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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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命運の向かう先へ(7)


* * *


「けやき!!!!」

 樫屋継治は、目の前で突如として消失した妹の名を叫んだ。

「あ……ああ……」


 明京。ガルーダイーター本部前駐車場は、騒然となってその異常な光景に眼を奪われていた。

 まさか。

 まさか、こんな事が。

 人間が目の前から霧散する様に姿を消す。その様な現象が、起こる筈が無いと誰もが思い、かなりの割合の者達が己の見間違いを疑った。


 ドラゴンが当たり前に飛び交うこの世界の人々にとっても、魔法などという物はおとぎ話の中の存在でしかない。

 だが、誰か考えた事があるだろうか?

 魔法という概念の起源を。

 金眼のドラゴンの伝説の正体を。

 そもそも、この惑星の歴史上突如として現れた、ドラゴンという存在はいったいどうやって発生したのか。竜属博物館のパネルにもあるが、その答えは未だに出ていない。

 だから、たぶん今継治の目の前で起こった事は夢や妄想ではないのである。


 継治の目の前には、歪な円形の範囲に草原の様な物が現れていた。

 アスファルトの真っ只中に、そこだけ空間が切り取られた様に背の低い草が生い茂っているのである。

 仄かにそのどこかで見たことがありそうな植物の匂いが鼻に届く。

 彼は、あまりの出来事の為にその眺めに一縷の望みがある事に気付いてはいない。


 彼の横を、一人の男が通り過ぎる。力無く見上げる継治。

 見た目三十代程のその男は、先程オレンジ頭の少年――或いは少女かもしれない――に”山村”と呼ばれていた。

 山村は、草原の一角に落ちていた物を拾い上げた。

「……」

 継治は、思考を停止させて山村と山村が拾い上げた物ている。


「……これを、”使った”という事なのか……?」

 山村の言葉の直後に、まるで自分の台詞が待っていたかのようなタイミングで三人目の男がこう言った。

「それを、渡してくれ」

 力無く、今にも途切れそうな声で、だがそれでも確かに聴こえる声だった。


 山村が問う。

「……これは?」

「いいから、それは危険な物なんです。危険な物なんですよ!」


 山村が、怒鳴る。

「俺の大事な教え子を消し飛ばしたこれはなんだと訊いている!!!!」


 継治は、山村のその一言で漸く我に返った。否、彼の意識はとうに目の前に向いていた。ただその状況を飲み込めていなかっただけである。

 ただこの時、継治は思い出したのである。

 この絶望的な状況の意味を知る事の重要さを。

 その先にある希望の存在の可能性を。


 園宮は、力無く答えた。

「……見ただろう。飛ばされたんだよ、彼等は」

「飛ばされた? どこに?」

「場所、という意味ではここ(・・)その物だ」

「解る様に説明しろ」

「パラレルワールド。座標と時間を同一にする別の世界へと、彼等は飛ばされたんだよ……もう、おしまいだ。向こうの世界は滅茶苦茶になる。あれだけの人数を以ってすれば、大国無き向こうの世界を順に制圧していくことは決して不可能ではない……」


 園宮の言葉の意味は、未だ山村にも継治にも解らない。

 が、自分の教え子が、妹が、何故この様な事に巻き込まれたのかは何となく察しがついた。

 故に、山村はこう断言する。

「これは、渡せません」


山村(ぐぁ)ー!』

 竜王高校龍球部所属のドラゴン・アルだった。

 山村は、手に持った【キューブ】をアルへと放って指示を出す。

「大虎の生徒に渡してくれ。絶対に見つからない場所に隠しておくように、と」

らじゃっ(ぐぁっ)!』


「あぁ……」

 飛び去って行くアルを見て、園宮は使い古した紙やすりの様に掠れた声で呻いた。


「園宮代表。貴方がやってきた事は、悪だ」

「…………」

 園宮の背後で、地下に監禁されていた金眼のドラゴン達が助け出されている。

 ガルーダイーターの終焉を意味するその眺めは、つまるところドラゴン愛好者側の勝利を意味しており、園宮にとってはあちらの世界の破滅を意味していた。


「もう、おしまいだ。この世見というクニ(・・)を拠点に、この世界のドラゴンとヒトの繋がりを断とうとしたが、これでもう、それは不可能となった。【キューブ】が私の管理から外れ、向こうの世界との行き来が可能となった今、もはや……魔力と人口で劣る向こうの世界の破滅は時間の問題となった……」

 山村は、首をかしげる。

「詳しい話は知らない。だが、園宮代表。俺はどうしてもあんたに確認しなきゃ気が済まない事がある」

「……?」

「あの装置をあんたから奪った藤少年は、悪だったのか? あんたがいう、世界の破滅を目指していた、そんな事をしでかす人間だったのか? あんな少年が?」



「彼は…………家族を助けたい、と。そう、言っていた」



* * *


 ショウに名を呼ばれた園宮は、木の陰から姿を現した。

 その背後には三池とクロの姿も。

『貴様ッ!!』

 ショウが一瞬にしてその表情を驚愕と怒りに染めていく。

 それを制止したのは、なんと三池だった。


「ちょいちょいちょい、待った待った」

『三池! あなた、まさかそいつと最初から――』

「待ーてっつってんだろ。こいつを八つ裂きにするのは全部終わってからにしろ」

 英田兄妹はぽかんと突如現れた三名を見つめている。少なくとも、その中で三池は信用できるヤツだ。そう思っている。


 園宮は、眼前のショウ、レイン、良明、陽に対して今しがたまで三池とクロにしていたのと同様の内容を述べ始めた。

「私の目的は、あちらの世界の住人による、こちらの世界への侵略を阻止する事だ。何十年も前にあの【キューブ】であちらの世界へと向かった時から、それは一貫している。だから侵略者(にんげん)機動力(ドラゴン)との関わりを断とうとしてきたのだ」


