模した鋭利な杭状の金属を、容赦なくトマスに叩きつける。
トマスのドラゴンは眼前に炎を巻き起こし、二人諸共それら全てを吹き飛ばす。
地面へと倒れ込む兄妹に、トマスは歯痒そうな、苦虫を嚙み潰した様な顔を向けるのである。
「どうして解らない……」
立ち上がろうとする二人に叩きつける様に、言う。
「素人の技が、この場を指揮する私に通じるとでも思うたか! 見ての通り、私が扱うデバイスはエルフのそれにも対抗できる特殊仕様、いかに貴様達のデバイス適正の高さを以てしても、易々と勝ちは得られんぞ」
「…………」
「…………」
双子は、沈黙する。
その意味を測りかね、トマスは問う。
「なんだ?」
「貴方は、眼前でウチの元部長の話を聞いてて解らなかったんですか?」
「先輩は、私達を生かすために嫌々命を擲ったわけじゃないんですよ!」
「何を、言っている?」
良明と陽の恐怖心は和らいでなどいない。身体の痛みは先程にも増している。
それでも、今一度立ち上がる。共有するお互いの痛みを糧にするかのように。
「樫屋先輩は、自分がそうしたいから俺達を助けてくれた!」
「私達もそうする事にしたんです。私達が、やりたいのは!」
十メートル先のトマスへと、夫々手を翳す。
「命の危険なんて省みず!」
「世界の秩序に屈さずに!」
良明と陽の掌に、極大魔法が紡がれていく。
トマスは周囲の地面の分子構造を組み替える事で障壁を構築していく。
「自分のエゴを通す事です!!」
「自分のエゴを通す事です!!」
兄妹の手から放たれたそれは、先程コロニーの壁を破壊した時と遜色の無い一撃だった。継続してトマスが構築した鎌倉城の障壁を震わせ、揺るがし続ける。
トマスは、理を以て二人の言葉を否定する。
「それは、まごう事無き悪だ!」
兄妹は、その行いを直視していた。
「理不尽に取り上げられた自由を、ただ取り戻そうとする事!」
「エゴではあっても、そんな望みが否定されて良い筈が無い!」
轟音と閃光をまき散らし続ける魔法は、さらに威力を増す。
「その結果世界がどうなるかなんて、歪な世界を作り上げてきた異世界人の責任だ!!」
「これを悪と呼ぶなら呼べばいい。私達はやり遂げて、必ず自分の故郷に帰る!!」
「この先、何人死ぬと思っている。何人が、かの少年以上の苦しみに見舞われると思っている! それをも貴様等は、自分の所為ではないと言い切るのか!!」
ほんの僅かに、二人の攻撃の強さに綻びが生じた。それは、間違いなくトマスの言葉により揺らいだ彼等の心が作りだした隙であり、トマス自身がそれに気づかない通りは無かった。
自ら作り出した障壁を両断するトマス。
その斬撃は双子の攻撃をも二つに断ち、彼の眼前には人一人通れそうな隙間が現れた。トマスを乗せたドラゴンは、その中へと突っ込んでいく。
「それが若さだ! 戦いの最中に自らの正義を否定される事に対する不安と恐怖をお前達は未だ克服してはいない! 矛盾も犠牲も受け入れて、現状の平和を護ろうとしている私達の覚悟には、決して、決して!! 勝つ事は、ない!!」
兄妹が放った炎と風の荒波から脱し、トマスを乗せた一等星はその敵達の上空へと姿を現した。
眼前には、良明と陽。迷いと覚悟がないまぜになった、どこまでも複雑な、ハチの巣の様に歪に形を成す想いをその表情から見て取れる。
トマスはそんな子供達を嘲笑わない。馬鹿にもしない。彼等の苦しみは良く解っていた。故に、彼はこうして異世界人二人がかりの法撃という窮地を脱してみせたのである。
声も出ず、下降を始めながら両手剣を振るおうとしているトマスを見上げる二人。
その傍らに、一頭のドラゴンの鳴き声が聞こえて来た。
『それを何とかするのが、貴方達上層部の仕事でしょうが!!』
「――ショウさん!!」
「――ショウさん!!」
『一人も死なすな! 一人の自由も奪うな!! そして、現状の過ちを直視しろ!!』
トマスを迎撃する一撃を放つショウ。熱風が、今回の作戦におけるトラク最大戦力であるトマスと一等星の身体を容赦なく襲った。
「グァ!」
「ッ!!」
トマスのドラゴンは、トマスを庇う様にその身体を大きく広げると、羽根を広げて彼を護った。
『!?』
ショウの一撃が途切れた頃、落下していくドラゴンのその背後から、トマスは現れた。眉間に皺を寄せながらも怒りを押し殺そうとしているその顔は、ショウだけを見据えている。
兄妹は、反撃を企てる彼を撃ち落とそうとした時、その背後に気配を感じた。否、それは明確に音をたてて地面を抉り、彼等二人の背後へと迫っていたのである。
(土の中から攻撃を――!)
