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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
219/229

何を求めて<下>(5)

「君達が、私が今しがた我が部下達に対してした事を侮蔑し、この世界に絶望するのは勝手だ。だが、問題はその先だという事を認識したまえ」

「…………」

「…………」


 今この瞬間に双子が置かれている状況と、この世界の現状。それらについてここまでの事を暴露したトマスにも、把握していない事はある。

(陽、解る? このトマスっていう男は、俺達が異世界の人間だと知らない)

(だから、私達をトラクに連れ帰って調べ、あわよくば利用しようとしてる)

 ”でしょ?”と言いたげに、陽は兄の顔を見た。

(つまり、向こうの世界からゲートが繋がったタイミングで皆で向こうに帰りさえすれば、とりあえずは何とかなる)

(でも……アキ、それは)


 この世界の現状を見て見ぬふりして帰るという事。

 コロニーに空いた大穴の責任を放棄して逃げるという事。


 良明も、そんな事は理解していた。

 確かにフジの為にコロニーを壊した責任は英田兄妹にある。だが少なくとも、この世界の人間とエルフの対立に関して兄妹は無関係である筈だった。

 それに、仮に首を突っ込むにしても数の知れた高校生達に何が出来るだろう?


「もし仮に、だ。もし仮に、この世界に向かってトラクがこう叫んだとしよう」

 トマスは、剣を抜いて天に翳した。二人は身構える。

「”エルフは長年、我々人間の手によってその思想を問わずコロニーに閉じ込められてきた。我々の平穏な暮らしは原罪が伴うものであり、今こそそれを贖うべき時である!!”」

 数万人の群衆の前で演説する様に、高々と声を張り上げる。

 その声はリーダーとしての威厳に満ち、声量により間近の人間へと与える迫力は決して並ではなかった。

 まるで、眼前にて睨みを利かせる獅子を目の当たりにする様に、双子は必死で怯えを抑え込みながらトマスの発言の意味を噛みしめた。

「……こう叫んだら、世界はどうなると思う?」


 全ては、既に手詰まりなのである。


「世界各地のクニの民意は二分し、エルフ擁護派と現状維持派の間で人間同士の争いが生まれる事は十分に有り得る。まして、知っての通りクニは独立した自治領を持つ、かつての”国家”を縮小した様な存在だ。クニ同士の間で方針の違いによる争いも起こるだろう。なにせ、隣国のコロニーが解放されれば自国への被害に繋がるのだからな」

 彼は剣を下ろし、彼が言いたい事を端的に表現した。

「つまるところ、エルフを救済する事は、即ち様々な意味での世界の混乱を意味するのだ。まして、いかに特別な魔力を持っていたところで、お前達二人に何をどうこう出来る問題ではないのだ」


 罪無きエルフを仮に助けたとして、そこに正義は無い。


 その一言で済む話を、トマスがあえて長々と説明してみせた理由はたった一つ。

 あらゆる業と罪を受け入れる覚悟をとうに経ている、トマスの顔。良明は、陽は、今、それに気付いた。

 確信する。

 ここまでの彼の話は、この場を収める為のハッタリなどでは決して無いと。


 兄妹は、一つの問いをトマスへと投げかける。

「さっきのは、本当ですか?」

「さっきのは、本当ですか?」

「…………」


「貴方につけば、世界の為になるというのは、本当ですか?」

「貴方につけば、世界の為になるというのは、本当ですか?」


「保証する。この覚悟と、私の全てに誓って」


 思えば、よくもここまで闘ったものだと二人は思った。

 異世界に来た時点で、心が折れていてもおかしくは無かった筈である。

 全てがフジの企てだと知った時点で、何もかもを放棄しても良かった筈である。

 だが、この異世界で彼等は何の比喩でもない”軍事力”と戦い、自分達をこれまで利用し続けてきた友人を、その家族達を助けようとしている。

 こうして命を危険に曝してまで。


 藤は、言っていた。”いざとなったら自分にやらされたのだと言え”と。

 良明も陽も、そんな事してたまるかと思った。

 いざ死を眼前に感じてみて、その反論がいかに創作にかぶれた戯言だったのかという事を思い知らされた。

 こんなにも我が身が可愛いものだろうか?

