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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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命運の向かう先へ(3)

 三人は身を固めて木々の密集した辺りに身を潜め、トオルは姿を消して辺りの警戒を続けた。あれ以降会話らしい会話もせずに粛々と月明かりを浴び続けるばかりだったが、十分が経過しようかというところで陽が不意に「あ」と小さく声を出した。

「何? 陽」


 良明に尋ねられて、陽は兄の顔を見る。

「アキ、私とんでもない名案思い付いちゃったかも」

「え、何さこのギリギリのタイミン……」

 視線をコロニーに移す陽。それだけで、良明もそれに気がついた。

「ああ!」


「どうしたんですか、二人とも」

 と、トオル。

「トオルさん、今ってあの呪文さえ唱えれば」

「デバイスっていつでも使えるんですよね!?」

「え、ええそうですけど……」

 双子は人差し指でコロニーを指差して指摘する。

「ふっさんが一旦向こうの世界に戻ってから」

「あの中に転送して入れば自衛軍にバレないんじゃないんですか?」


 フジは「まぁ、そう思うよね」と言って二人を見た。

「え、駄目なの?」

「え、ダメなの?」

「危険すぎる。異常を検知したコロニーが、不意をついて魔法的に転送されてきた物に対してどう対処するのかなんて解ったものじゃないよ。その場一帯高温で焼き尽くそうとするかもしれないし、高電圧をかけて侵入者を殲滅しようとするかもしれない。コロニーは、いわば魔法に覆われた鉄壁の城砦だからね。魔法的な事に関してのセキュリティはこの上なく高いと思った方が良い」


「そっかー……」

 しょんぼりする陽に、トオルが言う。

「そろそろですよね、時間」

 陽が時刻を確認する。午後九時二十九分。いつ、”二頭”が転移してきてもおかしくは無かった。

 と、その時。


 背後からの不意の衝撃。

 良明は前のめりにバランスを崩し、そのまま地面に組み伏せられる様にして倒れ込んだ。

「ア――」

 兄の方を振り向いた陽のすぐ目の前には、一頭の竜が居た。

 端整な顔立ちに澄んだ青の虹彩。綺麗な羽根は月明かりに透け、彼女の魅力を引き立たせている。半年以上に亘り最も身近な所で共に戦ってきた少女へと、先輩然としたその顔を向けている。


「ショウさん!」

 陽は、その名を呼ぶと思わず口元を手で覆った。

 トオルの言葉で、もしやとは思っていた。もしかしたら、自分達を助ける為に来てくれるのではないか、と。

 だが、トオルから話を聞いた以上は現在の状況の危険性はショウも重々承知している筈である。命の危険があると言って間違いない。

 それでも、彼女は来た。後輩達を護る為に。

『陽、大丈夫? 怪我、無い?』

 陽は子を気遣う様に心配するショウの問いには答えず、

「ショウさぁああん!」

 と言って抱きついた。


 レインに乗っかられて頬ずりされ続けている良明は、笑い声を押し殺しながらも何とか仰向けになると、腹の上ではしゃいでいるレインをぎゅっと抱きしめた。

『アキー、いきてたー!』

 良明は何も言わない。何も言わずに、レインを抱きしめている。


 トオルは、そんな二組を見比べて言う。

「実力で言えば、他の人や竜達を連れて来るという選択はありました。けどこれは良明さんと陽さんが選んだ道。二人と最も息が合っている彼女等が立候補して意見を押し通したんですよ」

 そして、フジは。

 フジは、怯えながらレインを見ていた。

 青ざめた顔で、まるで、この世の中で最も恐ろしい物を目の当たりにしている様な顔で。


 一通り良明に甘え終えたレインは、良明の腹の上からフジを見上げた。


『フジ』

「…………」

『二人っきりの時にいうのは、かっこわるいと思うから、今ここでいう』

「…………」

『わたし、おまえのやろうとしてる事を全部聞いたよ』

「…………」

『勿論、だからっておまえをゆるしたりしない。一ミリもゆるさない。なんなら、今この場でおまえをやつざきにしてやってもいい。今までのことが、全部おまえが単独でやっていたことだって解った以上、おまえをころせばわたしの復讐はおわるから』


「……レ、イン、――」

 意図せず懇願する様な表情で口を開きかけたフジに対し、レインは吠える。


『きさまのきたない口でわたしの名を呼ぶな!!』


「……………………」

『安心しなよ。今は協力してあげる。アキと陽が行くんだったら、私はおまえの家族を助けてあげる』

 あえて良明や陽の前で毒づく事は、レインの誠意であり、美学だった。

 彼等兄妹に隠れ見えないところでこの様な悪態をつく事は、なんだか彼等を騙している様な気がするのだ。恐らく、良明も陽もこんなレインの姿は見たくないだろう。それは感情的になった今のレインも解っている。

