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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
1.兄妹と龍球
20/229

慙悔と期待と(1)

 入学した日から数えて、九日が経過した。

 つまり、大虎高校新一年生である英田良明・陽兄妹が竜術部に関わりを持った日から、九日が経過したという事だ。

 龍球は勿論、運動という物に縁遠かった二人が、拾った仔竜を助ける為の努力を初めてからで言えば一週間である。


 妹・陽はいつだったかに聞いた叔父の言葉を反芻してみた。

「体力っていうのは、一日中身体を動かしてれば嫌でも身に着くもんなんだってさ……」

 毎週金曜の夕飯後の時刻にやっているクイズ番組の内容が、今日はまるで頭に入っていなさそうな馬鹿面をしている兄に向かって、陽は畳の上で寝そべりながら力の無い眼差しで呟いた。


 普段なら、このクイズ番組の最後の間違い探しのコーナーになると、決まって兄妹は食い入る様に画面をガン見する。そして、出題画像が画面に表示されるや同時に同じ場所を指差すという、小学生の頃から続く謎の儀式を執り行うのだが、今週は違った。

 否。恐らくは当分の間、この時間帯の兄と妹はずっとこんな感じなのだろう。と、(よし)は思うのだった。


「何かえらく頑張ってるじゃん、入学早々にさー」

 テーブルを台布巾で拭きながら、由は面白そうに兄妹を見比べた。

 兄と妹はそっくりそのままのだらーとした仰向けの姿勢で、夕飯で膨れた腹を隠しもせずに無気力な顔を畳の上からテレビに傾けている。


 二人とも既に寝巻き姿で、今にも海より深い眠りに落ちてしまいそうな無気力さである。

 直前に、陽に何か話しかけられた気がした良明だったが、今はもう母の言葉がぎりぎり頭の隅にへばりついているだけだ。彼の疲れきった頭の中には、他の思考は既に一切存在しなかった。


 良明は、無気力に支配される頭の中でふと思い出す。同時に母の言葉がどこかに溶けて消え去った。

「土日挟んで、来週の月曜だって言ってたよな、ミニ試合」

 兄が呟き、

「だねえ……」

 妹が呟き返した。


 ミニ試合。

 レインを部で生活させてくれないだろうかとけやきに懇願しに行ったあの日に、けやきから言い渡された、言わば試験の事である。

 その”ミニ試合”という単語により、陽は微睡みかけた頭の中で思い出した。今、二人がこうして色が抜け落ちそうな勢いでへばっている理由を。


 五日間に亘る放課後の特訓。特別訓練。

 体力作りの為の学校周辺のランニング一時間弱。そこから五分の休憩を挟んでの龍球の動作に適した反復運動三十分。そのまま時間を惜しむ様に龍球の技術の基礎練習。

 一日のうちの十分の一程の時間を、ただ只管に運動に費やすという行為。

 運動部未経験。運動自体大の不得手の二人にとって、それは拷問に等しかった。


 中学生の時、物凄く嫌いなヤツが野球部に所属していたが、あいつこんなのを毎日続けてたのか。と、良明は思った。

 見直すだとか悔しいだとか思う以前に、あいつらは異常な生き物なんだと確信した。

「最初の五日間だし、身体が全く慣れてないんだよね……」

 と、陽。

 成程それも理由としてあるだろう。だが反対に、あいつはこんなのを年中続けていたというのか。

 そりゃ授業中に居眠りもしだすよ、と良明は思った。


 兄と妹を今現在支えている物は、尚も変わっていない信念だった。

 自分がやらなければ、レインが路頭に迷う。龍一頭の一生に関わる事態を、そっぽを向いて見捨てる事になる。

 その事実が二人を闘わせ続けていた。


 良明は、ミニ試合とレインについて錯綜する思考を、何とか言葉にして表現してみた。

「もし……もしさ、俺達が勝てなかった場合、実際のところレインってどうなるんだろう……どこで、どうやって暮らすんだろう……」

「アキアキ……多分、それを言っちゃうとさ……何とかなるんだよ」

 陽が吐き返した言葉は、朦朧とし思考が覚束ない良明にとっても意外なものだった。


「どゆこと?」

「竜一頭がさ、生きていく術なら……正直あるんだよ。どこかでバイトしたり、役所の制度で最低限の家を用意してもらったり」

 確かにそうだった。

 ガイをはじめ、既に竜術部に所属しているドラゴン達が学校を追い出されるという問題の根幹には、学校での生活・生計が長年成り立っているという前提がある。


 近年のドラゴンにとっての雇用問題はなにも学校がらみの仕事をしているドラゴンに限った話ではなく、既に行政により対策もなされている。職業の斡旋や、陽が言った様に最低限の住環境の提供は、既に制度として提供されているのである。

 ドラゴンやそれを取り巻く人々にとって問題なのは、下らない世論によってドラゴンが歩みたい路が閉ざされているという点なのだ。


 では、このガイ達に降りかかっている問題を、レインに当てはめるとどうなるだろう?

