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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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何を求めて<上>(4)

 リリと対面した兄妹は、コロニーを背にしていた。

 無論、彼等とコロニーの間に存在しているいくらかの空間には眼が届かない。まして、混戦模様となりつつあるこの状況では、命の危険を感じながら背後にまで気を配る余裕など、この二人と彼等を乗せる二頭にある筈が無かった。


 壁に空いた大穴から、十名を超える隊員達がなだれ込んでいた。


「ッしまった!」

「ッしまった!」

 二人が気づくが早いか、リリは叫ぶ。

「急いでください! ここは私が食い止めます!!」

 さらに、それを遮る様にしてドラゴンの咆哮が辺りに響く。リリは咄嗟に身をかがめ、背後からのクロの体当たりをかわした。

『二人とも、あいつ等を追え! 樫屋が同道している!! 樫屋と一緒に、手こずっているフジを手伝って来い!!』

「解りました!!」

「解りました!!」

 すかさず双子に襲い掛かろうとしていたリリの正面に、クロが着陸して立ち塞がった。


「どけ! 野獣め!!」

『否定はしないぜ? 一度でいいからこうして暴れてみたかったんだよ――』

 クロは、高ぶる気持ちにブレーキをかけずに楽しそうに笑う。背後では、良明と陽がついにコロニーの中へと駆け込んでいった。

『――殺しても良い奴を相手にな』



 第五班班長であるリリが敬語で以て指示を出した相手。彼は、本来であればこの様な前線に居る筈がない人物だった。仮に彼の命が失われれば、トラク国自衛軍の指揮系統は一時的にとはいえ麻痺する事になるだろう。

 現に、彼が率いる第一第五混合班が今こうしてコロニーの中へと突入を敢行するにあたり、指揮権は一時的に別の者へと渡されている。


「トマス八星! 目標の少年がコロニーに入ったと思われる時刻から、既に一時間以上が経過しています!!」

「ふむ、問題無い。現にエルフが大挙して押し寄せていない事を好機と思え」

「ハッ!」

 トマス。以前、トラク国の方針を決める会議の場で議長を務めていた男である。

 階級を”八星”と呼ばれている事からも解る通り、トラクの軍人の中でも極めて高い地位にある。そんな超重要人物が、敵地のど真ん中へと自ら脚を運ぼうとしている。ここが、単なる戦場であるならば異常な状況と言ってよい。


「貴様等、よく聞け!!」

 トマスは、彼を護る様に駆けながら周囲へと展開している竜騎兵達へと、風切り音を物ともしない大声を張り上げる。

「相手が少年であろうと躊躇うな! 見つけ次第殺せ!! そしてエルフとの接触は最小限に抑え、即時離脱する! 混乱の最中(さなか)で作戦の趣旨を見失う様な事にはなるな!!」

『ハッ!!』

 訓練されたドラゴンは、返事の鳴き声をあげない。ただ黙して隊員達を運んでいる。が、白髪交じりの四十代の男の迷いの無い一喝に、ドラゴンを含めその場の誰もが高揚していた。


 トマスは、傍らで手綱を引く数騎に眼をやり、問う。

「メラル」

「ハッ!」

「貴様、部下はどうした?」

 メラル。良明達がこちらの世界に転移させられた際、真っ先に転移の現場へと駆け付けたトラク国特務部隊のリーダーである。白髪交じりの長髪、額には大きく斜めの傷があり、大抵の者は一目見ればその武骨そうな顔を覚える。


「こうして軍がコロニー内部へと進入する事も有り得ると考え、彼等には引き続き外の調査を行わせております。内部を見る者は貴方から直接息がかかった者だけの方が望ましいと判断致した次第」

「……まぁいい。気を抜くな」

「ハッ!」


 メラルは、ドラゴンの背に揺られながら思うのだ。

(死は覚悟すべきだ。が、それはあくまでクニの為……)

 その一言が示す意味を知る者は、この場に彼を含めて二人しかいない。



「八星殿! 後方から追走する者があります!!」

「リリめ、しくじったか。第五班で対応しろ!! 生死は問わん、必ず止めろ!!」

『ハッ!』

 群れの半数弱が離脱し、その場に留まった。


 トマスが、リリから第五班の大半を借りている事には、理由がある。

「八星殿、私からもよろしいでしょうか?」

「ん?」

 メラルは、幾らか年下の上官に恐れながらといった風な態度で問う。

「この突入部隊に、リリが引き連れていたあの新入りを参加させたのは何故でありましょう? 確かに能力的には秀でた物はありますが、それでも彼女は経験の無い、いわば素人に他なりません」

「ああ、確かルーシーといったな……能力的に秀でているからこそ、だ。故に二度あるかは解らんこの任務へと参加させ、貴重な経験を与えている……そんなに心配か?」


「いえ、把握致しました。ありがとうございます」

 メラルは、納得していない。が、それを表に出す事は無かった。

 トマスの口調、表情を見れば明らかだった。この男は、もっと何か別の理由があってあの新参者をコロニーの中に招き入れたのだろう。

 コロニーの中は、危険そのものだ。死地といって間違いない。

 いくら優秀とはいえ、そんな場所にルーシー――けやき――を連れてくるなど、彼女に”死ね”と言っている様なものだと、彼には思えてならなかったのである。


 何を隠そう、メラルが理由をつけて部下を外へと置いて来たのもそういう理由からであった。

 幾ら世界的に武力衝突が存在していないとはいえ、軍人である以上身の危険に対する覚悟は求められる。それはメラルも解っている。だが、彼の勘は生まれて初めて異世界の(・・・・)アスファルトを目にしたあの日あの瞬間から、叫び続けているのである。


 何かがおかしい、と。


 今ここに在るのは戦場であると同時に、大きな力により作り出され、監視されている罠なのではないか。

 そんな漠然とした不信感が、かねてから彼の中では燻り続けていた。



 誰もドラゴンに乗り、軽装鎧を身に纏っているその第五班の中には、今しがた追いついた英田兄妹が良く知る顔があった。

(ッ樫屋――)

(――先輩!)


