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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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何を求めて<下>(2)

 三池の作り出した分身――とは言い難い、出来の悪い腹話術の人形の様なナニカ――は、確実に剣を折っていた。

 思わず半歩後ずさるアベル。それに対して拳を振り上げる三池。

 アベルが自力で三池の殴打をかわす事は不可能なタイミング。位置関係。三池が最初の一撃の命中を頭の中でイメージしたとき。


 その背後では、アベルの作り出した人形共が未だ健在だった。


 アベルの頬へと拳を叩きこもうとしていた三池は、背後からの殺気に気づく。敵の司令塔を殴るのを中止し、振り向き、殺気を放つ三体をまとめて蹴り飛ばした。


「っ、どうなって――」

 と言いかけた時、背後に迫っていた敵を一掃した三池は、再びアベルと正対しようとしていた。

 その視界に、あらん限りの力を込めて拳を振り上げようとしているアベルが目に入る。

(くそッ)

 中空に在りながらも、咄嗟に顔の前を腕で覆って防御態勢を取る三池。


 アベルは、正直なところこの三池の対応に感心せずにはいられなかった。

(こちらの剣を折った事でこいつは完全に油断していた。にも拘らず、背後から迫る三体をなぎ倒し、今は俺の一撃を防ごうと防御の構えまでとっている。並の判断力と運動神経では無い。成程こいつは正真正銘の化け物に違いはない)

 思考しつつも、彼はその全力を拳に込めた。


 鳩尾やや下へと入った強力な一撃が、三池の身体を再び宙へと舞い上がらせた。

 地面に叩きつけられるよりも先に襲う痛みに顔を歪めつつ、それでも三池は前方を警戒し続ける。幸いにして、アベルは追撃を放とうとはしていなかった。

 それが出来ない程にまで振り抜ききった一撃をまともに貰ったという事だ。三池は悟り、焦る。


 背中から地面に叩きつけられた彼女はすぐさま起き上がり、腹を抑えて相手の出方を伺った。

 アベルは、距離を取った三池に対して手を翳している。


「おうおうてめぇ、デバイスはあの剣じゃ――」

 あまりの痛みで言葉が途切れた。

(くそっ)

 アベルは、途中のままとなったその問いかけに答える。

 その間にも三池の周りには何かしらの気配が取り巻き始める。

「その通り。あれはデバイスではない」


 一歩でも動くと吐き戻してしまいそうな程に、身体が酸素を欲している。三池は自覚しながら、そのままの体勢で周囲へと意識を集中し始めた。

 直後、彼女の周囲には無数の氷柱が現れる。

「少なくとも、てめぇの剣は折った!」


 叫び、三池は未だアベルの背後で健在だった出来損ないの人形を襲い掛からせた。デフォルメされたデザインの三池が、大口を開けてアベルの頭に狙いを定める。

「強がりも――」

 アベルは、易々と右手でそれを薙ぎ払って、涼しい顔で言い放つ。

「――そこまでいくと、惨めだぞ?」


 と、同時に三池の周囲に展開していた氷柱がついにその中央へと向きを揃え、一糸乱れぬタイミングで一斉に襲い掛かった。

「くそ、がぁ!」

 一つ、二つ、三つ。三池は、それら全てを魔法による風圧で弾き飛ばした。

 アベルは動揺しない。それは織り込み済みだとでも言いたげに、三池への攻撃を継続させた。


 計二十七本を、三池は無傷で防ぎきる事に成功する。

 が、徐々に徐々に最適化されていく敵の攻撃の挙動に対し、二十八本目でついに隙を突かれる事となった。

 アベルによる何らの策でもなかった。単純に競り負ける形で、三池は左脚への攻撃を許してしまった。

 脹脛に痛みと熱が迸る。


 アベルは、神経を尖らせて周囲の警戒を怠らない。

(圧されている、と見せかけてこちらの周囲に魔法を生成しているわけでもなさそうだ。さすがにこいつもそんなありきたりな手が通用するとは思っていないらしい)

 だが、そう思いながらもアベルにはどうにも不思議でならなかった。


 三池の眼光に、諦めの色が全く無かった。

 それどころか、彼女は今にも獲物に食らい付こうとしている獣の如く睨み、構え、何かの期を窺っている。隠しもしない敵意と殺気を、まるで叩きつけるかのようにアベルへと浴びせかけているのである。

(何かしらの策はある、と考えるべきか。だがどうやって? 人にせよ自律機械にせよ、この状況から脱した敵を俺は今まで一度も見たことが無い。この小娘は、どうやって現状を打開するつもりでいるのか。今この瞬間、俺がそれを予想できていない事は大きな問題だ)


 三池は、氷柱三十九本目をまともに肩へともらった。腕と脇腹に滴ってくる血の不快感が、現状に対する危機感と恐怖を煽りにかかる。

(……ここいらが潮時か……)

 三池の眼光は、未だ衰えない。


 アベルは、僅かに動いた三池の表情に何かしらの気配を感じ取った。

(来る! 何かしらの反撃がッ!!)


 三池は地を蹴ると、自ら正面の氷柱の方へと突進した。

(落ち着け、ヤケを起こすような者の眼ではなかった。冷静に対応しろ!)