 自身の自尊心を捨てても、生き残りたい。実の処、心の底からそう思っていた。


 しかも、正論は相手にあるのだと兄妹は思い知らされた。

 現状実現している平和を護る事。その尊さは決して軽視するべきでは無い。

 今自分達がしようとしている事は、一個人の”家族を助けたい”という願望を叶える為に行っている、テロそのものである。

 解っていた筈だった。


 我を通し、悪に染まり、それでも命を失いたくない兄妹がこのトマスという男に敗北するとはどういう事か。

 圧倒的な武力により地に倒れる事か。

 命を奪われるその瞬間の事か。

 想いを否定される事か。

 否。

 それは、彼等自身が自らの汚さを恥じた時である。


 双子は、同時に頽れた。

 膝をつき、眼前のトマスを見上げる。その男は、あまりにも大きかった。


「お前達に私が今やったような辛い汚れ仕事をさせる事はしない。たとえ、お前達が大人になってもだ。お前達がこの世界の維持に協力するなら、お前達の友人本人だけならば身の安全を保障しよう。その家族には、五体満足のままコロニーに残って貰う」

 そしてトマスは、問う。

「来て……くれるか?」


 双子の脳裏に、否定の語など有りはしなかった。


 レインもショウも、彼等を止める事は出来ない。

 それは、彼等にこの場で死ねと言っているのと同義である。

 自分達がこの場で殺されるという事である。


 二人が何かしらの言葉を口から発そうとしたその時、トマスはある方向へと視線を反らした。だが隙は無い。

 二人は振り返りはせず、彼の顔のみを凝視する。

「先程から聞き耳を立てているお前。お前もこの者達の仲間なのだろう」


 木の陰から姿を現す、一人と一頭。

 その重く不安定な足取りに、その声音に、良明と陽は視線を正面の男向けたまま眼を見開いた。

 けやきは、彼等の背後から歩を進めながら言う。


「…………おい、嘘だろう?」

 ガイは無言で彼女を運ぶのみ。

「お前達は、何の為にここまで来た?」

 どさりと重い音と、僅かに地面を震わせる振動。それでも双子は振り向かない。振り向けない。

 それをすると、その瞬間トマスに斬られるかもしれないという恐怖が、その行動を禁じていた。


 けやきが、兄妹の間に割って入り、トマスと対峙した。

 そこで二人は初めて知る。

 けやきは服のあちらこちらを血に濡らし、肩を抑え、右脚は力なく地面に垂れて、辛うじて彼女の長身を支えているのだと。


「お前達は……何の為にここまで来たのかと、訊いてい――」

 がくりと体勢を崩し、倒れそうになるけやき。

「先ぱ――」

「先ぱ――」


「答えろ!!!!」


 二人は、それでも彼女の問いかけには答えない。代わりに自己と彼女達の命を護る為の言葉を吐く。

「でも! エルフを助ければ世界は危険に曝されるんです!!」

「この人の言っている事が嘘だとは、私には思えないから!!」


「まったく、世話の焼ける……後輩だよ。お前達……は」

 けやきは、血塗れの腕で敵から奪ったと思しき剣を構え、トマスの前に立ちはだかった。そして、叫ぶ様にしてこう言った。

「トマス七星! 私は、私の後輩の為に貴方と戦う! 受けて立て!!」

「……時間が無い。手加減はしないぞ。そしてその場合、お前は一分と持たずに命を落とす事になる。それでもか?」


「それでもだ!!」


「樫屋先輩!」

「やめてください!!」


 けやきは、先程までの足取りが嘘の様な踏み込みで、トマスに斬りかかった。

 トマスは意とも容易く刃を受け流すと、そのまま一回転、彼女の胴めがけてその両手剣を振り薙いだ。

(一分、などという物ですらなかったな)

 けやきの身体が地面へと叩きつけられる。


 おかしかった。

 トマスはその手応えにかつてない違和感を覚える。

(両断出来なかった? こんな状態の、素人としか思えない相手を?)

 けやきは激しく咳き込みながらも立ち上がる。トマスは気づいた。

「まさか、貴様も……」


「ああ。そこの二人と、同じ……種類の、人間だ」

「…………面白い」

 剣を構え直すトマスに対して、けやきは全身に力を込めながら言う。

「冗談ではない。こちらは、必死の……命、がけだ」


 トマスの背後から、ガイが襲い掛かる。


 隠されざる殺気に気づき、彼は背後へと剣を向ける。けやきはこの機を逃すまいと斬りかかった。躊躇いはない。

 双子は、この時になって悟った。

「先輩達、ここに来るまでに」

「敵の人を……」


 兄も妹も解らなかった。

 血塗れになりながら、その手を汚しながら、何故彼女達は戦うのか。

 トラクに、人間側にも護るべき正義がある事など、今の話を聞いていたと思しき彼女等には解っている筈である。少なくとも、コロニーを護れば現状を維持する事は不可能ではない。それはここ数十年の歴史が証明しているのだ。

