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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
203/229

命運の向かう先へ(1)

 星が快く出ている夜だった。

 月はあちらの世界と同じ模様で美しく笑い、少年少女と、彼等の存在を未だ知らないコロニーの中のエルフ達を見下ろしている。

 暗闇の中で照らし出される三人の姿は、小高い丘の上の、さらに地上十メートル弱の所にあった。


 指先が震え、緊張が脳のどこかに唐突な痛みをもたらした。

 意気揚々と行使してきた悪目立ちするテレパシー能力も、奇跡的にここまで追手から逃れる事が出来た事実も、眼前に広がるそれを目の当たりにした今となっては、甚だチンケな事物に思えて仕方がない。

 人一人の全体重を支える木の枝が、意地悪くゆらゆらと陽の身体を揺らしにかかる。否、その揺れは風によるものでも、まして樹木が意思を持って彼女を落とそうとしているわけでもない。

 彼女自身の脚の震えがそうさせているのである。

 陽は、後悔こそしなかったが怯えていた。


 使命感だけで無茶な事に突き進む。そんな事は向こうの世界でも経験済みだ。やってやれない事は無い。良明は、自分に言い聞かせ続けていた。

 右の木には陽、左の木には藤が上り、はるか遠くのエルフのコロニーを、夫々緊張した面持ちで見据えている。彼自身もそうである。

 ここまで来たからもう後戻りは出来ない。

 などと、言っている場合では無い気がする。相手は、想定よりも遥かに巨大だった。

 トラク国の自衛軍の事ではない。今、良明が眼前にした破壊目標。それについての彼の率直なる想いである。


 故郷というのは、こうも望郷という物に冷たいのだろうか?

 藤は思った。

 西には遥か先まで続く森。北と南はそれが途中で山肌に遮られている。東は言わずもがな、今来た獣道が続くミルズ国の森である。

 そして、眼前二キロ先に見えるのが、かつて藤の家族が取り残されたコロニーその物だった。


 藤が、フジが世見国がある異世界(・・・)に転送された当時よりも、機械の壁は分厚くなっていた。

 艶めかしい月光に鈍く照らされた金属の壁の高さは、今や五十メートルを超え、その上部をオーロラの様に揺らめいて覆う膜は二重になっていた。

 この世界に帰って来てからここまでの道程の間に人々から得た情報によれば、コロニー周辺の無人機は相も変わらず日々警備にあたっているそうだ。

(つまりエルフは、コロニーの外の仲間との関わり合いを拒んでいる。けど、それでも俺は――)

 フジは、今一度決意を固くして息を呑んだ。


「二人とも、やっぱりやめる……って、言うんなら今だよ」

 フジの声は震えていた。

 どうか、自分を見捨てないでくれと。どうか、家族を助けてくれと。

「ふっさん頼む。その質問、もうしないでくれ」

「多分、次訊かれたら迷わずに降りちゃうから」

 双子の息の合った冗談。フジは全く笑えなかった。


「ねぇねぇ、アキ」

 唐突に、陽が兄の名を呼ぶ。

「うん?」

「……これ、もしかしたら夢なんじゃないかな?」

「夢オチ?」

「うん。異世界への転送なんてあるわけなくて、朝起きたら文化祭の翌日でさ、こんな壮大な夢を見ていたのは文化祭で疲れ果てたからなの。それで、学校に行こうとしたら途中の道で藤君を見かけて、声かけて、昨日の文化祭楽しかったねーって話すんだよ。放課後、部室に行ったら先輩達はもう引退したから居なくてさ、寂しいねーってみんなで話して、それからレイン達と一緒に龍球の練習をしてその寂しさを紛らわすの。いっぱい練習して疲れて家に帰ったら、夕飯はすき焼きでさ。折角樫屋先輩達の事忘れかけてたのに、あの、樫屋先輩が藤君を助けた日の事を思い出して、私とアキがね、お母さんに理不尽な事言うの”なんですき焼きなのー”って怒るの」


