何を求めて<上>(5)
「七星殿、ここは私が引き受けましょう。先へお急ぎを!」
メラルが手綱を引いて振り返る。
その発言に応じたトマスの口調は、明らかに感情――或いは内情――をひた隠しにしようとしていた。
「いや、共に残って殲滅する」
「……ハッ!」
対峙する、大虎高校竜術部とトラク国自衛軍実働班。
民間人と、戦いのプロ。
極大魔法があるからといって、完全なるアドバンテージが双子達にあるというわけでは決してなかった。
「どいてください!」
「どいてください!」
例えば、この様に双子揃ってこの期に及んで口での説得を試みた事。これは、完全に二人のミスだった。返答を待つ兄妹とドラゴン二頭の周囲へと、十数の人とドラゴンが展開。瞬く間に完全に包囲された。
「かかれ! 相手が子供だろうと躊躇うな!!」
トマスの無慈悲な号令によって、混合班の隊員達は炎を纏わせた剣を構えて二騎へと襲い掛かった。
『レイン!』
『うん!』
ショウとレインは羽ばたいて上昇。勿論相手もこの動きは想定済みで、すかさず彼女等へと続いた。
『二人とも、しっかり掴まってなさいよ!』
ショウの一言で、このドラゴン達が何をしようとしているのかを良明と陽は悟る。
言い終わる前からショウとレインが巻き起こしていた風は、やがて竜巻となり、周囲を威嚇する二頭の咆哮と共に敵の動きを奪った。
「陽! 今だ!!」
「うん!」
良明と陽は、巻き上げられまいと竜巻の中で抵抗する敵騎へと手を翳す。
五指の指先が帯びた電気はその中央を中心に収束し、前方へと光の速さで発射された。無論、それらの発射を見てからかわす事は不可能。良明と陽は、上体を捻りながら狙い撃つ様に一騎、また一騎と撃ち落としていく。
(いける――ッ!)
(いける――ッ!)
さらなる敵は、そんな彼等の上空から姿を現した。
竜巻の中央。つまり良明と陽の両騎が居る地点は、彼等がこうして安定した滞空を見せている以上はほぼ無風状態であるという事だ。その事にすぐに気づいたメラル騎は竜巻が途切れている遥か上空へと上昇し、その後下降してきたのだ。
最初にそれに気づいたのはレインだった。
『みんな! うえ!!』
良明と陽が上空へと手を翳すが早いか、次々と雷撃を放った。
周囲は未だ強風によるバリアで護られ、他の敵からの攻撃は不可能な状態。上空のメラルに対して攻撃を集中できる状態だった。
にも拘らず、視認してからかわす事など不可能である筈の雷撃は、一発としてメラルに命中する事は無かった。
「なん――」
言いかけて良明はハッとする。メラルと共に下降してくる、細長い金属の塊が眼に入った。
メラルは、抜いた剣を自分の傍らへと放り、避雷針の代わりとしていた。双子が放った雷撃は漏れなくそちらへと吸い寄せられ、メラルを乗せたドラゴンはついに双子の間に到達した。
「――ッッ!」
「まず――!」
陽を右腕で薙ぎ払い、良明の脇腹を腰に下げた鞘で殴打するメラル。
二人はあえなく夫々のドラゴンの背から突き飛ばされ、地上へと落下した。
「グァアアあ!」
「ォオオオオ!」
レインとショウはメラルへと大きく口を開き、その前方へと夫々冷気と熱気を紡いでいく。
双子へと一撃を加えたメラルの体勢は、素人目にも隙だらけだった。もはや身体を捻って二頭の魔法を交わす事は不可能な距離に、彼は居る。
二頭が”いける”と確信した時だった。
「吹き飛べ!」
メラルが装備していた小手から、霧のような物が吹き出した。
『ッ、え、なに!?』
『レイン、避け――』
霧は水滴を成し、無数の氷塊となり、二頭の身体へと打ち付けた。
思わずバランスを崩し、滞空が儘ならなくなるレインとショウ。が、放ちかけていた魔法は未だ維持したままだった。
『貴方が吹き飛びなさい!』
ショウが巻き起こした火炎の球がメラルへと放たれようとしたところで、彼は冷たく彼女を見下ろした。
ぞくり。
無数の死線を潜り抜けて来た彼の眼光に、ショウの身体は否応なしに硬直する。
果たしてメラルはそんなショウへと一撃を加えるべく、意識を集中した。
はっとしてショウは火炎球の生成を急ぎ、敵へと狙いを定めようとした。
妙だった。
(炎が、私が念じているよりも速いスピードで大きく――)
魔法は、エーテルの性質を利用して世界の物質を任意に動かすというのが動作原理である。良明と陽はフジにそう聞いた。
地面に倒れて必死に体へと力を籠めようとしている良明は、声にならない声を振り絞る。
「ショウ……さ……逃……」
発動しかけている魔法も、その例外ではない。
ショウの眼前で、彼女が発射しようとしていた火炎球が爆裂した。
身体の力を失い、鳴き声一つなく落下していくショウ。既に意識が無い事が地面に這いつくばっている双子からも確認できた。
爆炎が、落下していくショウとメラルの間を遮っている。だがそれはつまり、もう一頭のドラゴンとメラルの間を遮っているとも言えた。
