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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
198/229

慟哭に塗れた、(5)


* * *


 藤は、良明と陽に全てを明かし始めた。

 自作自演で川に溺れ、携帯電話で呼び出したけやきに自分を助けさせたこと。

 レインを土手に閉じ込めて、それを良明や陽に救出させたこと。

 そうする事で良明や陽の様な優しい人間は、レインに深く関わらずにはいられなくなるだろうという確信があったこと。

 結果、二人は竜術部に入部するとふんでいた事。

 彼等のモチベーションを維持し熱情を絶やさぬ為に、薄石に情報を流して練習試合を煽り、トーナメント表を改竄していた事。


「ま、待って藤君!」


 陽がたまらず彼の話を遮った。無理も無い。藤が言っている事は辻褄こそ合うが、あまりにも大それている。

 彼女は、今一度周囲に追手が来ていない事を確認してから藤と良明に提案した。

「今って、さっきの人達の仲間がいつここに来てもおかしくないよね? まず、どこかに移動しよう」


 実のところ、陽は自分の中で藤が吐いた言葉の数々に納得する時間が欲しいだけだった。

 魔法などという物を目の当たりにした以上、藤の言っている事は本当なのかもしれないと陽は思った。この様々な物が世見とは異なる世界では、もはや荒唐無稽である事を理由に頭ごなしに何もかもを否定する事は出来ないだろう。

 だが、それでも陽の中にはどうしても拭えない疑問があったのだ。


 三人は浜を抜け、再び森の中へと入る。

 藤は、兄妹と共に歩を進めながら話を続けた。

「ガルーダイーターの代表である園崎が、かつてこっちの世界で【キューブ】を使ったあいつだっていう事は、彼の顔をテレビで見て直ぐに解った。そして、同時に悟った。異世界への転送を行い、あちらの世界でNGOを立ち上げて世論を操作してみせたあいつは、単なる異世界への放浪者ではない。何かしら、強い意志の元で行動を続けていると」

 良明は、強い意志であると表現した藤の言葉を言い換えてみた。

「ヒトとドラゴンの繋がりを断つ……」


「そう。要は彼は、向こうの人間が群れを成してこちらの世界へと侵略をかける事態を恐れていた風だった。その場合、ドラゴンに騎乗する技術は制空権を握る上でかなり重要な要素になる」

「そんなばかなこと!」

 フジ(・・)は頷いた。

「うん。俺もそう思う。でもね、アキ」

「?」

「俺がそう思えるのは、小さい頃からアキや陽が友達でいてくれて、向こうの世界の孤児院の先生達に暖かく護られていたからなんだよ」


「あ……」

「あ……」

「園崎自身がデバイスの開発者だったのか、或いはこちらの世界での権力者だったのか、その辺りの経緯は俺にも解らない。けど、兎に角、異世界への転移手段の存在に気づいた彼は、その身一つであちらの世界へと行き、来たる侵略を食い止めようとした。あちらの人間、こと先進諸国は、戦争による侵略のデメリットと愚かさに気づいている。けど、エルフとの冷戦やエルフが作り出した無人機との戦いが続いているこちらの世界の人間にはその感覚(センス)がまだまだ希薄なんだ」


 藤は、木々の間から辺りを窺う。

「……話を、戻そう」

 浜辺を背にした森を抜けて内陸方面へと差し掛かったそこは、道路だった。多分に漏れずこの道も舗装はされていない土むき出しの物だ。

 左、右。確認するが人の気配は無かった。

 畑すらない。青々と茂る草木の中、道だけが何者かの手により通れる程度には整備された、ある種不気味な眺めだった。


「俺が園崎やガルーダイーターの事を調べていくと、園崎はガルーダイーターの本部内で金眼の竜を大量に監禁しているっていう事が解った。理由は明白。金眼の竜は、こっちの世界ではエルフ以上のデバイス適正を持ってるから」

