命運の向かう先へ(5)
*
「リリ二星殿。具申致します!」
設営されたテントは、巨大な八角形の傘を地面に対して垂直に固定した様な形をしていた。
リリは遠くから未だ聞こえてくる轟音を背に、新米隊員へと「許す」と言った。
数名の古株から新米へと毒のある視線が向けられるが、それが嫉妬心から来るものなのか、新米が口を出す事に対する不満からくる不服なのかはこの新米には判らない。
「かの目標地点に、捕獲対象が存在している事は明白です」
「ああ。だから我等第5班はそちらへと向かうのだ。それがどうした」
「不自然、であると考えます」
「趣旨を明確にしろ。時間は無い」
「失礼しました。私が思うに、あの光と音は陽動なのではないかと」
「………………ほう?」
「そもそも、あのようなあからさまな陽動、陽動としても三流と言わざるを得ませんが、相手は御話を聞く限り素人です。十分想定される事ではないかと」
リリは自負する。
(列車にてあの三人をこの眼で見た私が一番判っている。彼等は軍略もテロの知識も持ち合わせていない素人……そもそも、人目に付く場所で特殊能力をひけらかして金を稼いでいたと言うのが色々な事を物語っている)
故に、彼女は二つの事を疑問に思ったのだ。
ひとつ。
「彼等は何者だ。お前の考えを言ってみろ」
「…………解りません」
間。その後の回答。
それにより、リリの二つ目の疑問は疑念へと変わる。
ふたつ。
「お前は何者なのだ。ルーシー」
ルーシーと呼ばれた長身の女性は、見たところあちらの世界では大学生程の年齢だった。切れ目が特徴的な顔は男性的な凛々しさを湛えており、それでいて美しい。
腰を超え、足元まで細く伸びている髪を、今は支給された服と軽装鎧の裏に隠している。
けやきは、リリの問いに対しこう答えた。
「生まれは、遠くテトという村です。今回職を探していたところ、かの列車の事件が発生し、事態の収束にお力添え出来ればと危険を承知で志願致しました」
リリは机をとんと叩いて「そうではない」と言った。彼女の背後で今一度の爆発音が鳴り響く。
「いいか、ルーシー。この時間が無い状況で私がお前にこの様な質問をする、意味をよく考えろ。お前の行動原理はなんだ。職を探していて自衛軍に加わるだと? 職なら年中好景気なトラクの街に掃いて捨てる程ある。この様な危険にわざわざ身を投じる理由はなんだとそう訊いている」
リリは、けやきの無表情を見上げて「はっきり言おう」と言って続けた。
「私は、お前がただの新米隊員だとは思っていない」
けやきの表情は変わらない。
「まず第一に、お前が入隊を望んだタイミングだ」
第五班テント内の誰かが急かす様にリリに言う。
「リリ二星、そろそろ動かなければ――」
「いい。お前達はここで待機しろ」
視線をけやきから逸らさず、リリは部下の一人にそう指示した。
「いいか、ルーシー。極めて優秀な成績で試験を通過したお前が故郷だと言ったテトという村を、人並み以上に地理の知識を求められる立場にある特務部隊所属の私は知らない。そしてお前が入隊し、件の三人を追跡していた矢先に今のこの状況だ。今あの場所で行われているのが、外界に一定数は確実に存在している過激派エルフによるコロニーへの本格的な攻撃であるとするならば、この世界でコロニー内のエルフとの冷戦が開始されて以来の大事件だ。それが、お前が現れた途端に発生した。彼等と直接魔法を交えて対峙したこの私の班を志願したお前が、この現場に居合わせている事が、私には無意味には思えない」
ばればれじゃあないか。
だが、仕方が無かった。何かから逃れる様に移動している双子達をけやきが支援するには、彼等に接近する必要があった。
