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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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何を求めて<上>(2)



「……え?」



 聞き間違いかと、思った。

 だが、そうではないという事を彼女の口から続いて出て来た言葉で、フジは思い知らされる。

「今、父さん達が学校でこれからの対応について話し合ってる。いつ外のやつらがせめてくるんだ……って、怯えてるみんなを必死で纏めようとしているの」


「ま、まってよ……まってよ、どういうこと? 過激派は?」

 アヤネは悲しそうな顔をして視線を落とした。

「……戦いが、あったの」

 そして、枯れた花を労わる様に語り出す。

「三年くらい前にね、外に打って出ようとする過激派と現状維持派の間で燻っていた争いが表面化して、一気に殺し合いの争いに発展した。皮肉な話よ、勝ったのはエルフを多く含んでいた現状維持派。もちろん私達の一家はそちら側だったんだけど……」


 フジは、握り拳を腿の横で震わせた。

「なんで……だよ」

「マコ?」

「なんで、どうして! よりによってなんでうちの父さんがリーダーなんだよ!! 仕切り屋のトッドさんだって居ただろ! ユミルさんはコロニー(いち)の穏健な大富豪だったじゃないか!!」


「トッドさんは前線に立って命を落としたし、そもそも燻っていた争いが本格化した理由は過激派が彼等にとって邪魔だったユミルさんを殺害した事だった……」

 見知った人物の壮絶すぎる死を耳にして、フジは思わず驚きと絶望に歪めた顔を上げた。

「マコ、貴方がいたからよ」

「…………え?」


 続いてアヤネから出てきた言葉は、あまりにも意外な内容だった。

「父さんはね、貴方をひとりぼっちにしてこのコロニーから追い出した事を、今でも申し訳ないと思ってる。後悔はしていないけど、罪深い事だと思い続けている。だから、せめて外との戦争を拒むコロニーに止まった人達だけでも守り抜こうと、人生をそれに捧げているの」

「そんな」


 混乱に頭の中をかき回されている最中(さなか)、フジは姉の話の中にある一つの不自然さに気がついた。

「待っ……て。アヤ姉、でもそれって……おかしくない?」

「うん?」

「つまり、現状……いや、過激派を抑え込んだ時点から、このコロニーの中には外の人間に敵意が無い人が大半……いや、事実上全員が外の人間に攻撃なんてするつもりが無いんだよね?」

「それはそうだけど……どういうこと?」


 フジは怒りだすが如く捲し立てる。

「どうして皆で出て行かないんだよ!! 外に出て、普通に暮らせばいいじゃないか! 外の圧力だって、皆で協力すれば――」

「……マコ、あなた……何を言ってるの?」

「……え?」


 アヤネは弟に抗議する様にこう言った。

「それができるのであれば、そうしているに決まってるじゃない。外の人達が私達を解放しさえしてくれれば、私達はいつだって外へと出ていく」

 その言葉の意味を、フジは一瞬理解できなかった。

 が、齟齬がどこに生じているのかはその一連の言葉からは明らかで、聡明で通っているフジがこの問いを口にする事は必然と言ってよかった。


「コロニーは今……外の人間によって、閉ざされてるの?」


 アヤネは、弟の想定外の切り返しに疑問符付きの呻きをあげるしか出来なかった。

「え……?」

「アヤ姉。コロニーは、エルフによって建造された。そうだよね?」

「ええ。けど、その後それを逆手に取った外界の人間達により、コロニーは外からより強固に、高性能に塗り固められていった。内側から魔法で破壊しようにも、壁の方へと近づくだけで人体に異常をきたす巨大なデバイスの壁とドームで覆いつくした……マコ、まさか」


 フジは思い返す。コロニーに侵入した直後、廃屋が目立っていたが、あれは外壁周辺に住む事を自粛しているというよりは、それが不可能になったからそうしているのだと察した。

 彼は、姉に外界のありのままを述べた。

「外の人間……少なくとも一般人には、そんな認識は全くない。コロニーは憎きエルフが未だ籠城し続ける魔境。そういう風に思われてる」

「そんな!」


 フジは、姉の肩を掴んで訴える。

「アヤ姉、でもこれはチャンスだ!!」

「え?」

「俺がこうやってコロニーに入ってこれたっていうことは、コロニー外周のその人体に影響するっていうデバイスは、壁を壊した事で今は機能を停止してる! 今なら俺達が空けた穴から皆脱出できるんだよ!!」


