何を求めて<下>(4)
炎の壁を突っ切って、跳躍した姿勢の三池がリリの正面に現れた。
「っなに」
眼前に迫った敵へと拳を振りかぶる三池は、炎のオレンジをその肌に反射させいよいよ獲物を捕らえようとする猫の如く、ただ前だけを見て一撃に全神経を集中させた。
動揺したが故に、リリはこの時対応を誤った。
その場から退き攻撃をかわす事はせずに、自身の正面に風圧による障壁を展開し、あわよくば三池を撃ち落とそうとする。
吠えながら、三池は振りかぶった拳を突き出した。
その拳に纏った炎はリリの障壁を火に染めて、さながら一帯の風景は地獄の業火にでも例えたくなる、空気と炎が入り乱れた凄まじい光景へと変貌した。
三池は、自身も肌で熱を感じながらリリの頬へとその拳を叩きつける。
首を強引に曲げられ、体勢を崩すリリ。そんな彼女へと反対の拳を振り抜いて追撃する三池。辛うじて踏ん張っていたリリの身体が跳ねる様に宙に浮き、そのまま所々が焦げた草地の地面へと叩きつけられた。
三池の体力の残量を現すかの様に、周囲の炎が霧散する。
息を荒くしながら彼女は言った。
「ばぁーか。”っなに”、じゃねぇよ……」
一歩一歩を踏みしめる様に、警戒しながらリリへと近づいて行く。
「全方位炎に囲まれたら、正面切って突撃するしかやる事無ぇだろうが」
身体の所々に負った火傷よりも、アベルの氷柱による腹の傷の痛みの方が遥かに強かった。波の様に押し寄せる痛みと共に、逐一意識が飛びそうになる。三池は脇腹を抑えながらリリを見下ろし、言う。
「おい、聞いてんのか姉ちゃんよ」
返事は無い。
息はあった。
「…………」
そこから先。
人の命を奪うという行動を、三池は選べなかった。
激しく咳き込む。
思わず口元を覆った手に液体の感触を覚え、視線を落とした。吐血していた。
手を口へとやった為に、腹の傷口から血が溢れる。
思わず、その場に両膝をつく三池。
視界右手を見る。クロが倒れて、動かない。
視界左手を見る。結局最後まで本名が不詳のままだった園宮が、痛めつけられた上で木に拘束されていた。勿論デバイスは取り上げられている。
周囲を見回す。
徐々に、三池を取り囲む様にして包囲が展開されつつあった。
「……………………」
三池は、否応無しに震える脚で無理やり立ち上がる。
「リリ二星から離れろ!」
一角から指示され、彼女は言われた通りにコロニー側の壁へと近づいてリリから離れた。
「大人しく――」
自衛軍の一人が三池に次の指示を出そうとした時、彼女は不快感を露わにしてそいつを睨みつけた。
「勘違い、すんじゃねぇぞコラ……」
「は……?」
「次はてめぇらの番だ。ぶっ倒したリリを人質になんて取るつもりはねぇから、とっととかかって来やがれよ」
てっきり三池はこれで投降すると思っていたその男は、動揺しながらも言うべきと判断した言葉を並べ立てる。
「我々の目的は、なにも貴様の命をこの場で奪う事では――」
「っせえよ」
包囲している隊員達の群れのあちらこちらから、ざわめきが起こる。
「命が惜しいからでも、何をするつもりかも良く知らねぇ英田兄妹等の為でも無ぇ。俺ぁ、俺が戦りてぇから戦るんだよ!」
そして、三池はあえて自分の身を危険に曝す選択をするのである。
「いいから、とっととかかって来やがれ!!」
腹の傷口から、凄まじい痛みと共に血が溢れだす。
*
「この者達は、コロニー内のエルフどもによって名誉の殉職を遂げた。私は、彼等が殿を努めると申し出た為に数名の部下と共にいち早く離脱。その残りの数名も道中で命を落とした…………出来過ぎたシナリオだが、この世界の大半の住人はそれを上辺では無く心で信じる。何故だか、解るかね?」
トマスは、怯える双子に語り始める。
「エルフを、恐れているからだ」
まるで本が読み手へと淡々と情報を与えて行く様に、感想を聞き手に求める様に。
「君達は、貴重な存在だ。コロニーを破り、この世界に騒乱を巻き起こそうとした罪は看過出来ないが、異常と言われたエルフの上を行くそのデバイス適正やテレパシー能力。このままここで命を奪うには余りにも惜しい」
やろうと思えば、この男は今すぐにでも自分達の命を奪える。
その紛れも無い事実が良明と陽の思考を麻痺させ、対抗策を講じようとする事さえ彼等に禁じた。
「……我がトラクの為に尽くせ。それがこの世界全体の為になる事は保証しよう」
今しがたトマスが言った事のごく簡単である筈の意味を、二人は理解できない。
「そうすれば命と……そうだな、最低限の人間らしい生活は保障しよう」
「……」
「……」
トマスは、言葉を紡げない二人を恫喝する事をしない。この手のやりとりに於いて答えに窮した相手に対しての恫喝は、相手のヤケを誘発しかねない事を彼は知っていた。
「ち……」
漸く一字をその口から発したのは、良明だった。
(アキ!)