が、先日彼女がクロと話した通り、そもそも三人が何を想い何を目指しているのかをけやき達が知るにはあまりにも情報が不足していた。手段もである。
それらを一挙に解決するには、組織を挙げて彼等の追跡を行っているトラク国自衛軍に参加するのが、最も手っ取り早かったのだ。
ガイの背に乗って上空から後輩達を捜した事もあったが、この状況下では下手にうろうろしていてはそれこそトラク国に眼をつけられかねない。その上、コロニーに近づく事はどうやら危険で、かつ暗黙の裡に禁忌とされている行為の様だった。そもそも、オフィシャルにコロニーに近づくにはこの方法しか無かったのである。
けやきは、考える。
(軍人であるこのリリという人を説得する事は、不可能と考えた方が良い。二星という階級がどれ程の物なのかは不明だが、少なくとも実働部隊の班を統率する立場にある人物なのだからな。しかも特務部隊に所属、と。むしろ、ここまで疑われた以上、私自身の身の振り方を考えた方が良いだろう。今ここで唐突に討たれる事はこの世界の秩序からしてあり得ないにしろ、拘束されれば双子達との合流は困難になる。……いっそ、すべてを明かしてこの世界の秩序を乱そうとしている彼等を止めるか? 莫迦な。良明や陽の事、藤にたぶらかされていると仮定しても、自分達がしている事の重大さは解っている筈だ。その上で何かしらの理由があってこの様な事をしでかしている。それを察せなくて、何が先輩だ……)
けやきは、すうと息を吸い込み、吐いた。
「リリ二星」
「言ってみろ」
「現場に向かいましょう。私が、先頭を歩きます」
「怪しい素振りを見せたなら、即座に煮るなり焼くなりしろ、と?」
「ええ。私が信用に足る人物ではないのならば、私がこの班に信用してもらう他有りません」
けやきの算段。
それはひとえに、この異世界が各クニの法とそれに伴う秩序により成り立っている事を下敷きにしていた。
これがもし規律もなにも無い混沌とした戦乱の世界であったなら、こんな方法はただの自殺行為だろう。だが、この世界には独立した小さな国々がある。人同士の武力衝突を伴わない市民の平和がある。
先頭を歩く事で対峙するのは双子達であり、けやきを攻撃してくる事はない。
背後には規律の元に動く軍属の衆。間違っても、有無を言わさず殺害される事はない。と、思う。
これは、状況を先に進めるうえで現実的な提案だとけやきは思ったのだ。
「………………いいだろう。お前のドラゴンを呼んで来い。出発だ」
リリにとっても、時間は無かった。
同時刻。
もう一人の三年生は、茶番を繰り広げていた。
「うらうらうらうらァア!!」
空気を圧縮してブーメラン状に投げ飛ばす事で、木々を薙ぎ倒していく三池。彼女の前方には、それらすべてを曲芸の様にかわして飛び回る一頭のドラゴンの姿があった。
ドラゴンはぐあと口を大きく開くと、前方にプラズマの塊を作り出し、放った。
三池へと進んで行く塊は触れた樹木を繰り抜いて突き抜けていく。抉れた部分の表面は焦がされ、一部では火の手が上がった。
「けっ、ばーか。感電してろよ!」
そう言いながら三池が天へと手を翳すと、突如として上空数百メートルの所に雲が沸き、五秒とせずに彼女の前方を豪雨が襲った。
プラズマ球から青紫の光の筋が辺りへと伝播し、瞬間毎に形を変えるそれは二者の間に近寄る事の出来ない壁を作り出した。
「貴様その出力のデバイスをどこで手に入れたッ!? いやそもそも、お前どこにデバイスを隠し持っていた?」
と、叫ぶようにして三池に問いかける男が居た。
小太り、丸顔、髪の薄い頭。どこか憎めなくて多分わるいやつでは無い。この話を世見でドラマ化するなら、間違いなく個性派俳優が演じそうな、実にキャラ立ちした風体をしている。年齢は二十代にも三十代にも、或いは四十代にも見える。面白おかしい、仕事場のマスコット的な人間性を物語っている様にも見える。