(――回り込ませていた!?)
二人が足元から飛び退くと、彼等へと迫ってきていた一対の火炎球は衝突し、地面の一角を吹き飛ばす様に爆散した。
視線を振り回す。
トマスの剣がショウの脳天へと狙いを定め、振り下ろされようとしていた。
「ショウさ――」
「ショウさ――」
最後の一頭は、ここで現れた。
「金眼の――ッ!」
トマスは、眼を見開いて彼女の存在を眼前に認めた。
『おまえ、きらい』
レインは、あらん限りの集中で以てエーテルを眉間の辺りに収束させ、瞬時に魔法を成した。
そして、放つ。
それまで重力に委ねていたトマスの身体はそれに包まれるが早いか、跳ねる様に飛ばされた。
が、それでも彼は倒れない。鎧の端々を焦がす程の高熱に見舞われて尚、体勢を立て直すと二人と二頭へと襲い掛かった。
彼の周囲に無数の刃が具現していく。
先程双子もやってみせたそれは、周囲の分子をかき集めて作られた急ごしらえの刃だが、兄妹のそれよりも遥かに鋭利なのが誰の目にも見て取れた。
無数に襲い掛かる刃を捌くにはとても技術で敵わないと見たショウは、周囲へと空気を圧縮した火球を乱射する。狙いを定める余裕も能力も無い。そうするしか対抗策が無かった。レインもそれに続く。
トマスは、やはりまだ子供であると彼が認識する双子に対して容赦はしなかった。
両手剣を地面へと突き立て、右に炎、左に氷を具現した剣を構えて二人に斬りかかる。
夫々に双剣を手に応戦する双子は、変わらぬ恐怖と焦りの内にも自分の体験を疑った。
(うそだろ、いくら俺達が戦いの素人って言っても――)
(――夫々片手で、私達の攻撃全てを捌いてるなんて!)
同じく剣の素人でありながらこれを一人で相手していた手負いのけやきの異常さにも驚愕しながら、二人は必死で攻撃を繰り出し続ける。そうしなければ、たちまちのうちに相手の斬撃をその身に受ける事になるという確信が二人にはあった。
時に剣の具現を解き、時にそれを逆手に持ち、時に一歩引き、踏み出しながら、トマスは徐々に徐々に双子の手数を奪っていく。
二人は、トマスの背後へと無数の刃を展開させる。
ぬぅと唸り一回転。気配だけでそれらに気付いたトマスは両手夫々に持った剣からさらに魔法を放出させ、全てを撃ち落とす。
一瞬背を向けたトマスへと切りかかる双子。
当然隙が生じる事を自覚していたトマスは一歩距離を取り、二人が攻撃を振りきったところを狙ってその脳天へと両手の刃を振り下ろす。
ぎりぎりの所でそれを受け止めた双子。膠着状態への移行を二人が予感した時、トマスはまず右の脚で陽を蹴り飛ばした。
「陽ッ!!」
と、兄の方が叫ぶのと同時にトマスは空いた右手の剣を良明の胴へと振り込んだ。
再び紙一重のところでそれをかわす良明。
一瞬遅れていれば胴を両断されていたという非現実的な恐怖を他人事の様に俯瞰しながら、良明は必死で正面に顔を向ける。
彼が飛び退いた事で生じた隙を見逃さず、トマスは両手に持った剣の具現を解き、それを魔法に変質させて良明の鳩尾へと放出させた。
数メートル飛ばされ、地面に叩きつけられる良明。
トマスは、ほぼ同じ地点へと倒れ込んだ双子に向かって手を翳す。
「まず二人ッ!!」
『陽!』
『アキ!』
ドラゴン二頭は未だ無数の刃を凌ぐ事で手一杯。とても双子に加勢する事が出来る状態ではない。
純粋な魔法の打ち合いなら、それを使いこなし切れていない双子にも勝機はある。そう信じるより他、双子に相手の攻撃を凌ぎ切る道は無かった。
トマスが放った火炎が双子を襲う。
