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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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何を求めて<下>(3)

 振り返りながら、その身体へと力を籠めようとしたが起き上がれなかった。

『くそっ』

 もう一度。四肢に力を籠めようとするが、やはり叶わない。

 吐いた息と共に力の根源が漏れ出ていく様に、クロは眼前の敵に対して立ち向かう術を失っていく。


 彼の前方三メートルの所に居るリリは、傷ついた黒龍を見下ろした。

 そして、この局面でそうする事に一体何の意味があるのか、こんな言葉で彼の戦意を掻き立てるのである。

「”こうして暴れてみたかったんだよ、殺しても良い奴を相手にな”……だったっけ(・・・・・)?」

 憎たらしい事に、一字一句としてクロが発した通りだった。


 かつて列車で見せた、軽い口調。

 軍属の彼女が普段は使わないその喋り方で、リリはこう続けた。

「列車であの双子を取り逃し、命からがら帰って来た私が相手なら、楽に勝てるとでも思ったんでしょう?」


 クロは必死で保ち続ける意識の中で、彼女がダガーナイフの様な味気無いデザインの刃物を抜くのを認めた。身体に力は未だ入らない。

 つまり、身体を動かして防御する事も避ける事も出来ない。

(この姉ちゃん、ドラゴンに恨みでもあるのか畜生……)


 左脚への一撃が致命的だった。

 当初、空中からリリを攻撃する事でクロは彼女を翻弄していた。

 ごく僅かに残されたリリの取り巻きを速やかに蹴散らして、後はヒットアンドアウェーで少しずつ追い詰めて行けば何とかなると踏んでいた。

 だが、クロが飛翔して上空から攻撃する事も、彼女の取り巻きが倒される事も、元からリリの想定の内だったのである。


 油断しきっていたクロが、背後から迫って来ていた風の刃に気づく事は無かった。

 眼にも見えず、音も無い刃の群れに意とも容易く撃ち落とされ、その際に羽根の幕を大きく割かれてしまった。

 地上で応戦しようにも、同じく左脚に重傷を負い、歩く事すら儘ならない。


(そこから先、殺すつもりで掛かってくるプロ(・・)を相手によくもここまで粘れたもんだ……)

 魔法で障壁を作り出し、リリにより繰り出される炎や氷の一撃一撃をどうにか凌ぎ、今に至る。


 ナイフを逆手に持ち、警戒しながらにじり寄ってくるリリ。攻撃の瞬間に生じる僅かな隙に反撃を食らわない様にと、万全を期しているのが解った。

(恐らくあんな話し方で挑発してくるのは、”俺が無い力を振り絞って立ち上がろうとする”のを誘ってるってわけだ。そこに生じる隙に、最後の一撃を叩き込む……任務の完遂に手段を選ばない。やっぱこいつは、プロだ)


 クロの身体を撫ぜる風、それを巻き起こした張本人である三池の加勢だけが頼りだったが、三池はコロニーの壁の辺りに倒れ込んでいる。クロが、今日まで嫌と言うほど見てきた彼女の顔と彼女が作り出した傀儡人形の区別がつかない筈は無い。あれは、紛れも無く三池本人である。

 もっと言えば、先程この森でクロと三池が繰り広げたやり取りからも解る通り、三池はやられたフリをして騙し討ちをする様なやつではない。

 例えクロを助ける為だとしても、不意を突いて遠距離からリリに対して魔法を放つなどという事は無いだろう。


 リリは、三池とアベルの戦いに決着がついた事に気づいた様子を一瞬だけ見せはした。だが、三池が立ち上がらないのを見るやすぐさまそちらへの興味を失わせた。

 彼女は、ついにナイフでクロを切りつける。

「――ッッ!!」

 クロはその切っ先へと土塊を巻き上げて作った障壁をぶつけ、何とか自分へと刃が到達する事を防ぐ。


 二度、三度。攻撃を防がれた事で、リリは無言で二歩下がった。

 その表情は冷徹であり冷静。人としてのあらゆる感情を押し殺した様な顔で、クロを見下ろしている。


 クロは、何らかの意図があるのか、無いのか、こう言った。

『挑発としては三流だな。そんな顔してちゃあ、本心から馬鹿にしてない事がばればれだぜ?』

「……ドラゴンの言語は知らないの、ごめんね」

 取ってつけたような一般人の演技。リリの顔には、全く表情という物が見て取れなかった。

『嘘、つきやがれ……』


 リリは、今一度遠くへと眼を向ける。

『おう、何処……見てやがんだよッ!』

 渾身の一撃。残る力を振り絞って放たれたクロの火球は握り拳程しかなく、弱弱しく上昇していくそれは、リリに届くかどうかも怪しい物だった。

 リリは視線を遠くへと向けたまま、その一撃をナイフで切り裂き、霧散させた。

(……くそ)


 クロは、未だ朦朧とする意識の中でリリの視線の先を見る。

(こいつ、三池を警戒してんのか? 解るだろうがよ、あいつは当分動けや――)