三池は背後をちらりと振り返り、男に叩きつける様に切り返す。
「っせーよ! 今重要なのはあのいきなり襲い掛かって来たドラゴンをどう退けるかだろうが。細けぇ事気にしてんじゃねーよ、この……面白ぇ例えが浮かばねぇじゃねぇかこのやろー!」
「あ……? ま、まぁいい。貴様何者だ。所属はどこの班だ。今の今まで何処に潜んでいた! 俺は3班班長のレタル一星だ!」
三池は未だ迸る雷撃を背にして、威圧する様な顔と声でこう言った。
「どこの班のモンでも無ぇよ。こことは違う世界から来た三池だ。だからデバイス無しで魔法を使える。仲間を追いかけてここまで来た! 以上!」
簡潔に洗いざらい告白した三池に対して、レタルはこう言った。
「はぁあ? 何をワケの解らない事言うとるんだお前は! いいから違法デバイスを今すぐ渡せ! どこのド田舎の奴かは知らんが、そんな出力の魔法はこの一帯のクニでは御法度だ」
「だーから……」
三池は面倒くさそうに髪をばさばさとかき乱して考える。
(どいつもこいつも、ド正面から説明してんのにコレだもんな……)
三池の特徴、身の上。それらは門番を通して上層部にしかと伝達されていた。が、その情報が現場にまで降りてくる事は無かったのである。
今回の一連の事件に関して、トラク側の認識はこうである。
”どこぞのエルフが特殊なデバイスを開発し、何かしらの目的の為に旅をしている。移動した先にコロニーがあるので、最悪そこでそいつ等を確保するべきだ”
つまり、そもそも三池が口にした絵空事と今回の一件を結びつけると言う発想自体が無かったのである。
門番が認識する通り、たまに変なことを言いながら街をふらふらとしている輩は一定数居る。三池もその中の一人であるとして、早々に議論の場から除外されたのだった。
例えばこれが、コロニー内の者と思想を同じくするエルフが発見されただとか、エルフ以上のデバイス適正を持つ敵性分子が発見されただとか、そういった”現在のこの世界の状況の延長線上に位置する主張”なら、こうはならなかっただろう。
だが、異世界から来ただとか、デバイス無しで魔法を使えるだとか、そんなファンタジーに付き合っている程、先日から一分一秒を惜しみ続けている彼等は暇ではなかったのである。ある、一人を除いて。
世見国がある向こうの世界でもあり得そうなものに置き換えて例えてみよう。
とある都市で、爆弾テロがあった。犯人の足取りをなんとか掴みつつある捜査本部に、ある日こんな電話がかかってきた。
”俺は異世界から来たんだ。起爆装置なしで念じただけで火薬を爆発させられるんだぜ。あ、あと俺あいつらの仲間だから”
非通知でもないこの連絡は、悪戯電話にちがいない。
一々取り合っていたら事件への対応が遅れる。
クニという小さな自治体で動いている、人材が限られたこの世界なら尚更である。
何より事件が起こる前なら兎も角、後からそんな事を言い出されても説得力という物が無い。
確かに、拘束して追々話を聞くくらいは――三池に対してそれが出来るかどうかは別として――するべきだっただろう。だが、それさえも門番が三池を見逃してしまった為に出来なかった。
以上がレタルが三池を知識外の不審人物だと認識した事に関する真相である。
三池は結局、自衛軍を個人的に尾行してここまでたどり着いた。
並の人間なら気配なり物音なりで気づかれただろうが、そこは三池である。戦い方は勿論、気配のコントロールの仕方、相手に気付かれ難い距離。それらを本能的に察する事で、ここまでプロを相手に気付かれずに来れたのだった。
そんな彼女が今こうして謎のドラゴンと衝突している理由はただ一つだ。




