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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
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慟哭に塗れた、(6)

 善意で自らの命を投げ出そうとする程、陽は人が良いわけではない。


 鬼気迫る藤の口調や態度からして、恐らく彼が言っている事はさらなる欺瞞ではないのだろうと陽は思う。

 事ここに至り、自分の目的達成まであと一歩というところで全てを打ち明けようとした彼には誠意という物があり、元々が自らが招いた事とはいえこの懺悔には並々ならぬ勇気が必要だった筈である。

 それは陽も理解している。


 だが、それはそれ。

 藤が自分や兄に要求した事は、危険に身を投じ、この世界でテロリスト同然の破壊活動を行えというものなのである。仮に藤が最初からすべてを曝け出していたとして、容易に承服出来る願いでは無かった。


 にも拘らず陽が、先に述べた様な申し出をした理由。それは皮肉にも、彼女と同じく藤に踊らされ続けていた兄の存在だった。

(……馬鹿アキ)


 陽は、良明の態度が気に食わなかった。

 解っている。悪いのは完全に藤の方だ。

 良明が藤に対して怒りを吐き出した事は当然なのだろう。

 妹である自分を企てに巻き込んだ事や、今まで藤が一人で抱え込んでいた事に対して物申したいのも理解できる。

 だが、陽は思うのだ。今の良明の態度を見ていると、とてもではないがこの物騒極まりない世界で生きていける様には思えない。

 幼い頃からいつも一緒に行動していた陽でさえ見たことが無い、未だかつてない程の激昂。それは、今の良明が冷静ではない証拠に他ならなかったのだ。


 彼が自分の為に感情を(あら)らげるというのなら、陽が成したいことはただ一つだった。

「アキはここで待ってて」

 陽の言葉に対し、良明は地面に這いつくばっている藤から視線を妹に移した。

「陽!? 別に俺は協力しないなんて言って無――」

「だから私が行くって言ったの。アキは来ないで」

「なんで、どういう事だよ!」


 陽は、兄をすっと見据えて静かに言った。

「私に対してそんな質問が出てくる事が答だって解らない?」

「陽、言ってる事が解らないぞ、何が言いたいんだ。はっきり――」


「”落ち着けよ!” 言いたいのはそれだけだよ!!」


 陽の両目には、涙が湛えられていた。

 今しがた人に落ち着けと言った者の口から出て来ているとは思えない様な言葉の濁流が、彼女の口から溢れ出す。

「私だって今のアキが何考えてるか解んないよ! いっつもいっつも、嫌でもお互いに何考えてるのか解るのに、今は全く心が見えない!! それがどういう事か考えられない今のアキを行かせられるわけないじゃんか! 相手に怒りをぶつけて追い詰める事に夢中になってるアキなんて見たくない!! 解ってるよ、悪いのは全部藤君だよ、そんなの解ってる! でも、まずは落ち着いてよ! 私もアキも、この世界じゃ一人じゃ何も出来ないんだからさぁ!」


 言いたい事の半分も言葉に出来た気がしない。陽はそう思った。

(私が本当に言いたいのはそこじゃない。あの夢の通りになって、アキが命を落とすのがたまらなく怖い。アキが怒りに憑りつかれて変わってしまうのが怖い。この世界で永遠に一人ぼっちにされるのが怖いだけ。それだけなのに――)


「……ごめん」


 ”言いたい事の半分も言葉に出来た気がしない”程度の内容だけで良明の口から引き出されたその三文字には、落ち着きを取り戻した色が籠っていた。

 彼は、陽の本心を理解していると仮定しなければ噛み合っていない言葉を続けた。

「……俺だって、必死なんだ。このワケの解らない世界に来させられて、帰る為のシナリオが全部嘘っぱちだって知らされて、絶望しかないよ。だから、目の前にいるその元凶に当たり散らして楽になりたかった。勿論口にした言葉は嘘じゃ無いけど、それ以上に俺は――」