 はっとした。

 それに気づいたかのように、リリはこう呟いた。

「あちらから片付けるか……」

 そして、二歩、三歩、壁際で倒れ込んでいる少女の方へと歩き出した。


 黒龍は、眼を見開く。

 全く残っていない筈の力を振り絞って立ち上がると、下手な操り人形の様なぎこちなさでリリの背後で大きく口を開く。


「ガァアアア!」


 猛る黒龍に半身を振り向かせ、リリは一言、こう言った。

(ぬる)い」

 彼女の手から放たれた風がクロを吹き飛ばし、近くの木へと叩きつけた。

 クロは無我夢中で吠え、リリを威嚇し続ける。

 一度吠えて駄目だったので、二度吠えた。

 二度吠えて駄目だったので、三度吠えようとした。

 そこで背後の木が悲鳴を上げ、彼の方へと倒れ込んできた。


 三池の前方、十メートル。

 そこで、リリは一旦止まった。

「意識はあるか?」

 問われた三池は、答えない。


 この問いかけにより問答は不可能と考えたのか、リリはすぐさま三池へと右手を翳し、意識を集中し始めた。

 そこで、気づく。

 三池を挟んで奥の方で攻防を繰り広げていた班が、園崎を取り押さえている。

 全てかどうかを確認する術は無いが、自律機械も粗方破壊したらしい。


 視線を戻す。

 リリは、さらに気づいた。

 三池が、その右手をリリの方へと向けている。

「……こちとら、腹に穴ァ開いてんだよ。気安く……話しかけてんじゃ、ねぇ」


 リリはそれに対して動揺する様子もなく、こう返した。

「無駄だ。お前は勝てない」

「双子に完敗した奴が、ほざいてんじゃねぇよ」

 お互いに風と炎が入り混じった魔法を紡ぎ続けている。

「手間を取らせるな。お前が足掻いて、よしんば私に一矢報いたところで、他の者達の命運に影響はない。単に私が怪我をするだけだ」


「……」

「ミケと言ったな? 訊こう。貴様、何故そんな私があの黒龍に勝てたと思う? 階級も二星、この現場に来ている統率役としては決して高い方では無い」

「……」

 そして、リリはその一言を口にする。


「私も、エルフだ」


「……え」

 俯いて、掌に意識を集中していた三池が、小さく驚きの声をあげた。

「エルフとは、デバイスに対して高い適性を持つ人間全般を指す語だ。社会を脅かす危険因子となりうるエルフは社会に対して服従し、ことデバイスについてはその性能を問わず所有が禁止されている。数十年に亘って続く、このヒトとエルフの戦いを憂えた私は、エルフの身でありながらも軍属となったのだ。コロニーに籠城する愚かな同胞共を止めんが為に、考え得る限りの手段でこうして周りにエルフ(わたし)の意思を認めさせた。二星以上の階級を与えられない事や、様々な指揮権を得られない事を了承するという条件で、こうして任務を与えられているのだ」


「……」

「無論、列車で彼等と交戦を続けていればただでは済まなかっただろうし、彼等を取り押さえる事など不可能だっただろう。だが、少なくともお前が考えている程、私は弱くは無い。たとえば、あの時列車を大爆発させて彼等に怪我の一つ負わそうとする事くらいは出来た筈だ」

 そうしなかったのは、得られるものが無く失うものが多かったから。今この瞬間まで、律儀にトラク側のルールと基準に縛られた状態でここまで上り詰めた彼女の判断力があったからである。


 そして、三池はこの女が何を言いたいのかを理解する。

(要は、お堅い人間だって事だ……)

 任務完遂の為なら、あらゆる手段を考慮に入れる。そういう人間であると。

 つまり、今こうして三池に対して長々と自分語りなどを聞かせているのは、全て現場を制圧する為の手段であるというわけだ。

 この話の一部、もしくは全部がハッタリである可能性は先程のクロとの攻防からして低い様に三池には思われた。


 今、満身創痍な自分の前に立っているのは、エルフである。

 その事実を提示する事が、リリという人格による攻撃なのだった。


「ああ、そうかよ……」

 三池は、顔を上げてリリを見た。

「悪ぃな」

「…………?」

「俺、強ぇんだよ。てめぇが(・・・・)考えてる(・・・・)よりずっと(・・・・・)、な」


「手負いで何が――」

「だぁもう! メンドくせぇええ!!」

 三池は、立ち上がった。

 ふらふらと脚を何度かつきなおし、それでも前方に紡いでいる魔法から意識は逸らさない。

 リリが懇願する。


「頼む。退いてくれ」


「やだね!」


 二人は、同時に前方の敵を焼き払いにかかった。

 炎を伴う熱風がぶつかり合い、入り乱れる。熱量はそのまま二人の精神力に比例する様に、互いに退く事を知らなかった。


 時間をかけた魔法の習熟。それが勝負を動かした。


 リリは三池の正面だけではなく、その左右や背後をも巻き込む様に熱風を展開し、彼女を包囲しにかかる。

(……エルフ(わたし)人間(おまえ)を手にかける事が、どういう事なのかを解って欲しかった)


「しゃらくせぇ! あっちいんだよこの野郎がァ!!」

 三池は、意を決すと正面へとその身を走らせた。隙間なく赤に埋まる風景に、その小さい身体が呑み込まれていく。

 リリは、手応えから前方の異変に気付いた。

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