 竜術部に元々居たわけではないレインは、当然竜術部に執着があるわけでもない。

 さらに、大人しく警察に助けを求め、行政が提供する制度に身を委ねれば、最低限の住環境は整う筈だ。


 だがレインは、あのけやきと初めて会った日に、双子の前でそれを頑なに拒絶した。

 理由は不明。

 その路を選ぶと何が起こるのかも不明。

 ただ、それでも兄と妹には、あの尋常ならざる拒絶がただ事とは思えなかった。もしも警察への届け出を強行すれば、レインというドラゴンにとってとてつもなく悪い事態を招くという事だけは伝わってきた。


 そんな曖昧なSOSに対し、ここまでボロボロになってまで助けを出す必要があるのか?

 兄と妹が、自分に対してそう問うた事は、ここまでに一度として無かった。

 乱暴に言ってしまえば、彼らにとってはレインがどうなるかよりも、人としてのスジを通す事の方が重要だった。必死に助けを求めるレインを見捨てない。守り切る。そうしなければ、一生自分が後悔する。

 見れば見る程レインの見た目は愛らしかったが、それはそれである。闘う理由の比率としてはさほど強い影響を伴わない。


 ともすれば歪とも言える正義は、しかしそれでも仔竜の命を救わんとこの一週間奮闘を続けてきた。

 良明は、レインが置かれた現状が、根の深い問題によって雁字搦めになっているという事実を”何とかなるんだよ”という妹の言葉で思い出した。

「……ほんと、あいつ何があったんだろうな。なんで、あんな……」


「うん……」

 陽は、いよいよ意識が遠のきはじめた。

 父が車で遊びに連れて行ってくれた時の、帰りの高速道路で襲われる感覚とよく似ている心地良さ。

 じきに車から降りて家へと歩き出さなければならないが、今はただただ心地の良い休息に身を委ねていたい感覚。

 じきにドラゴンに乗って激闘を演じなければならないが、今はただただ心地の良い休息に身を委ねていたい感覚。


 良明もつられる様に眠気に支配されていく。

 テレビでは、二十時五十五分のミニニュース番組が、やっていたと思う。



 キィー……キィー……キィー……

 いくらなんでも筋肉痛が原因でこんな音が足元から聞こえてきたら、最初の音で立ち止まるだろう。


 ホイールに油を注したりすれば、この音は収まるんだろうか?

 良明は、休日午前の柔らかい日差しの中で、自転車をこぎ続けていた。

 先を行く藤が何か言っているが、耳元の風切り音と昨日までの疲労が邪魔をして、よく聞き取れない。


「まぁついてから決めるか、牛丼とかなら安いっしょ」

(ああ、昼飯の話をしていたのか)

 良明は、限られた貯金残高に恋人を思いやる様な感情を重ねて、「牛丼、いいな、そうしよう」と返した。

 なにせ今日の予算は昼飯代を別にしても千円という大金だ。これ以上の出費は、良明自身の気力と体力に代えても抑えなければならないのである。


 人なんて碌に歩いていない土曜日午前の歩道を、小走りとさほど変わらない速さで自転車二台が進んでいく。

「なんかさー」

 藤が再び口を開く。背中越しな所為で良く聞こえない声に対し、良明は何かの気配に気づいた時の猫の様に耳をそばだてた。

「んー?」

「悪かったなー、疲れてるとこだったのに」


 良明は、態度や顔に疲労が現れてしまっていたのだろうかと心配になり、取り繕う様に長めの発言を吐き出した。

「なーに言ってるんだよふっさん、今日のコレ(・・・・・)があるから俺、この一週間部長の特訓に耐えれた様なモンなのに」

 それは少し言い過ぎだったが、実際良明は藤の誘いが嬉しかった。


 先月ゲームセンターに張り出されたA1サイズのポスターが、妙に頭に焼き付いて離れなかった。

 二十体前後のゾンビが街並みを埋め尽くす様に闊歩して迫ってくる風景に、どどんと大きくタイトルロゴ。そのゲームは大人気ガンシューティングの第二作で、良明と藤が稼働開始日をかれこれ一か月弱も楽しみにしてきたアーケードゲームだった。

 一カ月も先に稼働開始するゲームをそんな前から宣伝しないでくれよ、と良明は思ったが、きっと少しでも客を呼び込まないといけない店や企業の事情もあるのだろうと思ったのだった。文句など言ってはダメなのである。むしろ、前作を一クレジット百円で遊ばせてくれたその店に感謝しなければならないのである。