「もう、いいよ……」

「…………」


 気づくと、藤は嗚咽を漏らしていた。

 良明も陽も、ずるい、と思った。この状況を招いた藤が今ここで泣く権利など無い筈だ。泣いて、追及を免れる権利など無い筈なのである。


「ふっさん、感情的になり過ぎた。ごめん」

 藤へと手を差し出す良明。だがこの状況でその手を易々と取れる程、藤は無神経な人間ではなかった。

「……謝るのは、俺だ…………」

「…………」

「…………」

「全部、俺が招いた……自分の目的の為だけに、レインを、二人を、龍球に関わる選手達を……」


「……………………ねぇ、藤君」

「…………」

「藤君は、私達の目的、解ってる?」

「…………え?」

 良明は、妹の言葉にはっとする。

「そう、だよな……俺達の目的は、今も前もたった一つだ」

 恐る恐る顔を上げる藤の顔を二人は直視し、こう言った。

「レインを護る事、だよ」

「レインを護る事、だよ」


「え…………」

 良明は、今一度周辺の道の人の気配を探りながら、困惑する藤に言う。

「今頃、向こうじゃ色々と大騒ぎだろうなぁ。園崎がどう動いているのかも解るようで解らないし、残された皆は絶対俺達の事心配してる。レインは誰にも相談できずに一頭で身の振り方を考え始めてる頃じゃないのか?」

 陽は路銀をざっくりと数えてみた。

「旅をする為のお金を稼ぐ方法はあるんだし、さ。帰る方法は探せるじゃんか。なるべく早く世見に帰って、またレイン達と大虎高校で龍球やるんだ」


 充血した目で双子を見上げる藤に、彼等はこう続けた。

「勿論、さっさとふっさんの用事を済ませてからな」

「勿論、さっさと藤君の用事を済ませてからね」


 藤は、一旦丸めて広げた紙の様にぐしゃぐしゃになっている思考の中で、それでも言わなければならない事をその口から吐き出した。

「違う、違うんだ。俺が今ここで全部を明かしたのは、せめて、二人がこれ以上危険な目に遭う事が無い様に……」

「ふっさん」

「藤君」


「え……?」

「ふっさんが言った事情は本当なんだろ?」

「家族の人がコロニーの中に閉じ込められてるっていう、アレね」

「そう、だけど……」

 双子は、続ける。

「家族の人の苦労と、ふっさんのやってきた悪行(・・)は直接関係無いわけじゃないか」

「私もアキも、一人じゃ助けに行くなんてそりゃ自殺行為だよ。でも二人なら、加えて藤君っていうブレインも居るんなら、それは全然命を投げ出す様な事じゃない。皆で藤君の家族さんを助けに行こうよ。ただただコロニーの中で暮らす事を余儀なくされた、何の罪も無い家族さん達をさ」


