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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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命運の向かう先へ(6)

「まぁいい、てめぇら何ぼさっとしてんだ! くたばりたくなかったらとっとと逃――」

 トラクの自衛軍の面々に向き直り、言おうとした三池の背後へと大きな影が現れた。

 紫の雷光を背に浴びて逆光になったシルエットは別世界から召喚された悪魔の如き禍々しさを放ち、今や三池の頭上で口をくわと開いている。


「坊主! 後ろだ!! ドラゴンが!!」

「ちっ、しつっけえんだよ……」

 舌打ちしながら振り返る三池は、両手を下げて直立した体勢で周囲に暴風を巻き起こす。

 木々が鳴き、草が躍り、稲妻は流されていく。

 そこで、三池は漸く気付いた。

「って、お前!」


 三池は眼を見開き、その黒いドラゴンの顔をまじまじと見た。

「クロ介! てめぇこんな所で何やってんだよ!!」

『アホ! 声がでかい!!』

 とクロは忠告したが、巻き起こされた暴風による風切り音により隊員達には二人の会話は聴こえていない。

『何をしてるかだと? んなもん足止めに決まってるだろうか』

「あ? なんだよ足止めって」

『ん? 三池、確認するが、お前はどこまで知ってるんだ』


「え、あの双子と藤がコロニーの方に向かってて、こいつらはあいつらを捕まえようとしてる……以外なんも知らねぇけど。双子と合流する為にこいつらに引っ付いてったらお前が居た」

 最前線を行く第三班に着いて来ていた三池が、最前線の進行を阻止しようとしていたクロと遭遇するのは必然だった。

 クロは、自分が置かれた状況を簡潔に三池へと伝える。

『樫屋とガイが第五班に紛れ込んでいる。列車の事件で彼等に遭遇した特務部隊の女が兄妹達に近づくのを阻止する為だ。そして、俺はこうして最前線の班を足止めしている』


「だーもう、まどろっこしいなぁ」

『お前の方はどうせトラク側に門前払いされたから、コソコソと尾行してるとかそういうトコロなんだろ』

「ぐ……だ、……いや、あれは」

『ああ悪かった。そこまで図星だとは思わなかった』

「……クロ介、んでこれからどうするつもりだ。言っとくが、俺はお前と茶番を続けてこいつらを騙して足止めするようなしゃらくせえやり方は御免だかんな。そんな事するくらいだったら、真っ向勝負でこいつら相手にした方がマシってもんだ」

『馬鹿かお前は。死ぬぞ』

「死なねぇよ。俺を誰だと思ってる!」


 クロは、三池が巻き起こした暴風が弱まってきている事に気づき、彼女の背後に炎の壁を巻き起こす。辺りは熱風と赤い光により再び閉ざされた。

『お前の目的はなんだ。こいつらと暴れる事じゃないだろう。双子と合流し、元居た世界に帰る方法を探す。それが目的のはずだ』

「…………」

『どうした?』

「なぁクロ介よぉ」

『?』

「俺、な。ぶっちゃけ、帰る事に拘るつもりはねぇんだ」

『は? っ……どういう、事だ』


 三池は、炎に照らされた小さい顔を上げて、戸惑うクロを見た。

「なんつう顔してんだよ」

 と言った三池の声は、クロには妙に大人びて聴こえた。その理由が解らなくて、まるで三池の精神が三十年後の彼女と入れ替わった様な気がして、たまらなく不快になる。

 もしかして、本当はこいつは自分が知っているよりも遥かに大人で、いままでずっと馬鹿な子供を演じていただけなのではないか。そんなあり得ない想像が彼の思考をかき回した。


『三池――』

「俺よ。中学ん時まで、男手一つで親父に育てられてたんだよ」

『……初耳だぞ。冗――』

「んでよ。まぁ……色々あって一人んなって、高校からはああして一人暮らししてたんだけどな。もしかしたら、この世界になら……何もかも正体不明のこの世界になら、親父が居るかもしんねぇって、そう思ったんだ」

『は? ワケが解らない。何を根拠に』

「根拠なんてねぇさ。あるのは可能性ってヤツだけだ。けど、少なくともこの世界はあの世界よりも自由だ。金の稼ぎ方、生き方、喧嘩だって向こう程重罪じゃねぇ。要は、俺の性分に合ってるんだよ」

『馬鹿野郎、向こうにはお前の帰りを待ってる奴等だって居るだろうが!』


「クロ介。俺の目的はなんだって訊かれたから答えただけだ。今この瞬間に俺の目的について話すのは違ぇだろ」

 炎の向こうで、怒号が飛び交い始めている。

「どっちにしても、合流しようじゃねぇか。あの双子と藤のヤツによ」

『……この状況からどうやって? 俺だけやられたフリをしろとでも?』

 三池は、背後の炎を素手で引き裂いた。切れ間から第三班が三池達を見ている。


「おう、てめぇらァ!」

 ざわつく一同。

「ぶ、無事か坊主!」

「誰が坊主だコノヤロー!」

 という三池の言葉の意味が良く解らず、困惑する第三班の全員。

『おい三池。お前何をするつもりだ?』

 三池はふふんと不敵に笑って、声を張り上げた。


「このドラゴンは、俺の向こうの世界での相棒だ! だからこれ以上こいつとは殴り合わねぇ!」

『!?』

「俺は、これから俺と一緒に向こうの世界から飛ばされてきた仲間達に合流する! 文句がある奴は今ここで俺をぶっとばすなり捕まえるなりしてみやがれ!! 邪魔するっつうんだったら、真正面から止めてみろってんだ!!」