二人は倒れたままの姿勢で、夫々最大出力の風を放つ。それはやがて青白い光を放ち、ついに相手の攻撃と接触した。嵐の様な風と、窯の様な業火がぶつかり合う。
競り負けも、競り勝ちもしなかった。双方が放った魔法は霧散。辺りに津波の様な衝撃が襲う。
ショウが、傍らのドラゴンに吠える。
『レイン! 行きなさい!!』
『でも!』
『今を逃せば、二人がやられる!』
それ以上食い下がる事はせず、レインはショウと無数の刃の群れを背にして意識を集中させていく。
『アキ! 陽! どいて!!』
「っ!」
雷撃とも、火炎とも見てとれる閃光。レインが放った魔法を辛うじて避けたトマスに対し、兄妹はすかさず斬りかかった。トマスは再び両手に剣を具現させると、双子に相対す。
が、間に合わなかった。
良明と陽は夫々彼の持つ武器を双剣で両断すると、そのまま勢い余ってその傍らへと倒れ込んだ。
振り返り、声をユニゾンさせて叫ぶ。
「レインッ!!」
「レインッ!!」
今一度、トマスへとレインの強力な魔法が襲い掛かった。
彼女が放った一撃が、今度こそ完全にトマスをとらえる。男は光の中にその姿を飲み込まれ、ついに十数メートル先まで吹き飛ばされるとやかましい鎧の音を鳴らして倒れた。
ショウへと襲い掛かっていた無数の剣が、唐突に消失していく。彼女の鱗手前十センチ程の所に迫っているものも少なくは無かった。
『助かった、ありがとうレイン』
『うん』
身体のあちこちに擦り傷を作った双子は、恐怖と痛みに身体を震わせながらも敵が動かない事を確認する。
「ショウさん、レイン……怪我、大丈夫?」
良明に尋ねられ、ショウは可笑しそうにこう答えた。
『貴方達もね』
その優しい顔に、双子は安堵する。
勝利の余韻も、現状の整理も、今この瞬間ばかりには彼等の中に存在しなかった。
ショウは、そんな双子に対して言うのである。
『……あいつの言っていた事は、正しい』
「でも、ショウさん!」
「でも、ショウさん!」
『でもね』
ショウは、包み込む様な優しい鳴き声でこう続けた。
『私達の身勝手が無ければ、この歪んだ世界はいつまで経っても変わらなかった。個人の救済という身勝手は、そんな世界を変える切っ掛けとして悪くないと私は思う』
『エルフをせまいところに閉じ込めてた人間、わたし嫌い!』
その境遇から様々な意味を持つレインの言葉が、ショウを含めその場の皆を黙らせた。
数秒して、双子ははたと気づく。
「先輩とガイさんは!」
「先輩とガイさんは!」
見れば、夫々微動だにしていない。遠目には呼吸があるかさえ定かでは無かった。
けやきやガイへと駆け寄っていく双子とドラゴン達。
それを遠目に、男は這っていた。
金眼のドラゴンの魔法。その直撃を全身に受けた彼の両足は感覚を失っていた。腕の、右腕の力だけで身体を少し、また少しと動かしていく。
「…………お前は、苦しみも歓びも、全てを分かち合ってくれた……ただの一度も話した事は、無かった。が……それでも、自分一人では心が折れていた事、は……わかっている……」
ドラゴンは、動かない。
「なあ……心配なのだ……この世界は、これからどうなって、しまう……? 世界の……秘密を知る自分の責務を、俺、は……果たして……」
ただ、一言。
青い眼のドラゴンは、この時初めて男に対して言葉を発した。
最初で最後の言葉を、かけてやった。
『おつかれさま』
十分苦しんだ。
誰よりも苦悩していたのはお前だ。
身近で戦い続けてきた自分だけはそれを知っている。
だから休め。
無数の意味が込められた六文字に、男は戦意を喪失し、そして、救われた。
「一等……星」
コロニーの中からでは、夜空に輝く星は随分と見え辛かった。