金眼を滾らせ、輝かせ、レインは自ら地上へと降り立って両手両足でその身体を支えながら、無数の星が瞬く天を仰いでいた。
未だ渦巻く竜巻の中、吠える。
「ォオオオオおおオ!!」
凄まじい冷気を纏った氷塊交じりの風が、直上へと吹き上がる。それは瞬く間にメラルの身体を覆い尽くし、飲み込んだ。
金眼の攻撃は終わらない。メラルと彼が乗るドラゴンが氷結するのを待つ様に、延々と魔法を発動し続ける。
目の前で人とドラゴンの命が潰えていく様を目の当たりにしつつも、良明と陽はそれをしようとしている仲間を止める事は出来なかった。
むしろ、するべきではないとさえ思った。
今このままレインの一撃でこの敵を倒せなければ、最早打つ手がない。その先に在る結末。死というものが、恐ろしくて仕方が無かった。
良明と陽は辛うじて立ち上がると、加勢しようと震える腕を上空へと翳した。
その時だった。
吹雪となって荒れ狂う風が、両断された。
「ッ!」
「ッ!」
兄妹は全身の痛みに耐えながら意識を集中させる。掌へと急速に集まってくる熱により、断続的に痛みが麻痺しているのが解った。
吹雪の中から現れたメラルは、手にした剣を上段に構え、まさにレインの頭上へと振り下ろそうとしている所だった。
「レイン!!!!」
「レイン!!!!」
未完成の熱風の球を放つ双子。一つが外れ、一つはメラルの剣へと命中した。メラルの剣は跳ね飛ばされ、不格好に草むらの中へと落下していく。
「アアァアあ!」
レインは、今一度魔法を放つ。
眼に見えない風の球がメラルの胴に直撃し、彼はついに地面へと落下した。
爆炎と吹雪が晴れていく。
レインの顔には、勝利の余韻などという物は存在しなかった。
ただただ我身に降りかかった死の恐怖に恐れおののき、怯える。知的生命としてあるべき本能が、表出し、必死に彼女をこの場から離れさせようと働いていた。
その内なる訴えこそが、正しい判断だった。
二人と一頭は、同じ方へと視線を奪われる。
メラルが、起き上がろうとしていた。
レインは一歩も動けないし、何もできないでいる。
だから、双子は全身の激痛に耐えながらも鉛の様に重い一歩一歩を踏み出すしかなかった。
「…………」
メラルは、傍らに落ちた剣を拾い上げ、そんな二人と、レインを見比べる。
双子は無言のまま接近するが、策は無い。
「……どこで」
メラルの第一声に、双子は脚を止めた。
その声は重く重く、まるで何か葛藤を抱えているかの様に深かった。
「どこで、その様な極大魔法を放てるデバイスを、手に入れた」
レインは、自分に対して背を向けたメラルを見上げ、渾身の勇気で飛びかかろうとする。
双子は気づく。
彼は、無表情を繕ってはいるが彼女の行動に気付いていると、確信した。
「だめだレイン!」
「バレてる、離れて!」
メラルがレインを蹴り飛ばし、彼女は地面を数度跳ねてから地面へと伏した。
周囲の竜巻が、ついに微風程度に収まっている。
「もう一度、聞く。どこで――」
良明と陽に、選択の余地は無かった。
「これは、デバイスによる魔法じゃありません」
「私達は、ここではない違う世界から来ました」
「…………続けろ」
「僕達の友人は――」
「私達の友人は――」
そこまでだった。
メラルが双子からその続きを耳にする事は、もはや不可能となる。
二人の言葉が遮られたのは、彼等に危害が加えられ、喋る事が儘ならなくなったからではない。
彼等は、弾かれた様に飛ばされる男をただ見る事しか出来なかった。
「メラルよ……解るだろうに。知り過ぎれば、こうなると」
愕然とする部下達に囲まれながら、トマスは前へと歩み出る。
「と、トマ――」
彼へと声をかけようとした部下の一人が、メラル同様に地面に叩きつけられる。その一瞬後、同様に他の全員が同じ様に宙を舞い、方々へと倒れた。
それぞれの上空に、つらら状の氷柱が現れる。
「…………え?」
「…………え?」
双子はあえてその確信を疑問にする事で、本能的に罪から逃れようとした。
「見ない方が良い」
トマスは二人の眼前に立ちはだかり、その視界を覆った。
音も無く、ただ声だけが響き渡る。
十数人分の、男女の激しい叫び声。鳴き声。
トマスが覆った視界から外れた者が、一人だけいた。
兄妹が恐る恐るメラルへと視線を向けると、胴に氷柱を突き立てられて仰向けになっているメラルが居た。
医療の知識の無い二人が見ても、もう長くは無いだろう事が確信できた。
良明も陽も、変な声をあげて足の力を失う。
”なんで”
その三文字すら口にする事が出来ない彼等に、トマスは答える。
「この世界の、秩序の為だ」
辺りに流れる風が、血のにおいを運んでくる。
余りにも非現実的なにおい。
そもそも、この異世界そのものが夢だか幻だか、そういう幻想なのではないか。二人は、その可能性にすがろうとしたが、彼等が共有する身体の痛みは紛れも無く本物で、疑う余地が無い程に生生しく、痛く、痛かった。