「…………」

 兄は、妹に”お前はやっぱりここに残れ”とは言わなかった。

「陽」

「ん」

「じゃあさ、これがもし、夢なら……」

 良明は、陽が上っている木へと狙いを定め、飛び移った。

「っちょい、アキ、危な!」

 陽のすぐ横に立ち、彼女の背をほんのささやかにぽんと押してこう言うのだ。

「落ちても大丈夫だよな。夢なんだから」

「言っとくけど、その時はアキも道連れだからね?」


 英田兄妹は、時々コントモドキを繰り広げる。

 例えばそれは知らずの内に友人が川で溺れている間に、例えばそれは大事なミニ試合の前日に、例えばそれは、命を危険に曝して友人の家族を救い出す直前に。

 この双子が、何故そんな困難に首を突っ込むのか。明白である。

 彼等がそういう人間だからだ。この双子は、レインを命がけで救い出し、使命感と彼等の正義の元に多数派の暴力からその生活を護り抜こうとした。

 半年間もの間、運動部経験が無かった彼等が競技への欲望ではなく使命感で苦しみ抜けたのは、彼等二人がお互いに使命感に突き動かされる姿を見続けてきたからだ。

 そしてそれは、フジの計算の元に行われてきた努力。

 フジは、世見で彼等双子と出会い、確信した。この者達なら、この二人の正義なら、自分の目的の為に協力してくれると。


 眼前で繰り広げられるコントも、フジの眼には自分の所為で命を危険に曝された者達の強がりにしか見えない。事実、そうである。

 フジは、いっそ今この瞬間世界から消えてしまいたいと思った。

 物語を動かしてきた少年は、そっと目を閉じる。


 純粋で、故に世界の秩序を乱しかねない正義が二つ。その傍らには狡猾に友人を死に追いやる悪が一つ。

 正義は、悪の全容を知って尚、彼とその家族を救おうとした。

(ごめんなさい、この世界の皆。アキ、英田さん。向こうの世界で俺の面倒を見てくれた人達。…………それでも。俺は、家族と会いたい)


 開かれた彼の眼に、もう迷いは無かった。

「アキ、英田さん」

「うん?」

「うん?」

 木の上でじゃれ合っていた二人と視線を交差させ、藤はついに最後のスイッチを押す。

「行こう。俺に、力を貸して欲しい」


 良明と陽は、精一杯の作り笑顔で頷いた。



 木から降り西へと歩き出すと、藤は作戦手順の最終確認を始めた。

「まず、コロニー周辺……なるべく近くまで、無人機……公称で言うところの”自律機械”に遭遇しない様に細心の注意を払いながら接近する。だから、気づかれるまでは走らず歩いて。そして、コロニーの外壁に到達したら周辺の自律機械(てき)を魔法で一掃し、そのままコロニーの壁を破壊。俺だけが内部に入って、父さん、母さん、姉さんの三人を連れてくる」

「場所は解るの? 見たところコロニーって滅茶苦茶広いんだけど」

「コロニーの中にある俺の家の場所が変わって無ければ大丈夫。二人は俺が帰ってくるまで出入り口を確保しておいて。場所が場所だから、自衛軍が壁ぎりぎりの所まで捜索の手を伸ばす決断はそう簡単には出来ない筈だから、自律機械にだけ気を付けていれば不可能じゃない筈」

「わかった」

「わかった」


「ただし、無理はしないで。自律機械はエルフが製造した物。最悪、コロニーの中に入ってエルフの人達に混ざってしまえば襲われる事は無いだろうから」

「なるほど」

「あ、ねえ藤君」

「うん?」

「私、今のくだり聞いてて思ったんだけどさ、ロボットをコロニー周辺に配置できるっていう事は、エルフの人ってコロニーを自由に出入り出来るんだよね」

「それはそうだよ。なんで?」

「じゃあ、どうにかして壁を壊さずにコロニーの出入りをさせてもらう事って出来ないの?」


「それは試さない方が良いと思う。先にも言った通り、エルフっていうのは一枚岩じゃないんだ。過激派もいれば、俺の家族みたいに巻き込まれただけの被害者もいる。中で俺達のコンタクトを受け取った人達が俺達を外敵だと認識したならひとたまりも無いよ。俺もコロニーの中では可能な限り人目に付かない様に家まで行くつもり」