「じゃあ、まさか」

「レイン、も……?」

 藤は頷く。

「レインもその中の一頭さ。俺は、その園崎の悪行を利用した。捕まっている金眼の竜のうち一頭をそこから連れ出して、”自由になりたかったら協力しろ”って……脅し、たんだよ」


「ふっさん! お前!!」

「待ってアキ、話を聞こう」

「でも!」

「…………」

 良明は、諭す様な妹の視線にそれ以上何も言えなくなる。

 申し訳なさそうにしつつ、藤は話を続けた。


「竜の里【通竜島】の里長の子だと名乗り出た竜もその場に居たけれど、そのタイミングで助け出す事は、一気に事態が動き出す可能性があると考えて断念した。俺の目的は園崎を破滅させる事ではないからね。俺は、通竜島の里長であるルイに”お前の子を攫ったのは俺だ”と言って色々と要求したけど、今頃向こうの世界では金眼の竜は全て解放されている筈」


 ”今頃”。その言葉で、双子は思い出す。

「ねぇ藤君。あの何日か前に起こった明京の事件は……」

「うん、俺が引き起こした。夏大会が終わった後、俺は園崎宛てに手紙を書いた。”一部の龍球競技者が、ガルーダイーター派に染まっている世論を覆す為の計画を立てている。”ってね。悪戯だと思われない様に、彼しか知り得ない異世界や金眼の竜の話も添えて。その後は予想通りに状況が動いた。焦った園崎はそれまで積み上げて来た世論を下敷きに高校龍球へと圧力をかけ、それに反発する様にガルーダイーター本部で座り込み運動が起きた。俺は明京周辺の県へと檄文を送りつけて事件の拡大を図り、あの混乱状況を作り出した。目的は勿論、園崎が所有している転移デバイス【キューブ】を使用して、みんなを巻き添えにしてこちらへと戻る事」


 そこまで聞いた二人には、どうにも理解できない点があった。

「藤君……でも、その説明だと私にあの夢を見せたのが藤君だっていう主張とは噛み合わないよね? そもそも、どうして私達とレインを出会わせて、大会に出させようだなんてことを?」


 藤は、首を垂れた。

 そして力無く両の掌を地面につき、懺悔する様にこう言った。

「ごめん……なさい…………」

「藤君?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、本当に……俺は君達にとんでもない事を――」

 藤の謝罪の言葉は、彼の胸倉が捻りあげられることで遮られた。


「ちょ、アキ!?」

「いいから話せよ」

 氷の様に冷たい声だった。

 良明は虫でも見る様な眼で藤を見下ろし、怯える様な彼に対して無言で説明を促した。


 陽は戸惑うばかりである。こんな兄は、未だかつて見た事が無かった。まるで異世界の瘴気か何かにあてられた様に豹変した良明は彼女の知る兄とは別人である様にしか見えなかったし、これでは藤は言葉を紡ぐことも儘ならないだろうと思われた。

「言え。目的は何だ?」

 が、藤はそれでも震える声を絞り出し、最後の説明を始めた。


「俺は……家族を助けたい。その為に二人をこの世界に引き摺りこんだんだ」


「!?」

「!?」

「二人が竜術部に入る様に仕向けたのは、こちらで戦える人材担ってもらう為。向こうの世界の人間は、こちらの世界ではエルフ以上の脅威的な魔法の力を発揮する。だから、二人をこの世界に連れて来た。英田さんには、俺が親に持たされたデバイスの中から向こうの世界でも使える魔法を使った。”最も近しい人間との死別”を見せる事で、放っておけずアキについてくるように仕向けた。……そして、そもそも……俺が、君達二人を選んだ、のは…………」