「でも……」

 アヤネは、階段の上を見つめる。

「説得しよう! 皆を! 現に俺がここに居るっていうことを材料にすれば……」

 言いかけて、フジはこのプランに致命的な見落としがある事に気づく。

「マコ?」

「……外には、トラクの自衛軍が迫ってる……」


 フジ達が行動を開始してからもう随分経つ。そろそろ良明達の居る地点に彼等が到達していてもおかしくはなかった。

「ねぇ、アヤ姉」

「なに?」

「ひとつ……確認するけど、コロニーの周りを徘徊している無人機……って、解る?」

「……?」

 アヤネは、弟が突如別の国から持ってきたように意味が解らない単語を出した事で、混乱した表情を浮かべた。


「みんなの所に、連れて行って。全部俺に話させて」

 覚悟を決めた表情のフジを見て、姉は二つの言葉のうちどちらをかけてやろうかと迷った。

 ”大丈夫、皆いい人だよ”

 ”頼もしくなったものね”


「急ごう」

 アヤネはそう言って、弟の手を引いて階段を上がり始めた。


 フジは、先程”無人機”という言葉を耳にした時の姉の表情により確信した。

 外の人間達は、コロニー内のエルフに対してあらゆる手段で外界へと出る事を阻もうとしている。

 そして、こうも思った。

「あいつらがコロニーの中に押し込めようとしてるのは、エルフそのものだけじゃないんだ……」

「え?」

「今日までエルフを弾圧してきた事実を、外の民衆に知らせない様にしてる……多分、世の中の秩序を護る為に」

 姉はこう切り返す。

「秩序なら、乱れた。少なくとも私達はこのドームの中で生き残りをかけた殺し合いを余儀なくされたんだもの」

「その、通りだよ」


 アヤネに手を引かれ、フジはついにその部屋の前に到達した。

 木造二階建ての校舎の一室。戸も敷居も木製のその出入り口の前からは、大人達の話し声が聞こえている。

 どうやらこの部屋で状況を見守るつもりは無いらしく、現在進行形で今後の方針の検討をしている様だった。


「だめだ、それでは世界を巻き込む武力紛争を引き起こす」

「紛争? 違う、これはもはや戦争だ」

「それは私達の手を汚させた過激派となんら変わらない思想じゃない。あくまで穏便に事を運ぶべき。こちらには極大魔法というカードがあるのだから」

「いや、世界の大きさを知るべきだ。加えて我々の世代になり、極大魔法が使える者も半減した。仮に戦ったとしてどこまで通用するか……」


「すみません、失礼します」


 議論を交わす男女の声に割り込む様に、アヤネが特徴的な穏やかさの声で話しかけた。

 父が応える。

「アヤネか、用向きなら後にしろ」

「重要な用事です。開けます」

 問答の時間を惜しみ、アヤネは引き戸を開けた。


 昔から、彼女はこの様に突然強引になる事がある。

 フジは懐かしさと心地良さに思わずくすりと笑みを浮かべた。


 一同が何事かと硬直する。

 開かれた戸の向こうにはフジとアヤネ。

 長の娘であるアヤネは兎も角、少年が何者なのかを瞬時に理解した者は一人として居なかった。皆、机と椅子を部屋の後方に寄せてある教室の中、床に座って輪を作っている。フジは、こちらの世界の服を纏った大人たちの群れに更なる懐かしさを禁じ得なかった。

「その子は? 見ない顔――――……」

 姉弟の父は、眼を見開いた。立ち上がる。


 ”まさか”では無かった。我が子を見間違う筈も無い。

 確信の元、彼は議論を放棄するかのように戸の方へと向かい、その名を呼んだ。

「マコト……お前、何故ここに」


 大人達の輪の中から、しゃがれた男の声が聞こえてくる。

「おおー、マコト君か。懐かしい懐かしい」

 そういう問題では無い。コロニーの外に逃がしたはずの少年が、今ここに居るのである。その事を知っているしゃがれ声のおやじは本来はそこに意外そうなリアクションをするべきだったが、あまりの混乱でそういう思考すら瞬時に麻痺したらしかった。

「父さん、皆さん、時間がありません。僕の我儘に付き合ってくださ――」

 父は何も言わず、我が子を抱きしめた。


(この再会を、どれだけ待ちわびた事だろう。家族の顔を再び見るまでに、俺はどれ程の犠牲を払い、どれ程の罪を犯してきただろう)

 フジの背をぽんと叩き、アヤネが一言、「母さんを呼んでくる」と言ってその場を後にした。

 父が振り返り、我が子の肩に手を乗せて皆に紹介する。

「フジ・マコト。俺の子だ」

 言葉をぼかしての紹介に対し、フジはあえてはっきりと明言する。


「俺は、外の世界に逃がして貰って今日まで暮らしてきました。協力者を募り、外からコロニーを破壊し、今に至ります。時間がありません。最低限の荷物だけ持って逃げましょう。今すぐに!」