「だ、駄目だ、危険すぎる!」

「その危険が解ってる上での計画、だろ?」

「勝算があるからここまで私達を導いて来たんでしょ、藤君は」


 藤は、二人が理詰めで自分を黙らせようとしている事の意味を理解していた。

 本当は二人とも、こんな事を言いたいのではないのだ。

 水くさい、いいからさっさと案内しろ。良明も陽も、きっとそう言いたいのだ。だが彼等はそれをしない。

 何故か。

 明白だった。

 ここまでの事をやらかしてきた藤を赦し、依然友人としての感情論だけで突き進んだとして、藤がどう思うか。後ろめたいに決まっている。申し訳ないに決まっている。

 それを、双子は理解していたのだ。だから理詰めにより彼が断る道を閉ざし、一方的に藤の家族を助ける事に手を貸そうとしている。

 元居た世界で参謀の異名を得た藤には、例え疲弊した精神の最中にあってもそれが明瞭に理解できたのである。


「…………アキ、英田さん」

 その声音に迷いが無い事を、兄と妹は同時に悟った。

「頼みがある……」

 良明と陽は、立ち上がって自分達を視界に捉えた藤を、優しい眼差しで直視した。

「俺の家族を、俺と一緒に助けてほしい」

 深く頭を下げ、そしてそれを元に戻そうとした時、藤は両肩に均等な重みを感じる。

「任せろ」

「任せて」

 左肩に良明の左手が、右肩に陽の右手が力強くかけられた。



 町で買った地図を広げる。

「俺の家族が囚われているコロニーまで、あと電車で五駅分ある。けど、顔が割れてる可能性があるからもう電車は使わない方が良いと思う」

 藤は、二人を見て「そこで」と続けた。

「そこの道を通る馬車を捕まえて、ヒッチハイクで目的地まで移動しようと思う」

 茂みの外へと視線をやって、良明は指摘する。

「大丈夫なのか? まぁ、いざとなったら魔法で切り抜けられるとは思うけど、この世界の治安ってどのくらいのものなのかが良く解らない」

「それは大丈夫だよ。エルフが存在している事によって、民間人は根源的に結束関係にあるという思想がこの世界にはあるから。一部、腐敗した組織なんかは存在しているけど、基本的に人間同士で強盗の類は発生しない」


「それって、凄くない?」

 素直な感想を述べた陽に、藤は苦笑いした。

「皮肉だね。事実、エルフが台頭するより昔には戦争はあったんだよ。集落、村、街……規模は様々なんだけど、各地方にはクニと呼ばれる自治区があって、向こうの世界みたいな大きな意味での国や国境という概念は無い。世界が大きな一つの国で出来てると考えたら解り易いかも。まぁ兎に角、クニという物があるんだけど、その間で武力を伴う戦いが起きてるって事は俺が向こうの世界に移動した時点では無かったと思う」


「敵は、エルフのみ……か」

 藤は良明に頷いた。

「うん。けど、彼等エルフ以外の人間には協力を仰ぐ事は出来ない」

「それってなんで? それが出来ないから藤君がこんな手の込んだ方法を取ったのは解るんだけど……」

「一言で言えば、みんな保守的なんだ。エルフに対して攻勢をかけようという動きが無い。エルフの脅威がくすぶっている現状を事態の凍結状態として受け入れて、エルフを刺激する事をしないっていうのが人間側の基本方針なんだよ」


「つまり」

「つまり」

「うん、そう。俺達がやろうとしてるのは、この世界の秩序に反する行為。これは勿論二人にも伝えるつもりだった事だよ」

「でも、その秩序の為に、望まずににコロニーに所属させられた人達が居る」

「家族がエルフだった為に、コロニーでの生活を余儀なくされた人達が居る」

「アキ、陽。もう一つ忘れるべきじゃない事がある」

 藤は、辛そうながらもしっかりとした口調でそれを言った。


「ハッキリ言って、これは俺の我儘なんだ」

「何を今更」

「何を今更」

「聞いて。この世界には国家や通信技術という物が無いから正確な数は明らかになっていないけど、コロニーは世界に無数にあるんだ。だからきっと、俺以外にも、俺と似た境遇にある人っていうのは居ると思うんだ。その中で俺だけが【キューブ】と異世界の存在を知って、行動にでて、今こうして家族を救出しようとしている」


「でも、自由に生きる権利は誰にだってあるんじゃないか?」

「そうだよ、戦争起こそうなんてワケじゃないんだし、そのコロニーっていう物への被害を最小限に抑えれば、さした騒ぎには……」

「たぶん、ね。けど保証なんて誰もしてくれない。そんな状況にあって、それでも俺は我を通そうとしているっていう事は言っておく」

 兄妹はそれを聞いたうえで夫々の意思を述べる。

「迷いなんて、今は持つべきじゃない。俺はやる。大きな騒ぎにならない様に手順はよく考えよう」

「私も。友達が家族と会えなくて苦しんでいるのを放っておくことなんて出来ないよ」


 藤は、決めた覚悟をさらに固くして二人に話を続けた。

「決行はなるべく早い方が良い。五日後を目標に、具体的な話を詰めよう。まずは――」

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