(…………)
「……うん?」
最初、空耳かと思った少年の声を、トマスはそうでないと気づくと聞き返した。
「秩序……とは、な……なんですか」
陽は、兄だけにこの恐ろしい質問をさせる事はしなかった。
「仲間を殺してまで守ろうとする秩序って、なんですか!」
サンプルは二人いる。最悪、トマスが求めていない発言をした良明だけが命を奪われる可能性もあると思ったからだ。テレパシー能力は二人あってのそれであるという考えに至れる程、今の陽に余裕は無い。
「ふむ……」
トマスは、振り返って辺りを見回す。
そして双子の問いに答える前に、こんな事を言うのである。
「まぁ、この行動を見られている以上は、君達には言うしかないか」
続いて彼の口から出て来た言葉。
それにより、良明と陽が持つ”この世界の二種族の対立”という物に対する認識は、根底から覆された。
「我々人間は、原罪を抱えて生きている」
「……?」
「……?」
トマスが乗るドラゴンは天を見つめ、その背に乗せた男への信頼を態度に表す様に、努めて冷静な顔になった。
「エルフはだな。そもそもその大半が、望んでこんな狭い場所に住み始めたわけではないのだよ」
「え……?」
「え……?」
レインとショウが意識を取り戻し、前方で怯えながらトマスの話を聞いている双子を見ている。トマスの声は、彼女達にも聴こえていた。
「デバイスが販売され始めた当時、確かにエルフによる暴動は起こった。それが全ての始まりだったのだ。そう、始まりはデバイスの発売でも魔法の発明でもなく、彼等暴徒による横暴で野蛮な行為だったのだよ」
トマスは続ける。
「彼等を鎮圧するべく、当時の各クニにも存在していた自警団は各個エルフに対抗し、犯罪に手を染める彼等を拘束し、捕らえていった。”エルフは人口に対してごく限られた者”、”見た目から見分ける事が困難”、”エルフ間の思想には隔たりがあり、決して一枚岩ではない”……徐々に情報が揃って行くうち、村や街を護る立場にある者は一つの結論に至った。すなわち、エルフの集団的脅威を阻止する為には、それを隔離しクニという物から遠ざけるしかない、と」
「………まさ、か」
「………まさ、か」
「ああ。そうだ。全て、エルフと認められた者やその疑いがある者はその全てを、クニの郊外へと追いやり、独自の集落を作らせた。それが数十年も昔。コロニーの始まりだ」
つまり、
「情報が錯綜していた当時、集落は様々な形で形成されていった。過激派エルフが自ら籠城する為に作られたもの、先述の様にクニにより強引に作られたもの、クニや現地住民の迫害から逃げる様にエルフが身を寄せる為に作ったもの……だがそのどれも、現在の様な強固な壁やドームで覆われていたわけではない。あれは、各地での弾圧が激しくなっていったが為にエルフが後に築いた物だ。それを各地のクニは逆手に取り、外から塗り固めるかの様に現在の外壁とドームの原型を作った」
「気付けば、エルフは――」
「――監禁されて、いた?」
「ああ……それが、この長きにわたる冷戦の真実なのだよ」
ならば、そもそもエルフとは。
「それじゃあエルフは……その家族の人達は、まるで被害者じゃないですか! 何もしていないのに適性があるというだけで――」
「子供達よ、聞け!!」
ここにきて、トマスは初めて二人に対して怒鳴った。
「話を、自分達の思想に適合する様に作り変えて受け取るのではない。先にも言った通り、エルフは一枚岩では無い。当時、正真正銘この世界を支配しようとした者達が居たのも事実。クニから危険を排除する為には、当時の人々はこうするしかなかったのだ!!」
「デバイスを捨てればいいだろ!?」
「デバイスを捨てればいいでしょ!?」
「それが出来る程、人間の進化への欲望は小さくない」
「そんなの一部の――」
「そんなの一部の――」
トマスは、両手を広げて彼等の言葉を遮る現実を見せつける。
「現に、こうなっているのだよ。少年少女よ」
そこは、エルフのコロニーの真っ只中だった。
「…………」
「…………」
「これは、各地のごく限られたトップのみが知り得る真実だ。我がトラク国では私と我が愛竜”一等星”、他に数名のみ。私以外の議会メンバーでさえも知らない」
「馬鹿な! 当時の事を見て来た世代の人達が」
「それを語り継いでいないとでも思ってるの!?」
「君達は若い。政治という物が解っていない様だ……」
「?」
「?」
「噂が広まるよりも前にエルフを即時クニから追放する。情報統制。情報操作。民衆に対する印象操作。……あらゆる手を使ったに決まっている。例えば当面の処置として隔離しておいたエルフが暴徒化し、やがてクニを脅かそうと動き出したなどと触れ込めば、ある程度の数の人間は我が身可愛さに本能的にクニ側につく。そして民衆とは周囲の意見により意とも容易く自分の意見を変える生き物だ。てんてんと残るカビ汚れの様に頑固に意見を曲げない者達がいくら叫んだところで、大衆の中では空しく響く。一個人としての意見として認められたとしても、それらに全体を動かす力は無い」
エルフが悪かそうではないか。それは、エルフの考え方の多様性により一概に断言する事が出来ないのだという。
民衆もエルフも一枚岩ではなく、真実はそれを確かに知っていた者達からさえも疑われているのだという。
それらは、悪に苦しめられ善に悩んだ末にこの場に辿り着いた双子にとって、受け入れ難い事実だった。




