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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
8.大虎高龍球部のカナタ
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願いを叶えに(2)

 石材をおおよその立方体の形に加工し積み上げ、土台とする。その上から土と石を砕いた物を塗り外見を整えた上で、その土台の上に建築物を建てる。建材は木、石、土が主で、この街には建造物自体にコンクリートや合成樹脂を使用しているものは殆ど存在していない。

 建築様式は勿論この世界独自の物であり、頑丈な土台の上に築かれた建物の数々は機能性と様式美を併せ持つ、実に文明を感じさせる見応えのあるものだった。

 二階のバルコニーやベランダを支える柱はどの建物も最低限以上のデザイン性を備えており、その奥に覗く出入り口は、大抵が人二人以上がすれ違える大きさを備えている。


 平地に並ぶ民家も店も綺麗に正方形に区画分けされた土地に建てられており、万一火災が発生した場合にも他の者が所有する建物に延焼しにくい様になっている。

 また、綺麗な石造りの階段を上った先に在る丘から見下ろしたその街並みは実に整然として見え美しく、遠くに見える大きな区画に聳える建物はまさにそれらを取り仕切る象徴の様な趣きを得ていた。

 建物は高くてもどれも二十メートルには達しておらず、それが街並みに秩序を感じさせる一因となっている。


 石の大都市。

 トラク国を初めて訪れた者の多くは、この街をそう認識する。

 トラクの主要な産業は郊外の採石場で取れる石であり、その加工技術、建築技術はこの世界でも屈指である。

 広大な土地から摂れる石は建材として普遍的な存在であり、いつか来るかもしれないエルフとの戦いに於いても、他の自然由来のそれに比べて信頼が厚い事からこの国の大都市化の要因となった。


 ただ。

 石と違い、人は腐る(・・)。権力を持つとそれを暴利を得る事に使わずにはいられない種類の人間は特にそうだ。

 皮肉なことに、この街の人々は自分達を守る立場にある、自分達の同胞にそんな現実を垣間見るのだった。


 トラク国自衛軍。それに纏わる前代未聞の珍事は、既にトラク中の人々の耳に入りつつあった。

 ”トラクに隣接するクニであるテイルンへと視察へと向かっていた自衛軍選抜隊の男が、マトモに歩けない状態で戻って来た。酒場での横柄な態度に業を煮やした旅行者が食って掛かったらしい”

 事実が捻じ曲げられずにありのまま伝播しているのは、自衛軍選抜隊の素行があまりにも悪評高かったからである事は言うまでも無い。


 この世界の主な報道媒体である一種の新聞は、A4とA3の中間程の用紙に文字と絵や図により情報が詰め込まれている。版を木材に拘らない以外は瓦版とよく似たものである。

 興味がある情報だけを選んで読む事が出来、情報を吸収する為にかかる時間も大抵は十分以内で済む。

 話題毎に売る事が出来るので、安価ながらも作れば作るだけ収入が見込める。

 買う側にとっても売る側にとっても実に合理的で、win-winな販売形態が成り立っていた。


 三池は、そんな瓦版(・・)を片手に今、この街でも一際大きな建物の前に居る。

 城。一言で表現するならそれであった。

 右を向くと、五百メートル続く高さ三十メートル程の塀が聳えている。

 左を向くと、五百メートル続く高さ三十メートル程の塀が構えている。

 なんとも単調で、煉瓦状に切り出した灰色の石が組み上げられ、隙間をやたらと綺麗に塗り固めてある。所々にある穴は、中から外を窺う為の物だろうか?


 三池は、街のど中心にあるその建物だけがこうも堅牢である事に疑問を覚えた。

(仮に敵がここまで攻めて来た場合、つまり町全部ぶっ壊されてんじゃねぇか。この城だけ頑丈にしてどうすんだよ……)

 トラクは広大なクニである。とても、住民全員をこの城と思しき建物の中に収容して籠城できるとは思えない。アホな三池でもそれは瞬時に察しがついた。


 塀の中央には、両開きの大きな木製の扉。

 その両脇には、いかにもという雰囲気の門番が構えている。

 門番は特に鎧等は身に着けておらず、黒いズボンに紺色のビロードに酷似した素材で出来た制服を着込んでいる。頭に被っているのは、石を思わせる灰色のラインが並行に二本入った略帽。制服には所々山吹色の細やかな刺繍が入っており、つまるところ、ここがこのクニでも極めて重要で高貴な場所であるという事をこの二人の格好が物語っていた。