 それでも、レインはありのままの感情をぶつけるのである。今この場でそれをしなければ、憎きフジに手を貸す事なんて出来ないと、彼女はそう思った。


『……どうしたの? 私を明京のガルーダイーター本部から連れ出して、あの土手に埋めた時のおまえは、えつらくこそなかったけど、もっと堂々としていたよ?』

「俺は……君に酷い事をし、友人として接してくれていたこの二人を騙した……」

『だから、そんな抜け殻みたいになってるの?』

「…………」


 良明は、レインの脇の下を抱えて自分の腹の上から彼女を下ろした。

 胡坐を組んだ良明の脚の上に乗せられたレインに、良明は言う。

「そりゃ、後ろめたいだろうな。今までずっと……小さい頃から俺達を利用するつもりで接してきて、それをさっき全部吐き出したんだ。しょんぼりもするさ」

 レインはフジを見てぼそりと呟く。

『だから、……』

 そして、良明の脚の上からバサバサと羽ばたいて飛び立った。


 フジに食らい付くような勢いで飛びかかり、反射的に顔の前に翳した彼の手などお構いなしに、力任せにフジを突き飛ばして倒した。

 そのまま馬乗りになって再び吠える。先ほど以上の声で、吠える。


『しっかりしろよこの外道ッ! これまでの私達の苦痛を無駄にするつもりか!! お前の家族を助けるんだろ!! お前の家族は、お前みたいなクズじゃないんだろ!! いいから前だけ向いて私達に助けを乞え! 死ぬ気でやり遂げようとしてみせろ!!』


 それは、口にするのがレインだからこそ響く言葉だった。

 そこには、フジへの赦しも慈悲も無い。レインの中に在るフジへの感情は未だ憎悪のみで、彼を励まそうなどという意思は、事実レインの中には一切存在していなかった。

 ただただ、”今までの事を無為にするな”と。

 純粋にその意志だけが、彼女の言葉の源だった。

 上っ面にせよ、心からにせよ、思いやりなど微塵も無い。

 立て。戦え。ズタボロになった精神だろうが最後までやり通せ。

 嘘が無い、どこまでも嘘が無い言葉だった。


 そしてそれは、フジが怯えを抑え込むには十分な言葉だった。


「……俺は、今は懇願する事しか出来ない。謝罪や贖罪を今したとしても、それがどんな行為であろうと、行為そのものが軽くなってしまう。けど、それでも……」

 フジは、両手を握りこぶしにして頭を地面に付けた。

 謝罪の言葉は、まだない。


「今一度、お願いします。どうか俺の家族を助けるのを、手伝ってください」


 沈黙が始まりかけた時、トオルが口を開いた。

「そろそろ、トラクの自衛軍がこの辺りに迫ってきている筈です。取り掛かりましょう」

 皆、口々に返事して頷いた。


「せめてボクがコロニーの中を偵察してこれればいいんですが……」

「【キューブ】による転送と同じだよ。霊体という物に対して何が起こるか解らないし危険すぎる」

 陽が心配の言葉を吐くと、トオルは申し訳なさそうにしながらも「その代わり」と言った。

「もう一人、透明な索敵レーダーは居ますから」

「え?」

「え?」

 双子が声を揃える。


「さっき、この世界に連れて来たのは二頭だけだって」

「さっき、この世界に連れて来たのは二頭だけだって」

 トオルは応える。

「ああ、それは向こうの住人は……っていう意味ですよ」

 首を傾げる双子に、トオルはこの世界に連れて来たもう一人の事を説明する。


「ミアル君っていう子がですねぇ。どーうも話を聞いていると、この世界の子らしいんですよねぇ。ボクと同じく記憶喪失の幽霊で、三池さん達のおかげで今回の一件にたどり着く事が出来ました。たぶん彼、園宮氏が向こうに転送された時にたまたまその辺りに居合わせただけの、通りすがりの幽霊さんです」


「通りすがりの……」

「幽霊さん……」

 困惑する双子にトオルは補足する。

「そりゃ、幽霊なんてそこらへんにふらふらしてるでしょう。ボクやミアル君は、向こうの世界に滞在していた影響でこうやってこちらの世界でも実体化できてますけど、ここ、なんてったって樹海ですよ?」


「行こう、トオルさんの言う通り時間が無い」

 一連のやり取りにより予定をいくらかオーバーしている。フジが指摘した通り、確かにいい加減に行動を開始するするべきタイミングだった。


「よし……」

「よし……」

 良明と陽は破壊目標を眼前に捉え、その未だ小刻みに震える足で自身の体重を支えた。掌を前方のコロニー外壁へと翳し、最後の確認をする。

「始め、ようか」

「始め、よっか」


「二人とも、お願い」

 フジに促され、ついに双子は前方に意識を集中し始めた。

 ショウとレインが、驚きの表情で見慣れた二人の見慣れない魔法というものに眼を見張る。

『これが……!』

『まほう……?』


 辺りを舞う風が木の葉を巻き上げ、兄妹の前髪を揺らす。

 光ったりだとか音があったりだとか、そう言った特徴は無かったが、間違いなく彼等の前方で強力な攻撃が紡がれているのが、その場の誰にも感じ取れた。


 これを撃てば、後戻りは出来なくなる。晴れて皆、この世界の秩序を乱す極悪人である。元居た世界に戻るとはいえ、恐怖が無いと言えば嘘である。

 もし向こうの世界で【キューブ】が誰かに奪われていたら?

 もし今この瞬間に敵が襲い掛かってきたら?

 もし、これをきっかけにこの世界に戦火が蔓延したら?


 襲い掛かってくる様々な不安を振り払い、兄と妹はついに意を決した。


「撃ちます!!」

「撃ちます!!」

 良明と陽は、その掌から圧縮された空気の塊を放った。

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