「あなたは、向こうの人達を悪だと決めつけて――」

 陽の抗議に、園宮は首を振る。

「違うのだ。そう、想定せざるを得なかった。こちらの世界で【キューブ】の開発に携わっていた私は、あちらの世界の住人がほぼ漏れなくデバイスに対する潜在的な適性を秘めている事を知った。ひいては、あらゆる可能性を危惧する義務があったのだ。エルフ以上の魔力の持ち主の存在……つまり人間達の、潜在的な攻撃性。それ以外の全てをな」


 良明は、問う。

「……貴方は、何故今ここに居るんですか?」

「言った通り、私はこの世界の平和を望んでいる。コロニーを破壊すればエルフと人間の世界の境界は無くなり、たちまちのうちに憎悪と畏怖が入り乱れた血みどろの戦いが始まる事になる。せめて、せめてそれだけは止めなければならないと思った。それが、【キューブ】を守り切れなかった開発者(わたし)の責務だ」


 つまり三池は、この男をこう判断したのである。

「こいつの人間性を信用するつもりはねぇ。自分(てめえ)の目的の為に他者に苦痛を強いて、相手をハナから悪だと決めつけてかかるようなクズに、正義を語る資格なんざあってたまるか。けどな、こいつは戦争を望んじゃいねぇ。あっちとこっちの戦いも、エルフと人間の戦いも、手段を選ばずに、形振り構わずに止めようとしてやがる。そのことだけはウソじゃねぇって、こいつの眼が言ってんだよ」

 三池は、園宮の肩を叩いて先頭に立つ。

「だから、こいつがその目的に向かってやがる限り、利害が一致してるっつうのは言えると思うんだよ。お前等の目的が、”エルフと人間に戦争おっぱじめさせる”……とかじゃねぇんだったらな」


 ショウは、尚も不審そうに問いただす。むしろ、論点は彼女が言ったこの一言に尽きるべきだった。

「それで、貴方は何が出来るの? 私達に何を要求し、何をしてくれるっていうの?」

 園宮は、懐からペンダントの様な物を取り出した。

 獅子を象った金色のアクセサリーにも見えるそれを掲げて、こう言った。

「無人機が自律機械が、これで鎮まっている筈だ。最悪、破壊する事も出来るし、味方につける事も出来る」

 あちらの世界へとフジとともに転移した夜。園宮がこの一帯まで無人機に襲われずに来られた理由はこれだった。


「フジがコロニーの中から戻って来たならば、お前達は向こうの世界へと帰れば良い。私はトラクの者達が来るまでこの穴を見張っていよう」

 ショウは問う。

「そうすることで、貴方の目的が達成されるの? デバイスは、今尚向こうの世界で私達にとって信用できる人が保管している。つまりやろうと思えばあなたの言う通り、向こうの人間がこちらに攻め込む事だって可能な状態なんだけど」


「その辺りの事は、そもそも私が再びこの世界に来れたのは何故か、という問いの答と関連する……」

 ショウははっとした。確かに、あの【キューブ】が無ければこちらへは来られない筈である。だからこそ園宮はあの明京での攻防を繰り広げたのだ。

「竜王高校の山村先生だ。彼が私の提案を呑んで、私をこちらへと届けてくれた」


「提案?」

「提案?」

「”全てが終わったら、デバイスを破壊してくれ”と。彼にはそう言ってある」

 三池とクロは、この情報だけは知らなかった。驚きの表情で園宮を見る。


 そして同時に、クロだけはこの言葉の意味を瞬時に理解する。

(つまり、もし全部上手くいったらその時は……三池(こいつ)はもう二度と向こうには……)

 無論、それは三池本人が望んだ事である。

 だが。だがしかし。

 円をはじめとした三池の友人達は。何より、園宮をこちらの世界へと送り出した山村は、三池がこちらに残るつもりであるという事を知らない筈である。

 山村は三池が二度と帰って来ないとは知らずに、園宮の提案に対して承諾したという事だ。


 今、この場で先程の三池とのやり取りを暴露するべきか。クロは迷ったが、結局口には出さなかった。

 三池をちらと見る。デバイス破壊の件を耳にする前と変わらない表情で、英田兄妹達を見ていた。

(こいつ、まさかとは思うが園宮の言葉の意味を解ってないんじゃないだろうな)


「そして」

 園宮はこうも言った。

「私はすべてが終わった後、全力でこの世界のデバイス開発を食い止める」


 クロは、漠然と思う。

(ああ、つまりはこういう事なのか。感情と正しさのせめぎ合い。落としどころを見つけようとする事自体が悪であり、世界の事を考えるのならばそもそも()を通すべきではない。フジの決断によりコロニーは破壊された。園宮の決断により向こうの世界でヒトと竜は酷い目に遭っている……)


 双子とショウは、納得しつつある表情を浮かべていた。


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