 アベルは三池の正面へと追加で氷柱を生成し、彼女が三歩目を踏み出したタイミングで一斉に浴びせかけた。


 が、次の瞬間。それらは一斉に砕け散る事となる。


「なん――」

「おあああァあ!」

 アベルの眼前に到達した三池は、右の拳を振りかぶった。

(こいつ、先程まで攻撃を防ぎながら、少しずつ自分の正面に障壁を展開していたのか! そのチャージが終わるのを見計らい、突撃してき――)

 アベルは、気づいた。

(違う、チャージは終わっていない筈。何故ならこいつが向かってきたタイミングは、その肩に致命的な一撃を受けた瞬間だった。これ以上チャージしていてはやられると判断し、一か八かこの一撃に賭けているのだッ!)


「ならばァあ!」

「ぶっ飛べえ!」

 三池の拳は、刺す様に。アベルの頬を捉えた。


 アベルは食らった一撃のその勢いのまま地面を三回転半転がると、先に聳える若い木へと叩きつけられた。動く事を拒もうとする身体を強引に立ち上がらせて、前方へと視線を移す。


 三池は、脇腹を抑えてアベルを睨んでいた。

「おうおう、やっぱ、バレバレか……」

 三池が展開した障壁は、アベルの想像通り未完成だった。

 故に、アベルへと殴りかかるこの瞬間の反撃を彼女が満足に防ぐ手立ては無く、今放った拳は半ば捨て身の一撃と言って間違いは無かった。


 三池の脇腹には、アベルを殴ったのと同時に受けた氷柱が突き刺さっていた。


「お前の負けだ……ミケ」

「おうおう、勝手に決めてんじゃねぇぞ、コラ……」

 三池は脂汗を滲ませながら笑って返した。

「確かに今の一撃……随分と重かった。だが、俺はこうして立ち上がる事が叶っている。仮に気を失っていたなら話は別だが、今のお前のダメージに比べれば、微々たるものだろう」


「…………」

「…………」

 視線を逸らさない、二者。


「ったくよぉ……」

「……?」

「その上から目線が嫌いだっつうんだよ、この野郎……」

 三池はこの時、アベルに対して笑った。

 この期に及んで、命乞いは愚か負けを認める事もせず、それでいて悪態もつかない。さらに、言ってしまえば尤もな主張を吐くのである。この小娘は。

 理由を理屈で説明するにはいささか野暮が過ぎるその笑いに対し、アベルは一言の言葉で応えた。

「すまない」

 アベルもまた、笑っていた。


「…………」

「…………」


「……終わるか」

「……終わるか」


 三池とアベルは共に駆けだし、夫々の四肢に魔法を纏わせて眼前の敵へと向かって行った。

 三池は腹に刺さっていた氷柱を抜くと、淡く赤く染まったそれを相手へと投げつける。

 アベルは、それを氷により硬質化させた手の甲で払い、自分に先行させた人形で三池の背後、左右、頭上を塞ぐ。


 出血を感じながらも、三池は意に介さない。アベルの側頭に対して右の脚を思いっきり振り薙いだ。

 あえてそれへの防御を放棄したアベルは、一撃を受けながらも組んだ拳を三池の脳天へと叩きつけようと振りかぶる。


 誰がどう見てもかわす事が出来た筈のその一撃を、三池は何の躊躇いも無く頭で受け止めて、両手の拳の先へと意識を集中させる事だけに専念した。

 そして、体重を込めて大八車でも引っ張る様な姿勢で振りかぶったその両手を、ついに正面へと突き刺した。


 電気を纏った三池の両手がアベルの鎧を穿ち、彼の身体を突き飛ばした。

 地面に叩きつけられる様にして体勢を崩すアベルに対し、三池は同様に雷撃を伴う蹴りを放ち、アベルに反撃の暇を与えない。

 アベルは、前方を見る。

 その眼の焦点は既に合ってはいなかったが、三池が前方で何かを放とうとしている事だけは解った。


 三池は、自分の身体程の空間へと周辺の空気を圧縮させると、それを右の手で掴み取(・・・)る。

「食らいやがれ!」

 振りかぶり、龍球のボールを全力で放つのと全く同じ体の動きで、それを敵へと叩きつけた。


 アベルの前方に紡がれつつあった人形をなぎ倒し、三池が放った一撃はアベルを捉えた。


 爆弾が炸裂した様に、辺りの全てを凄まじい風が吹き荒れる。

 周辺の木々は薙ぎ倒され、三池自身も後方へと飛ばされ、そのままコロニーの外壁に叩きつけられた。

 傷口に走る激痛に、三池はついに表情を歪める。

 そのくせ、彼女はこの期に及んでこんな言葉を吐くのである。

「これだから喧嘩はやめらんねぇ……」


 アベルは、安堵していた。

 今日、彼がここにこうして脚を運んだ理由は、先程本人が三池に対して言った通りである。

 ”兄を打ちのめした者がどういう見た目で、強いのか弱いのか、どんな人間性なのかを知りたかった”

 そこに偽りは無い。


 ただ、彼はこうも思っていた。

 ”もし、兄が勝てなかった相手に自分が勝ってしまったら、あのひねくれ者の兄はどんな顔をして、どんな言葉を吐くのだろう?”。

 だがそれでも、アベルは今この瞬間に至るまで一時として気を抜く事は無かったし、だからこそ三池をここまで追い詰める事が出来たのだった。

 彼は、朦朧とする意識の中で呟く。

(こいつは、まだまだこんなものではない。今はまだ未熟である魔法の扱いをいつか完全に体得した時、この小娘は今以上の化け物になる……願わくば、こいつが真の意味での悪でない事を……)

 彼の意識は、そこで途絶えた。


 辺りの暴風は、他の者達の戦いにも影響を与えていた。

 クロは、思わず三池が居るであろう背後を振り返る。

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