 門番はどちらも男性。背がかなり高く、プロレスラーの様に体格が良い。


 なんか、ちっこいのがきた。

 そんな眼で、二人は眼前五メートルで仁王立ちになる三池を見下ろしている。

「……すぅ」

 ちっこいのが息を吸い込んだ。


「たのもーーーーーーーーー!」


 門番はすかさず二人して三池へと歩み寄り、「何事だ」と大真面目な顔で問いただす。

「あ、悪い。なんか話しかけたらダメな空気だったんで……中の奴に取り次いでもらってもいいか?」

 三池の返答に困惑して顔を見合わせる大男二人。一人がこう言ってこの珍妙な生き物の正体を探りにかかる。


「要件はなんだ?」

「隣町で暴れたリントって奴の根城がここだって聞いて来たんだけどよ。ここなら色々と情報が集まってそうだってんで、知りたい事があって来た」

 要領を得ない回答に困惑する門番。三池は言葉を継ぎ足す。

「俺、別の世界から来たんだよ。んで他にも俺と同じ様にこの世界に飛ばされた奴がいて、その仲間を探してんだ。ここって、このでっけぇ国の中枢だろ? だから――」

「待て待て待て待て」


 三池と会話を試みていた門番は、たまらず彼女の言葉を遮った。

「何のつもりだ。もう一度だけ訊く。お前は、何者だ」

 三池は真剣な表情で男を見上げてこう返すのである。躊躇いも、戸惑いも無い。

「異世界の住人・三池だ。こっちの世界ではデバイス無しで魔法を使えるんだぜ!」


 春先になると、意味不明な絡みをしてくる不審人物が一シーズンに一人や二人は現れるものだ。

 だが、門番はどうにも不思議なのである。

 そう言った手合いが現れるにはまだ半年ばかり早い。

 このミケと名乗ったちっこいのは、或いは自分達をからかって遊んでいるのではなかろうかと思うのである。


「……どうするか? 上に報告して拘束した方が良い気もするが」

「不審者である事には違いないな……」

 などと話し始める二人に対し、三池は不機嫌そうに主張する。

「だーもう! いいからリントのクソ野郎にチビでオレンジ頭の奴が来たっつえば話通じるから! とっとと取り次げよ!」


 それまで三池と話していなかった方の門番が口を開く。

「貴様、情報が欲しいだとか言っていたな」

「おうよ」

「ここは図書館でも無ければ、探偵事務所でもない。我等自衛軍に所属すれば必然的に任務の事は耳に入ってくるだろうが、それは一市民に公開する様な類の事ではない」

「え、なんだよそうなのか?」

「……お前……機密、という言葉知っているか……?」


「けどよぉ」

 三池は、悪意でもなんでもなく、それを純粋な疑問として口にした。

「エルフの動向が解んねぇと街の奴等だって逃げようが無くね? こんな街のど真ん中に護る奴等が集中してたんじゃ、いざって時に駆け付けらんねぇだろうし」

 特に城壁の様なもので覆われているわけでもないトラク国を、三池はぐるりと遥か遠くまで見渡した。

「…………」

「…………」

 門番は、顔を見合わせる。


「まぁいいや、そういうコトならしゃあねえ。自力でなんとかするよ。時間取ったな」

 困惑する門番を尻目に、三池はとっととその場を後にした。

 リントを病院送りにした三池の特徴がトラク国公務員の末端の耳に届くのは、これから半日程後の事である。


 三池は、重苦しい溜め息を吐いて空を見上げる。

(……さぁて、どうすっかな……)

 手がかりなど、無い。圧倒的に情報が不足していた。

 リントの件の喧嘩相手である事を名乗ればトラクの中枢に入れるだろう、あとはその中でありのままを話せば一連の件に関わる事が出来る筈だという、楽観主義甚だしい考えでこうしてここを訪れた三池だったが、やはり甘かった。

 クロはじめ、仲間を見つけようにも取っ掛かりが無い。三池とこの世界を繋ぐもの。そんなもの、精々先日の大喧嘩くらいのものなのである。

 三池は、今一度城壁を見上げた。

 彼女は、未だ列車事故の件を知らない。



 同時刻。三池が訪れた城のその内側では、極めて重大な案件に関する会議が執り行われていた。

 選抜隊の大馬鹿者が起こした喧嘩騒ぎの方では無い。

 民間には列車内でのデバイスの爆発事故として報告された、異世界のエルフとの遭遇に関する方針決定に関する話し合いである。


 天井、床、壁。全てが石で作られているその部屋には、これまた高級そうな赤いタペストリーやら、絨毯やら、黒板に類するものと思われる漆黒の板が固定してある。天井を支える木の支柱が物静かに参加者を見渡し、ガラスの窓から差し込む中途半端な自然光が、部屋の中に重苦しい雰囲気をもたらしていた。

 一種のデバイスである照明器具に明かりを灯すと、男はそれを壁に掛けて会議の参加者達を見渡した。


 白いクロスが敷かれた十メートル程はあるテーブルの席に、総勢二十名程の男女が腰を下ろしている。

 年齢は二十代から五十代まで幅広い。

 誰も、黒いズボンと紺色のビロードに酷似した生地の服を着ている。

 門番の服に対していくらか相違点はあるが、基本的には彼等が身に着けていた物と似た制服だった。


「リリ・スタンバレー二星。つまり君は……彼等という存在はどこのクニの軍人でも無いと、そう断定するのか」

 ランプを灯した男は、他の者と同じく制服に身を包んだリリをじっと見据えてそう問うた。

「当初、市民からの通報により、テレパシーを扱うエルフとして認定した彼等ですが、そもそもその様な事をして路銀を稼いでいたという点からそう断定せざるを得ません。彼等の明確、かつ正確な素性は未だはっきりはしませんが、少なくとも何かしらの組織に属する者ならば、あの様な足の着く行動はするはずがありません。現に我々は彼等に追いつき、彼等は命からがら逃げ去った。トマス議長、今我々が成すべきなのは彼等の素性を明かす事ではなく、彼等の行方を追う事です」


 トマス議長と呼ばれたのは白髪交じりの四十代程の男性。多分に漏れず制服に身を包んでいる彼は、机の端に位置する席に着き、黒板の傍らで発言するリリを見ていた。

 彼はこう返す。

「無論だ。自衛軍による調査は勿論続けている」

「出過ぎた質問かと存じますが、その後の調査状況はどうなっていますか?」

 トマスは傍らの女性へと視線をくれると、彼女は席から立ち上がり、手元の資料から一旦顔を上げて周囲に名乗った。

「エドレス・カナン三星です。現地調査隊からの捜査経過の報告を致します」

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