 負傷し、思考が鈍っていたとしても、けやき程の人物がそれを理解できない筈が無かった。


 ガイを蹴飛ばし間合いを取ると、トマスは眼前に迫って来たけやきを視界の中央に捉える。

「ぬん!」

「おおお!」

 トマスから放たれる重い一撃を、魔法を纏わせたけやきの剣が受け止める。

 五合、十合、二十合。攻防は続いた。


 けやきが素人の剣でも対抗できているのは、周囲からの魔法で同時にトマスを攻撃し続けていたからだ。時にそれを防御に回し、危ないところで彼の振るう切っ先を反らしている。

 一撃でも食らえば即死であるそれらを巧みにかわし、防ぎ、けやきは血と汗を舞い散らせながら戦い続けている。


 良明と陽は、止めに入る事も出来ずにただそれを見守っていた。

「先輩、もうやめて下さい!」

「私達の所為で樫屋先輩が!」

「お前達に、止められるいわれは――」

 けやきは土塊をトマスの周囲に展開、剣と共に一斉に浴びせる。

「ない!!」


 トマスの身体に取り巻いた空気は、それらけやきの攻撃を弾き飛ばした。

「先程から、魔法を使っていない、と、思っていたが……」

 トマスは武器を構えなおして応える。

「仮に俺にお前の刃が届いたとして、それが血を啜る事は、無い」

(防御に特化させた魔法を鎧、或いは全身にかけているのか)

 詰んでいる。

 にも拘らず、けやきはさらなる攻撃で戦闘を再開した。

「なんで!!」

「どうして!!」

 そして、後輩達の問いに対して彼女は答えるのである。


「私がそうしたいからだ!! お前達に、それを止める道理があるのか!!」


「――――!?」

「――――!?」

 さらに十合、二十合。徐々にけやきが圧されていく。


 双子には、解らなかった。

(”そうしたいから”? このままじゃあ命を落とすのに何を言っているんだ)

(”私達の為に”って先輩が命を張らなくたって、私達はもう抵抗なんて……)

 何故。けやきは何故、今自分達の眼前で戦っているのか。それも、この世界の平穏を脅かしてまで。命を懸けてまで。

 二人には、理由が解らなかった。

 同時に彼女を助けるという思考にも至れないでいる。それは自分達の命をも脅かす事になるからだ。


 割り切れる筈が、無かった。


「アキ、でも、このままじゃ樫屋先輩が……!」

「解ってる。 けど! でも!!」

 相手は間違いなく強い。加勢して三対一になったところで、勝てる保証は無かったし、その先に待つのは更なる軍勢による制圧と、このコロニーを破壊した事による様々な物の破滅である。

 今ここでトマスに刃を向ければ、トラクの者達と共に共同戦線を張ってコロニーの穴を監視すると言う当初の計画は絶対に実現不可能なものとなるだろう。


「いいか、英田兄妹!」

 けやきは、敵と剣を交えながら後輩達に言って聞かせた。

「――!?」

「――!?」

「間違っても、私やガイの為にしたくもない加勢をしようなどと思うな!!」

 痛めたけやきの脚に負担がかかり、彼女は体勢を崩す。トマスの一撃が彼女の腕を掠めた。

「これは、私達が……やりたいからやっている事だ!」

 全身の激痛に呻き、それでもトマスの攻撃をなんとか捌いた。


「そんなのッ!」

「そんなのッ!」

(そんなの、俺達だって……)

(そんなの、私達だって……)

 良明と陽の眼前で、けやきの防御がついに突き崩される。

 トマスは、両手剣で彼女の剣と風の防御を両断すると、がら空きになった胴へと鋭い蹴りを見舞った。


「先輩!!」

「先輩!!」

「ひとつだけ、覚えておけ(・・・・・)!!」

 トマスは隙間なく畳みかけるべく、開いた彼女との距離を無言で詰めいく。

「大切なのは、自分が後悔しない事と筋が通っている事だ」

 その顔を兄妹へと向ける、けやき。

「あとは、この世界で好きな様にやってみろ」


 その時のけやきは、自分を見殺しにしようとしていた双子に、微笑みかけていた。



 トマスの剣が、振り下ろされる。



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