「そっか……」


「考え得る中で最悪の状況は、敵……つまり、自衛軍とエルフ双方に襲われて挟み撃ちにされる事。こうなったらいくら二人が居ても魔法の能力で退ける事は難しくなる。少なくとも、人を殺す覚悟が必要になる。特にエルフは、アキや英田さんに続く強大な力を持っている。それが群れを成して襲ってきたら、正直太刀打ちなんて出来っこない」

 双子は怯えた様子で

「そうならないことを願うよ」

「そうならないことを願うよ」

 と返した。


「いざとなったら、俺の名前を出してエルフ側に二人を仲間だと認識させる。その後、数日単位で時間をおいてこっそり抜け出そう」

「最初からその方法を使わない理由は?」

「自衛軍が周囲を包囲して、出られなくなるかもしれない。そうなったら、数年単位でコロニーの中に籠城する事になるかもしれないから」

「帰る方法を捜すどころじゃ」

「なくなるってことなんだね」


 藤は振り返って頷いた。

「大丈夫、二人の魔法に単独で勝てる相手なんてこの世界には殆どいないんだから、取り囲まれない様に気を付けていれば何とかなる。俺もなるべく早く戻ってくるから」

「解った」

「解った」



 獣道すらなくなった森をかき分け、ついに三人の前方にそれが見えてきた。

「近くで見ると、より物々しいな」

「なんだろ、なんか、工場みたい」

 良明と陽の感想は尤もだと藤は思った。


 所々錆びている金属板が無数に並んで壁を成している。エーテルを集約・循環させる為のパイプが廻らされ、その中継ポイントには電話ボックス程の大きさの配電盤を思わせる小部屋が配置されていた。

 それ以外には出入り口の類は愚か、窓すら一切認められないつまらない壁。壁。木々や丘を遠慮して避ける様に、場所によっては森を突っ切る様に、そんな壁が延々と続いていた。


 極めて文明的。これがテロリストの様な野蛮な人間が作り出したものなのか。

 それが英田兄妹の印象だった。

「なまじ知識があるから、大真面目に世界の支配構造を変えようなんて馬鹿な事を考える。そういう事だよ」

 彼等の思考を察した様に、藤はそう言った。

「ここまでその、自律ロボットと一切遭遇しなかったのはこの上ないラッキーだったな」

 良明がそう言うと、藤は「うん」と頷いた。


「よし、じゃあ始めるか」

 良明が言うと、藤は不意に脚を止めた。

 コロニーの周囲五メートル程の地帯の木々は伐採してあり、そこだけ通路を思わせる開けた空き地になっている。恐らく、コロニーの外周すべてがこうなのだろう。

 兄妹に先行していた藤の姿が、その通路の中央で月明かりに照らし出される。


「二人とも、今更だけど、一つだけ……もう一つだけ、頼みを聞いてくれないか?」

「なんだよ今になって改まったりして」

「訊ける頼みならなんなりと、だよ?」


「もし。もし最終的に、エルフか自衛軍に捕まったら。俺に脅されたって言ってくれ」

「ふっさん、俺達は自分の意思でここまで来たんだ」

「そうだよ、そんな事してまで責任逃れしたくない」


「違うんだ」

 藤は、首を横に振る。

「俺が、そうでもしてもらわないと、耐えられそうにない……二人を巻き込んで、こんな事までしでかそうとしておいて、今更ムシがいいのかもしれない、けど、どうかこの頼みは聞いてほしいんだ」


 双子は、首を縦に振らなければ、肯定の返事もしなかった。

「ふっさん、良い事思いついた。じゃあこうしよう」

 疑問の表情を浮かべた藤に陽が続ける。

「そうならない為に、お互い全力でかかる。それでいいじゃん」


 藤は両目を閉じると、静かに「わかった」と答える。


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