 けやきは群れの中ほど、やや右の辺りから二人を見ている。

 彼女が乗るのはガイ。彼もまた他のドラゴン達同様に鎧を身に着けていた。

 双子は、思う。と、同時にテレパシー能力でいつもの様に思考を共有した。

(まさか先輩、ガイさんと共に自衛軍に身を置いて生きていくつもりなんじゃ!?)

(いや……でも、仮にそうだとしても、今こうして私達と遭遇したからには……)


 沈黙。

 敵のドラゴンの何頭かが馬の様に嘶いた。

(いや、待って陽。おかしい)

(なにが?)

(幾らなんでも偶然でそんな事起こり得るか? 先輩が、たまたま軍に所属して、たまたまこの任務につくなんて事……)

(私達を、追って来てくれてた……?)

(……としか俺には思えない。いやむしろ、そういう風に考えて行動しないと……先輩に魔法をぶつける事になるぞ)

(…………うん)


「皆さん、少し……いいでしょうか?」

 けやきは、ガイの上から周囲に対してそう言った

(先輩――!)

(先輩――!)

「彼等は……そして私は、エルフ以上の魔法を使う術を持っています」

 騒めく第五班。けやきは構わず続ける。

「そしてその目的は、友人を助け、このコロニーから連れ戻す事。それ以上の事をこのコロニーに、トラク側にする事は目的ではありません」

 けやきらしくない。双子はそう思った。


「どうか、退いてはいただけませんか?」

 こんなもの、説得するにしたってもっと言い方があるだろう。


「私達も、襲われなければ皆さんに危害を加える理由はありません」

 いつものけやきならば、もっと巧みに考え、言葉を選び、彼等が黙る様に仕向ける行動を選ぶ筈だ。


「時間が無いのです」

 そう、時間が無いのである。


「退いていただけないのならば、強行突破させて戴きます」

 だから、つまりこれは


「脅迫する気か!?」

 第五班の中の誰かが、そうけやきに叫んだ。


「……否定は、しません」

 それを宣戦布告と受け取った第五班は、即座に抜いた剣をけやきへと向け、デバイスの起動により炎をその刃に纏わせた。

 けやきは叫ぶ。

「アキ! 陽! ここは任せろ!!」

「でも!」

「でも!」


「急げ! お前達二人ならやれる!! 詳しい事情は知らないが、つまり今のお前達の目的はフジを連れ戻す事なのだろう!」

 躊躇う双子。ショウ、レイン。

「あいつを連れ戻して来い! そして一緒に帰ろう!!」


 双子は、この時けやきの置かれた状況について様々な事に気づいた。

 そもそも、けやきはショウやレインが今この場に居る理由を知らない筈である。が、彼女達二頭がこの場に居るというその状況から、あちらの世界との行き来が可能となった事を察したのである。

 さらに、フジが企んでいた事、彼の正体、それらもけやきには確証が無い。にも拘らず、自分達に対して行けと言っているのである。

 身を挺して。命をかけて。

 その理由など、一つしかなかった。


「歴代の先輩方の誰もが直面しなかった、龍球の危機の先に現れたこの大事件! 収めるのはお前達だ!」

「先輩!!」

「先輩!!」

『けやき!』

『けやき!』


「行け!! 大虎高龍球部のカナタにある物を、お前達の眼で確かめて来い!!」


 レインは、ショウは、指示を待たずに走り出した。

 双子はそれを拒絶しない。振り返らない。

 ただ大きく、こう叫ぶようにして返事した。


「必ず戻ります!!」

「必ず戻ります!!」


 トラクの自衛軍と同様に、エルフに発見されるのを警戒して羽ばたく事はしていなかったレインとショウだったが、もうそれすら気にしない。

「飛べ!」

「飛んで!」

 兄妹は自らが跨るドラゴンにそう指示し、彼女等もそれに従った。


 真っ直ぐに、廃屋と木々の群れを凄まじい速度で横切っていく。

 顔にかかる風圧、速まる鼓動からくる緊張感、背中を預けた恩人の命。

 未体験だらけのこの瞬間を、ここまで共に戦い抜いて来た仲間達の存在が後押しした。何かを頼るとすれば、それ以外に無かったからだ。

 レインにとってこの瞬間は怯えるに値せず、ショウにとってこの瞬間は焦るに値せず、双子にとってこの瞬間に成すべき事は解りきっていた。

 互いに持ちうるものを出し合って、風を割いて進み続ける。


「追いついた!」

「追いついた!」


 前方に、トマス率いる混合班を捉える四名。

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