『こんの、アホがぁあああああ!!』

 クロが三池の背後から首を絞めてゆさゆさと揺さぶった。

「だってだまし討ちみてぇな事かっこ悪ぃだろうがぁ!」

 彼女は続くクロによる説教には耳を貸さず、前方の第三班の返答を待った。


 レタルは、困惑した。


「何を言ってるんだ、あいつは……一体、何がどうなっている? あの極大魔法の数々はなんなのだ?」

 遠くから三池が叫んでくる。

「おらァ返事よこせぇ!!」

 ”あのオレンジ頭の少年をどう処理するべきか”。

 難しかった。果たしてトラク軍の中の一部隊の長であるレタルの一存でそれを決めていいものか。だがだからといってそれを理由にこの状況を見て見ぬふりをして行軍を続けるわけにもいかない。現に謎の極大魔法を目の当たりにしてしまっているのだから。

 あの危険人物は、今ここで排除すべきなのではないか。だがそうなれば班の損害は免れない。あのオレンジ頭と敵対する事は、作戦全体への影響が計り知れなかった。


 レタルは、すぐ横に居た部下へと問うともなしに呟く。

「せめて、あの極大魔法を発生させているデバイスだけでも特定できればいいんだが……あのドラゴンもそうだ。見たところデバイスを身に着けている様子は無いじゃあないか。一体どんなトリックで……」


「レタル一星」

 レタルの傍らに立っていた男に呼ばれ、班長は振り返った。

 見れば男はレタルよりも余程年上で、年相応の苦労が見て取れるやつれた顔をしていた。

 だが、妙だった。鍛え方が足りていない様に見える頼りない身体つき。装備こそ身に着けてはいたが、まるで戦場にはそぐわないその風体は、どちらかと言えば政治家のようなオーラを醸していた。


 レタルは、見覚えの無いその男の言葉に耳を傾ける。

「仮に、彼等の言葉を真実だと受け取ってみてはどうでしょう?」

「どういう事……だね?」

「あのオレンジ頭とドラゴン、それから逃亡中の三人組は、異世界から来た。よって極大魔法をデバイス無しで使う事が出来る。目の前のあの少女とドラゴンは仲間と合流したいだけ。彼女等にとって我々は異世界の武力集団であり、相手にしない方が彼女達の利に繋がる……もし、そうだとしたら如何します?」

「……」

「一星殿、本来この三班は先行して状況を探る役割を明じられていた筈。早々に戻って、第五班へとこの事を伝えるのがよろしいかと」


 レタルは、その男と三池達を見比べた。

 男は続ける。

「どの道、コロニー付近には既に件の三人組が近づきつつあるのです。満足ではない我が班の人員をこのオレンジ頭とドラゴンにぶつけたところで、得られる物は少ないかと」

 混乱の中にあるレタルは、歯噛みして決断する。

「全員、直ちにここを離脱! 進行を開始している第五班に合流せよ!!」


 第三班が一斉に動き出すのを見て、三池はため息一つ、こう言った。

「んッだよ、つまんねぇ」

『だからお前はそうやって……』

「けどまぁなんだ。これでお前もここに残る理由は無くなっただろ。俺を乗せて双子んところまで飛んでってくれ」

『だな。第五班とやらに合流されてはさすがに俺も分が悪い、その話には乗らせてもらおう。早々に、樫屋達とも合流出来ればいいんだがな』


「お前達!」

 魔法による暴風の向こうから、炎の壁を越えて声がした。

「クソッ、何人か残してやがったか!」

 三池とクロが身構えたのとさほど変わらないタイミングで、暴風の向こうの声はこう続けた。


「急げ!!」


 三池とクロは顔を見合わせる。

 次第に和らいでいく風と、薄まっていく火。その向こうに姿を現したのは、彼女達にとって完全に想定外の男だった。

 つまり彼は、”この世界の誰とも知れない誰か”では無い。三池とクロが知っている人物。

 彼は。彼だけは、この(せかい)に居る筈が無かった。


「お前達は自分達が巻き起こした魔法の所為で気づかなかっただろうが、コロニーでは既に事は起こり始めている」

 男が指差した先。森の奥では、一角が継続して眩く輝いていた。光は雲を照らし、一帯で火事でも起こっている様な様相を呈していた。間違いない、コロニー付近で魔法が使われている。


 つまり。


『コロニー……エルフとかいう奴等が籠城してるその根城を攻撃してんのか!? 双子達が!?』

 この世界でのエルフと人間の確執を耳にしていたクロは、驚愕しつつも理解する。

『いや、そんな事をできるのは向こうの世界の人間だけ。やっぱりあそこに良明達は居るんだ!』

「けど、なんでんな面白ぇことやってんだあいつ等は」

『俺が知るか!』


 クロの背中に飛び乗った三池を見上げ、男はこう言った。

「私ならそれを知っている。連れていけ」

 三池は、毛が逆立たんばかりの形相で男を睨みつけ、威嚇とも問いかけとも取れる獰猛な声を発した。

「この期に及んでてめぇを信用しろとでも言うのか? ああ!?」

「…………」

「龍球を押さえつけて、フジを殺そうとした奴を信用しろってぇのか!」

 三池は、忌々しいその名を口にする。


「なぁ、園宮よぉ!!」


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