 まだ依然として肌寒い春風に、前髪をバタバタと吹かれながらにやける良明の表情を、その口調から察した様な声音で藤は「んならよかった」と言った。

 大虎市最大の、もとい唯一のショッピングモールである”タイガーモール”は、大手企業のデパート二社が専門店街を挟んで同じ建物に併設された、巨大な商業施設である。地元の小学生から高校生までの遊び場と言えば、真っ先にここが上がる程のランドマークであり、英田兄妹や藤もよく訪れる場所である。


 その中でも専門店街の最上階に位置する、”屋内遊園地”という謎の肩書で営業しているゲームセンターは、大虎に住む子供なら九割方は訪れた事がある人気店だ。

 因みに、残りの一割はその殆どがそもそもゲームセンターに足を運ぶ事が許されていない種類の子達である。


 片側だけで四車線ある通りが三キロ程続きつつも、建っている建物はその大半が三階建て以下という中途半端に栄えている通りをたどっていくと、遠くに陸橋が見えてきた。数年前にすぐ近くにある駅とタイガーモールを繋ぐ様に敷設された、かなり大きなものだ。一角にはライブスペースとして使えそうな小規模なステージもある。


 陸橋の下にある駐輪スペースに自転車を止めると、藤と良明は速足で専門店街へと入っていった。

 エスカレーターを歩いて上りながら、藤は言う。

「いや、でも頑張ってるとこ悪いけど、それってやっぱ警察に言った方がいいんじゃない?」

「ふっさんさぁ、俺と陽がそれが出来ない性格なの知ってて言ってるだろ」

 半笑いで答える良明は、どこか自嘲気味だ。


 話題はもちろんレインのこと。レインの拒絶を無視して、彼女を警察に突き出すべきだと藤が言ったのだ。

「うんまあそういう性格なの解ってて言ったんだけどさ」

「ふっさん」

 全笑い一歩手前の声で藤の名を呼ぶ良明に、藤に対する敵意は無かった。


 思えば、この藤という男とこうして相手を選ぶ必要がある冗談を言い合える仲になったのはいつからだろうか。と、良明は記憶を辿る。

 中学三年生の始めぐらい?

 それより少し前の、陽と藤が仲良くなった辺り?

(中学二年生の始まり辺りで既に打ち解けきっていたって事は無い気がする)

 だが少なくとも今は、休みの日に二人で遊びに行く事も珍しく無い友人関係を築けている。


 良明は、率直なレインについての見解を藤に聞かせてみる事にした。

「まぁでもさー、レインだって自分が無茶言ってるのは解ってると思うんだよなぁ。それでもあんな剣幕で拒否るって、相当な何かがあるんだと思う」

「まぁでもそれで、月曜日だからえーと……明後日なんだろ? 入部が認められるかどうかのミニ試合」

「え」


 ふっさんにその話したっけ、と言いたげな良明に藤は補足する。

「ほら、直家先輩もその試合出るってハナシじゃん。俺、直家先輩が部長やってる飛道部に体験入部行ってるから」

「ああ、そうか、そうだった」

 良明は直家と藤が一緒に居るところを見た覚えがある。確かけやきと直家が勝負した時だ。ついこの前の事なのに、とっさに記憶の表層に上ってこない辺り、自分はこの一週間本当に頑張ってきたんだな良明は今一度自嘲したくなった。


「アキをゲーセンに連れてきてる俺が言うのもなんだけどさ」

 と、藤。言葉を続ける。

「練習、しなくていいの?」

 良明は、土曜日午前の混み始める店内を見るともなしに眺めながら、「それなんだけど」と続ける。

「なんか、土日は一切トレーニングするなってさ」

「へぇ」


「しっかり休んで月曜日の勝負に臨め、それが守れないなら話は全部白紙だー……って、樫屋先輩が」

「まぁでも実際、練習しててもバレはしないよな、それ」

 などと藤は言うが、本人が言う通り今日の日に良明を遊びに誘ったのは藤の方である。

「それがさぁ。あの人の事だから、多分俺とか陽の身のこなし一つで直ぐに見抜いてくるんだろうなーって思うんだよ」

「そんなに凄いんだ、そっちの部長の……樫屋先輩だっけ?」

「うん、あの人、相当凄いのは間違いない」

 興味津々に言う藤の言葉を、良明は確信を持った表情で肯定した。


 最上階七階へと続くエスカレータに足をかける。

『エスカレーターは、手すりにつかまって、黄色い線の中央にお立ち下さい』

 どこからか聞こえてくるアナウンスを無視して、高校生男子どもは段差に足をかけて歩いていく。

 筋肉痛で両脚と左の二の腕が痛むが、良明はそれを苦痛だとは思わなかった。

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