 呼吸を荒くし、藤は言葉を詰まらせる。

 陽は口元を覆い、良明はその刺す様な視線を逸らした。

 二人にとってはもはや明らかであるその理由を、藤はあえて口にした。


「小さい頃から……俺自身が友人として接してきた二人なら、誰よりも信用のおける戦力として利用できると確信できたから」


 震えた。

 腹の底から湧き上がる様な、異常な感覚。

 異世界に来てからですら一度として感じていなかった魂の鳴動が、非日常へと誘う様な異質な何かが、体中を満たしていく。

 この瞬間、大きな音をたてて崩れ去ろうとしている眼前の相手との関係に、恐怖で胸がいっぱいになった。


 良明が、である。


「藤ィいいイイい!!!!」

 良明は、藤の胸倉を掴んでいない方の右手を振り上げる。

「アキ! ダメ、待って!!」

 陽の声など、音として聞こえていても頭がその内容を理解しようとしていなかった。

 良明は、何の遠慮も無く、力いっぱいに藤の頬を殴りつけた。


 人を殴った事など一度も無い良明には加減の方法も、拳のどの部分をぶつければいいのかも解りはしなかった。

 良明は、激痛が襲い掛かる拳に怯んで後ずさり、藤を掴んでいた方の手を思わず放した。藤はその場に倒れ込み、視線を逸らそうとする。

 が、良明はそれを許さなかった。

 今度は両手で藤の襟を掴み上げ、涙を湛えた(・・・・・)その両目で彼を直視して、こう言った。


「二つ答えろ!」

「……」

「なんで、妹を巻き込んだ!!」

「アキ……」

 陽は、割って入ろうとしない自分に失望しながらも、二人の姿から眼を逸らさずにしっかりと視界に捉えていた。

 良明は、二つ目の問いを、途切れそうにか細い声で親友に叩きつけた。

「なんで……最初から全部、言ってくれなかったんだよ……ッ!」


 藤は、何も言えない。

 口元を戦慄かせて、ただただ良明の顔を見つめるだけである。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 何も言えない藤。

 何も言えない陽。

 何も言えない良明。


 良明の涙が零れ落ちそうになった頃、彼はそれを藤から隠す様に背を見せて、吐き捨てる様にこう言った。

「友達だろ……」


 道路の方に未だ人の気配は無く、一方の雑木林には、言葉で表現するには余りにも複雑な三人の少年少女の感情が入り乱れていた。

 きっと、園崎もこう(・・)だったのだろうと陽は思うのだ。

 それまで誰も手にした事が無いデバイスを胸に抱いて森の中へと分け入り、壮絶な葛藤を繰り広げる。その最中、周囲に誰が居たとしてもそんな事に気づく筈も無い。

 ただ目の前にある成すべき事だけを全力で考え、自分の生き方への決断に迫られている今の陽の心と、かつての園崎の気持ちにはさしたる違いは無かったのだろうと、そう思った。


(トオルさんも、ミアル君も、つまりこの世界の住人だったんだ……その霊が園崎のデバイス起動に巻き込まれてあちらの世界へと行き、結果限定的にだけど具現化した……二人とも記憶が混乱していたのは、多分、霊体で向こうに移動した事による弊害……)

 良明や藤から取り残され、妙に俯瞰した気持ちでいる陽だからこそ気づいた事があった。


「ねぇ、藤君」

「…………」

「藤君はさ、その話が本当なら、どうしてレインをこの世界に連れて来なかったの?」

「…………」

「それって、レインを自由にするって言う約束を果たす為だよね?」

 視線を逸らしていた良明がはっとして藤を見た。


 藤は否定する様に首を振る。

「でも、そもそもレインを脅し――」

「そもそも藤君が行動を起こさないと、レインは今でもガルーダイーターに捕まったままだったんだよね?」


 良明は、入り乱れる感情の嵐の中で妹に懇願する。

「陽、待ってくれ。それ以上結論を急がないで。頼むから」

「アキは、さ。今、全部を聞いたうえで藤君のことを友達だって認めたじゃん」

「…………」

 そして、一人疎外感を感じている少女は、この場の誰よりも真っ先に決断をしたのである。


「私は、協力するよ。藤君の家族さんの救出」


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