 困惑する一同。

「みんな、聞いてくれ。寝耳に水だとは思うが、そういうことだ。逃げるなら今この時しかない。何十年と続いたこの小さなクニから我々が解放されるのは今なんだ!」

 熱弁する父の声は、フジの記憶の中の彼からはいくらか年老いており、それがフジには辛くて仕方が無かった。見れば、肌は年相応に皺を湛え、荒れ、こうして皆に語る背中は縮んだ様にも見える。

 それでも、白髪の増えた短髪は、深い緑色を好む服装は、人に何かを訴える上で相手の気持ちを熟慮しているのが解るその話し方は、間違いなくフジの父だった。


 フジは、父に続いて言う。

「みなさん、お察しの通り外の世界にはトラクの自衛軍が迫っています。急がなければ――」


 そこで、父子の言葉は遮られた。

「待て」

 小さく挙手し、発言を促されるより先に言葉を紡ぎ始めたのは比較的若い――三十代後半程――の男だった。

 天然パーマが特徴的で、頭の切れそうな顔立ちをしている。暗い青の羽織が目につくが、どうやら時間も無く部屋着で来るしかなかったらしい。


「ユウゾウさん、待ってくれ。それにマコト君と言ったか、君も」

 その口調、表情だけでマコトと父ユウゾウは彼が言いたい事を察した。が、時間が無いとはいえ発言は聞く事にする。

「外には、敵が居る……そういうことだな? マコト君、仲間というのはどのくらい居るのだ。この世界で解放された同志の数は? 大雑把でいい、だが、はっきりと答えてくれ」


 言葉に詰まるフジ。

「……解放されたコロニーは未だ、一つもありません」

 誰もがざわつく。

「仲間は……僕を含めて十名も、いません」

 さらにざわつく。


「けど! 勝算はあります!! あるんです! ある方法でエルフの方よりも強い魔力をもった人々を仲間につけてあって、その人達が今、空けた穴を必死に護ってくれてます!!」

 ユウゾウは一瞬疑問に表情を曇らせたが、我が子の正義を信じ口を差し挟む事はしなかった。

「今は詳しく説明している時間がありませんが、彼等は味方です。確実に!」


「無茶だ!」

 発言を求めた男は断言する。

「皆、死ぬことになるぞ!! そんな危険を冒してまで外に出る事に何の意味がある!! 確かにこの世界は狂っている。勝手に民間に販売されたデバイスの所為で、我々の上の世代や我々はこのドームの中での生活を余儀なくされた。だが、だからと言って身を危険に曝してまで自由を得る義務は無い筈だ! 得られる”外の自由”だってどれ程のものか……」


 フジは、本当なら家族だけを連れてここを出るつもりだった。今でもそうしたいという気持ちは変わらない。

 だが、ユウゾウがこのコロニーの長である以上それは不可能なのである。

 フジが良く知る父は、仲間を見捨てて逃げる様な人間ではなかったし、それは今も変わらないという事がその表情から確信できた。


 歯噛みする。先程よりも強く拳を握る。

 そしてフジは、提案をした。

「では、こうしましょう。ここを抜けて行く方と、そうでない方に別れる。選択は自由です、どちらも恨みっこ無しで――」

「マコト君、それはないよ」

 それまで会話に参加していなかった女性が口を開く。

「このコロニーから出て行った人間の存在が知れれば、外の人間達は、中に残った私達までもを怪しむ。何かしらのコトが起こると踏んだ彼等が総攻撃をかけてくる可能性だってあるでしょう」


 フジは必死になって反論する。

「そ、外の人達は、我々がここに籠城しているのだと思い込み、恐れています。そう易々とは攻め入ってこない筈です!」

 青い羽織の男がそれに反論する。

「筈ではだめなんだ。確証がない。そもそも、なぜそういう認識があるんだ? 我々を弾圧しているのが外の総意でないならば、では誰がこの様な非道を犯しているというのか」


「それは……」

 フジには、決定的に情報という物が不足していた。

 こちらの世界に帰ってきてからというもの、良明と陽を誘導する事と、トラク国の自衛軍から逃れる事にしか頭が回らず、そもそも情報収集をする時間などありはしなかったのだ。

 遠大に仕組まれた計画だったが、結局のところ物理的にどうコロニーを突破するかという点にのみ重点を置いて、詰めという物があまりにも甘すぎた。

 そうならざるを得なかったのである。


 ユウゾウは、すり減っていく時間と神経に表情を青ざめさせていくフジをじっと見据え、そして、ある決断をした。

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